乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件   作:華洛

3 / 3
【認識差異】/【同音異語】/【黒歴史】

08【認識差異】

 

 

「―――」

 

 珍しい光景を、私は目撃していた。

 

 なんとスカーレット様が、椅子に座ったまま眠っているのである。

 

 いや、人間だから寝ること自体は別に珍しくない。

 珍しくないのだけれど、スカーレット様がこうして無防備そうに目を閉じている姿は、どうにも現実味が薄かった。

 窓から差し込む午後の光が、血を溶かしたような赤髪をやわらかく照らしている。

 長い睫毛。

 静かな寝息。

 整った横顔。

 まるで絵画のように美しい。

 

 ただし、その絵画にうっかり触れたら命がないタイプのやつである。

 

 そして、その背後で。

 ディスさんが、極めて自然な動作でメイド服のスカートを少し持ち上げ、太腿に固定されたベルトからナイフを抜いた。

 

 手慣れている。

 とても手慣れている。

 さすが元・王家の鳥の一羽、鴉。

 暗殺動作に一切の無駄がない。

 

 次の瞬間、ナイフがスカーレット様の首筋へと一閃した。

 

 ――が。

 甲高い音とともに、ナイフの方が砕け散った。

 

 ですよね。

 

 そして、ほとんど同時だった。

 いや、正確にはナイフが砕けたより先だったのかもしれない。

 私の目にはそう見えた。

 

 眠っているはずのスカーレット様が、目にも止まらない速さで拳を繰り出していた。

 その一撃がディスさんの胴体へ炸裂し、彼女は実に見事な放物線を描いて吹き飛んだ。

 

「懲りないなぁ」

 

 思わず、しみじみと呟いてしまった。

 

 ディスさんは現在、【隙あらばスカーレット様を殺してもいい】という、たいへん物騒かつだいぶ寛容な条件付きで、メイドとして傍に仕えている。

 

 正直に言おう。

 攻撃するだけなら難しくない。

 

 スカーレット様、ぱっと見は隙だらけなのである。

 眠るし、座るし、紅茶も飲むし、たまにぼんやり窓の外を眺めたりもする。

 「今だ!」と思える瞬間だけなら、案外そこら中に転がっている。

 

 問題は、そのすべてが“だからといって通るとは限らない”ということだ。

 

 というか、通らない。

 

 なにしろDEFもRESも999,999,999,999である。

 つまり、それを突破できるだけの物理攻撃力か魔法攻撃力が必要になる。

 また攻撃した時点でオートカウンターが発動するので、一撃で殺せない場合は、スカーレット様の攻撃に耐えるHPと防御力が必要。

 仮にHPが減っても直ぐ様自動回復する裏ボス仕様。

 

 一撃必殺できない場合、自動回復を上回る速度で防御力を突破する攻撃を連続集中で与える必要がある。

 

 この時点で、常人には無理だ。

 

 ただオートカウンターに関しては、毎回ちゃんと手加減はしている。

 もし全攻撃力が乗っていたら、ディスさんは吹き飛ぶどころか、もっと細かい何かになっていただろう。

 スカーレット様、こういうところだけ妙に配慮が行き届いている。

 

 私なりに色々と考えた。

 スカーレット様と戦う場合はどうすればいいのか?

 答えはひとつ。

 私のように、全面的に犬のように服従すること!

 

 これがいちばん確実で、いちばん安全で、いちばん長生きできる道なのに、なぜ皆わざわざ高難度ルートへ進もうとするのだろう。

 人生を縛りプレイで生きているんだろうか。

 人生には、諦めもまた必要だと思う。

 

 私は吹き飛ばされたディスさんのところへ駆け寄り、回復魔法をかけた。

 一応、私はこのゲームの主人公である。

 回復魔法や補助系魔法はそれなりに得意だ。

 少なくとも、こういう時の後始末には向いている。

 

「ぅぅ……」

 

 ディスさんがうっすら呻く。

 まだ生きている。

 うん、手加減されている証拠だ。

 本当に親切である。相手視点では絶望的なだけで。

 

「もう諦めたらどうですか。スカーレット様を殺すくらいなら、魔王を殺した方が絶対に簡単ですよ」

 

 私は善意から忠告した。

 客観的事実を述べただけともいう。

 

「……確かに、あれがステータスALL999,999,999な化け物なのは分かっています。しかしっ、私には鴉としての誇りがあります」

 

 ……?

 

 私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

 ALL999,999,999?

