意味深に助言を送る見た目だけミステリアス女、弟子が大成して大汗をかく 作:ミスジョ
湖面に映る自分の姿を見た時、そこに映っていたのはあまりにもミステリアスすぎる少女の姿だった。
背丈は百五十と少し、ドコに出しても恥ずかしくないうすほそな体つき。
幼い、と呼ぶには少しだけ大人っぽく、さりとて女性と呼ぶには少女らしい容姿をしている。
何よりも特徴的なのはその銀髪と顔つきで、笑みを浮かべればそれだけで人を惹きつける美しさ。
とにかく、神秘的なのだ。
しかし自分がそんな存在に転生したのだと知った時、私は特に何とも思わなかった。
そんなことよりも、これから始まるだろう異世界ファンタジー生活をどうするべきか、そのことで頭が一杯だった。
ただまぁそれも、馴染んでしまえば案外簡単に馴染めるもので。
異世界に転生してから十年、私はすっかり異世界の住人になっていた。
容姿に変化がないことから、この姿はどうやら特別なものであるらしい。
実際、生きていくには困らないだけのチート能力も持っていた。
だからこうして、今日も異世界を生きていくのだ。
周囲からは「見た目だけ残念女」、「幻影のミルシア」なんて呼ばれながら。
そういえば、そんな私には一つだけ趣味があった。
それは初対面の新人を、勝手に弟子扱いすることである。
○
「――そのまま! そのままーー!」
異世界にも、現代に近い娯楽はある。
その一つが――ギャンブルだ。
諸般の事情で前世は競馬にドハマリしていた私にとって、この世界でもそういった賭け事が発展していたのはありがたいことだった。
今日も馬券を片手に、頑張ってるお馬さんを応援である。
「三着でいいですから! 6番は三着でいいですからー!」
――そして私は、紙くずを手に崩れ落ちた。
どうしてあの時、私は三連複で買っておかなかったんだ――――
こほん。
残念ながら負けてしまったので、切り替えよう。
おっさん達に混ざってミステリアス銀髪女が馬券を手に叫んでいると、目立つ。
周囲の視線を集めまくっていることに気付いた私は、一度その場を離れることにした。
「――よう、ミルシア。調子はどうだ?」
「おや、ベルドさんこんにちは。全然ですね、買い目は当たってたのに、着順がダメでした」
「お前さんはロマンを追いかけすぎなんだよ」
知り合いの冒険者に声をかけられ、ついでに酒を渡される。
酔っ払いたい気分だったのでそれを受け取りつつ、適当にベンチへ腰掛けて二人で話をした。
酒とギャンブル、それから女。
冒険者ってのは粗野なもので、その三つがアレば人生の辛いことなんて忘れてしまえるらしい。
享楽的な彼らの生活は、まぁ何とも適当なものだ。
――しかし、私も大概適当な生活を送っているものだから、話が合う。
「だからよぉ、酒にな? 酒にとろとろに溶かしたチーズをつけたポテトをな、合わせるんだよ」
「あぁー、いいですね。私も今度試してみましょう」
なんて話をしながら盛り上がっていると、生きているなぁという感覚に浸れるのだ。
この世界に転生してからも、前世においても、私の人生はそう変わらない。
日々を適当に生きて、享楽的な毎日を送る。
前世にあった娯楽を惜しいと思う時もあるが、そうなると今度は健康な今の肉体を失ってしまう。
今のチートボディは、どれだけ不摂生な生活を送っても健康を害さないらしいのだ。
どちらにも良い部分があって、どちらであっても私にとってはどうでもいいことである。
その時の状況に流されるのが、私という存在だった。
「そういや最近王都の方で――」
「――ん、こんなところで子どもが一人、迷子ですかね」
「おー、おー? ああ、みたいだなぁ」
と、その時。
私は競馬場に併設された広場で、ぽつんと一人立っている少女を見つけた。
幼い少女だ、年の頃は十かそこら。
大人の社交場である競馬場に、一人でやってくる年齢ではない。
「また行ってくるのか?」
「ええまぁ、――趣味ですから」
そう言って私がニッと笑いながら立ち上がると、冒険者のベルドは少女にどこか同情的な視線を送った。
失礼な。
酒をベンチに置いて、少女の方へと向かう。
魔力を体に通すと、ほろ酔い気分もすっきりそうかい、シラフに戻った私は笑みを浮かべながら声をかけた。
「――こんなところで、どうかしましたか?」
「え、あ、ええと……」
「ふふ、緊張しないでください。私は怪しいものではありませんから。――ミルシア、といいます。貴方は?」
「……ア、アイリ」
アイリという黒髪の幼い少女に、私は目線を合わせながら問いかける。
