乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件 作:華洛
次回からアリサ視点の本編に戻ります。
「あ~あ、クソ皇帝め。無実のオレを、まるで犯人みたいに疑いやがって」
アルタナティブ領からレッドダイヤ・アルタナティブの誘拐を命じていた、帝国十絶人のひとり――『絶殺』の二つ名を持つクロムが死んだ。
人間である以上、いつかは死ぬ。
だから、死ぬこと自体は別に構わない。
帝国は他国よりも人材が多い。
ひとり死ねば、次を補充すればいい。
現に『絶殺』の後任選定はすでに始まっているし、そう遠くないうちに次が決まるだろう。
問題は、死に方だった。
クロムは、自分の屋敷にいた家族と使用人を皆殺しにしたらしい。
ただ殺しただけじゃない。
報告書によれば、強欲と色欲にまみれた、見るに堪えない殺し方だったという。
しかも最後は、まるで幸福の絶頂にでもいるみたいな顔で死んでいたらしい。
……趣味が悪すぎる。
いや、オレだって他人が壊れる姿を見るのは好きだけど、さすがにそこまで下品なのはどうかと思う。
美しくない壊れ方ってのは、見ていてつまらないんだよな。
そして、その原因がオレなんじゃないかと、皇帝が言ってきたのだ。
心外にもほどがある。
どうやら帝国内で『絶殺』が最後に接触した相手がオレだったせいで、何か吹き込んだんじゃないかと疑われたらしい。
「オレは普段から品行方正な皇子として振る舞ってるってのに、そんなオレを疑うなんて……ひどい話だよなぁ。そう思わないか? ソウラちゃん」
そう言って、部屋の隅に立つ女へ声をかける。
銀色の髪をなびかせた、鋭い眼差しの女。
帝国十絶人のひとり、『絶弓』ソウラ・フォン・アルテリア。
帝国随一の弓の使い手で、獲物を捉えた猛禽みたいな目をしている。
美人ではある。けど、色気より先に殺気が来るタイプだ。
「まず、品行方正という言葉の意味を理解された方がよろしいのでは?」
ソウラは、氷みたいに冷たい目でこちらを睨んできた。
皇帝から疑われたオレは、当面のあいだ謹慎処分を命じられている。
そして、その間の監視役として傍につけられたのが、この『絶弓』というわけだ。
何か妙な真似をした場合、その場でオレを殺してもいい許可まで出ているらしい。
ずいぶんな扱いである。
帝都全域程度なら、『絶弓』の射程圏内。
ソウラの放つ鏃は障害物をすり抜け、狙った標的を正確に穿つ。
つまり、逃げ場はない。
せっかくのストレス発散に、気に食わない帝国貴族かその子息子女でもひとり二人破滅させてやろうかと思っていたのに、これではそれも難しい。
……まあ、いい。
オレをこんな立場に追いやった皇帝には、いずれきっちり借りを返してやる。
オレは受けた借りは、絶対に返す主義なんだ。
無実のオレを、まるで犯人みたいに扱った報い。
それはきっちり受けてもらう。
今はまだ、どう返すか具体的には思いついてないけど。
それでも、屈辱だけは必ず味わわせてやるつもりだった。
とはいえ、謹慎と言われたからって、部屋の中でじっとしていろとまでは言われていない。
なら、少しくらい気晴らしは必要だろう。
「ソウラちゃん。デートに行こうぜ!」
次の瞬間、首筋の一ミリ横を鏃が掠めた。
壁に突き刺さった矢が、びりびりと震えている。
ひでぇ女だ。
こっちはせっかく、尊き皇子様が直々にデートへ誘ってやったっていうのによ。
/////
オレは『絶弓』と一緒に、デートをすることにした。
場所はアルタナティブ領。
表向きは、貴族の息子が護衛役の冒険者を連れて、世間を見て回っているという設定だ。
アルタナティブ侯爵家は、スターダスト公爵家の傘下にある。
スターダスト家は帝国に隣接する要地をいくつも有しており、アルタナティブ侯爵家はそのうちの一つを任されている家だ。
そしてアルタナティブ領が抑えているのは、帝国の主要街道に隣接する要所。
つまり、地味に見えてかなり重要な土地でもある。
「ルルーシュ様。何をなさるつもりですか?」
ソウラが、鷹みたいな目でオレを睨んできた。