 

 ああ、そうか。

 そこでようやく、私はひとつの事実を思い出した。

 

 学園で使われている測定器の上限は、たしか9,999だった。

 だからこそアレス様は挑んだのだ。

 その数値は偽物だと断じて化けの皮を剥がす為に。

 

 ならば、おそらく王国が保有する測定器にも上限があるのだろう。

 そして、その上限が999,999,999あたりだとしたら。

 

 ALL30万超えのディスさんから見れば、工夫と技量と根性で、どうにか届くかもしれない数字に見えてしまう。

 

 なるほど。

 それは幻想も抱く。

 実際には、その千倍いるのだけれど。

 

「えっと……とりあえず、スカーレット様の真のステータスを見せますね」

 

 私の『真眼』には、視界を共有する能力もある。

 左目を閉じ、ディスさんの左目と視界をつなぐ。

 そして、そのままスカーレット様を見せた。

 

 表示されたのは、見慣れた数字。

 

 HP 999,999,999,999

 SP 999,999,999,999

 ATK 999,999,999,999

 DEF 999,999,999,999

 INT 999,999,999,999

 RES 999,999,999,999

 HIT 999,999,999,999

 

「ふぇ」

 

 なんだかたいへん可愛らしい声が出た。

 

 いや、うん。

 分かる。

 私も最初に見た時は、もう少し取り乱した。

 たしか土下座した。

 比較的まっとうな反応だったと思う。

 

 ディスさんは震える指でスカーレット様を指し、みるみる顔色を失っていく。

 お気の毒に。

 でも現実は現実である。

 

 残念ながら、ステータス30万程度では殺すどころか、HPを1削ることすら難しい。

 それが悪役令嬢スカーレット・アルタナティブ様だ。

 

 ……あれ?

 

 そこで私は、ふと引っかかった。

 

 私に見えているのは、ALL999,999,999,999。

 でも、それは本当にスカーレット様の正確な上限値なのだろうか。

 

 学園にも王国にも、測定器には上限があった。

 ならば、私の『真眼』にだって、私自身が認識できる限界というものがあるのではないか。

 

 つまり、この数字は――

 

 “私に見えている最大値”

 であって、

 “スカーレット様の本当の限界”

 

 ではない可能性がある。

 

 実際はもっと――

 

 うん。

 

 考えないようにしよう。

 

 正直、ALL999,999,999,999を超えていようと、私には「とても強い」が「さらにもっととても強い」になるだけで、大差ない。

 崖の高さが千メートルでも一万メートルでも、落ちたら終わりなことに変わりはないのだ。

 

 

 

 

 

 

09【同音異語】

 

「スカーレット様の嘘つき!」

 

 私は珍しく、真正面からスカーレット様に抗議していた。

 

 いや、本当に珍しい。

 普段の私ならしない。

 しないのだけれど、今回ばかりは言わせてほしい。

 これに関しては、私にも怒る資格がある。

 たぶん。

 いや、資格だけならある。

 そのあと無事でいられる保証はまったくないけれど。

 

「嘘は言ってないわ。貴女が勝手に勘違いしただけでしょう」

 

 スカーレット様は、涼しい顔で言い放った。

 心の底から自分は悪くないと思っている顔だ。

 この人、こういうところが本当に強い。

 戦闘力だけではなく、押し切る力も桁違いである。

 

「だって舞踏会って言ったじゃないですか!」

 

「私が言ったのは武闘会よ」

 

 酷い。

 

 あまりにも酷い。

 たしかにどちらも「ぶとうかい」だ。

 発音は同じだ。

 耳で聞いただけで判別しろという方が無理である。

 でも内容はまるで違う。

 片方はドレスと音楽と優雅なステップ。

 もう片方は拳と流血と断末魔のステップだ。

 同音だからって許される差ではない。

 

 ちなみに私が想像していたのは、もちろん前者である。

 

 綺麗なドレスを着て。

 きらきらしたシャンデリアの下で。

 壁際の目立たない場所を死守しつつ。

 おいしいお菓子を食べて。

 誰とも目を合わせず平穏に終わる。

 それが私の理想の舞踏会だった。

 

 なのに現実はどうだ。

 

 土煙の舞う荒野。

 どこからどう見ても治安が終わっている観客席。

 そして、核戦争後の世界から出てきたみたいなモヒカン頭の男たち。

 棘つきの革ジャケット。

 無駄に太い腕。

 「ヒャッハー!」が似合いすぎる顔面。

 

