乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件 作:華洛
12【後始末・表(side:スカーレット)】
王城最奥。
限られた者しか入ることを許されない、王族のプライベートルーム。
「初めまして、スカーレット・アルタナティブ嬢」
私の正面に座るのは、アレクサンドラ第一王子。
父王がなぜか静養することになって退位したため、近々即位式を経て王になる予定の男だ。
なお、“なぜか”の部分には私も若干の心当たりがある。
あるけれど、世の中には知らない方が幸せなこともある。
王家の平穏のためにも、私は黙っていてあげることにした。
優しさね。
「今まで何度も招いていたのに、応じてもらえなくて困っていたんだ」
「私のような一侯爵令嬢が、第一王子殿下のご命令で王城へ招かれるなんて恐れ多いもの。足がすくんでしまうわ」
そう答えると、アレクサンドラ第一王子は何とも言えない顔をした。
「……君なら、相手が神でも特に怯まず対峙すると思うのだけれど」
「私は王国に吐いて捨てるほどいる、ただの令嬢よ。過大評価だわ」
私はそう言って、目の前に置かれた紅茶に口をつけた。
おいしい。
さすが王城。
権力の中心という点を除けば、とてもいい場所ね。
椅子は座り心地がいいし、茶葉は一級品だし、室温もちょうどいい。
この快適さをもう少し平和的な用途に使えばいいのに。
これまでにも、アレクサンドラ第一王子から王城への招待状は何度か届いていた。
けれど、どう見ても面倒事の匂いしかしなかったので、受け取り次第、原子崩壊させて塵も残さず処分してある。
現物が残っていなければ、届いていないのと同じ。
とても建設的な対応だと思う。
「私が今日ここに来たのは、貴方の家で飼っている鳥が、私の周りで五月蠅く鳴くおかげで、夜に八時間しか眠れないから、その苦情を言いに来たの」
夜に刺客を送られると、私は眠っていても無意識に反撃してしまう。
私自身はもちろん無傷だ。
ただ、周囲の壁とか床とか天井とか家具とかが、耐えきれずに壊れるだけで。
建物は私ほど丈夫ではないのだから、仕方のないことよね。
「それは申し訳なかった。手紙が不思議と消えてしまうようでね。表立って呼ぶのは迷惑かと思って、鳥に伝言を頼んでいたんだ」
にこやかな笑み。
胡散臭い。
詐欺師の適性が高そう。
一国の王になるなら、顔芸の一種として必要なのかしら。
私は習得したくない。
「それにしても、八時間も眠れるとは羨ましい。私はここ最近、三時間も寝られていないよ」
「大変ね。即位前に過労死なんてことにならないといいわね」
「……ああ。せっかくここまで来たんだ。体調には気をつけるつもりだ」
疲れ切った声だった。
前国王は、アレクシア第三王子を妙に可愛がっていた。
そのせいで第一王子と第二王子を飛ばして、第三王子へ王位を継がせようとしていたらしい。
本当に、歴史を学び直した方がいい。
古今東西、長子や嫡子を外して別の後継者を立てると、高確率で揉める。
三国志なら袁紹とか劉表とか、そのあたりが代表例。
権力者というのは、どうして自分だけは失敗しないと思い込めるのかしら。
謎だわ。
「私には関係ないことで、愚痴をこぼしたいなら奥様にでも聞いてもらうことね」
正直、興味はない。
権力闘争がしたいなら勝手にすればいい。
ただし私を巻き込まないでほしい。
その一点のみを私は強く主張したい。
「本題に入ろう。……愚父と愚弟が、迷惑をかけた」
アレクサンドラ第一王子は椅子から立ち上がり、頭を下げた。
珍しく、ちゃんとした謝罪らしい。
少なくとも形式だけではなさそうだった。
「前王が鴉を君のもとへ送ったのは、愚弟に恥をかかせた報復というのが真相だ」
「ひどい誤解ね。私は恥をかかせた覚えなんてないわ。勝手に舞台を整えて、勝手に踊って、勝手に転んで、勝手に恥をかいただけでしょう」
