翌朝、ルフィが店の戸を蹴破る勢いで開けると、知らないやつがカウンターに座っていた。
女だった。自分より少し背が高く。髪が、右と左で色が違う。片方が白で、片方が赤。
ルフィは三秒くらい黙って、それから叫んだ。
「誰だお前!!」
「そっちこそ誰よ!!」
同じ音量が返ってきた。
シャンクスが酒を飲みながら片手を上げた。
「あ〜俺の娘だよ」
「娘ェ!?」
「俺の娘のウタだ、年齢はお前の1個上で八歳」
「もー!あたしが自分で言うのに!」ウタが唇を尖らせた。「勝手に紹介しないでよね!」
「お〜すまんすまん笑」
「私はウタ!今年で八歳!将来の夢っていうか確定事項なんだけど**世界一の歌手になること!**」
言い切った。
そしてそれは奇しくも昨日ルフィが語ったそれと一緒で迷いも、照れも、一切なかった。
シャンクスがグラスの向こうで肩を震わせている。この二人、まったく同じ言い方をする、と思ったらしい。
「へえ」ルフィが鼻を鳴らし自分も宣言する。「俺の夢は英雄王になることだ!!」
「はァ!? そんなの誰も知らないヤツがなれるわけないでしょ!!」
「なれる!!」
「歌手の方がすごいの!! 世界中の人が聞くの!!」
「英雄王の方がすげぇ!! 世界中の人が見るんだから!!」
「聞く方がすごい!!」
「見る方!!」
マキノが困ったように笑った。
シャンクスはそれを見て笑いながら二杯目を頼んだ。
シャンクスが街に来て三週間シャンクスの仕事は、地味だった。
ルフィはヒーローの仕事に興味を示し毎日ついて行き。ウタも、文句を言いながらついてきた。
一週目——港の堤防の点検。
「なあなぁ!これヒーローの仕事か?」
「ヒーローの仕事だよ」
「ぜんぜんヒーローじゃねぇ!」
二週目——山で迷った婆さんの捜索。見つかった。無事だった。
「なあ、これもヒーローの仕事か?」
「これがヒーローの仕事だ」
「ヴィランは!?」
「そんなもん出なかったら出ねぇ方がいいだろ」
三週目——酔って喧嘩を始めた漁師二人の仲裁。シャンクスはその2人を座らせて、二十分話を聞き最後は3人とも笑いながら酒を飲み仲良くなり終わった。
「なあ、これがヒーローの仕事なのか?凄い地味だったぞ〜」
「地味な方が平和でいいじゃないか」
「………地味ヒーロー」((ボソ
ウタがルフィの後頭部を引っぱたいた。ルフィの頭がゴムなので、手の方が痛かった。ウタが悲鳴を上げた。
シャンクスは、何も言わずに笑っていた。
ある夕方、堤防の上でのことだった。
ルフィが腕を伸ばして、伸ばしすぎて、自分で絡まって転がっていた。ウタが指をさして笑っていた。
シャンクスがそれを見ながら言った。
「ルフィ。お前、殴られても効かねぇんだよな」
「効かねぇ!」絡まったまま答えた。「鉄砲も効かねぇ!」
「試したのか」
「じいちゃんが撃った」
「……おいおいクレイジー過ぎないか」
シャンクスは煙草を咥えて、火はつけずに、そのまま言った。
「それ、**ヒーローの個性としちゃ相当いいぞ**」
ルフィの動きが止まった。
「え」
「殴られても銃弾も効かねぇってのはな。誰かの前に立てるってことだ。それができるやつは、そう多くねぇ」
ルフィは、まだ絡まったまま、シャンクスを見上げていた。
ウタが横から覗き込んだ。
「……ちょっと。何その顔」
「なんでもねぇ!!」
ルフィは急に立ち上がろうとして、絡まったまま転んで、堤防から海に落ちた。
ゴムなので浮いた。
その夜、ルフィはマキノの店で、うるさかった。いつもうるさいが、その日は特にうるさかった。
「マキノ! 肉! 肉!!」
「はいはい」
「なあ、シャンクス。その帽子くれよ」
シャンクスが被っている麦わら帽子を指さした。
「やらねぇよ」
「なんでだよ! 似合わねぇぞそれ!」
「似合う」
「似合わねぇって!」
「はぁ〜あのなぁこれは、大事なもんなんだ」
「じゃあ余計くれ!!」
「理屈がおかしいだろ」
ウタがストローを咥えたまま、横から言った。
「それ、あたしも小さい時ずっと言ってた」
「もらえたか!?」
「もらえるわけないでしょ」
ルフィは唸った。それから宣言した。
「じゃあいつか、俺が立派なヒーローになったらもらう!!」
シャンクスが酒を吹き笑いながら言う
「だからなんでだよ」
一ヶ月半が過ぎた頃、ウタが村の広場で歌った。
最初は、ただの余興だった。祭りでも何でもない、ただの水曜日の夜で、村の年寄りが十人ばかり集まっていただけだった。
ウタが息を吸った。
声が出た瞬間、ルフィの視界が、白く、割れた。
——気がつくと、そこは村ではなかった。