 どうしてこうなった。

 

 私の知っている舞踏会は、少なくとも「肩にトゲがある男性」が主役ではない。

 

 そんな私の嘆きなど意に介さず、男たちは一斉にこちらへ襲いかかってきた。

 怖い。

 普通に怖い。

 というか人数が多い。

 武闘会って、もっとこう、対戦表とか審判とかがいるものではないのだろうか。

 なぜ開幕から世紀末の略奪イベントみたいになっているのか。

 

 するとスカーレット様は、鬱陶しそうに小さく息を吐いた。

 たったそれだけだった。

 ただ、ほんの少しだけ魔力が混じっていたらしい。

 

 次の瞬間、その吐息は暴風となって荒れ狂い、襲いかかってきた男たちをまとめて吹き飛ばした。

 

 舞うモヒカン。

 転がる棘ジャケット。

 地面を滑っていく大男。

 たいへん見応えがある。

 見応えはあるけれど、たぶん貴族令嬢が楽しむ種類の催しではない。

 

 ……ひどいバタフライ効果だ。

 

 いや、違う。

 もう蝶ではない。

 本人が台風だった。

 

「私は夜会や舞踏会は嫌いなの」

 

 男たちを吹き飛ばした張本人は、実にどうでもよさそうな声でそう言った。

 

 私はその言葉に、ふと引っかかりを覚えた。

 

 そういえば私は、これまでスカーレット様が夜会や舞踏会に出ているところを見たことがない。

 侯爵令嬢なのだから、本来ならああいう華やかな場の中心にいてもおかしくない。

 美貌よし、家格よし、華よし。

 目立たないわけがない。

 

 それなのに、出ない。

 

 どうしてだろう、と考えて――

 私は、ある結論にたどり着いてしまった。

 

 この世界の若い令嬢向けのドレスは、胸元がやや開いた意匠のものが主流だ。

 可憐さと華やかさを両立させるための流行らしい。

 

 つまり。

 

 スカーレット様の体型で、それを着ると――

 

「――いっ」

 

 しまった、と思った時には遅かった。

 

 スカーレット様が、近くにいた巨体の男をひょいと片手で持ち上げた。

 ひょい、である。

 私なら両手でも無理そうな大男を、である。

 そしてそのまま、実に無駄のない動作で私へ投げつけてきた。

 

「ぎゃっ」

 

 避ける暇などあるはずもなく、私は大男の直撃を受けて下敷きになった。

 重い。

 苦しい。

 視界が暗い。

 これ、もしかしなくてもかなり危ないのでは?

 

「そうね。貴女は少し、言葉を慎んだ方がいいわね」

 

 上から降ってきたのは、ひどく静かな声だった。

 声の温度が違う。

 普通に制裁である。

 

「すみません重いです」

 

「反省は?」

 

「しております!」

 

 即答だった。

 反省の内容が「発言」なのか「押し潰されそうな現状」なのかは、自分でもよく分からない。

 でもこういう時はとにかく早く謝るに限る。

 生存の基本である。

 

 スカーレット様は私を見下ろし、ふっと鼻で笑った。

 

「よろしい」

 

 よろしい、じゃないんですよ。

 

 私は今、大男の下敷きなんですよ。

 令嬢としての品位とか以前に、物理的に平たくされかけているんですよ。

 しかも原因はだいたい私の失言だけれど、制裁手段として大男を投げつけるのはどうかと思う。

 もっとこう、あるでしょう。

 視線で刺すとか。

 言葉で冷たく切るとか。

 なぜ実体のある重量物を選ぶのか。

 

 でもまあ、スカーレット様である。

 今さらそこに常識を期待するだけ無駄だった。

 

 結局そのあと、私はしばらく大男の下から救出されず、十分に反省した頃合いを見てから、ようやく回収された。

 

 それから世紀末にいるような男たちの群れに置き去りにされ、修羅場を潜り抜けることになった。

 

 

 

 

 

10【黒歴史】

 

 

「…………」

 

 スカーレット様は、基本的に無表情だ。

 

 けれど近くにいると分かる。

 この人はこの人なりに、わりと感情が顔や空気に出る。

 ほんの少し目が細くなるとか、口元がわずかに下がるとか、その程度の変化ではあるのだけれど。

 

 そして今日は、ものすごく機嫌が悪い。

 

 なにしろ周囲の魔力が、静電気のようにばちばちと音を立てている。

 比喩ではない。

 本当に音がしている。

 怖い。

 機嫌の悪さが可視化される人、初めて見た。

 

