乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件 作:華洛
目が覚めると、見覚えのない天井があった。
……あれ?
ぼんやりした頭で瞬きを繰り返す。
寝起き特有の鈍い思考のまま、記憶を手繰った。
昨日は普通に授業を受けて、普通に寮へ戻って、普通にベッドへ入ったはずだ。
少なくとも、怪しい薬を盛られた覚えもなければ、闇組織に攫われるような心当たりもない。
いや、後者に関しては心当たりが絶対にないとも言い切れないのが、私の人間関係の嫌なところだけど。
上半身を起こす。
部屋は妙に整っていて、無駄に高級感があった。
窓辺のカーテン、調度品、机、花瓶。
全部が上等そうで、逆に落ち着かない。
「ようやく目が覚めたのね。いつまで寝ているのかしら?」
声がした。
視線を向けると、椅子に座ってこちらを見ている人物がいた。
スカーレット様だった。
いつものように優雅に脚を組み、当然のような顔でこちらを見ている。
髪も、瞳も、姿勢も、表情も、見慣れたそれだ。
……でも。
「スカーレット、様?」
確かに見た目はスカーレット様そのものだった。
少なくとも外見だけなら、寸分違わないと言っていい。
けれど、私の中の何かが警鐘を鳴らしていた。
違う。
これは違う。
姿は同じなのに、決定的に何かが違う。
私はそっと『真眼』を発動する。
視界の奥で、情報が走る。
本来なら相手のステータスや性質が読み取れるはずだった。
なのに。
データにノイズが走った。
文字列は乱れ、情報は掠れ、肝心の中身がうまく拾えない。
確認できない。
なら答えはひとつだ。
私は確信した。
「――スカーレット様じゃないですね」
「何を言っているの?」
目の前の“スカーレット様”は、わずかに眉をひそめた。
その仕草すらよく似ている。
たぶん普通の人間なら騙される。
かなり精度は高い。
プラチナ様レベルの重度な恋愛脳でもない限り、見抜けないかもしれない。
でも、私は騙されない。
「たしかに姿形はそっくりです。正直、かなりよくできてます」
「……」
「でも本物のスカーレット様は、もっとこう……」
私は慎重に言葉を選ぼうとして、やめた。
どうせこういう時は、半端に取り繕ってもろくなことにならない。
ならいっそ、真実を述べるべきだ。
「毒々しくて、禍々しいオーラを纏っているんです」
「……」
「悪魔ですら生温い、超絶悪そのものというか」
「……へえ」
「確かに外見は真似ています。でも本物のスカーレット様にはない、気品ある令嬢の雰囲気が出てしまってます!」
言い切った。
完璧な推理だったと思う。
本物のスカーレット様は、あんな真っ当な上流令嬢みたいな空気を纏わない。
もっとこう、近づいただけで本能が逃げろと叫ぶ圧がある。
圧倒的な理不尽と災厄を、人の形へ無理やり押し込めたような雰囲気が。
目の前のこれは違う。
綺麗すぎる。
整いすぎている。
上品すぎる。
偽物だ。
「そう」
背後から聞きなれた、妙に静かな声で言った。
「貴女が、私のことをどう思っているのかは、よく分かったわ」
その瞬間だった。
不意に、私の肩へ何かがそっと触れた。
手だ。
ただ、肩に手を置かれただけ。
それだけのはずなのに。
まるで死神の鎌でも首筋に添えられたみたいに、全身の血の気が引いた。
嫌な汗が一気に噴き出す。
呼吸が止まりそうになる。
心臓だけがやたらとうるさい。
壊れた玩具みたいに、私はぎこちなく首を回した。
ゆっくり。
本当にゆっくりと、背後を振り向く。
そこにいたのは――
すごくいい笑顔をしている、スカーレット様だった。
ああ。
そう。
これだ。
これが本物のスカーレット様だ。
立っているだけで空気が重い。
笑っているのに全然安心できない。
むしろ笑顔だからこそ余計に怖い。
理不尽と災厄と終末を全部まとめて令嬢の皮に詰めたみたいな、あの圧。
本物だ。
間違いない。
目の前に座っている方へ視線を戻す。
なるほど。
たしかに顔は同じだ。
でも並べると一目瞭然だった。
片方は高貴な令嬢。
もう片方は高貴に擬態した天災である。
比較対象が悪すぎた。
終わった。
私は確信した。
そしてたぶん、これから私は――――。
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