乙女ゲーのヒロインに転生したけど、悪役令嬢のステータスがALL999,999,999,999だったので無条件降伏した件 作:華洛
「◯/7」はスカーレットの周回話で、相手が異常者のためシリアスになってしまいます。
【番外編・「3/7」平穏の終わり(SIDE:スカーレット)】
王都から離れ、帝国と国境を接する地。
そこがアルタナティブ侯爵領だ。
小規模な戦は何度も起きている。
王国も帝国も、互いに示威行為を続けなければならない立場なのだから、それ自体は仕方のないことだとは思う。
ただ、集団で行う戦争なんて、無駄の極致なのよね。
人材と資源を浪費し、恨みだけを積み重ねる。
しかも上に立つ者ほど、安全な場所から命を数で勘定する。
趣味が悪い。
効率も悪い。
ついでに頭も悪い。
だから、私が領地にいるあいだは、いつも国境近くの最前線に魔術で家を建て、そこでのんびり過ごしていた。
前線、といっても実際にはかなり静かなものだ。
幼い頃、帝国十絶人などという、いかにも中二病を拗らせた名称の連中が何度かに分けて侵攻してきたけれど、返り討ちにしていたら来なくなった。
学習能力があったのは褒めてあげてもいい。
来なくなったのは、実に結構。
多少つまらなくはなったけれど。
私がここにいるあいだ、帝国も大きくは動かない。
それはそれで平穏で結構なことだ。
ただ個人的には、多少攻めてきてくれてもよかった。
対軍用の魔術を試す機会は、そう多くないもの。
来るなら来るで構わない。
来ないなら来ないでまあいい。
どちらでも対応できるのが強者の嗜みよ。たぶん。
私は紅茶を片手に本を読んでいた。
窓の外には、人工的に整えた花壇と、その向こうに広がる最前線。
我ながら、趣味の悪い立地に風流を持ち込んだものだと思う。
でも静かで、誰も近づかず、邪魔も入らない。
平穏という点では、なかなか悪くない。
最高ではないけれど、かなり上等。
少なくとも王都よりは百倍ましだ。
そのときだった。
私が周囲に展開していた探知魔術に、ひとつの気配が引っかかった。
速い。
迷いがない。
真っ直ぐに、一直線に、こちらへ向かってくる。
次の瞬間、窓ガラスを貫通して矢が飛び込んできた。
私を射抜く寸前で、その鏃を指先でつまみ取る。
……こんな真似ができるのは、ひとりしかいない。
帝国十絶人の一人、『絶弓』ソウラ・フォン・アルテリア。
障害物を貫通し、標的を穿ち抜く弓の達人。
私に何度も挑み、何度も叩き落とされ、それでも懲りずに腕を磨き続けている変人だ。
努力家と言えば聞こえはいい。
諦めが悪いとも言う。
鏃には小さく巻かれた手紙が括りつけられていた。
私はそれをほどき、目を通す。
【王都で革命軍をうたう反乱有り。火は拡大中】
たったそれだけ。
「……私をここから引き離すための策だというのなら、稚拙としか言いようがないのだけれど」
思わず独り言が漏れた。
王都にはアリサがいる。
『Fate/Lover』のヒロイン。
前回のあれは、メサイアコンプレックスを拗らせた異常者だった。
そして今回のあれは、別方向から異常だった。
関わりたくない。
心の底からそう思った私は、王都をさっさと離れ、この領地に引っ込む道を選んだ。
ちなみに王立学園は、入学と同時に卒業試験を受け、全教科満点で卒業してきた。
通学という形で世界と接点を持ち続けるのが面倒だったからだ。
面倒は避けるに限る。
避けられない面倒は潰すに限る。
人生の基本ね。
「前回はメサイアコンプレックス。今回は共産主義に脳を焼かれた異常者……。この世界って、仮にも乙女ゲームの世界じゃなかったかしら」
つい愚痴も出る。
まさか一周目の、逆ハーレムを目指していた頭の軽い異常者が、比較対象としては最もましだったなんて。
笑えない。
いや、あまりのことに逆に少し笑える。
この世界、どこか根本的なところで壊れているのではないかしら。
だいぶ前から気づいてはいたけれど。
そんなことを考えていると、家の前に一台の魔動車が止まった。
侯爵家の家紋を象ったエンブレム。
見慣れた車だ。
中から降りてきたのは、私の弟――ルビーレッド・アルタナティブ。
私と同じ赤い髪を持つ、美少年。