 理由は明白だった。

 

 今夜は学校主催のパーティーがある。

 在校生は強制参加。

 しかもドレス着用が義務づけられている。

 

 つまり、スカーレット様は今、ドレス姿なのである。

 

 そして、そのドレスは――

 胸元が――

 

 おっと、危ない。

 

 今のスカーレット様の機嫌をこれ以上悪化させたら、私は本格的に塵になる。

 ここは見ざる聞かざる言わざるである。

 何も見ていない。

 何も考えていない。

 私はただ壁です。置物です。通りすがりの空気です。

 

「あら。貧相な胸をしているのだから、どこの女装した令息かと思えば、スカーレットじゃないの」

 

 空気が死んだ。

 

 今この場で、もっとも踏んではいけない地雷原を、助走をつけて全力で踏み抜いた声がした。

 

「……プラチナ」

 

 スカーレット様が、低く名前を呼ぶ。

 

 その相手はプラチナ・スターダスト様。

 公爵家のご令嬢で、スカーレット様とは幼馴染の間柄だ。

 さらりとしたプラチナブロンドを高い位置で結い上げ、そのポニーテールは見事な縦巻き――いや、ほぼドリルである。

 たいへん華やかで、たいへん強そうだ。髪が。

 

 しかし、今の発言はさすがにどうなのだろう。

 私が同じことを口にしたら、間違いなく一瞬で消し炭である。

 おそらく灰も残らない。

 なのにプラチナ様には、スカーレット様はただ冷たく睨みつけるだけ。

 

 なんだかずるい。

 

 いや、幼馴染補正なのだろうけれど。

 それにしたって、ずるいものはずるい。

 命の危険度に格差がある。

 

 こういうのはあまり趣味が良くないとは思いつつ、私はつい『真眼』でプラチナ様の情報を覗いてしまった。

 

 レベル20。

 INTは3000。

 学生の中ではたしかに高い。

 でも、私が知りたいのはそこではない。

 その先。

 関係性の地雷原である。

 

 視えた情報に、私は思わず固まった。

 

 昔、男装したスカーレット様に助けられた。

 その時のスカーレット様が格好良すぎて惚れた。

 若さゆえの勢いで、自分のものにしようとしてキスをし、恋人にしようと画策。

 しかしスカーレット様は即座に拒否し、その場で正体を明かす。

 以来、プラチナ様はスカーレット様を天敵のように扱うようになった。

 そして現在、最も嫌いなのは――

 スカーレット様といちゃいちゃしているアリサ。

 

 ……。

 

 ちょっと待ってほしい。

 

 どこから突っ込めばいいのだろう。

 男装したスカーレット様?

 キス?

 恋人計画?

 天敵認定?

 それとも最後の、いちゃいちゃしているアリサとは誰のことなのか、という点からだろうか。

 

 そんな覚えはない。

 ないはずだ。

 少なくとも私の認識では、私は日々必死に生き延びているだけであって、甘酸っぱい空気など一度も発生させていない。

 アレクシア第三王子とは別方向から、私を変なことに巻き込まないでほしい。

 

「決闘よ!」

 

 え。

 

 あまりにも急だった。

 

 プラチナ様が勢いよく手袋を脱ぎ、それをこちらへ投げつける。

 ひらり、と飛んできたそれは、見事に私の顔面へ直撃した。

 

 どうして。

 

「貴女……その眼を使うのはいいけれど、集中しすぎて口から情報が漏れているわよ」

 

 スカーレット様が、呆れたように言った。

 

「……どこからでしょうか」

 

 恐る恐る尋ねると、スカーレット様は一拍おいて答えた。

 

「男装した私に助けられた、というところからよ」

 

 ほぼ最初からじゃないですか!

 

 つまり私、冒頭から黒歴史のダイジェスト版を朗読していたということでは?

 終わった。

 私の社交界人生、始まる前に終わった。

 

 見ると、プラチナ様は顔を真っ赤にし、肩を震わせていた。

 怒りか羞恥か、その両方か。

 たぶん両方だ。

 

「あの、ごめんなさい。悪気は無かったんです!」

 

「関係ありませんわ! 人の黒歴史を声に出して喋った時点で、殺されても文句を言えないところを、わざわざ決闘という手段をとってあげたのだから感謝なさい!」

 

 うっ。

 

 それは、たしかに少し筋が通っている気がしなくもない。

 いや、殺されても文句を言えないは言い過ぎだと思うのだけれど、怒る理由としては十分すぎる。

 なにしろ黒歴史である。

 それもだいぶ濃い。

 

「私が勝ったら、スカーレット。以前の約束どおり、私の望みをひとつ叶えてもらうわ」

 

「貴女たちの私闘に巻き込まないでほしいのだけど」

 

 スカーレット様は深々とため息をついた。

 しかし、それでも結局は否定しきらず、面倒そうに承諾する。

 

 えっ、約束って何ですか。

 そこ大事では?

