乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件 作:華洛
【歴史に名を残す系の悪役令嬢】
胃が痛い。
どうしてこんなことに――。
まさかスカーレット様が、こんな大胆な一手を考えていたなんて想像もしなかった。
私は皇城――本来なら皇帝が座るべき玉座に、足を組み、まるで座り心地でも確かめるように腰かけているスカーレット様を見つめた。
似合っているのが腹立たしい。
いや、腹立たしいというより恐ろしい。
恐ろしいのに、ひどく絵になるのが一番困る。
この人はたぶん、処刑台の上に立っていても妙に様になってしまうのだろう。
そういう、スケールの違う厄介さがある。
「……あの、今から全部冗談ってことにしません? 私の精神衛生のためにも、一度考え直していただけると大変ありがたいのですが」
「大丈夫よ。貴女の精神は、原子力潜水艦の装甲と同じくらい硬いでしょう」
「そんなことありません! 私の精神は薄い硝子のように脆くて繊細なんです」
「繊細な人間は、もう少し静かに取り乱すものよ」
ひどい。
しかも微妙に反論しづらい。
事実、私はさっきから落ち着きなく視線を彷徨わせ、声も若干上ずっている。
繊細さを主張するたびに、挙動不審さの証拠が増えていくのは理不尽ではないだろうか。
「……はぁ。これをあげるわ。この部屋にあるものは、好きにしていいわよ」
スカーレット様が面倒くさそうに言い、魔法石をひとつ投げてよこした。
私は慌ててそれを受け止める。
手のひらに収まるほどの、透明な丸い魔法石だった。
「あの、これは?」
「この城の宝物庫の鍵よ。中にあるものは好きにしていいわ。ただし、読み物は私が貰うから触らないことね」
「いやいや、皇城の宝物庫の中身なんて、うっかり触れたら死刑案件では!?」
「何を言っているのかしら。ここは――この皇城は、今やあるもの全て私の所有物よ」
あまりにも当然という口調で言うものだから、一瞬こちらの常識の方が間違っているのではないかと錯覚しかけた。
もちろん、そんなはずはない。
ないのだけれど、この人の場合、常識の方が先に折れそうになるから困る。
今から一時間前のことだ。
帝国留学中、二学期末に開かれた盛大なパーティーの最中。
帝国の第三皇子ルルーシャス様が、衆人環視の前で婚約破棄を宣言した。
それをスカーレット様は、反論も反撃もせず、完璧な淑女の顔で受け入れた。
私はその時点でむしろ怖くなった。
スカーレット様が何もしない時ほど、ろくでもないことが起きる前触れだからだ。
しかもルルーシャス様は、暴論でもってスカーレット様の地雷をいくつも踏み抜いていた。
あそこまで見事に踏み抜けるのは、ある意味で才能かもしれない。
ただし生存に向かない才能である。
けれど当人だけは、最後まで晴れやかな顔をしていた。
無知は時に幸福だけれど、今回はだいぶ致命的だったと思う。
それでもスカーレット様は、そのまま静かにパーティー会場を後にした。
私も、あの場に残りたくなくて一緒に出た。
その時のスカーレット様は、唇を薄く吊り上げて笑っていた。
ああ、終わったな、と思った。
何がとは言わない。
たぶん帝国の何かが。
その後、スカーレット様は私を連れて空間転移し、この皇城へ移動した。
そして皇帝の玉座に腰を下ろすや否や、城内にいる全ての人間を一斉に捕捉。
強制的に外へ放り出した。
誰ひとり例外なく。
皇帝陛下も、皇妃様も、貴族も、衛兵も、使用人も。
文字通り全員である。
豪快すぎる。
力業にもほどがある。
もう少しこう、段階とか手順とか、せめて説明くらいはなかったのだろうか。
いや、あったとしても従うしかないのだから同じかもしれない。
怖い。
『あの皇子と婚約した際、一方的な婚約破棄があった場合、帝国の土地を無条件で私に譲渡するという一文を入れさせたの。その土地にある建物に入っている人以外は、全ての所有権は私へ移行するという条件文も入れてね』
『いやいやいや。それで皇城まで手に入るのはおかしいですよ』
『大丈夫よ。テスタメント神が、この条件で皇城を得たとしても、一切・全く・これっぽっちも違法性はなく、全て私の条件通りで進めて構わないと認めているもの』
大丈夫の規模が違う。
私の知っている大丈夫は、せいぜい階段を踏み外していないとか、その程度だ。
国家の中枢を合法的に接収するのは、もう別の言葉で表現してほしい。
それは安心ではなく侵略とか簒奪とか、もっと物騒な語彙の担当ではないだろうか。
テスタメント神とは、契約を司る神だ。
テスタメント様立ち会いのもと結ばれた契約は、人であれ神であれ破ることができない。
