11時30分。試合開始三十分前。
俺たちはクーラーの天国から這い出し、再びあのカビ臭い第二体育館へと向かっていた。 朝比奈さんの極上おにぎりのおかげで、俺の擦り切れた肉体はどうにか最低限の回復を果たしていたが、どんよりとした気分までは晴れそうになかった。あの有能な軍師・国木田でさえ、移動中の廊下でメモ帳を睨んだまま、野球部のゴリラどもと張り合う現実的な戦術をまだ思いつけずにいるようだったからだ。
ふと廊下の窓に目をやると、外にはいつの間にか小雨が降り始めていた。秋の空同様に、梅雨というのも変わりやすい季節なのだろう。しとしとと静かに降り続ける雨を見つめながら、俺は、この雨が天然の打ち水となって、あのサウナのような小体育館の熱気を少しでも冷ましてくれないものかと切に願うばかりだった。
だが、小体育館の重い扉を開けた瞬間、そんな俺の淡い期待は木端微塵に打ち砕かれた。 コート内では、すでに野球部の連中が凶悪なまでの熱気を放ちながらウォーミングアップを開始していた。さすがは本物の運動部、その迫力は凄まじいの一言に尽きる。体育館の屋根を震わせるような男臭い声量と、床を激しく踏み鳴らす爆速のパス回しに、俺と谷口は入り口で完全に圧倒され、足を止めていた。
「おい……あいつらの本業、野球だよな?」
「めちゃくちゃ上手いじゃねぇかよ、クソが……」
谷口が泣きそうな声で毒づく。ふと隣を見ると、あの古泉の顔からもいつもの胡散臭い100万ドルの笑顔が綺麗に消え去っていた。国木田だけが、腕を組んでその動きを冷静に分析している。
「多少の戦術的な粗さはあっても、ご自慢の圧倒的な身体能力と無限の運動量で強引にカバーしてくる……。まさに、本物のサッカー部に次ぐ今大会最強の集団、と言ったところかな……」
おいおい勘弁してくれ。あいつらは甲子園常連校でも何でもない、県立北高の「万年よくて二回戦進出」の野球部だぞ?それがなんでフットサルコートの上でJリーガーみたいな動きをしてやがるんだ。冗談じゃない。
「なんでもいいわ!! 相手にとって不足無しよ!」
ハルヒだけが一人で鼻息を荒くしていたが、その時、コートの様子を凝視していた国木田が、何かに気づいたように目を見開いた。
「……待てよ、違う!! 涼宮さん、古泉くん、よく見て。ビデオカメラの映像で、初戦の柔道部戦に出ていたメンバーが……一人も練習にいない!!」
「おや?」
古泉が顎に手を当て、納得したように呟いた。
「なるほど、そういうことですか。彼らも本来の活動である夏の県大会を間近に控えていますからね。こんな学内のレクリエーションに、主力メンバーの本気を出させて怪我でもされたら堪らない、といったところでしょうか」
つまり、今コートで走り回っているのは、野球部の「控えメンバー」か「二軍」ということだ。
おい、嘘だろ。遊び感覚?ただの控えの連中が、Bチームが、あの強度で動いているのか?おかしいだろ、この学校の体育会系の生態系は。どう考えても、文芸部という名の暇人を集めた我が急造SOS団チームが勝てるはずがない。
ハルヒと、ベンチでいつも通り文庫本を開いた長門を除く全員が、野球部の圧倒的な「選手層の厚さ」という絶対的な現実を前に、漠然とした絶望に包まれていた。
そんな、お通夜のようになりかけたSOS団のベンチに、突如として曇天を割る雷光のような、底抜けに明るい声が轟き渡った。
「みっくるーー!! 応援に来たっさーー!!」
緑色の髪をポニーテールに結い上げ、北高の青い体操着をこれ以上ないほどアクティブに着こなした鶴屋さんが、体育館の入り口からぶんぶんと大きく手を振りながら、嵐のようにこちらへと駆け込んできた。
「にょろーん! みくる、何その格好! もの凄く可愛いじゃん!! ハルにゃんが着せたの? 最高っさね!」
