魔女さんと、世界の忘れもの   作:醤油マヨ

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第十一節 魔女さんの求人

翌朝、私はいつもより早く森の家を出た。

 

 早起きをした理由は、やる気に満ちていたからではない。街の代表者たちへ説明するための資料を夜のうちにまとめていたところ、考えなければならないことが次々と増え、結局いつもより早い時間に目が覚めてしまったのである。大樹が崩壊するまでの推定期間、地下施設の機能、東部保全区画について判明した情報を紙へ書き出してみると、眠れば問題が小さくなるという期待は持ちにくかった。

 

 街へ向かう道では、今日も多くの鳥が大樹の方角へ飛んでいた。昨日ほど密集してはいないものの、誘引作用はまだ続いているらしい。白い花が咲いた大樹の樹冠は森の外からでもよく見え、朝の薄い光を受けて淡い青緑色に輝いている。

 

 見た目だけなら、以前より元気になったようにさえ思える。

 

 その内部が構造維持率三十四パーセントで、暫定的な処理を続けても九か月ほどしか保たないとは、地下施設の表示を見ていなければ誰も信じないだろう。

 

 記録庫の奥にある小会議室には、すでに三人が集まっていた。記録官のオルド、街議会を代表するマルタ、そして衛兵隊長のガレスである。さらに部屋の隅には、昨日の調査に同行した証人としてリオも座っていた。

 

「あなたは外で待っていてもいいのですよ」

 

 私が声をかけると、リオは少しだけ椅子へ深く座り直した。

 

「僕も地下で見たので、最後まで聞きます」

 

「途中で退屈して、机の上のものへ触らないのであれば構いません」

 

「魔女さんが探索者に言うみたいなこと、僕にも言わないでくださいよ」

 

「昨日までの行動を見ている限り、探索者よりは信用しています」

 

 褒めたつもりだったが、リオはあまり嬉しそうではなかった。

 

 私は持参した記録を机へ広げ、地下施設で判明したことを順番に説明した。大樹の正式な呼称が中央樹冠個体であり、街だけではなく周辺の水や土壌、魔力濃度まで維持していること。五百年以上前に外部からの供給と中央管理権限を失い、複数の管理槽が停止していること。現在の第三管理槽による延命処理だけでは、長くても二百七十日前後しか構造を維持できないこと。

 

 そして、崩壊した場合には中央居住区の七十二パーセントへ被害が及ぶと予測されていることも伝えた。

 

 説明が進むにつれ、部屋の空気は目に見えない重さを増していった。普段は税や交易の問題でも滅多に表情を変えないマルタが、最後まで聞き終えたところで椅子の背へ身体を預け、ゆっくりと息を吐いた。

 

「その七十二パーセントという数字は、どこまで信用できるの?」

 

「何を被害と数えているのかまでは分かりません。ただ、大樹が倒れるだけでも街の広い範囲が巻き込まれることは確かです。さらに地下水や魔力環境への影響まで考えると、楽観できる数字ではないでしょう」

 

「住民には知らせるべきかしら」

 

「いずれは必要です。ただ、今すぐ『大樹は半年ほどで壊れます』とだけ発表するのは勧めません。避難先もなく、修復の方法も確保できていない状態では、恐怖だけを与えることになります」

 

 マルタは腕を組み、しばらく考えてから頷いた。まずは議会と衛兵隊の一部にだけ知らせ、東部保全区画の調査結果が出るまで一般への公表は控えることになった。

 

「それで、そのドームへ行けば大樹を直せるのね?」

 

「直せるとはまだ断言できません。修復に必要な中央管理権限が最後に記録された場所が、東部保全区画だというだけです」

 

「ずいぶん心強くない言い方だな」

 

 ガレスが眉を寄せた。

 

「根拠のない安心を配るよりは正確でしょう。それに、あの入口の中には大きな目のようなものが二つ見えました」

 

 会議室が少し静かになった。

 

 私は誤解を避けるため、すぐに補足する。

 

「本当に目かどうかは分かりません。並んだ照明だった可能性もあります。ただし、目だった場合には、かなり大きな持ち主がいることになります」

 

「先に聞きたかった話だな」

 

「今、先へ進む人を決める前に伝えています」

 

