魔女さんと、世界の忘れもの   作:醤油マヨ

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第四十三節 根の上の暮らし

 リオが戻ってきた時、両手には湯気の立つ器があり、脇には新しい紙の束まで挟まっていた。どうやら食事を取りに行ったついでに、記録用紙も補充してきたらしい。器を傾けるまいと肩を上げるたび紙の端がずり落ち、そのたびにさらに不自然な姿勢になるので、私は先に紙だけを受け取った。

 

「一度に運ばなくてもよかったのですよ」

 

「何度も往復してたら、時間がもったいないので」

 

 リオはそう言って台へ器を置いたが、勢いよく戻ってきたせいで息が切れている。私は片方を彼の手元へ押し戻し、座って食べるよう頼んだ。運ぶものをまとめる工夫は悪くないものの、それで豆の煮込みを記録の上へこぼしてしまえば、後世の人間は大樹の治療より先に夕食の内容を調べることになる。

 

 私も椅子へ腰を下ろし、温かい煮込みを口へ運んだ。第三管理槽では、試験で確かめた三種類の薬が少量ずつ作られ始めている。最初の出来上がりを待つ間くらいは食べておこうと思ったが、二口目へ進む前に、広場の向こうからオルドとマルタがやってきた。

 

「食べながら聞いてくれて構わないよ」

 

 オルドがそう言って広げたのは、街の建物と通りを描いた大きな図だった。端には何度も書き足した跡があり、新しい家の輪郭が古い線と重なっている。彼は私の器を地図から少し遠ざけてから、第三管理槽の表示を見上げた。

 

「地下の図には、今の街が載っていないだろう。こちらも必要になると思ってね」

 

 確かに、施設が示す根の配置には現在のパン屋も市場も描かれていなかった。大樹の根がどこで枝分かれしているかは分かっても、その真上に誰の家があるかまでは分からない。オルドは中央広場と井戸を基準に二つの図を合わせ、地下から聞こえた音や地面の変化について、衛兵が集めた報告を書き込んでいった。

 

 マルタは東側の家々を指した。低く垂れた枝の下に住む人々はすでに離れており、神殿の広間と街壁沿いの倉庫で夜を過ごしているという。家を空けたがらない者もいたが、少なくとも落枝の危険がある場所へ残された人はいないと、彼女は疲れた声で説明した。

 

「根の方はどうなの。水が戻ったら、地面が持ち上がったりしない?」

 

 私は匙を器へ戻した。枝だけでなく、根の上にも街はある。流れが戻った組織がどれほど膨らむか、五百年前の図面だけで判断することはできなかった。

 

「急に強い供給へ戻すつもりはありません。ただ、根の状態は地下で調べられても、上にある建物への影響までは見えません。治療する区域で、今までと違うことが起きていないか確かめる人が必要です」

 

 マルタはそばの衛兵を呼んだ。ガレスへ伝える内容を短くまとめ、治療する区画ごとに見回りをつける手配を始める。私が薬の濃度を考えている間にも、彼女は移動させた家族の人数や、使える灯りの本数を数えていた。

 

 私たちは同じ街を見ていても、気にしているものが違う。その全部を私一人で覚えなくてよいことが、今夜はとてもありがたかった。

 

 第三管理槽から最初の薬が届いた頃には、台の上に地下の根と地上の街を重ねた図ができていた。私は少量を試料皿へ取り、持ち帰った根圏循環液と混ぜてから黒い棒を浸した。緑の中で乳白色の反応が細くほどけ、試作品と同じ変化を示すのを確かめて、次の分岐への供給を許可する。

 

 最初に広げるのは、西側の小さな範囲だった。そこで根が無理なく受け取れることを確かめ、その反応を見ながら隣へ進む。東側には強い供給物が残っているため、同じ速さで始めるわけにはいかない。

 

「七回入れたら、次の場所ですか?」

 

 食事を終えたリオが、新しい用紙の端へ七つの小さな丸を描いた。私は最後の丸の下を指し、戻ってきた液体を調べる欄も作ってもらった。

 