「ふ、ふえぇぇん、鶴屋さんまでからかわないでくださいぃ……」
顔を真っ赤にしてチアのポンポンで顔を隠す助平なマスコット(※谷口の視線基準だ)を、鶴屋さんは「あははは!」と豪快に笑いながら抱きしめている。
そんな様子を見ていたハルヒが、パッと目を輝かせて鶴屋さんの肩を掴んだ。
「ちょっと鶴ちゃん、いいところに目をつけたわね! あんたのその有り余る運動神経があれば、あそこの野球部なんて一捻りよ! 今すぐ青ジャージを脱いでコートに入りなさい!」「
おっ、面白そうだね! 私も混ぜて――」
「ダメだよ、涼宮さん」
ノリノリで拳を握った鶴屋さんの前に、国木田がすっと立ち塞がってノートを掲げた。
「これは生徒会主催の公式な大会だからね。事前に提出したエントリーシートに名前があるメンバーしか、ピッチに立つことは許されないんだ。今から鶴屋さんを追加登録するなんて、あの堅物な生徒会長が絶対に認めないよ」
「ちぇー、つまんない。生徒会の分からず屋め!!」
鶴屋さんはぷくっと頬を膨らませたが、すぐに切り替えてコート内を走る野球部へと視線を向けた。その、どこか野性動物を思わせる鋭い瞳が、彼らの爆速のパス回しをじっと見つめる。
「でも、あの野球部の連中、身体は大きいけどなんだか動きがカチカチだね。特に右側にボールが行ったとき、みんなバットを振るみたいに身体が開いちゃってる!」
「……え?」
国木田がハッとして手元のメモ帳に目を落とした。
「……なるほど! 野球のバッティングの癖(くせ)だ! あいつら、全員が右バッターのフォームを崩さないままステップを踏んでるんだ。だから、右サイドから左サイドへの方向転換が一瞬だけ遅れる……!」
「あはは、よく分かんないけど、左側から攻め込めば面白そうっさ!」
おいおい待て。あの有能な軍師・国木田がビデオカメラの映像をスロー再生してようやく気づくレベルの動作のバグを、この姉御は肉眼で、しかも数秒見ただけで見抜いたというのか。この人の野生の勘は一体どういう構造になっているんだ。
「決まりよ! 次の戦術は『左サイド一点突破』ね! 谷口、あんたの出番よ!」
「ひえっ!? お、俺!?」
ハルヒに指名され、真っ白に燃え尽きていた谷口がビクッと跳ね起きた。 左サイドのアラ――それはまさに、谷口の主戦場だった。「鶴屋さんの野生の勘」と「国木田の論理」が導き出した、野球部攻略の鍵。それを握らされたのは、よりによって我がクラスで最も信用ならないお調子者だった。
鶴屋さんの野生の勘によるアドバイスを受け、我が軍師・国木田はスタメンとフォーメーションの急遽変更を決断した。
ハルヒ
古泉
谷口 キョン
国木田
変則の2-1-1システム。狙いである左サイド突破のために古泉と谷口のラインを縦に配置。それと同時に野球部の猛攻に耐えるため、後列(フィクソ)に俺と谷口を並べる二枚看板の防御陣を敷いた。
必然的に中央の古泉の負担が跳ね上がる計算になるが、あの底なし沼のような無尽蔵のスタミナを持つあいつなら、これくらいなんてことはないだろう。そう思わなければやってられない。
ピッチの上に立つ。ここからは前後半十五分の特別ルールだ。
おい待て。前半のたった10分間の全力疾走だけで、俺の身体はボロ雑巾のようになったんだぞ。それが今度は一試合で合計30分走れだと?今度こそ本当にコートの上で心臓が停止してあの世に強制送還されるかもしれん。
しかし、もう後戻りはできなかった。対峙する野球部の面々を見れば、全員が余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のヘラヘラとした表情を浮かべてやがる。所詮、本物の運動部にとっちゃ、こんな学内行事のフットサルなんて、ただの退屈なレクリエーションに過ぎないってわけか。
ピィーーッ!!!