将来、女を泣かせないといいのだけれど。
……まあ、もし不義理な真似をするようなら、姉として教育的指導をしてあげるだけね。
半泣きでは済まないでしょうけれど。
しばらくして、控えめなノックが部屋の扉を叩いた。
「――失礼します。スカーレットお姉さま」
「レッドが来るなんて珍しいわね」
弟は室内へ足を踏み入れたものの、いつもより明らかに顔色が悪かった。
礼儀正しく、きっちりしていて、感情を乱しにくい子なのに、その様子が少し変だ。
「……緊急事態が発生しましたので、仕方なく参りました」
「緊急事態、ね。もしかして、これのこと?」
私は先ほどの手紙を軽く掲げて見せた。
ルビーレッドは、重々しく頷く。
「……はい。アリサ率いる革命軍は、王都の半分を掌握。さらに周辺にまで勢力を拡大しています」
「王家の鳥たちがいながら、あのアリサにそこまで動かせるなんて。平和ボケも大概ね」
王都の半分。
なかなか景気のいい数字だ。
聞きたくはなかったけれど。
私がそう言うと、ルビーレッドは一瞬だけ視線を伏せた。
「…………スカーレットお姉さま。落ち着いて、聞いてください」
「なに?」
返事をした瞬間、弟の喉が目に見えて詰まったのが分かった。
珍しい。
この子が、ここまで言葉を選べなくなるなんて。
嫌な予感しかしない。
だいたい、こういう予感は当たる。
外れてほしいときほど、丁寧に当ててくる。
「…………プラチナ様が、アリサたちの行動を止めようと、交渉に向かったようです」
「そう」
あの子らしい選択だ。
無駄に正義感が強く、無駄に責任感もある。
だから余計なところへ首を突っ込む。
美点ではある。
生き方としては不器用すぎるけれど。
でも、それだけならまだいい。
問題は、今のレッドがこんな顔をしている理由だ。
「その、アリサは……権力の象徴として、プラチナ様を……スラムの者たちに……」
言い淀む。
私は本を閉じた。
「――プラチナは、無事なの」
ルビーレッドはすぐには答えなかった。
ほんの一瞬の沈黙。
それだけで、十分だった。
「見世物にされている、との報告です。生存は……確認されています」
「――見世物」
「猿轡を噛まされ、自害もできない状態である、と……」
「そう」
私は紅茶を飲もうとした。
でもカップの中身は、いつの間にか蒸発して消えていた。
指先に力が入っていたらしい。
熱ですらなく、ただ魔力の余波だけで。
静かな部屋だった。
さっきまで本を読んでいたはずなのに、ページの内容も、紅茶の香りも、もう何も頭に入ってこない。
どうやら、私の平穏はここまでらしい。
――アリサ。
私の幼馴染に手を出したこと。
死んだ程度で償えるとは、思わないことね。
【ノブレス・オブリージュ (SIDE:スカーレット)】
「スカーレット様は、プラチナ様のことをどう思ってるんです?」
昼休み。
いつものようにサロンで紅茶を飲んでいると、アリサが唐突にそんなことを訊いてきた。
「いきなり何かしら」
「いえ。スカーレット様に対して、ライクではなくラブという大変貴重な感情を抱いているプラチナ様のことを、スカーレット様がどう思ってるのかなって気になりまして。あ、嫌ってないのは分かるんですよ。嫌っていたら、あの態度を取った時点で“死んだ方がまし”って思うような目に遭わされてるでしょうし。少なくとも嫌ってはいないはずです。ならいっそ付き合って結婚してくれれば、私の負担もだいぶ減るんですよ!」
「……後半の本音がひどいわね」
私は紅茶を一口飲んだ。
アリサの言葉は相変わらず雑で、図々しくて、でも核心だけは妙に突いてくる。
少しだけ沈黙してから、私は答えた。
「プラチナは、私にはもったいない女性よ」
「え」
アリサが目を丸くする。
冗談でも皮肉でもなく、私がそんなふうに言うとは思わなかったのだろう。
「――あの子は、まともな貴族なの」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「きちんと“高貴なる者の義務”を理解している。領民のために力を使い、周囲のために動き、自分が傷つくことをいとわない。誰かのために何かを差し出すことを、当然のように受け入れている。そういう意味で、あの子は本当に貴族らしい貴族よ」