「七回は区切りです。そこで足りたかどうかは、根に聞かなければ分かりません」

 

 リオは丸の下へ線を引きながら、「相手が返事をするまで次を入れない」と小さく呟いた。それから何か思いついたように私の器を見たが、私は先に残りの煮込みへ匙を入れた。薬師の食事まで同じ用紙で管理されるのは避けたかった。

 

 見回りへ出る者たちには、地図の決めた場所へ灯りを置いてもらった。戸口や石畳の継ぎ目を供給の前後で比べ、音がした場合には場所と時刻を知らせる。危険を感じたら近づかず戻ってくるよう伝えると、若い衛兵の一人が、木の鳴る音と家の鳴る音を区別できるだろうかと不安そうに言った。

 

「分からなければ、分からないまま教えてください。原因まで決めてきてもらう必要はありません」

 

 そう答えると、隣で灯りを用意していた管理人の老人が頷いた。彼は水を汲む道具を置き、今夜は道案内として同行するつもりらしい。

 

「この辺りの家なら知っとる。北の石段は前から鳴るし、仕立屋の裏戸は雨の日には閉まらん」

 

 普段なら修理の相談として持ち込まれそうな話だったが、今は大切な比較材料だった。何でも異常として止めていては治療が進まず、前からある軋みと今夜初めて鳴った音を区別できる人がいるのは助かる。

 

 供給を始めると、井戸の下の音が少しずつ増えた。轟くようなものではなく、長い管の奥で水が向きを変え、ときどき空気を押し出す音である。第三管理槽の図には細い緑の筋が伸び、リオはその横へ、実際に薬を入れた時刻を一つずつ書いていった。

 

 五回目を終えたところで、見回りの衛兵が戻ってきた。西の染物屋の床下で、二度ほど大きな音がしたという。店の者には外へ出てもらったと聞き、私は次の供給を待たせた。セラに現場を確かめてもらう間、該当する根から戻った液体を調べる。

 

 棒の緑色は途切れていないが、白い筋が一方へ寄っていた。施設の測定でも、分岐の先で一時的に圧が高まっている。セラからは床板の一枚が浮きかけていると報告があり、私は薬を追加せず、流す速さを落とすよう頼んだ。

 

 根が回復を始めたこと自体は間違いない。それでも、その上の家が耐えられる速さまで、設備が知っているわけではなかった。

 

「この辺りは、少し待ちます。ほかの区域まで止める必要はありません」

 

 リオは西側の用紙へ印をつけ、間違えて次の時刻を数えないよう、紙を別の場所へ移した。筆を握る指には力が入っていたが、慌てて私へ判断を求めることはなかった。私は残りの採取口へ向き直り、ほかの根が止まっていないことを確かめた。

 

 しばらくして染物屋から、床の変化が止まったと知らせが届いた。戻りの液体も落ち着いていたため、その分岐だけ間隔を長くして供給を再開する。地図の余白には、施設の古い基準にはない、今夜の街が受け取れる速さが書き足された。

 

 やがて広場の北側で、何人かが上を指した。私も顔を上げると、屋根の間に垂れていた枝の葉が、弱い光を帯びていた。花が再び咲いたわけではなく、枝が大きく持ち上がったわけでもない。ただ、風に揺れる葉の裏が見えるほどの青緑色が、暗かった一角へ戻っている。

 

 リオが立ち上がりかけ、すぐに私の手元へ目を戻した。私は棒の色を確かめてから頷き、見てきてもよいと伝えた。彼は記録板を抱え、走らずに台の端へ移ったが、その数歩だけ妙に大股になっていた。

 

「ここです。出発前に、最後まで光っていた枝です」

 

 指さす先では、花のない細枝が静かに揺れていた。私たちの作業台へも、葉越しの淡い光が落ちてくる。地図の上へ重なったその色を見て、オルドは記録用の灯りを少し横へずらした。

 

 まだ東側は暗く、夜明けまでに確かめる根も多い。私は冷えた器を片づけ、次に届いた試料皿を手元へ引き寄せた。今度は自分の手の影が、灯りとは別の方向から紙の上へ薄く落ちていた。

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