審判のホイッスルが鳴り響き、野球部ボールで試合が始まった。
ボールを受け取った敵のファーストらしき男が、パスを回すでもなく、そのまま力任せのドリブルを敢行してきた。
「おいおい、こっち回せよ〜」
「うるせぇ、俺が決める!!」
野球部同士の、試合中とは思えない笑いながらの暢気(のんき)なやり取り。やっぱり完全に遊び気分じゃねえか。
そう思った次の瞬間、俺は自分の認識の甘さを呪うことになった。
「な、なんだこいつら!?」
戦術?パスワーク?そんな知性的なものはそこには微塵も存在しなかった。奴らはただ、その自慢の身体能力に任せて、フィールドプレイヤー4人全員が一斉に縦へと突っ込んできやがったのだ。
野球部員の一人が、手薄になっている俺たちの右サイドを猛烈な速度で疾走してくる。すぐさま、中央の古泉がカバーのために横へ飛んだ。
肉弾戦となると、古泉、今のこの満身創痍の状況でやり合えるのはお前しかいない。頼むぞ。
俺の期待通り、古泉は相手の強烈なタックルをどうにかその長い身体で受け止め、互角の1on1を繰り広げた。ただ、その顔にはいつもの胡散臭い100万ドルの笑みは綺麗さっぱり消え去っている。眉間にシワを寄せ、これが本当に精一杯といった様子だった。
「じゃあ、任せた」
ポン、と軽い音を立ててパスが回る。マークが外れてフリーになっていた別の野球部員が、弾丸のような速度で俺の守るゴール前へと突っ込んでくるのが見えた。
しゃあねぇ、行くしかねぇ。この際だ、ファウルをもらってイエローカードを切られてでも力ずくで止めてやる。俺がグッと腰を落とし、決死の守備に入った、その瞬間だった。
「ぐわっ!?」
一回戦の疲労がまだ十分に取れていない俺の貧弱な身体は、突撃してきた大柄な男の肩とぶつかっただけで、いとも簡単に傾いだ。難なく、木の葉のように右側へと抜き去られていく。
おい待て、あいつらの身体はどうなってるんだ。骨じゃなくて筋肉の鎧でも着込んでやがるのか。
ドゴォッ!!
間髪入れずに放たれた弾丸のようなシュートは、ゴレイロの国木田が反応して手を伸ばす暇さえ与えず、ゴールネットのド真ん中へと突き刺さった。
前半2分、ゴール。
0 - 1。
SOS団は今大会初めての先制点を許し、1点のビハインドを背負うことになった。
戦術なんてものはまるで無い。闇雲に突っ込んで、適当にパスを回して、当たればラッキーと言わんばかりにシュートを打つ。それだけだ。しかし、ただただ純粋に、生物としてのスペックが強い。これじゃあ、コートの中にハルヒが4人もいるようなもんじゃねぇか……。
ざあざあ、と窓の外の雨音が大きくなっていく。さっきまでの小雨は、いつの間にか本格的な本降りへと変わっていた。体育館の中の湿度は一気に跳ね上がり、俺たちのユニフォーム(※あのダサいSOS団ゼッケンだ)を、容赦なく肌へと張り付かせていくのだった。
「楽勝、楽勝」
コートの向こう側から、野球部員のそんな暢気な声が聞こえてくる。
俺たちの思考はまだ追いついていなかった。
お前ら、万年よくて二回戦進出の県立高校野球部じゃなかったのかよ。それも主力じゃなくて控えのメンバーじゃねーのかよ。なんでそんなに走れて、なんでそんなに身体が強くて、なんでそんなに楽しそうなんだ。
後ろのゴールを守る国木田の方を見た。いつも冷静な我らが軍師の顔色は、明らかに悪い。この不条理とも言えるフィジカル任せの特攻に対する解決策を、流石の彼もまだ閃くことはできていないらしい。
絶体絶命。まだ開始2分、それもたったの1点ビハインドを許しただけだというのに、俺の頭にはそんな最悪な四文字が浮かんでくるのを止められなかった。
「はいはい!! みんな下向かない!!」
前方のセンターライン付近から、コートの曇天を切り裂くようなハルヒの鋭い声が響いた。
「まだ始まったばかりでしょ!! 苦戦なんて重々承知の上でしょ!!」
ハルヒのその一言で、俺と谷口、そして古泉の肩の力がふっと抜けるのが分かった。
そうだ。こんな事態は、対戦相手が野球部だと決まったあの部室の時点から想定内だったはずだ。そうでなければ、あの涼宮ハルヒが大人しくしているわけがない。
「挑戦者、でしたもんね……」
おい、古泉。お前はいつの間に俺の真横まで滑り込んできた。そして、相変わらずパーソナルスペースが近いんだよお前は。
「誰がそんなこと言った?」
「僕が勝手にそう思い込んでいるだけですよ。僕たちには失う物など何もない。しかし、ここで彼らに勝てば、これ以上ない愉快な下剋上です」
それを聞いて、俺は口元を微かに歪めて笑った。やれやれ、この胡散臭い男もたまには面白いことを言うじゃねぇか。
「いいな、それ」
「キョン!!」
名を呼ばれて後ろを振り向くと、ゴレイロの位置から国木田が手招きをしていた。俺は急いで自陣のゴール近くへと駆け寄る。
「キョン。君がこの試合を組み立ててくれ」
「はぁ?」
俺は心底驚いて声を裏返した。
おい国木田、何を言い出すんだ。お前、いっつもルール解説してるだろ。フットサルにおいてこれと言った取り柄も技術も無えこの凡人に、そんな大役ができるわけないだろ!!