「ああ。まったくその通りだ」
即答だった。
そこ、もう少し弟を庇う努力をしてあげてもいいのではないかしら。
いや、庇えないからこうなっているのだろうけれど。
「……あそこまで愚かだとは、私も思っていなかったが」
深いため息。
胃痛が聞こえてきそうな吐息だった。
優秀なのは知っている。
『Fate/Lover』ではオールラウンド型で、どの能力も満遍なく伸びる便利キャラだ。
育てていて損はない。
ただ、現実では周囲の血縁があまりにも不便そうだった。
「謝罪だけなら、私はもう帰っていいかしら?」
「そう急がないでくれ。……今日はこれを渡したくて来てもらったんだ」
そう言って、アレクサンドラ第一王子は懐から一枚の書面を取り出し、机の上へ置いた。
封を切り、中を見る。
【降伏宣誓書】
「……何かしら、これは」
「見ての通りだ。この国はスカーレット嬢に降伏することにした。これが最も被害の少ない方法だと、私は確信している」
私は無言で書面と第一王子の顔を見比べた。
この人、かなり本気だわ。
「隣国のようになりたくないからね」
なぜアリサといいアレクサンドラ第一王子といい、あの件をそんなに大げさに受け止めるのかしら。
私はただ、軍事拠点を壊滅させて、人気のない場所に流星を降らせて、吸生樹を植えて国土を少し枯らしただけだ。
しかも吸生樹は一年ほどで育ちすぎて自壊する。
永続的では分、かなり良心的だと思うのだけれど。
当面は戦争を起こす気がでないように、内政へ重点化させるための処置だった。
目の前の王子は、まるで良心を感じ取った様子がなかった。
心外ね。
「ある意味で、アリサ嬢が入学式の日に君へ土下座した判断は正しかったのだろう」
「……」
それは、否定しづらい。
七回連続で異常者だったアリサが、八回目にしていきなり土下座したのだ。
あの時の私の警戒心は最大まで跳ね上がった。
油断を誘う新手の罠かと思ったくらいだ。
結果として今のところはただの忠犬気質だったので、少し拍子抜けしているけれど。
「望むなら、即位式の主役を私ではなく君に変更してもいい」
「面白くない冗談ね」
私は権力に興味がない。
武力の前に権力は案外無力だ。
野生のデストロイドラゴンが襲ってきたとして、勅命で止まるわけではない。
でも武力なら止まる。
だから私は権力より武力を信じている。
ただし、権力が危険だとは知っている。
特に異常者が握ると最悪だ。
二回目のアリサ。
メサイアコンプレックスを拗らせたあの異常者は、「全人類救済計画」などと寝言をほざいて帝国を乗っ取り、『神聖エヴァンジェリン帝国』を建国した。
最悪だった。
異常者に権力を持たせるとろくなことにならない。
あれ以上に分かりやすい実例はない。
そのせいで私は、領地で静かに過ごしていればよかったのに、アリサに対抗する存在として引っ張り出され、最終的には王位にまで担がれかけた。
本当に迷惑だった。
「アレクサンドラ王」
まだ即位前だけれど、いずれそう呼ばれる男へ向けて私は言った。
「私の平穏を乱さない限り、私は何もしないわ。生まれ育った国だもの。愛国心くらいはあるの」
「そうか。なら肝に銘じよう。スカーレット嬢には逆らわないようにすると」
それでいい。
とても正しい判断だと思う。
私は机の上の降伏宣誓書を手に取り、とりあえずポケットへしまった。
受理したいわけではない。
ただ置いていくと、また変な方向に話が進みそうだったからだ。
椅子から立ち上がり、部屋を出ようとして――ふと、あることに気づいた。
「……そういえば、護衛はいないのね」
王族の私室にしては妙に人が少ない。
最低限の使用人はいるけれど、護衛らしい護衛が見当たらない。
するとアレクサンドラ第一王子は、実にあっさりと言った。
「この国で優秀な人材は貴重だ。君の逆鱗に触れて、万が一にも失いたくはない。最悪、私の命だけで済めば、その方が安い」