もし違反すれば、神災という天変地異や厄災が訪れ、破った者を滅ぼすとされている。
さらに神聖国からは背神者の烙印を押され、まともに人の世で暮らすことも難しくなる。
国であれば背神国として周辺諸国に通達され、外交的にはほぼ死んだも同然だ。
要するに、絶対に逆らえない契約。
そして、その絶対に逆らえない仕組みを、ここまで鮮やかに利用する人を私は初めて見た。
悪知恵というには完成度が高すぎるし、策略というには規模が大きすぎる。
もはや才能である。使い道がだいぶ怖いだけで。
『まあ、ノワールとブランシュにお願いして、テスタメント神に少し融通を利かせるよう頼んでもらったのだけど』
お願い。
少し融通。
……可哀想、テスタメント様。
この世界の神々は、魔神王から造り出された存在という設定がある。
そして唯一の魔神族であるノワール様とブランシュ様は、自分たちの創造主に等しい存在だ。
そんな相手から「少し融通を」と言われたら、断れる神がどれほどいるだろう。
少なくとも、私は断れる気がしない。
というか、断った後の空気を想像するだけで胃が痛い。
神様でも胃は痛くなるのだろうか。知らないけど。
『もちろん、テスタメント神も神としての矜持があるから、契約違反を覆すようなことはしないわ。でも、こんな、いくらでも受け取りようのある、子供でもやらないような契約書を書いて私と結ぶ方が悪いのよ』
『悪役令嬢だ……悪役令嬢がいる……』
『? 何を言っているの。私はスカーレット・アルタナティブ。この世界の悪役令嬢よ』
スカーレット様は、きっぱりと言い切った。
宣言した。
堂々と。
何の迷いもなく。
悪役令嬢って、そういうふうに名乗るものだっただろうか。
もう少し概念的なものではなかっただろうか。
少なくとも私は、自己紹介のように断言する人を初めて見た。
しかも、似合ってしまうのが恐ろしい。
圧倒的に似合う。
たぶんこの件、後世ではそれっぽい名称をつけられて歴史書に載る。
帝国皇城接収事件とか、そのあたりだろうか。
そして、その中心人物は間違いなく今、目の前で悠々と玉座に座っているこの人だ。
「で、でも、ここって帝国ですし、王国からだと管理が難しいじゃないですか。だから辞めましょ。ね」
回想を終えた私は、藁にもすがる思いでスカーレット様に懇願した。
しかし、当の本人はあっさりとそれを一蹴する。
「折角手に入れたものを手放すわけがないでしょう。活用する方法なら幾つか考えているわ」
「方法?」
スカーレット様は指を一本立てた。
「一つ目。三年生の二学期末に行う試験会場としての使用よ。皇城で試験を行えるなんて、三年生も泣いて喜ぶことでしょう」
「……やめてあげてください」
即答だった。
皇城で試験。
字面だけなら前代未聞の名誉だ。
けれど実態は、精神的圧迫を最大限まで高めたうえで行う公開処刑に近い。
前回の試験以上に心が削られる未来しか見えない。
泣くのは間違いないだろう。
ただし、喜びによるものでは断じてない。
「二つ目。私のオリジナルマジックで皇城を派手に崩壊させるの。花火と同じで、崩れていく様は綺麗よ」
「皇城は千年の歴史があるんですよ!」
「だから?」
あまりにも迷いのない返答だった。
「一年でも千年でも、壊れる時は壊れるの。人間も一緒よ。なら最後は、自らの手でやることが大事じゃない」
言っていることは無茶苦茶なのに、妙な説得力があるのが怖い。
しかも私は、前世で交通事故に遭って死んでいる。
壊れる時は壊れる――その理屈だけは、嫌になるほど分かってしまった。
分かりたくなかった。
「もっと平和的な活用方法はないんですか」
「……あとはホテルとして部屋を貸し出して、不労所得を得ることも考えたけれど。つまらないから、一つ目か二つ目のどちらかにするつもりよ」
「いいじゃないですか、貸し出して不労所得! 皇城に泊まれるなんて、絶対人気が出ますよ!」
私は即座に皇城ホテル化を推した。
帝国の人々の感情面には、たぶんあまりよろしくない。
でも、試験会場にされたり、スカーレット様のオリジナルマジックで盛大に粉砕されたりするより、よほど平和だ。
少なくとも建物は残る。
歴史も、ぎりぎり形だけは残る。たぶん。
なんで私はこんなに必死になっているのだろう。
帝国の皇城がどうなろうと、本来の私にはそこまで責任なんてないはずなのに。
なのに今の私は、まるで文化財保護委員にでもなった気分で、必死に最悪の未来を回避しようとしている。
人は追い詰められると、思ってもみない役割意識に目覚めるものなのかもしれない。
全ては帝国へ留学する前、あの時からきっと始まっていたんだ……。