森の家へ戻る方法について、私が拒否したのはディンに背負われることであって、移動を手伝ってもらうこと自体ではなかった。
その違いを説明している間に、リオがパン屋から配達用の小さな荷車を借りてきた。普段は小麦袋や焼きたてのパンを運ぶためのもので、荷台には厚い布まで敷かれている。試料や調合器具を安全に運ぶにはちょうどよく、私がその端へ腰掛けても、まだ十分な余裕があった。
「結局、乗るんですね」
荷車の取っ手を握ったディンに言われ、私は膝の上の採取瓶を両手で支えながら頷いた。
「薬師と試料をまとめて運べるのですから、非常に合理的です。ただし、私は荷物として乗っているのではなく、移動中も試料を保護する係として同乗しています」
「荷車を借りに行った時、母さんには『魔女さんを運ぶ』って説明しましたけど」
リオが横から余計な情報を加えた。
「次からは、『重要な医療資材を運ぶ』と言ってください。嘘にはなりません」
「魔女さんのことですよね?」
「その確認は不要です」
パンを届けるより慎重な速度で荷車を引いてもらい、私たちは森の家へ戻った。途中で何度か大樹を振り返ったが、白い花は依然として街の上へ降り続けている。夕暮れの中で東側の枝はさらに低くなり、街の屋根へ触れそうなほど垂れ下がっていた。
家へ着くと、私は休む間もなく作業台を空けた。リオが記録用紙を時刻順に並べ、ディンとセラには水と薪、それから私が指定した薬草を用意してもらう。東部保全区画で使った特殊な設備はないが、ここには長年使い慣れた鍋と蒸留器、試薬、それに必要な材料の場所を迷わず把握できるという利点がある。
少なくとも、巨大な調合槽から「小規模」と称して人の入れそうな容器を出される心配はなかった。
私はリオが残した六本の井戸水と、大樹の根圏循環液を小皿へ分け、時刻順に黒い棒の反応を比較した。最初の井戸水には淡い緑色が現れ、その翌日には乳白色の輪が混ざっている。供給が最も強かった時刻の試料では輪が何重にも重なり、昨夜を境に緑色そのものが急激に薄くなっていた。
根圏循環液では、緑の光が途切れ、その間を乳白色の塊が塞ぐように並んでいる。
「この白い輪が、食べさせすぎた分なのですか?」
リオは作業台の向こうから、身を乗り出すように棒を見つめていた。
「大まかにはそう考えてよいでしょう。ただし、栄養そのものではなく、根が処理できずに抱え込んでいる状態を示している可能性があります。同じ量を受け取っても、元気な根なら使えますが、弱った根では流れを塞いでしまうのです」
人間でも、長く食事を取れなかったあとへ急に大量の料理を詰め込めば、身体は元気になるどころか余計に苦しくなる。大樹ほど巨大な患者でも、その点はそれほど変わらないらしい。
第三管理槽が行ったことは、五百年近く空腹だった者へ、昔と同じ量の食事を一度に与えるようなものだった。そして危険へ気づいたあとは、今度はすべてを取り上げてしまった。
必要なのは、新しい栄養を足す薬ではない。
根の中へ偏って残っているものを一度受け止め、弱っている場所へ少しずつ渡すための薬だった。
私は棚から灰柳の内皮を取り出した。乾燥させて薄く削った灰色の樹皮で、鉱山近くの水を飲んで腹を壊した者へ使う薬にも加えている。水へ溶けた鉱物や魔力塩を吸着する性質があるが、強く働かせすぎれば、身体に必要な成分まで奪ってしまう。
その働きを緩めるため、月白草の煎液を加える。さらに赤茎茸から取り出した粘りのある成分を少量混ぜれば、捕まえた栄養を一度に放さず、流れの薄い場所で少しずつほどく形にできるかもしれない。
「吸い取る薬を作るのですか?」
「吸い取って捨てるのではありません。一時的に預かって、足りない場所へ運びます。少なくとも、そうなるよう作るつもりです」
「うまくいかなかったら?」
「ただ栄養を全部奪う薬になります」
リオの顔が曇ったので、私はすぐに付け加えた。
「ですから、いきなり大樹へ使わず、ここで試すのですよ」
一度目の試作では、灰柳の成分が強すぎた。
根圏循環液へ一滴加えると、乳白色の輪は確かに消えたが、黒い棒へ現れていた緑色まで急激に薄くなった。液体は澄んだものの、必要な魔力構造までほとんど残っていない。
「きれいになりましたね」
「見た目だけなら。ただし、これは患者の食事を整えたのではなく、皿ごと片づけた状態です」
私は失敗した試料へ印をつけ、灰柳の量を半分以下へ減らした。
二度目は緑色を残すことには成功したものの、乳白色の輪が細かな塊へ変わり、液体の一部へ集まってしまった。吸着した成分が均等に流れず、薬の中で固まっている。
小皿を横から覗いていたリオが、思わずというように口を開いた。
「パンの生地みたいです。一度に水を入れた時の」
「パンですか?」
「粉に水をまとめて入れると、外側だけ濡れて、中に粉が残った塊ができます。あとからいくら混ぜても、なかなか消えないんです。最初に少しの水で柔らかくして、それから残りを足すと、きれいに混ざります」
説明しながら、リオは途中で自分の発言が薬作りへ関係するのか不安になったらしく、少しだけ声を弱めた。
「薬とは違いますけど……」
「いいえ。同じかもしれません」
私は二度目の試料を拡大鏡で確認した。灰柳の成分は、大樹の循環液へ入れた瞬間に高濃度の供給物へ取り囲まれ、その外側だけで固まっている。最初から薄い液体の中へ混ぜるのではなく、少量の供給液と月白草で均一な母液を作り、それを根圏循環液へ少しずつ加えれば、塊にならず広がる可能性があった。