 

 嫌な予感しかしないので、私は再び『真眼』を向けた。

 

 そして視えた情報に、今度こそ無言になった。

 

 どうやらプラチナ様は、スカーレット様に性転換の魔法をかけ、結婚することを望んでいるらしい。

 

 ……。

 

 ……勝手にすればいいのでは?

 

 むしろ、かなり丸く収まる気がする?

 

 私がプラチナ様から意味不明な嫉妬を向けられることもなくなる。

 スカーレット様も、相手からここまで執着されているのだから、まあ悪くないのではないかもしれない。

 もちろん“自分より強い相手と結婚したい”みたいな条件は満たされないのだろうけれど、それでも好かれている相手と結ばれるのなら充分ベターだ。

 

 うん。

 誰も不幸にならない。

 

「……そうね。私の目の前にいる相手が、明日の太陽を見ることができない程度には、誰の不幸にもならないわ」

 

 ぞわっ、と背筋が粟立った。

 

 スカーレット様が、じっとこちらを見ていた。

 その声は静かで、冷たく、妙に具体的だった。

 明日の太陽。

 見られない。

 つまり私が死ぬ。

 

 気が変わった。

 

 絶対に負けられない。

 恋愛だか執着だか黒歴史だか知らないが、少なくとも私は明日の朝も太陽の光を浴びたい。

 健康的に起床し、平和に朝食を取りたい。

 そのためには勝つしかない。

 

「また、スカーレットといちゃいちゃしてっ!」

 

 プラチナ様が涙目で叫ぶ。

 

 ……いや本当に。

 

 プラチナ様。

 私と決闘する前に、眼科か、脳の検査を受けた方がいいのでは。

 

 私はいちゃいちゃなどしていない。

 しているのは命乞いと生存戦略だけである。

 

 

 

 その後、私は半ば引きずられるような流れで外へ連れ出され、プラチナ様と決闘することになった。

 

 会場になったのは、校舎の外にある訓練場だった。

 石造りの床に、防御結界。

 立会人まできっちり用意されていて、この学園、こういう時だけやけに手際がいい。

 もう少し別のところでその有能さを発揮してほしい。

 

 そして、結果から言おう。

 

 私は、勝った。

 

 ……勝ってしまった。

 

 正直、かなり危なかった。

 プラチナ様の使う光魔法は、見た目だけなら実に優雅だったのだ。

 星屑みたいにきらきらと降り注ぎ、夜空を切り取ってばらまいたような美しさがある。

 ただし、降ってくる一粒一粒が普通に痛い。

 美しいものは時に暴力である、という教訓を嫌というほど学んだ。

 

 けれど、この前スカーレット様に連れていかれた“武闘会”のおかげで、私は以前よりだいぶレベルが上がっていた。

 あの世紀末じみた修羅場、まさかこんなところで活きるとは思わなかった。

 人は経験によって成長する。

 できれば、もっと穏当な経験で育ちたかったけれど。

 

 プラチナ様の光魔法は確かに脅威だった。

 けれど耐えられないほどではない。

 なら、あとはいつもの手順である。

 

 補助で凌ぐ。

 回復で粘る。

 隙を見てSPを吸う。

 ひたすら吸う。

 上品な決闘の場でやる戦法として正しいのかはともかく、生き残るためには手段を選んでいられない。

 

 そうしてプラチナ様のSPが尽き、動きが鈍ったところに、私は最後の一撃を入れた。

 

 綺麗な勝ち方ではなかったと思う。

 でも、勝ちは勝ちだ。

 というか、私は最初から綺麗な勝ち方を求められる立場ではない。

 求めているのは生還である。

 

「アリサ! 貴女から絶対にスカーレットを奪って見せるわ!」

 

 決着ののち、プラチナ様は涙目でそう叫び、きびすを返して撤退していった。

 

 ……あれ。

 

 私、いま公爵令嬢に睨まれた?