 隠してはいない。順番を選んだだけである。

 

 ガレスは机に広げられた周辺地図を見ながら、衛兵と経験のある探索者を数名派遣すると言った。その言い方からすると、私は街に残して報告を待たせるつもりらしい。

 

「私も行きます」

 

 そう告げると、マルタとガレスが同時にこちらを見た。オルドは予想していたらしく、眼鏡の位置を直しただけだった。リオに至っては、最初から当然だと思っている顔をしている。

 

「危険だぞ」とガレスは言った。「昨日、井戸の縄梯子だけで相当疲れていたそうじゃないか」

 

 街の情報伝達は、不必要なところに限って非常に速い。

 

「誰から聞いたのです?」

 

「広場にいたほぼ全員からだ」

 

「五百年前の情報は何も残っていないのに、私の体力については一日で街中へ伝わるのですね」

 

 人類の情報網は、扱う内容を選ぶらしい。

 

「ですが、携行認証子は私を暫定管理員として登録しています。東部保全区画の入口や内部でも、認証が必要になる可能性が高いでしょう。それに旧文明の設備から得た情報や、採取した物質の性質をある程度理解できる者も必要です」

 

「ある程度、なのね」

 

 マルタの確認に、私は素直に頷いた。

 

「完全に理解していると言う者がいたら、その人は嘘をついている可能性があります」

 

 現在分かっていることより、分からないことの方が多い。それでも、何も知らない人間だけを送り出すよりはましなはずだった。

 

 しばらくの相談の末、私の同行は認められた。ただし護衛を最低二人つけ、無理に先行せず、危険を感じた時には調査を打ち切ることが条件となった。

 

「護衛については、こちらからお願いするつもりでした」

 

 私は持参した別の紙を机へ置いた。旅に必要なものを書き出した一覧で、その下には同行者へ求める条件も記してある。

 

 ガレスが紙を取り上げ、最後の行を読んだ。

 

「『体力があり、重い荷物を持てる者。できれば二人』か。護衛より荷物持ちを探しているように見えるぞ」

 

「兼任していただければ理想的です。役割を一つに限定する必要はありません」

 

「要求が具体的だな」

 

「昨日までの経験から学びました」

 

 人類の発展は、同じ苦労を繰り返さないための工夫から始まる。少なくとも私は、重い荷物を自分一人で持つ旅を始めるつもりはなかった。

 

 衛兵側の同行者は、その日のうちに紹介された。

 

 名前はディン。二十代後半の男性で、普段は街門の警備や周辺の巡回を担当している。背が高く、厚い上着の上からでも身体つきがしっかりしていることが分かる。槍と短剣を扱い、街の外での野営経験もあるという。

 

「三日眠らなくても荷物を運べる男だ」

 

 ガレスが紹介すると、ディン本人はすぐに首を振った。

 

「三日は言い過ぎです」

 

「二日なら大丈夫ですか?」

 

 私が尋ねると、彼は少し困ったような顔をした。

 

「日数を減らせばいいという話ではありません」

 

「では、普通に眠っていただきましょう。重い荷物は持てますか?」

 

「それは問題ありません」

 

「採用です」

 

「そこが決め手なんですか?」

 

「かなり重要です」

 

 護衛としての能力はガレスが保証している。ならば、私が確認するべきなのは旅の間にどれだけ荷物を任せられるかである。

 

 ディンは納得しきれない様子だったが、少なくとも同行を断る気はないらしい。

 

 探索者側については、もう少し慎重に選ぶ必要があった。西の古代遺跡群で長く活動している者を何人か記録庫へ呼び、経験や野営能力、罠への対処方法について話を聞くことになった。

 

 その際、私は携行認証子を机の中央へ置いた。

 

「これは大樹の地下施設に関係する旧文明の遺物です。ただし、今は触らないでください」

 

 最初の候補者は、質問を始めて五分ほどで黒い板へ手を伸ばした。

 

 私は彼の指が触れる直前に、板を自分の方へ引き寄せた。

 

「触らないでと言いましたよね」

 

「いや、持ち上げないと裏側が見えないだろ」

 

「失格です」

 

「早くないか?」

 

「五分も持ちませんでした」

 