「リオ。第三管理槽が供給していた時、大樹の光は何回ずつ明滅していました?」
「最初の二日は、七回です。七回光ってから少し休んで、また七回。止まる前だけ、一度強く光りました」
彼はすぐに記録から該当する頁を開き、明滅の間隔まで示した。砂時計を使って測っていたため、おおよその周期も分かる。
大樹の根圏循環が、その七回を一つのまとまりとして動いていたのなら、薬も同じ間隔へ合わせて入れた方がよいかもしれない。
「今度は、一度に混ぜません。少量ずつ、七回に分けて加えます。合図をお願いできますか?」
「僕が?」
「記録した本人が一番正確でしょう」
リオは嬉しさを隠そうとして口元を引き締めたが、背筋が急に伸びたので、あまり隠せてはいなかった。
「分かりました。ちゃんと数えます」
私は三度目の薬を作った。
灰柳の抽出液を大幅に薄め、月白草の煎液へ少しずつ混ぜる。そこへ赤茎茸の成分を加え、高濃度の供給物を模した白い膜を少量だけ取り込ませると、乳白色だった塊は細かな粒となり、淡い緑の中へ均等に散った。
その母液を、根圏循環液へ一滴ずつ加えていく。
「一回目」
リオの声に合わせ、最初の一滴を落とす。途切れていた緑色の一部が繋がり、乳白色の輪がわずかに細くなった。
「二回目。三回目」
間隔を空けながら続ける。四回目を過ぎると、白い輪は塊ではなく細い光となり、緑色の薄い場所へ向かって広がり始めた。
「六回目……次で最後です」
七滴目を落とし、私は小皿を動かさずに待った。
黒い棒の先端では、途切れていた緑色が一つへ繋がり、その中を乳白色の細い線がゆっくり巡っている。白い反応そのものは消えていない。しかし、一か所へ重ならず、全体へ均等に分かれていた。
環境補助子を近づけると、根圏循環液の魔力圧と栄養濃度が、急激に上がることなく安定していると表示された。
「できたのですか?」
リオは小皿と私の顔を交互に見ている。
「少なくとも、小皿の中では。余ったものを奪うのではなく、根が使える濃さへ薄めながら流す薬になっています」
私は別の濃度でも同じ試験を繰り返した。過剰供給の強かった東側を想定した試料では灰柳を少し増やし、供給の少なかった西側を想定したものでは月白草と赤茎茸を中心にする。一本の大樹であっても、すべての根へ同じ薬を流してはいけない。
その違いを決めるために使ったのが、リオの描いた枝の図だった。
どの枝が最初に光り、どこから先に花が散ったのか。彼の記録へ三種類の印をつけると、大樹の中で供給が強すぎた場所、不足した場所、まだ比較的安定している場所が、おおよその地図として浮かび上がった。
「あなたの記録がなければ、一本の薬を大樹全体へ流していたでしょう」
「それだと駄目だったんですか?」
「東側には弱すぎ、西側には強すぎたと思います。大樹を治すつもりで、今度は別の偏りを作っていたかもしれません」
リオは完成した図を見つめ、少しだけ息を呑んだ。その後で、自分の文字が薬の処方へ繋がったことを確かめるように、紙の端を慎重に押さえた。
「本当に、役に立ったんですね」
「何度もそう言っていますよ」
「でも、今度は薬になったので」
十五歳の少年らしい誇らしさが顔へ浮かんだ。すぐに大人びた表情へ戻ろうとしたが、今回はそのままでよいと思い、私は何も指摘しなかった。
携行認証子を通じて、三種類の試作結果を第三樹冠管理槽へ送る。施設は成分と反応を解析し、しばらくして回答を返した。
『根圏循環移行用緩衝薬として登録可能です』
『中央樹冠個体への急性毒性は、許容範囲内と予測されます』
『小規模根系への投与試験を推奨します』
「いきなり全体へ流すつもりはありません。まず一本の根で確かめます」
『薬師による段階的治療工程を登録しました』
認証子の隅には、大樹が現在の状態を維持できる時間も表示されている。
十三時間四十六分。
森の家を出る前には、日付が変わる。
私は完成した三本の小瓶を布へ包み、黒い棒と一緒に薬箱へ収めた。リオは言われる前から記録板を抱え、調合に使った時間と量を書き足している。
「井戸へ戻ります。そこで一本の根へ試し、問題がなければ第三管理槽に増産してもらいます」
「僕も行きます」
今度の声には、旅へついていきたいと訴えた時の衝動だけではなく、自分の記録の続きを最後まで見届けたいという責任感が混じっていた。
「もちろんです。薬を入れる間隔を知っている人が必要ですから」
リオは頷くと、真っ先に扉へ向かった。ただし数歩進んだところで、薬箱を持つ私がまだ作業台の前にいることへ気づき、慌てて戻ってくる。
「僕が持ちます」
「これは割れると困りますので、私が持ちます。代わりに記録と調合道具をお願いします」
「でも、それだと魔女さんの荷物が――」
「薬師です。それから、この三本くらいなら自分で持てますよ」
扉の外では、ディンとセラがすでに街へ戻る準備を整えていた。空はすっかり暗くなり、遠くに見える大樹の東側では、青緑色の光がさらに弱まっている。
小瓶の中にあるのは、大樹を昔の姿へ戻す薬ではない。
五百年かけて変わった身体へ、急に満たすことも、再び飢えさせることもなく、今の自分に合った濃さで力を受け取らせるための薬だった。
あとは、それを患者へ届かせなければならない。
薬師の仕事は、小瓶へ薬を詰めたところでは終わらないのである。