「大丈夫。君は一回戦でも、十分にその役目を果たしていたよ」
「俺はただ、やれるだけのこと精一杯やってただけだがね」
「それでいいんだ」
国木田は真面目な目で俺の肩を掴んだ。
「涼宮さんと古泉くんのことを、このチームで一番上手く扱えるのは君みたいだからね。……君がこのチームの司令塔だよ、キョン」
あのな、買い被り過ぎだ。俺はただ、あいつらに一年間振り回され続けた結果、突撃のタイミングを骨の髄まで覚えさせられただけの被害者代表だぞ。
「文芸部(SOS団)、急いで!!」
主審から早く再開しろと催促の声をかけられる。国木田に背中をグイッと強く押された。
「さぁ、行って!!」
センターラインへと走り出す。
俺は一体、何をすればいい? ハルヒの足元にボールがある。俺の頭の中に、部室での鶴屋さんの言葉が鮮烈に蘇ってきた。
――『あいつら、右側にボールが行ったとき、みんなバットを振るみたいに身体が開いちゃってる!』
――『左側から攻め込めば面白そうっさ!』
国木田の言う通り、俺にできることが一つだけあるとすれば、あの人外二人のスペックを、鶴屋さんの見抜いた「野球部の弱点」へと正確に誘導することだけだ。
ピィーーッ!!!
SOS団のキックオフで、運命の試合が再開された。
試合再開の笛が鳴るやいなや、野球部のゴリラどもは相変わらず馬鹿の一つ覚えのように、その圧倒的な質量を武器に突っ込んできた。
えぇい!! 考え込んだって何も始まらねぇ!! 動け、俺の足!!
「古泉、俺によこせ!! 谷口!! 一回、間に入れ!!」
俺の怒号のような指示を聞いた瞬間、古泉一樹の口元に、いつもの、あの胡散臭い100万ドルの笑みがすっと戻ってきた。
左サイドのライン際。古泉は迫るプレスを最小限のステップでかわすと、谷口の足元へ鋭いパスを通した。
「えぇ!? 俺かよ!?」
ロストすんじゃねぇぞ、谷口!!奪われたら今度こそ死ぬぞ!!
「ほらよ、キョン!!」
谷口が必死に伸ばした右足から放たれたボールは、無事、中央の俺の足元へと滑り込んできた。
上出来だ谷口。生きて部室に戻れたら、あとで朝比奈さんの淹れた冷たい麦茶を一杯奢ってやる。この試合に勝てたらだがな。
ボールを収めながら、迫りくる野球部の動きを凝視する。やはりだ。こいつらはパスの行く相手が視界に入っていても、そのコースをあらかじめ塞ごうという意識が根本的に欠落している。これでハッキリ分かった。こいつらはリアルなピッチの上で、何一つ頭を使っていない。まぁ、学内のレクリエーションとして、ただの遊びでやってるわけだからな。とんだ脳筋軍団だぜ。
「上がれ!! 谷口!!」
こいつらは鍛え上げられた強靭な身体と、底なしのスタミナで相手を恐怖させて圧倒するという、極めて単純な戦術を持っている。ただ、それだけだ。そこから先へ進もうとせず、進化を止めている。なら、それに勝る「戦略」を用意して、盤面ごと上書きしてやりゃあいい。こっちを有利な立場にするためのチェスを始めてやる。
いかつい体躯の野球部員が、獲物を見つけた肉食獣のようなスピードで俺にプレスをかけてくる。
俺は引きつけるだけ引きつけ、中央へすっと侵入してきていた古泉へワンタッチでパスをはたいた。ボールを受けた古泉は前を向かず、寄ってきたディフェンスの裏をかくように、再び左サイドの谷口へダイレクトのパスを通す。
「また、俺かよ!!」
谷口が悲鳴を上げながら、さらにワンタッチで俺へとボールを戻してきた。
「キョン、なんとかしろ!!」
その瞬間、俺の目がギラリと光った。
「よし、空いた」
俺は野球部のディフェンスラインが中央に凝縮したことで生まれた、広大なオープンスペースへと一気に侵入する。