プラチナは、甘やかされて育っただけの令嬢ではない。
誇りと責任を持ち、それに殉じることすらできる人間だ。
「私や貴女みたいに、最後の最後で自分が生きることに意地汚くはないの」
私は、他者か自分かを選べと言われたら、自分を選ぶ。
基本的に、自分が一番大事だ。
平穏な生活を送るためなら、面倒ごとは避けたいし、危険は遠ざけたい。
もちろん世界が滅びれば私の平穏も消えるから助力はするけれど、それだって結局は自分のためでしかない。
二周目のアリサが行いによって、もしも世界を滅ぼされていたら、私は何もない空間で、死ぬまで死ねずに生き続ける羽目になっていたでしょうしね。
それは困る。
とても困る。
「――それに」
そこまで言って、私は言葉を切った。
思い出したくない記憶だった。
なのに、ひとたび触れれば、簡単に蘇る。
三周目。
アリサを旗印として共産主義の革命の火種が、王国全土へ燃え広がろうとしていた頃のこと。
私はアリサと決着をつけるために、王都へ向かっていた。
その道中で、プラチナ付きのメイドから一通の手紙を渡された。
プラチナからの手紙だった。
そこに書かれていたのは、ひどく短い願いだった。
――私に、晒しものにされ、穢された姿を見てほしくない。
――せめて、最期は貴女の手で殺してほしい。
私は、その願いを破った。
遠視の魔術で、晒しものにされているプラチナを見た。
見てしまった。
そこから先の記憶が、ない。
本当にないのよ。
次に意識がはっきりした時には、空間そのものが砕けていた。
目の前には虚無が広がっていて、世界の形が壊れていた。
左腕をノワールが。
右腕をブランシュが。
それぞれ必死に掴んで、私を抑え込んでいた。
どうやら私は、怒りのあまり我を忘れていたらしい。
周囲すべてを壊しながら、それでもなお暴れ続けていたのだろう。
その虚無の中で、アリサだけが生きていた。
周囲に張られた障壁の中で。
しかも、それはアリサ自身の魔力ではなかった。
私の魔力だった。
つまり私は、我を失った状態ですら、アリサだけは簡単に死なせないようにしていたのだ。
……どこまでも、性格が悪い。
楽に死なせる気なんて、最初からなかったのだろう。
壊して、奪って、それでもなお終わらせない。
自分でも嫌になるくらい、執念深い。
「私には――プラチナと結婚する資格なんてないの」
口にすると、その言葉は驚くほどすんなり胸の底へ落ちた。
どれだけ言い訳を並べても、変わらない。
私はプラチナを守れなかった。
そして、最終的には私自身がプラチナを殺した。
たとえそれが彼女の望みだったとしても。
たとえ、あのまま生かしておく方が残酷だったとしても。
結果だけ見れば、私は彼女の命を奪った側だ。
それに。
もし私がきちんと学園生活を送っていれば。
もっと早く関わっていれば。
突き放さずにいれば。
あの子が、あんな目に遭うこともなかったのかもしれない。
そんな可能性を、私はどうしても捨てきれない。
私の罪。そして咎でもある。
だからこそ、同性だとか異性だとか、そういう話以前に、私はプラチナと結ばれていい側の人間ではない。
「そんな私に、プラチナと結婚する資格なんてないのよ」
サロンの空気が静まり返っていた。
さっきまで余計なことばかり言っていたアリサも、今は何も言わない。
たぶん、軽口を差し挟める話ではないと分かっているのだろう。
それでいい。
これは冗談にしてはいけない話だ。
せめてもの償いに。
私は周回を重ねる人生の中で、プラチナを外敵から守り、幸せな人生を送れるよう見守り、必要なら手を貸してきた。
それで罪が消えるわけではない。
それで許されるとも思っていない。
けれど、そうでもしなければ、私はきっと自分を許せなかった。
だから今日も、あの子が少しでも傷つかずに済むように、私は目を配り続ける。
それくらいしか、できないのだから。
読んでいただきありがとうございました。
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王国は鳥を使ってでもプラチナの救助に動いて助けていれば、虚無の彼方へ消え去ることはありませんでした。