調査隊の顔ぶれが決まった翌朝、私は森の家ではなく、街の南東門にある衛兵詰所の倉庫で大量の荷物と向き合っていた。
乾燥肉、堅パン、干し果物、豆、塩、水筒、毛布、雨具、予備の靴、火口箱、縄、携帯灯、交換用の魔石、それに野営用の小さな鍋まで、旅に必要だと思われる品が床の上へ並べられている。個別に見ればどれも必要なものだったが、一か所へ集めると、これから小さな家ごと運び出すような量に見えた。
「これを三人で持つのですか?」
私が尋ねると、荷物の確認をしていたディンは、当然だという顔で頷いた。
「食料を七日分にしたので、多少は重くなります。最短なら片道三日ほどですが、地図が古いですし、予定どおり進める保証もありませんから」
「そこは理解しています。ただ、理解したことによって荷物が軽くなるわけではないのが問題ですね」
私は床へ並ぶ袋を眺めながら、自分が持つことになりそうな量を静かに計算した。計算の途中で好ましくない結果が出たため、改めてディンの体格へ目を向ける。彼は衛兵らしく背が高く、肩幅も広い。昨日、重い荷物を持てることは確認済みだった。
「念のため尋ねますが、昨日の『持てます』という回答は、今日も有効ですか?」
「有効ですよ」
「安心しました。人の気持ちは一晩で変わることがありますから」
「荷物を全部押しつけようとしてません?」
「全部ではありません。薬品は私が持ちます」
嘘ではない。薬品の中には扱いを誤ると危険なものもあるため、知識のない人間へ任せるつもりはなかった。ただし薬瓶の大半は小さく、乾燥肉の袋や毛布と比べればかなり軽い。
そこへ、古い周辺地図を広げていたセラが顔を上げた。
「食料は七日分でいいとして、水は途中で補給するしかないね。全部持つと、それだけで一人分の荷物になる」
「川や湧水の位置は分かりますか?」
「街道沿いまでは。森へ入ってからは、この地図だと一本あるはずだけど、五百年前と同じ場所を流れている保証はないよ」
「川は意外と移動しますからね。人間より落ち着いて見えるのに、長い時間で考えるとかなり自由です」
水そのものは現地で確保するとしても、安全性を確かめる必要がある。私は浄水用の薬と、井戸水の調査にも使った旧文明の黒い棒を自分の鞄へ入れた。何に反応しているのか分からない道具ではあるが、自然の水と旧文明由来の液体で違う反応を示すことだけは分かっている。
「その棒、本当に持っていくの?」
セラが尋ねた。
「水へ入れると色が変わります」
「何の色に?」
「水によります」
「色で何が分かるの?」
「何かが違うことは分かります」
セラはしばらく黒い棒を見つめたあと、それ以上質問するのを諦めた。賢明な判断である。私も長年使っているが、詳しく聞かれると同じところで説明が止まる。
次に薬を選ぶ。傷薬、止血剤、解毒剤、火傷用の軟膏、腹痛を抑える丸薬、虫刺され用の塗り薬、熱冷ましに加えて、魔力を急激に失った時に使う刺激剤も用意した。未知の旧文明施設へ行く以上、何が必要になるかは予測しづらいが、種類を増やしすぎれば荷物になる。
私は棚から取り出してきた小箱を開けた。中には白い錠剤が六つ、布へ包んで収められている。
「それは何の薬?」
セラが覗き込んだ。
「強い覚醒薬です。一時的に疲労感と眠気を抑えます」
「便利そうだね」
「効果が切れたあと、半日ほどほとんど動けなくなります」
「便利じゃないね」
「ですから非常用です。主に私の」
ディンが薬と私を交互に見た。
「使う前提なんですか?」
「使わないことを前提に持っていきます。世の中には、持っているだけで安心できるものもありますから」
「持っているから無理をする人もいますよ」
「その場合は止めてください」
「魔女さんを?」
「私をです」
自分の体力については誰より私が詳しい。しかし、詳しいことと正しい判断を続けられることは別だった。目の前に知りたいものがあると、少しくらいなら進めるのではないかという錯覚を起こす可能性はある。
そういう時のためにも、同行者は必要である。
荷物の分担は、最終的にディンが食料と野営道具の大半を持ち、セラが縄や工具、予備の矢と探索用の装備を担当し、私は薬品、試薬、携行認証子、地図、それに比較的軽い食料を持つことになった。
準備の様子を見に来ていたリオが、私の鞄とディンの荷物を見比べた。
「魔女さんの荷物だけ、かなり軽くないですか?」
「薬は重要ですよ」
「重要かどうかではなく、重さの話です」
「液体は見た目より重いものです」
「それでもディンさんの半分もなさそうですけど」
「適材適所という言葉を知っていますか?」
「知ってます」
「では解決ですね」
リオは解決していないという顔をしたが、私は鞄の口を閉じた。人類が分業を覚えたからこそ、現在の生活が成り立っている。全員が同じものを同じ量だけ持つ必要はないし、私が重い食料袋を持って途中で動けなくなれば、結局その袋と私の両方を誰かが運ぶことになる。
それを考えれば、最初から軽い荷物を持つ方が全体として合理的だった。
準備が一段落した頃には、太陽がかなり傾いていた。出発は翌朝である。私は最後に大樹と井戸の様子を確認するため、中央広場へ向かった。
白い花を咲かせた大樹は、夕方の光の中でも淡く発光していた。朝から比べると鳥の数は減っているが、枝の間にはまだ多くの影が見える。甘い香りにも、街の人々はすっかり慣れてしまったらしく、露店や荷車は大樹が変化する以前と変わらず広場を行き交っていた。