その頃、ベンチからこの戦況をじっと見つめていた鶴屋は、楽しそうにポニーテールを揺らした。
「ほっほ〜、キョンくんやるねぇ」
「ふぇ? どういうことですか?」
朝比奈みくるはポンポンを胸元で握りしめながら、不思議そうに首を傾げる。
「無理に相手のパワーっていう土俵に上がらずに、自分たちの頭脳を使って最善をやろうとしてるっさ。あはは、あっちの野球部、完全に躍らされてるさね!」
「???」
とにかくボールを止めるな。ちくしょう、さっきから足の筋肉がプルプルと震えやがって限界を訴えているぜ。だが、止まるわけにはいかない。そうだ、俺たちの小気味いい即興パスに翻弄されて、そのまま目を回せ脳筋軍団。
ほら、ボールを取れそうだろ?普通だったら、お前たちのその爆速の出足なら、もうとっくに奪い取っているはずだよな?甘いぜ。お前たちがプレスの先へ足を一歩踏み出したときには、ボールはもうそこには無いんだよ!!
「谷口!! ワンタッチで回せ!!」
「無茶言うな!! 俺はただの素人だぞ!!」
遊び半分で俺たちSOS団に挑んできたことを、コートの上で骨の髄まで後悔させてやる。 この、極限状態の中で紡ぎ出される泥臭い即興連携こそが、思考の停止したお前たちの肉体の壁をぶち抜く、唯一無二の鍵になるんだ!!
ふはははは!! なんだか自分でもよく分からねぇが、脳内が妙にやばいテンションに突入してきやがったぜ!! 俺のちっぽけな脳細胞が、人生でかつてないほどの速度で高速フル回転してやがる。この凄まじい処理能力を、日頃の退屈な勉学の方にも少しは登用できればいいんだがね。やれやれ!!
俺たち三人は、小刻みで素早いワンタッチパスを回しながら、野球部のゴリラどもを面白いくらいに翻弄し、相手陣内へと確実に突き進んでいった。
そうだ、これはさっきまでの単調な三角形のパスじゃねぇ。パスを出した人間が、必ず次のオープンスペースへと全力で移動するんだ。
俺が中央から古泉へ出す。そして、俺は中央から即座に右サイドへ走る。ボールを受けた古泉が左の谷口へ出す。古泉は一瞬で中央のスペースへと滑り込む。谷口が右の俺へ戻す。 それと同時に谷口はそのまま左の奥へと突き抜ける。
パスを一本出すのと同時に、俺、古泉、谷口の三人の位置が目まぐるしく、かつ有機的に入れ替わっていく。 これが俺たちの『三連環(トライアングル・チェイン)』だ!!
くっ、思わずハルヒみたいなネーミングしちまったぜ!!
急造チームの男三人がピッチ上で描き出すその変幻自在の軌道を前に、野球部のマークシステムは完全に機能不全を起こしていた。
「クソッ、なんでこいつら、さっきまでいた場所にいねぇんだよ!!」
焦り狂った野球部のディフェンダーが、床にシューズを激しく軋ませながら悲鳴のような声を上げる。
てめぇで考えろ、バーカ。画面の中しか見てない連中よりはマシだが、お前たちのその筋肉の詰まった脳みそじゃ、このリアルな幾何学(きかがく)のスピードには一生追いつけねえよ。
「お膳立ては済んだぜ……!!」
「キョーーーン!!」
すでに足がもつれてヘロヘロになった谷口から、執念とも言えるラストパスが、俺の足元へと正確に回ってきた。
俺は迫りくる敵のプレスの気配を感じながらも、ボールを止めることなく、右足のインサイドでその軌道を優しく前方のオープンスペースへと変えてやった。
そこにいるんだろ、団長さん……。
俺たち男三人が狂ったようにピッチを動き回って敵の視線を釘付けにした結果、野球部のレーダーから完全に消え去り、どフリーとなっていた涼宮ハルヒが、背後から音もなく一気に抜け出してくるのが見えた。
ハルヒの瞳には、獲物を完全にロックオンした、あの獰猛で美しい光がギラギラと灯っていた。