「もし戦争を誘発するような真似をなさるのでしたら――」
「おいおい、物騒だなぁ、ソーラちゃん」
わざと軽く肩を竦めてみせる。
「あくまで社会見学だって言ってるだろ?」
今のオレは“ルルーシュ”。
『絶弓』も“ソーラ”。
それぞれ偽名を使って、王国へ社会見学に来た、という体裁になっている。
ソウラは疑り深いが、別にオレだって今すぐ戦争を起こすつもりはない。
今は――まだ、な。
『絶殺』がオレの命令を受けてアルタナティブ領へ向かい、レッドダイヤを攫おうとしたのは間違いない。
その『絶殺』が、あんな壊れ方をした。
なら、原因はこの領地にある可能性が高い。
……もちろん、そんなことは誰にも言っていない。
他国の令嬢を誘拐しようとして、逆に殺されました――なんて話が表に出てみろ。
せっかく“帝国第三皇子”って看板で好き放題やれてるのに、それができなくなるかもしれない。
今は謹慎中だ。
余計な騒ぎを起こすつもりはないさ。
少なくとも、表向きには。
「……あれがアルタナティブ侯爵邸か」
王国と帝国の関所を越えた先にある街、ソレイユ。
その中央に、アルタナティブ侯爵邸はあった。
「ソーラちゃん。お前はあの家をどう見る?」
「防御魔術はなし。兵の数も少ない。見た目こそ豪邸ですが、警備面だけ見れば侯爵邸とは思えないほど隙だらけです」
「クソ真面目でつまらない感想をありがとう」
「……ルルーシュ様は、別の感想をお持ちで?」
「そうだな」
オレは目を細め、あの屋敷を眺めた。
「あの家を例えるなら――無垢で無警戒な生娘だ」
ソウラが、露骨に「何を言っているんだこの男は」という目で見てきた。
『絶弓』じゃなかったら、その無礼な目をした時点で痛い目を見せてやるところだ。
「男ってのは、そういう女に弱いんだよ。だから入りたくなる。逆にソーラちゃんみたいに、防御をガチガチに固めてる女は、男からすると近寄りづらいわけ」
「……」
ソウラの手が、背負った籠の中の鏃へ伸びかける。
クソが。
冗談のひとつくらい聞き流せよ。
オレは咳払いをして、話を戻した。
「まあ、つまりだ。あの家は“わざと入りやすくしてある”ってことだよ」
「仮にも侯爵邸ですよ。それに、なんのメリットがあるんですか?」
「入った奴を出さなきゃいい」
ソウラの眉が、わずかに動く。
「強盗でも盗賊でも、襲う前には自分の痕跡を消すだろ? なら、最初から向こうから入ってきてくれる方が都合がいい。中で何をするにせよ、処理が楽になる」
「ルルーシュ様。あなたもそういうことを考えるのですか?」
「いつかやってみたいとは思ってたさ。けど、まさか侯爵邸で先にやってるイカれた奴がいるとはなぁ」
こういう仕掛けは、二番煎じじゃつまらない。
オレがやるにしても、これ以上のものを作れる気はしない。
いいものを見せてもらった。
この屋敷を見ただけでも、来た甲斐はあったってもんだ。
たぶん『絶殺』は、あの中へ入って――。
……いや。
さすがに今は、その先を確かめようとは思わない。
『絶弓』を囮にする手もあるにはある。
けど、この短期間で十絶人を個人的な都合で二人も死なせたとなれば、さすがに“第三皇子”の看板も危うくなる。
「――あ」
小さく、そんな声がした。
振り向けば、袋を取り落とした男が立っていた。
驚きに目を見開いている。
アリハランスだった。
「やあやあ、久しぶりじゃないか。こんなところで会うなんて思わなかったぞ!」
オレはたちまち親しげな笑みを作り、そのままアリハランスに歩み寄った。
王国に潜らせている草からは“行方不明”と報告されていたから、てっきり死んでる可能性もあると思っていたんだが……。
なるほど、生きてたか。
肩に手を置く。
アリハランスの顔は真っ青だった。
(――今のところは、あれに変更はありません。ただ)
(なんだよ)
(スカーレット嬢から、貴方から一方的な婚約破棄があった場合、帝国の土地と、その土地にある建物、それから中にある“人以外のもの”の所有権を譲渡するよう求められています)
(へぇ)
領地じゃなくて、土地。
しかも建物と、中にある人以外の所有物つき。
……何か引っかかるな。