 

 しかもかなり本気で。

 なんなら恋敵認定みたいな勢いで。

 

 困る。

 非常に困る。

 私は別に誰かを奪ったつもりはないし、そもそもスカーレット様は物ではない。

 というか、奪えるものなら奪ってみてほしい。

 たぶん誰にも無理だから。

 

 いや、そこではない。

 問題はこれからだ。

 私の学園生活、今後は「公爵令嬢から敵視されている平民」という、まったく嬉しくない肩書きつきで進行することになるのでは?

 

 嫌すぎる。

 

 胃が痛い。

 勝ったのにまるで安心できない。

 決闘って普通、勝った方がすっきりするものではなかっただろうか。

 なぜ私は、勝利と引き換えに面倒ごとの継続保証を受け取っているのだろう。

 

「――よく勝ったわ。褒めてあげる」

 

 その声に振り向くと、スカーレット様が立っていた。

 

 相変わらず涼しい顔で、まるで先ほどまで自分を巡って公爵令嬢と決闘が起きていたことなど、さほど重大ではないと言わんばかりの佇まいである。

 実際、この人にとってはその程度の騒ぎなのだろう。

 基準がおかしい。

 

 そしてスカーレット様は、ごく自然な仕草で私の頭を撫でた。

 

 ……。

 

 …………。

 

 くぅん。

 

 私の中の犬が、歓びに震えながら鳴いた気がした。

 

 いや、違う。

 落ち着け、私。

 これはただ褒められただけ。

 ただ頭を撫でられただけ。

 それだけなのに、どうしてこんなにも報われた気持ちになるのだろう。

 どうして公爵令嬢に敵視された不安が一瞬で薄れてしまうのだろう。

 我ながら現金すぎる。

 

 でも仕方がない。

 スカーレット様に認められる、というのは、たぶんそれくらい大きいことなのだ。

 少なくとも私の中では。

 

 ……とはいえ、冷静に考えると状況は何も解決していない。

 

 公爵令嬢には睨まれたまま。

 変な誤解も解けていない。

 学園生活の平穏は、今日もまた少し遠のいた。

 

 それでも。

 

 頭の上に残る手の感触が、ほんの少しだけ心地よくて、私は結局、何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ(作者:あのさぁBOT)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

主人公スバルが座っていたかもしれない、大罪司教の空席『傲慢』。▼その席に一足早く座っちゃったTS僕っ子ロリの話。▼アニメ勢のにわかです。原作と違う点があっても許して▼(以下微ネタバレ注意)▼主人公描いてみました。少しでも想像の手助けになると幸いです。▼絵柄は合わせてないです(怠惰)▼↓▼【挿絵表示】▼


総合評価:13328/評価:8.9/完結:48話/更新日時:2026年08月05日(水) 12:06 小説情報

虚飾の権能を持ってTS転生した上で英霊として召喚されましたが、マスターが可愛いので満足です(作者:プラチナムウィッチ)(原作:Fate/)

ところでマスター?私に肉弾戦をやらせようとするのはやめませんか?見てください。この細腕と細脚を。


総合評価:9855/評価:8.63/連載:7話/更新日時:2026年08月07日(金) 20:30 小説情報

七崩賢『強欲の魔女』エキドナ(偽物)(作者:魔女の茶会のお茶汲み係)(原作:葬送のフリーレン)

 フリーレン世界にエキドナ憑依系TS転生者をぶち込んで、ただただエキドナロールプレイさせるだけの愉快なお話。▼「ボクはただ、君の全てを知りたいだけさ」▼ なおスペックは、種族が魔族になった以外まんまエキドナと同程度の力を扱えるが、頭が少しばかり残念になってます。▼「お前はその好奇心を満たすためにどれだけの人間を殺したんだ」▼ ちなこの転生者は人殺したことはあ…


総合評価:5115/評価:8.3/連載:2話/更新日時:2026年04月05日(日) 22:18 小説情報

成り代わりセイアは未来が分からない(作者:ロリコンではない。好きな子がロリなんだ。)(原作:ブルーアーカイブ)

なお本人はかなり楽観的。それに加えてセイアエミュのクオリティはお察しのため順調に原作と異なるルートを辿っている模様。


総合評価:8979/評価:8.9/連載:7話/更新日時:2026年08月18日(火) 17:00 小説情報

人を食べるヒーロー(作者:エトエトエト)(原作:僕のヒーローアカデミア)

人を食べながら人を救う


総合評価:8392/評価:8.83/連載:9話/更新日時:2026年08月20日(木) 12:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>