乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件 作:華洛
「ぅぅぅ……酷い目に遭った……」
私は半泣きでそう呟いた。
いや、本当に酷かった。
具体的に何をされたかは思い出したくもない。
思い出したら心がもう一回死ぬ。
でも、少なくともひとつだけは言える。
私は生きている。偉い。
「なんで、あんな目に遭って平気なの?」
おそるおそるそう言ったのは、“ニセスカーレット様”だった。
怯えた顔。
控えめな声音。
こちらの様子を窺うような、弱々しい態度。
うん。
やっぱり駄目だ。
気色悪い。
気味が悪い。
生理的にぞわっとする。
姿形はスカーレット様と寸分違わない。
なのに、その顔でそんなふうに怯えられると、脳が混乱する。
鳥肌が立つ。
全身の毛穴が「違う違う違う!」と叫んでいる。
「あれくらいで参っていたら、スカーレット様の傍にはいられませんよ。慣れです、慣れ」
我ながら末期的な台詞だと思う。
でも事実だから仕方ない。
災害の傍で生きるには、ある程度の耐性が必要なのだ。
「バーミリオン様。これは生存特化しているの」
スカーレット様が、いつもの平坦な調子で言った。
「だから帝国留学中は、肉壁とでも思って傍に置いていればいいわ。そして、これが近づかない場所には行かないこと。これが避けるということは、絶対に危険な場所だからよ」
「は、はい。分かりました」
ニセスカーレット様――いや、バーミリオン様はこくこくと頷いた。
……いや待って。
今、私のことを何と?
肉壁。
いや、まあ、用途としてはだいたい合ってる気もするけど。
否定しづらいのがつらい。
それにしても、こうして並べて見ると、本物と偽物の違いは実にはっきりしていた。
顔立ちは同じ。
髪も瞳も背格好も似ている。
でも、根本が違う。
目の前の彼女は、“人としての範疇に収まっているスカーレット様”だ。
本物はもっとこう、令嬢の形をした天災というか、災厄がたまたまドレスを着ているだけというか。
存在の在り方が、まるで違う。
「あの……帝国留学中、というのは?」
おずおずと、バーミリオン様が尋ねる。
「私とバーミリオン様は入れ替わる」
スカーレット様は、あまりにも当然のことのように言った。
「いやいやいやいや、バレますよ!」
思わず全力で突っ込んだ。
何をさらっと言ってるんですかこの人。
発想が雑!
いや、大胆!
でも雑!
「大丈夫よ。一年生で帝国へ留学に行くのは、私と貴女だけ。王国の貴族令嬢の情報なんて、よほどのことがなければ帝国へ正確には伝わっていないでしょう」
「いやー、スカーレット様のことだから、色々と伝わってると思いますよ?」
むしろ伝わっていてほしい。
危険人物情報として共有されていてほしい。
その方が被害者が減る。
「仮に伝わっていたとしても、入れ替わったことで勘違いしてくれる馬鹿がいるなら、手間が省けるわ」
スカーレット様は涼しい顔で言った。
ひどい。
でもすごくありそう。
そして勘違いした側がひどい目に遭う未来しか見えない。
その横で、バーミリオン様がスカートをぎゅっと握りしめていた。
不安そうだ。
そりゃ不安にもなる。
というか、さっきからずっと気になっていたけれど、この人いったい何者なんだろう。
スカーレット様が“様”付けで呼ぶってことは、少なくとも侯爵家以上。
でも、それにしてはずいぶんとおどおどしている。
「私の隠蔽魔術は解いているから、今なら貴女の覗き眼でも見えるわよ」
スカーレット様が言った。
覗き眼って言い方、ひどくないですか?
でもまあ、否定できないので『真眼』を使う。
視界の奥に情報が流れ込む。
えっと、なになに――
帝国第七皇女、バーミリオン・フォン・アルカンシエル。
……。
…………。
「申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!」
私は反射で土下座した。
やばい。
やばい。
今までの態度、めちゃくちゃ無礼では?
え、不敬罪?
ギロチン?
処刑台?
私の首、明日までついてます?
「足をお舐めしましょうか!? 肩を揉みましょうか!? なんなら一発芸の披露でも構いませんよ!?」
「……なんだか、この子、怖いのだけど」
バーミリオン様が本気で引いていた。
そんな。
私はただ、必死に生存率を上げようとしているだけなのに。
「生き汚いだけの存在よ。生きるためなら、平然と裏切る行為もするわ」
スカーレット様が、実に正確な評価を下した。
「それは……大丈夫なの?」
バーミリオン様の不安はもっともである。
私でも逆の立場なら警戒する。
「生きるために裏切るということは、逆に言えば、裏切れば生きていけないと本能に教え込めば問題ないわ。ね?」
スカーレット様が、にっこり笑って私を見る。
怖い。
優しい笑顔なのに、内容が全然優しくない。
でも、その通りです。
「ワン」
私は即答した。
そう。
私は忠犬です。
忠実で、従順で、命が惜しい犬です。
スカーレット様には、決して逆らいません。
逆らったら死ぬので。
20時にも更新します
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