……。
人をなんだと思っているのかしら。
たしかに私は短気ではない。
理不尽に暴れる趣味もない。
少し周囲の被害が大きくなりやすいだけの、穏やかな令嬢なのに。
でも、ここで反論するのも面倒だった。
私はそのまま扉を開けて、部屋を後にした。
まったく。
私はただ、少し静かに、平穏な学生生活を送りたいだけなのに。
どうして周囲はこうも、話を国家規模まで大きくするのかしら。
理解に苦しむわ。
13【後始末・裏(side:スカーレット)】
王立学園の校門前に、紅い魔動車が待ち構えていた。
嫌な予感しかしない。
というか、すでに待ち構えている時点でアウトである。
こういうのは偶然を装うものではないのかしら。
最初から堂々と待機しているあたり、隠す気がまるでない。
なんでも今日は、王国のマフィアやら裏組織やら、その手の人間たちが一堂に会する集まりがあるらしい。
勝手にやればいいでしょう。
一学生の私を巻き込まないでほしい。
私はいま、学園生活という貴重で有限な青春の一時を過ごしている最中なのだ。
なぜそこへ、裏社会の会合などという不純物を混ぜようとするのかしら。
理解に苦しむ。
とはいえ、断り続けたせいで今後もこうして校門前へ魔動車を差し向けられ、平穏を侵食されるのはもっと困る。
私は小さくため息をついて、車内へ乗り込んだ。
これで今回きり。
今回きりで終わらせる。
そう心に固く誓いながら。
魔動車はそのまま目的地へ向けて走り出した。
車内は静かで、乗り心地も悪くない。
だからこそ腹立たしい。
快適に厄介事へ連行されると、逃げ出す口実が減るではないか。
到着したのは、大きな建物の前だった。
車が止まり、外へ出ると、黒服の男たちがずらりと並んでいた。
そして私が降りた瞬間、一斉に頭を下げる。
……絵面が最悪ね。
まるでヤクザ映画で、組長の車が到着した時のそれである。
知り合いに見られたら、言い逃れが極めて難しい。
というか、たぶん不可能だ。
そのとき、ふと視線を感じた。
屋根の上。
隠れているつもりなのだろうけれど、私から見れば丸わかりだった。
アリサだ。
こっそり覗き見している。
とても小動物っぽい。
そして、案の定というべきか、直後に鴉が背後を取った。
少し会話を交わしたあと、アリサは怯えた気配を残して去っていく。
……あれはたぶん、盛大に誤解しているわね。
後で訂正しておかないと、ますます私への認識がひどい方向へ進みそうだ。
もう手遅れな気もするけれど。
「鮮血の深紅姫。こちらです」
入口のところまで行くと、ひとりの男が恭しく私を案内した。
他の者とは気配が違う。
それなりに強い。
鴉と同等か、やや上くらいかしら。
……それよりも。
今、何と言った?
鮮血の深紅姫?
誰が?
私が?
その痛々しい中二病丸出しの二つ名を、いったいどこの誰がつけたのかしら。
本気で殴り飛ばすから名乗り出てほしい。
できれば今すぐ。
あと絶対にアリサの耳には入れたくない。
あの子、変なところで律儀だから、一度覚えたら心の中でそう呼びかねないのよね。最悪だわ。
案内されたのは、二階にある大広間だった。
左右には、各組織の頭目らしき者たちが椅子に座っている。
顔ぶれは濃い。
善人がひとりもいない顔ぶれ、と言っても差し支えない。
そして正面奥には、ひときわ目立つ紅い椅子がひとつ。
……嫌な予感しかしない。
「彼方が貴方様のお席となっております」
でしょうね。
知ってた。
でも絶対に座らない。
座ったら終わりだ。
なし崩し的に裏社会の頂点へ祭り上げられる未来が、ありありと見える。
しかもこの手の椅子は一度座ると、「座ったのだから了承した」という理屈が勝手に発生する。
面倒ごとの玉座など、誰が好き好んで腰かけるものですか。
「――私は支配する気はないわ。他の誰かが座ればいいでしょう」
