僕の家では、ヒーローの話題を口にすることは禁止されていた。理由は単純、父が根っからのヒーロー嫌いだから。
ネットでヒーローについて調べることはできないし、「ヒーローになりたい」だなんてことを言ったらぶたれる。父がどうしてヒーローが嫌いかなんて、怖くて聞けないけれど、それでも、いいものじゃないことは子供でもわかった。
それでも、憧れは止められなかった。オールマイトの強さに震えた。エンデヴァーの熱に浮かされた。リカバリーガールの治癒に感動した。ヨロイムシャの剣技に見惚れた。この個性社会でヒーローに憧れないことなんて、余程のことが無い限りは無いと思う。
「かゆい……」
でも、個性は未だ発現していない。
細かく言えば、人体に個性を宿すための「個性因子」自体はある。生まれつき体と個性が合わない人も居るらしく、僕にずっと付きまとうかゆみが「それ」なんじゃないかって、お医者さんは言ってた。個性に体が追いついてないから、かゆみとして現れてるんじゃないかって。「あまりガリガリかかないでね」って言われたけど、かゆいものはかゆい。
「……っ、薬をぬらないと」
いつしか、僕の家には塗り薬が常備されていた。
家にいる時はお母さんが塗ってくれてるけど、最近は1人で塗るようにもなった。「全部1人でできるよ」って、家族に褒められたいから。お母さんも、ヒーローになりたい僕を応援してくれてるから。
「〜〜♪」
お父さんが仕事で家を空けている時だけ、この歌を歌っている。歌と言っても、ただのワンフレーズ。歌詞だってまだ意味はわからないし、リズムもめちゃくちゃ。
だけど、どこか心が落ち着いた。
「ねえねえ転弧!」
「華ちゃん?どうしたの?」
「あのねあのね!私たちのおばあちゃん居るでしょ?」
おばあちゃん。わかりやすい言い方をするなら、お父さんのお母さん。今家に住んでいるおばあちゃんとおじいちゃんは、お母さんのお母さん、お父さん。
「おばあちゃんね、ヒーローだったんだって!」
「え」
「私は転弧のことおうえんしてるからさ!2人で姉弟ヒーローになっちゃお!」
「……!」
おばあちゃんがヒーローだった事実が、僕に希望を見せてくれた。でも、なんでお父さんはヒーローが嫌いなんだろうか。それは、わからず終いになってしまった。
「書斎に入ったな、転弧!!」
お父さんの声は、酷くささくれていたように思う。見たことのない怒りで、僕を叩いた。華ちゃんは泣いて僕に罪をなすりつけて、お母さんは声を上げるだけ、おばあちゃんたちは見てるだけ。
「いいか、あれはおばあちゃんじゃない。人を捨てた鬼畜だ。いいか転弧……ヒーローは、他人を助けるために──家族を傷つけるんだ」
直後、ずいぶんと気持ちの悪い、乾いた後が鳴った。
「……やりすぎた」
流石に転弧にやりすぎた自覚はあった。心を落ち着けた後に、しっかりと転弧に謝るつもりだ。
娘の華も「お父さんが怖くて、転弧にぜんぶやっちゃった」と、なすりつけたことを告白してくれた。まだ転弧には謝れていないから、一緒に謝ろうとしていたようだった。
──ただ、悲劇とは常に起こる可能性を孕んでいた。
「……なんだ」
庭に目をやる。
なにやら酷い悲鳴が聞こえた。華の声だった。廊下を歩くたび、階段を一段下るたび、嫌な空気が濃くなっていく。
「……転弧?」
庭で目にしたものは、名状し難い惨劇。手のひらからだろうか。ピシリピシリと罅割れが走る。泣いている転弧の側には、転弧が名付けたコーギー、「モンちゃん」と華、そして妻と義両親の──残骸と呼ぶべきもの。
「……っ、お父さ、」
後ずさった。得体の知れない、突然変異だとか言っていた力が、家族を殺した。転弧は悪くない、そうわかっていても怯えた。
「……転弧!!」
びくりと震える転弧の涙が飛び散る。血に混じって滲んでいく。
「ヒーローを……助けを呼ぶ!!だから──」
急いでスマホを取り出して、通報をする。……思えば、なぜ警察ではなくヒーローに助けを求めたのか、わからなかった。
『はい、こちら────』
「死ねええええええええ!!!!!!!!」
それは、明確な殺意。思えばずっと、転弧はこの家が嫌そうだった。実際それは当たっていた。……自らの、過剰なヒーロー嫌いがそうさせた。
「……すまなかった、転弧」
最期に見えた転こは、笑っていた。
「……いい、笑顔だな」
崩れる痛みは、もうなかった。