空が近い。地面がない。足の下に雲があって、その上に町があった。誰も怒っていない町だった。腹の減った人間が一人もいない町だった。
遠くで、ウタが歌っていた。
どれくらいそうしていたのか、分からない。
目を開けると、広場だった。星が出ていた。年寄りたちが泣いていた。何十年も前に死んだ人間に会ったと言って、しゃがみ込んで泣いている者もいた。
ウタは、肩で息をしていた。
「……これ、あたしの個性」
「すげぇ!!」ルフィが飛び上がった。「もう一回!!」
「無理。疲れるの」
ウタは地面に座り込んで、それからルフィを横目で見た。
少しの間、黙っていた。
言うかどうか、迷ったらしい。
「……ねえ。あんた、あそこで何見てたの」
「え?」
「あたし、分かるの。歌ってる間、みんなが何見てるか」
ルフィはきょとんとした。
「じゃあ聞くなよ」
「聞きたくなったの」ウタは膝を抱えた。「みんな、死んだ人とか、昔の家とか、そういうの見んのよ。**戻りたいもの**を見んの」
「ふーん」
「あんただけ、違った」
ウタは、うまく言葉が出ないという顔をした。
「なんか……でっかい椅子。すごいでっかい椅子が、あって。**誰も座ってないの。**」
ルフィは笑った。
「英雄王のだ」
「……座りたいの?」
「座る」
即答だった。
ウタはしばらくルフィを見ていた。
それから、小さく言った。
「あんたさ。**後ろ見ないんだね**」
「なんて?」
「なんでもない!!」
二ヶ月目の終わりに、シャンクスが隣町へ出た。
昼過ぎに端末が鳴って、シャンクスは飲みかけの酒を置いて立ち上がった。応援要請だった。三軒隣の町で、個性を使った強盗が立てこもったという。
「行ってくる」
「俺も行く!!」
「留守番だ」
「行く!!」
「ルフィ」
シャンクスは振り返らずに言った。声の温度が、少しだけ違った。
「**ヒーローがいる場所は、誰かが死にかけてる場所だ。**行きたがるな」
戸が閉まった。
ルフィは、口を尖らせたまま、閉まった戸を見ていた。
シャンクスは夜中に帰ってきた。服が汚れていた。怪我はしていなかった。何があったのかは、一言も話さなかった。
ルフィが聞いても、「もう終わったことだ」としか言わなかった。
二ヶ月が過ぎた日、ウタが村を出ることになった。
都会の、歌を教えてくれる場所へ行くのだという。ずっと前から決まっていた話で、ここに来たのはその前の寄り道みたいなものだった、とシャンクスが言った。
港にバスが来る。村の人間が半分くらい見送りに出ていた。
ルフィは、いなかった。
ウタは荷物を置いて、村を歩き回って、堤防の下でそれを見つけた。
しゃがみ込んでいた。
「……あんたさ」
ルフィは何も言わなかった。
「バス、もう来るんだけど」
何も言わなかった。
「……ねえ」
ウタが隣にしゃがんだ。
「私がどっか行くってなって悲しい?」
そうウタが言うとルフィは涙を堪えながら言った
「悲しくなんかねぇよ!!」
「あ!でた負け惜しみぃ!!」
と手をニギニギさせながらウタは少しの間ルフィを弄った
そしてしばらく、波の音だけがしていた。
「あたし、世界一の歌手になるから」ウタが膝に顔を埋めて言った。「そしたら、世界中の人が聞くの。どこにいても聞こえんの。**あんたにも聞こえんの。**」
ルフィは、黙っていた。
「だから、そんな顔しないでよ」
そしてウタも涙を堪えながら、そう言った。
バスのクラクションが鳴った。
ウタが立ち上がって、砂を払って、歩き出した。
五歩ほど行ったところで、後ろから声がした。
「ウタ!!」
振り返った。
ルフィが立っていた。まだ涙を堪えている様子だったが。それでも、腹の底から叫んだ。
「**俺、英雄王になるからな!!**」
「知ってる!!」
「聞こえるようになったら聞け!! 世界中に聞こえるようにするから!!」
ウタが笑った。泣きながら笑った。
「**それ、あたしのセリフ!!**」
村は静かになった。
ルフィは相変わらずうるさかったが、マキノに言わせると、ほんの少しだけ、前より静かになったらしい。
シャンクスは相変わらず、堤防を見回り、迷子を探し、酔っ払いを座らせて話を聞いていた。ルフィは相変わらずついていって、相変わらず文句を言った。
「なあ、いつになったら戦うんだよぉ!」
「戦わなくて済むならその方がいい」
「なんでだよヒーローだろ!!」
「ヒーローは戦うもんじゃねぇよ」
シャンクスは笑っていた。
ルフィは、この三ヶ月、この男が戦うところを**一度も見ていなかった。**
その週の金曜日、村で唯一の食堂の戸が、乱暴に開いた。
入ってきたのは、テレビで見た顔だった。
ルフィの力は個性なんで当然浮きます。