乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件   作:華洛

6 / 6
今回はシリアスになります。


【番外編・「2/7」救済の果て(side:スカーレット)】

 大地が揺れていた。

 

 最初は、どこか遠くで重たい荷車でもひっくり返したような、鈍い響きだった。

 けれど次の瞬間、その震えは足元から牙を剥いた。世界そのものが、内側から軋むように波打ち始める。

 

 地面は裂け、街を、村を、人々の慎ましい営みを、まとめて地の底へと呑み込んでいく。

 石畳は悲鳴のような音を立てて砕け、家々は支えを失った積み木みたいに傾ぎ、崩れ、土煙の中へ消えた。

 逃げ惑う人影は豆粒みたいに小さいのに、絶叫だけが妙にはっきり耳に届いた。

 

 火山は噴き上がり、煮えたぎるマグマを惜しみなく振りまいていた。

 赤黒い火の筋が夜を引き裂くように大気を走り、降り注ぐ灼熱が屋根を貫き、塔を焼き、逃げ場を失った大地をさらに焦がしていく。

 灰は雪みたいに降っているのに、触れるものすべてを窒息させる熱を孕み、空気まで焼けついているようだった。

 

 海では巨大な津波が発生し、海沿いの街を順番に飲み潰していく。

 それは波というより、海そのものが壁になって押し寄せてくるような有様だった。

 港を砕き、船を玩具みたいに持ち上げ、呑み込み、見上げる人々ごと陸を塗り潰していく。

 ひとたび白い飛沫の向こうへ消えたものは、もう二度と元の形では戻らない。

 

 空は空で無事ではなかった。

 黒雲は渦を巻き、稲妻は裂け目みたいに明滅し、昼も夜も区別がつかないほど光と闇がせめぎ合っている。

 まるで世界そのものが悲鳴を上げながら壊れていく、その断末魔を見せつけられているようだった。

 

 空からその光景を見下ろしながら、私は静かに思った。

 

(まるで世紀末ね)

 

 我ながらずいぶん薄情な感想だとは思う。

 けれど、感傷に浸っている場合ではなかった。

 泣いても喚いても壊れたものは戻らない。止めるべき元凶がいるなら、先にそちらをどうにかする方が建設的だ。

 

 帝国の民は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。

 泣き叫ぶ者。

 神に祈る者。

 瓦礫の中で家族を探し続ける者。

 さながら地獄絵図だ。

 

 ただ、私からすると、半分くらいは自業自得でもある。

 

 あんな異常者を皇帝に担ぎ上げておいて、平穏な明日が来ると思っていたのだとしたら、少々おめでたすぎる。

 毒茸だと分かっているものを自分で煮込んでおいて、腹を壊したから被害者だと言われても困るでしょう。

 もちろん同情はするけれど、驚きはしない。

 

 かつて大陸でもっとも栄えていた帝都は、もはや見る影もなかった。

 豪奢な建物は崩れ、石畳は割れ、塔は折れ、通りは地割れと瓦礫で埋まっている。

 

 それでも、皇城だけは残っていた。

 

 妙に頑丈なのよね、ああいう手合いの巣は。

 

 人々は助けを求めて皇城へ押し寄せていた。

 崩れない場所へ。

 救ってくれそうな場所へ。

 けれど門は固く閉ざされている。

 

 当然だ。

 

 あの女にとって人類は、救う対象ではなく、救済の材料でしかない。

 材料が勝手に燃えたり潰れたり流されたりしているだけで、料理人はたぶん満足しているのでしょう。

 

 私は皇城を覆う結界の前に降り立ち、軽く拳を握った。

 

 そして、殴る。

 

 結界はあっけなく砕け散った。

 思ったより脆い。

 まあ、狂人は往々にして“雰囲気”に全力を注いで、肝心の実用性が甘いものだけれど。

 

 私はそのまま最短距離で内部へ踏み込み、玉座の間へ強行突入した。

 

 いた。

 

 異常者。

 『Fate/Lover』のヒロイン。

 アリサ。

 