ぴしゃりと言い切ると、場がわずかにざわついた。
「我儘を言うんじゃないよ」
そうたしなめてきたのは、黒いフードを被った魔女めいた老婆だった。
裏社会のご意見番。
『Fate/Lover』では表には出回らない特殊アイテムを売ってくれる、便利すぎて怪しさ満点の万事屋店主。
マーリン・リリスティノ。
この人、相変わらずしぶとく生きているわね。
「あんたが所構わず暴れまわるから、誰ひとりとしてその席に座りたがらないんだよ。下手に上へ立って、真っ先に狙われるのが嫌なのさ」
「……なら、貴女が座ればいいのでは? 私は敬老精神があるから、老人は襲わないわよ」
「ひゃひゃひゃ。余命短い老人を矢面に立たせるものじゃないよ。こういうのは若い者の役目さね」
よく言う。
悪魔の血を引く半人半魔のマーリンは、人間の数十倍……いえ、下手をすると数百倍は生きる。
余命短いなど、私からすれば嫌味にしか聞こえない。
しかも周囲に座る頭目たちがそろって頷き、マーリン支持に回るのが腹立たしい。
これではまるで、私ひとりが駄々をこねている子どもみたいではないか。
たとえそう見えていたとしても、絶対に座りたくないけれど。
反社組織の頂点になど立った日には、私の平穏は完全に終わる。
ただでさえ学園では浮き気味なのに、これ以上「実は裏社会の女帝でした」などという肩書きが追加されたらどうなると思っているのか。
周囲から白い目で見られ、友達候補は蒸発し、アリサの怯え具合も新たな段階へ進むに決まっている。
冗談ではない。
……なら、手はひとつだ。
「――分かったわ。私が推薦する代理人をその席に座らせるから、それで手打ちにしましょう」
「代理だって?」
マーリンが目を細める。
「ええ。実力は保証するわ。私の次に強い者たちよ」
私は両手を合わせ、短く呪文を唱えた。
すると床に二つの魔法陣が浮かび上がる。
片方は漆黒。
もう片方は純白。
光が弾け、その中から少年と少女が姿を現した。
黒。
白すら呑み込むような、底なしの黒髪を持つ少年。
魔神ノワール。
白。
黒すら塗りつぶすような、眩暈がするほどの白髪を持つ少女。
魔神ブランシュ。
『Fate/Lover』における、やりこみ要素の最終到達点。
この二柱に勝つことこそが、廃人たちの最終目標だった。
「ば、かな……! この気配、魔神族じゃと!?」
マーリンが珍しく素で叫んだ。
そう。
この二柱は、魔神族最後の生き残り。
いま世にいる魔族の大半は、滅びゆく一族を悲しんだ魔神族が生み出した劣化コピーのようなものだ。
本物は、格が違う。
「紅がボクたちを呼ぶなんて珍しいね。ここで戦うのかい?」
「紅は手加減してくれない。嫌い」
二人は揃って私を見た。
私のことを、彼らは「紅(あか)」と呼ぶ。
理由は簡単だ。
本気の彼らと戦って、なお勝てる相手だから。
私にとっても、この二柱は貴重だ。
本気を出しても壊れず、存分にやり合える相手など、そうそういない。
「貴方たちは空間の狭間に引きこもって暇をしているのでしょう? なら、裏社会のトップに就いて、この世界の色に染まりなさいな」
私がそう告げると、ノワールはあっさり頷いた。
「紅がそうしてほしいなら、してあげるよ」
ブランシュも小さく頷く。
「紅。私たち、こっち不慣れ。世話して」
「……そうね。世話くらいはしてあげるわ。この会合が終わったら、私の家へ来なさい」
「分かった」
「分かった」
よし。
これで面倒は押しつけられた。
あとはノワールとブランシュに任せておけばいい。
魔神族だけあってスペックは申し分ない。
裏組織の統率くらい、片手間でこなすでしょう。
私は、この二柱の優秀さを少し甘く見ていた。
ほんの少し。
まさか後に、王国どころか大陸中の裏組織の元締めにまで成り上がるなんて、この時の私は想像していなかった。
……いや、本当に。
そこまでやれとは言っていないのだけれど。