少しだけ考える。
そしてすぐに、口元が緩んだ。
ああ、なるほど。
これ、使いようによっては皇帝に一泡吹かせられるじゃないか。
(ああ、いいよ。領地じゃなくて土地、ね。それで婚約がまとまるなら安いもんだ)
(……この契約は、テスタメント神によって結ばせると)
(ハハハ。実にいい。向こうが言い出さなかったとしても、こっちから提案するつもりだったさ)
たとえ皇帝だろうと、神との誓約からは逃れられない。
さて、あとはスカーレットをどう追い込んで、どう婚約破棄に持ち込むか――
そんなことを考えかけた、その時だった。
「アンバランス先生。お友達?」
声がした。
アリハランス――いまは“アンバランス”と名乗っているのか。
その後ろに、十歳ほどの幼い少女が立っていた。
赤い髪。
人形みたいに整った顔立ち。
年相応の愛らしさを湛えた、小さな令嬢。
オレがその少女へ視線を向けた瞬間――
世界が、裏返った。
周囲に、無数の眼が現れる。
百や千どころじゃない。
それ以上。
数えること自体が馬鹿らしくなるほどの眼。
それらが一斉に、オレの一挙手一投足を見ていた。
いや、それだけじゃない。
視線は肉体の外側をなぞるだけでは済まない。
思考の奥、悪意の底、まだ形にもなっていない欲望の澱まで覗き込んでくる。
青かった空は、音もなく黒く塗り潰された。
雲ひとつないというのに、その黒は空の奥行きを感じさせない。
ただ、どこまでも平坦で、冷たく、塗り固められたような黒。
その黒のなかに、星みたいに白いものが無数に灯っていた。
けれど、あれは星じゃない。
夜空に瞬くには、あまりに均質で、あまりに白すぎる。
何かを照らし出すためだけに、上から並べられているような光だった。
そして理解した。
理解させられた、と言った方が正しい。
ここでは、誰もがただそこにいるわけじゃない。
役割を与えられ、置かれ、見られている。
まるで――
『この世界は、スカーレットお姉さまの舞台なの。だから――あまり調子に乗らないで?』
声は、耳から聞こえたのかも分からなかった。
息が詰まる。
膝が勝手に地面へ落ちた。
「ルルーシュ様!」
ソウラがすぐ傍へ駆け寄ってくる。
「……ソーラ」
喉がひどく渇いていた。
「お前には、空がどう見える?」
「? 青空ですが」
ハ。
ハハハハハハハ。
そうか。
鷹の眼を持つお前が見ても、空は青空なのか。
「具合が悪そうね」
少女が、小首を傾げて言う。
「アンバランス先生。屋敷で休ませてあげてはどうかしら」
「……」
アンバランスは返答に困ったようだった。
そりゃそうだろうさ。
オレはなんとか呼吸を整えて、口を開いた。
「申し出はありがたいが……オレたちは時間がなくてね。もう帰らなきゃならない」
「そう。残念」
少女は、あっさりと頷いた。
「この前、貴方のお友達が来てくれたから、会わせてあげたかったのだけれど」
「……残念だけど、オレに友達はいないんだ。誰かと勘違いしてるな」
「そう。そうなの」
少女は素直に頷き、ぺこりと頭を下げた。
「だったら、私の気のせいだったみたい。ごめんなさい」
その視線が外れた瞬間、あの無数の眼も、黒い空も、何もかもが消えた。
オレは『絶弓』とともに、アルタナティブ侯爵邸の前から足早に立ち去った。
しばらく歩き、あの重く粘つくような圧迫感が完全になくなったところで、ようやく大きく息を吸い込む。
そのまま力が抜けて、地面へ腰を落とした。
「ルルーシュ様。先ほどから、いったいどうなさったのです」
傍から見れば、さっきのオレの様子は不自然極まりなかっただろう。
「――オレより悪意に満ちた異常者に、初めて出会った」
自分でも、少し笑っているのが分かった。
「生まれて初めて恐怖ってやつを知ったよ。……ただ、悪くなかった」
今までオレがしてきたことなんて、アレに比べれば児戯にも等しい。
アレは、“スカーレットお姉さまの舞台”と言った。
もし、さっきオレが見たものが見間違いじゃないなら――たぶん、本当にその通りなんだろう。
なら、まず接触するべき相手はひとり。
スカーレット・アルタナティブ。
この舞台の、主役だ。