 玉座に腰かけたその姿だけ見れば、なるほど神々しいのかもしれない。

 周囲の惨状さえ見なければ、だけれど。

 

「やっぱり悪役令嬢は悪役令嬢ね。私の邪魔を最後までしてくるなんて」

 

「私の平穏な生活を先に邪魔したのはそっちでしょう」

 

 正直、この女がどこで何をしていようと、本来なら関わる気はなかった。

 帝国で皇帝ごっこでも、救済ごっこでも、好きにしていればよかったのだ。

 

 でも、世界を壊されると困る。

 世界が滅べば、私の平穏な生活も消える。

 それでは困る。

 だから来た。

 ずいぶん大規模な苦情処理だけれど、要するにそういうことだ。

 

「もう少しで……もう少しで全人類が救済されるの。邪魔しないでよ」

 

「……救済? これが?」

 

 私は周囲を見回した。

 

 崩れた天井。

 遠くから響く悲鳴。

 血と灰と熱の匂い。

 どう贔屓目に見ても、救済より災害現場の方が近い。

 

「人は生きているだけで罪を犯す。それを救済するには、一度死ぬしかないの。死こそが救済! 私と同じ転生者なら、理解できるよね?」

 

「まったくできないわ」

 

 即答した。

 

「死こそが救済だというなら、貴女が真っ先に死ぬべきでしょう。少なくとも、いま貴女に殺されかけている人たちは救われるわ」

 

「全人類が死んだのを確認したら、私も死ぬから大丈夫」

 

 だめだわ、これ。

 

 大丈夫の定義が根本から壊れている。

 こういう相手と会話すると、こちらの知性まで削られる気がするのよね。

 

 前回のアリサは、逆ハーレムにうつつを抜かす頭の軽い異常者だった。

 でも、目の前のこれは別種のひどさがある。

 欲望に忠実だったぶん、まだ可愛げのあった前回と違って、こちらは自分の醜悪さを崇高な理念で包んでいる。

 中身の腐敗を香水で誤魔化した死体みたいなものだ。

 

「大丈夫じゃないわね。だって、その望みは叶わないもの」

 

「負け惜しみ? もう遅いの! 世界は天変地異で終わる! いくら貴女がカンストしたステータスを持っていたとしても、この終末は止められない!」

 

「ええ。そうね。私ひとりでは無理ね」

 

 私は素直に認めた。

 

 実際、この規模の地震と噴火と津波を同時に止めるのは、さすがに面倒だ。

 できなくはないでしょうけれど、ひどく面倒。

 だから他人に頼んだ。

 

 次の瞬間、外から響いていた轟音が途切れた。

 

 地鳴りが止む。

 津波の唸りが遠のく。

 噴火の爆ぜる音が消える。

 

 アリサが息を呑み、半透明の画面をいくつも展開する。

 そこに映っていたのは、終息へ向かう各地の災厄だった。

 

「どうして……どうして終わるの!?」

 

「ノワールとブランシュに頼んだの」

 

 そう告げると、アリサの顔がひきつった。

 

「このゲームをやったなら知っているでしょう」

 

 魔神ノワール。

 魔神ブランシュ。

 

 『Fate/Lover』における裏ボス。

 倒せば望みをひとつ叶えてくれる、やりこみ勢御用達の便利存在だ。

 限界突破だのレアスキルだの、廃人向けご褒美の温床でもあった。

 

 今回、私が頼んだのは単純明快。

 この異常者が引き起こした天変地異を止めること。

 

 止めるだけなら容易い、と二柱は頷いた。

 だから止まった。

 それだけだ。

 

「よくも、よくもよくもよくも! せっかく、せっかく人類が救済を――」

 

「うるさいわ」

 

 私は異常者の顔面を、思い切り殴り飛ばした。

 

 鈍い感触。

 思ったより硬い。

 