井戸の周囲には衛兵が一人立ち、管理人の老人もその近くにいた。
私は彼を見るなり、挨拶より先に確認した。
「今日は井戸水を飲んでいませんよね?」
「飲んどらん」
「偉いです」
「子供扱いするな」
「二日続けて注意を無視した人を、ほかにどう扱えばよいのか分からなくて」
老人は何か言い返そうとしたが、ちょうど近くにいた衛兵まで頷いたため、諦めたように口を閉じた。
私は井戸の封鎖が維持されていることを確かめ、それから大樹の根元へ近づいた。出発前に、幹を流れる光が昨日より強くなっていないか見ておきたかったのである。
直接触れるつもりはなかった。
少なくとも、その時までは。
鞄の中に入れていた携行認証子が、突然小さく震えた。
取り出してみると、中央の円形部分に青い光が浮かび、新しい文字が表示されている。
『暫定管理員 管理区域外への移動予定を検出』
「予定まで分かるのですか」
昨日、東部保全区画への誘導信号を受信したことや、旅の準備を進めていたことから判断したのだろうか。考えていると、表示が次の文章へ切り替わった。
『東部保全区画への移動支援を要求しますか』
「支援?」
隣から表示を覗き込んだリオが、期待するような声を出した。
「押してみましょうよ」
「旧文明の設備へ何かを要求すると、大抵こちらの想像より大きなものが動きます」
「でも支援って書いてあります」
「安全な支援とは書いてありませんよ」
とはいえ、東部保全区画へ向かう以上、利用できる機能は確認しておいた方がよい。地下施設から受けられる助けがあるなら、未知の森へ入る前に知っておきたかった。
私は念のため周囲の人々へ少し離れるよう伝えてから、認証子の中央へ触れた。
『要求を受理しました』
大樹の内部から、地面を通して低い振動が響いた。
私はすぐに数歩下がった。
「やはり何か動きましたね」
「今度は何です?」
「それを今から確認します」
幹の溝を流れていた青白い光が、樹冠ではなく根元へ向かって集まり始めた。石畳がわずかに揺れ、継ぎ目の一部が持ち上がる。
人々が距離を取る中、地面から一本の細い根が伸びてきた。普通の根とは違い、表面には銀色の線が走り、その先端には淡い青光が集まっている。
根は私の前で動きを止めると、蕾が開くように先端を広げた。内側には植物の繊維だけでなく、複雑な銀色の構造が組み込まれている。その中央から、手のひらほどの大きさをした物体が一つ押し出され、石畳の上へ静かに置かれた。
薄い緑色を帯びた半透明の物体で、丸く磨かれた石にも、まだ固まっていない硝子にも見える。根は役目を終えると、地面の中へゆっくり戻っていった。
私は石畳に残された物体を見つめた。
「拾わないんですか?」
リオが尋ねる。
「できれば誰かに拾ってもらいたいですね」
「魔女さんのために出したものですよね?」
「私のために出したものだから安全だとは限りません。薬も、患者のために作られていますが、使い方を間違えれば危険です」
そこへ、荷物の最終確認を終えたディンとセラが広場へやってきた。事情を聞いたセラは、地面の物体から少し距離を置いたまま尋ねた。
「触らない方がいい?」
「その判断ができる人を選んで本当によかったです」
携行認証子を確認すると、新しい情報が表示されていた。
『携行型環境補助子 稼働状態:正常』
『暫定管理員への一時貸与を承認』
「貸し物だそうです」
私はしゃがみ込み、手袋をした手で慎重に環境補助子を拾い上げた。見た目より軽く、表面にはほんのりとした温かさがある。
手の中へ収まった瞬間、内部で淡い光が灯り、携行認証子へ機能の一覧が表示された。
周辺の大気と魔力濃度の測定、水質の簡易検査と浄化、一定範囲内の生命反応検知、危険環境への警告、東部保全区画から送られる誘導信号の受信。
どれも、これから森を進むうえで役立つものばかりだった。
「かなり便利ですね」
私が素直に感心すると、セラも環境補助子を横から観察しながら頷いた。
「水を調べられて、道案内もできるなら助かる。旧文明の道具って、もっと使い方の分からないものばかりかと思ってた」
「私もそう思っていました。説明が表示されるだけで感動できますね」
これまで使っていた黒い棒は、液体へ入れると色が変わるだけで、何に反応しているのかさえ教えてくれなかった。文明が発展していた時代には、道具が用途を説明することなど当たり前だったのかもしれない。
私は環境補助子を鞄へ収めようとした。
その直前、内部の光が黄色へ変わり、認証子に警告が表示された。
『警告:東部保全区画周辺の環境情報が、基準値から大幅に逸脱しています』
私は手を止めた。
「いつの情報です?」
『最終観測時点:五〇一年九ヶ月前』
「古すぎますね」
リオが言った。
「ええ。古すぎます」
現在の状況を示しているわけではない。しかし、五百年前の時点ですでに、東部保全区画の周辺は旧文明の基準から大きく外れた環境になっていた。
しかも、五百一年九ヶ月前という時期は、第三樹冠管理槽が外部通信を失い、人類の情報断絶が起きたとされる年代とほぼ重なっている。
その異常が過去のものとして終わっているのか、それとも五百年を経た今も続いているのかは分からない。
翌日、私たちはそこへ向けて出発する。
便利な貸し物を受け取ったことで旅への不安は少し減るはずだったが、最後の警告によって、減った分より多くの不安が増えた気がした。
旧文明の設備は、必要な助けを与えたあとで、それを使わなければならない理由まで丁寧に増やしてくれるらしい。