 彼は不満そうに何か言っていたが、知らない装置の中で同じことをされるよりは、ここで帰ってもらう方が互いのためだった。

 

 二人目は最初の候補者を見て警戒したのか、十分ほどは手を出さなかった。しかし私がガレスと話している間に、中央の窪みへ指先を置こうとした。

 

 やはり失格とした。

 

「犬の躾みたいになってきたな」

 

 ガレスが小声で言った。

 

「珍しいものを見ると触らずにはいられない人間が多いのです。五百年前の文明が衰退した理由について、私の好奇心説がますます有力になってきました」

 

「自分も昨日、根に触って施設を動かしたんじゃなかったか?」

 

「その反省を他人へ活かしているのです」

 

 経験とは、自分が失敗したあとで他人へ注意できるようになることを指すのかもしれない。

 

 三人目に現れたのは、セラという女性だった。年齢は三十前後で、西の遺跡群を十年ほど探索している。弓を得意とし、罠や古代施設の構造にも多少の知識があるという。

 

 彼女は机の上の認証子へ一度視線を向けたものの、面談が終わるまで手を伸ばさなかった。

 

「興味はありませんか?」

 

 最後に尋ねると、セラは黒い板を眺めながら答えた。

 

「あるよ。でも人の物だし、触るなって言われたからね」

 

「採用です」

 

「それだけで決めていいの?」

 

「かなり重要な能力です」

 

 探索者としての経歴にも問題はなく、危険な遺跡から仲間を連れて戻った経験もある。少なくとも、説明の途中で勝手に装置を起動する心配は低そうだった。

 

 こうして、東部保全区画へ向かう調査隊は、私、ディン、セラの三人に決まった。

 

 そこで、会議室の隅から遠慮がちな声がした。

 

「僕は?」

 

 リオが手を挙げている。

 

「留守番です」

 

「どうしてですか?」

 

「十五か十六歳のパン屋の息子を、五百年間閉ざされていた巨大施設へ連れていく理由がありません」

 

「僕、地下施設にも入りましたよ」

 

「昨日の施設は街の真下でした。今回の目的地は、道のない森を何日も進んだ先です」

 

「荷物を持てます」

 

「ディンさんがいます」

 

「走れます」

 

「ディンさんも走れます」

 

「パンを焼けます」

 

 私は少し考えた。

 

「それは多少魅力的ですね」

 

「魔女さん」

 

 ディンに呆れた声で呼ばれた。

 

 旅先で焼きたてのパンを食べられるのは確かに魅力的だが、それだけを理由に危険な場所へ連れていくわけにはいかない。

 

「冗談です。リオには別の仕事を頼みます」

 

「何です?」

 

「私たちが戻るまで、大樹と井戸の状態を記録してください。毎朝と夕方に葉の色、花の数、井戸水の変化を確認する。ただし地下施設へは入らず、井戸水を味見してはいけません。何か大きな変化があれば、オルドさんかガレスさんへ知らせてください」

 

 単なる留守番ではなく、役割を与えられたことで、リオの表情が少し変わった。

 

「重要な仕事ですか?」

 

「かなり重要ですよ。私たちが戻った時、留守中に何が起きたのか分からなければ、次の判断ができません」

 

 彼はしばらく考えたあと、まだ少し不満そうながらも頷いた。

 

「分かりました。毎日記録します」

 

「管理人のお爺さんが井戸水を飲まないよう、見張ることもお願いします」

 

「そっちの方が難しそうです」

 

「人類の命運より、目の前の老人一人を止める方が難しい場合もあります」

 

 会議と面談を終えた頃には、窓から差し込む光がずいぶん傾いていた。机の上には街の周辺地図と、必要な物資の一覧、それから調査隊三名の名前が並んでいる。

 

 東部保全区画へ行くという話が、ようやく具体的な予定へ変わり始めていた。

 

 数日前まで、私は森の家で打ち身用の軟膏を作っていただけである。それが今では、五百年間誰も入れなかった巨大ドームへ向かうための同行者を面接している。

 

 薬師という仕事の範囲について、街の人々との間にかなり大きな認識の差があることは以前から知っていた。

 

 しかし、その差が街から数日離れた巨大施設にまで及ぶとは思っていなかった。

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