 さすがね。

 目的達成まで死なないために、防御へ極振りしているだけはある。

 しかも民衆から吸い上げた信仰まで乗せていたのだから、ひどく質が悪い。

 自力ではなく、他人の祈りで膨らんだ強さなんて、見栄えだけの張りぼてなのに。

 

「いたい、いたい、いたいよぉ……!」

 

 みっともなく痛みに泣く姿を見て、私は少し安心した。

 

 よかった。

 ちゃんと痛いのね。

 それなら、会話より殴打の方がまだ通じる余地がある。

 

 この異常者は空へ己を投影し、「死こそ救済」と全土へ喧伝した。

 そのおかげで、今まで稼いできた信仰はほとんど失われている。

 どれだけ盲信していた人間でも、実際に家が潰れ、家族が流されれば、さすがに少しは目が覚めるらしい。

 

 おかげで、私の拳でも明確にダメージが通る程度には弱体化していた。

 

 やっぱり、自分以外の力で膨らませたものは脆いわね。

 風船みたい。

 穴を開ければ、あっという間にしぼむ。

 

 私は泣きわめく異常者を、別の場所へ転移させた。

 

 転移先は、この災厄で最も大きな被害を受けた地域。

 家を失い、家族を失い、信仰も希望も焼け落ちた人々が集まる場所。

 

 そこでこの女がどうなるかは、私の知るところではない。

 でも少なくとも被災者たちは、顔も知らない天災ではなく、目の前の元凶へ怒りを向けられる。

 

 それはきっと、この世界に残された数少ない、分かりやすい救いのひとつでしょう。

 

 私は静かに呟いた。

 

「良かったじゃない。最後は本当に、救済される人ができたわよ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ゼロの使い魔 虚無の少女と英雄王の宝物庫(作者:僕の考えた最強のルイズ)(原作:ゼロの使い魔)

魔法の才能ゼロと笑われる少女、ルイズ・フランソワーズ。▼けれど彼女の中身は、現代日本から転生した男だった。しかもその手には、英雄王ギルガメッシュの宝物庫へ至る鍵がある。▼四属性魔法は原作通り使えない。だから周囲からは「ゼロ」と呼ばれる。だがその裏で、ルイズは王の財宝、虚無、サーヴァントに近い身体能力を隠し持っていた。▼使い魔召喚の日、彼女は原作通り平賀才人を…


総合評価:92/評価:-.--/連載:6話/更新日時:2026年07月04日(土) 21:18 小説情報

姉様、姉様、ごめんなさい(作者:イエスアマゾネス)(原作:Fate/)

死亡フラグ100%の種族にTS転生


総合評価:3287/評価:8.49/連載:5話/更新日時:2026年06月02日(火) 03:02 小説情報

レミリア・スカーレットの杞憂(作者:アステリアスエ)(原作:HUNTER×HUNTER)

レミリア・スカーレットは、HUNTER×HUNTERの世界にいた。▼そんな紅い悪魔の、だいたいろくでもない冒険物語。


総合評価:924/評価:7.28/連載:14話/更新日時:2026年08月30日(日) 19:07 小説情報

魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ(作者:あのさぁBOT)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

主人公スバルが座っていたかもしれない、大罪司教の空席『傲慢』。▼その席に一足早く座っちゃったTS僕っ子ロリの話。▼アニメ勢のにわかです。原作と違う点があっても許して▼(以下微ネタバレ注意)▼主人公描いてみました。少しでも想像の手助けになると幸いです。▼絵柄は合わせてないです(怠惰)▼↓▼【挿絵表示】▼


総合評価:13483/評価:8.9/完結:48話/更新日時:2026年08月05日(水) 12:06 小説情報

内緒やで、ぶっちゃけダサいと思っとんねん。術師が得物使わんの(作者:器用貧乏ならっこ)(原作:呪術廻戦)

これはもし直哉が得物をしっかり使って戦闘してたら、そんなお話。▼掲示板形式のタグは番外編にやるつもりで付けてます。▼2026/03/24 本編完結しました。


総合評価:7150/評価:8.47/完結:21話/更新日時:2026年04月10日(金) 20:11 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>