どうやら案の定迷子のようで、親を探しているようだった。
「そういうことであれば、私に任せてください、アイリちゃん」
「え、えと……」
「すぐにでも、貴方の親御さんを見つけて差し上げますよ」
――そう言って、私は少女の頬に手を添えた。
安心させるために笑みを浮かべて、それからそっと魔力を流す。
少しだけ、女の子の頬に朱が差したのを感じる。
魔力で体温が上昇したからだろう。
「――こうして貴方の魔力を私の魔力で、直に感じ取ります」
「あ、あうあうあうあう」
「そして、それに近い魔力を――――見つけました」
会場全体の魔力を探知し、直接感じ取った少女の魔力と近しい魔力を感じ取る。
どうやら、一人の女性がこちらの方に向かって走ってきているようだ。
幸いなことに、アイリちゃんの母親はアイリちゃんをちゃんと探しているらしい。
「すぐに、こちらへやってきますよ。安心してください、アイリちゃん」
「あ、う……う、ん」
どこかぼーっとした様子のアイリちゃんに微笑みかけると、それから立ち上がる。
視界の端に、こちらへ走ってくる女性の姿が見えた。
私でなければ、気付けないだろう。
「――ほら、あちらに」
「え、どこどこ?」
ここで私は、ふと思い立ってアイリちゃんに呼びかける。
「――いずれ見えるようになりますよ。アイリちゃんにはその素質があります」
「え……っと?」
「何かを”視たい”と常に強く思いながら生きると良いでしょう。いずれそれが、貴方の力になってくれます」
意味深な物言いだ。
けれども、同時に指針を与えるような発言でもある。
アイリちゃんは特殊な”眼”を持っている。
遠くのものを視認したり、素早く動く物体を正確に捉える眼。
主に、狩猟などで効果を発揮する。
彼女がそういった人生を送るかはわからないだろうが、もし送るなら助けになる力だろう。
――これが私の趣味、相手の素質を見抜いて適当にそれっぽいことを言う。
向こうがそれを受け取って才能を発揮するもよし、そうでなくても別に構わない。
無責任極まりない、けれども誰の迷惑にもならない私だけの趣味だった。
「――アイリ!」
「あ、お母さん!」
と、そこでアイリちゃんのお母さんがやってくる。
焦った様子で、アイリちゃんの元へ。
アイリちゃんもそれに気づくと、パタパタと駆け出してお母さんに抱きついた。
心配させないで、ごめんなさい。
そんなやり取りをしてから、二人は私の方を見る。
「ありがとうございます。ええと……」
「ミルシアです。アイリちゃんが困っているようなので、声をかけさせていただきました」
「……本当に感謝しています。この子も、不安だったでしょうから」
「ありがとね、ミルシアお姉ちゃん」
こういう時、美少女ボディはとても便利だ。
前世のおじさんがこんなことしたら、通報待ったなしである。
と、そんな時。
不意にお母さんが訝しむような顔をした。
「――ミルシア?」
「どうかしましたか?」
やっべ、何かやらかしたか?
酒で酔い過ぎて、路地裏で寝ていたことがバレた?
ギャンブルで大負けして、うずくまって泣いているのを見られた?
心当たりしかない。
そんな私に――
「――大英雄リシェーラ様のお師匠、幻影のミルシア様!?」
――思いもよらぬ発言が、飛んできた。
え、なにそれ。
というか、様付け!?
いやいや誤解じゃないですか?
あれ、でも幻影のミルシアって、一応私の二つ名だしな。
「あ、ああああ、あの……本当にありがとうございました。まさかミルシア様にお助けいただけるなんて」
「お母さん、ミルシアお姉ちゃんってそんなにすごい人なの?」
「すごいも何も、少し前に王都で発表があったでしょう。邪竜ドラクロワを討伐し、世界を救った英雄リシェーラ様には、お師匠様がいらっしゃるのよ」
「…………それが私、ということですか」
――ええ。
それから、困惑する私はアイリちゃんとお母さんに何度も頭を下げられつつ、その場を後にした。
なんとも言えない感情が自身を支配する中、こちらを見てニヤニヤしているベルドの元まで戻る。
なにわろとんねん!
「――よう、大英雄のお師匠様」
「聞いていましたね? というか、何故教えてくれなかったのですか、知っていたでしょう」
「確信がなかったんだよ。んで、話そうとしたらあの子を見つけたのはお前さんだ」
「くっ……」
それは否定できない……!
それにしてもリシェーラ、リシェーラ……
「――リシェーラって、もしかして私が勝手に弟子扱いしていた、あの子ですか?」
「まぁ、その子だろうよ」
「……なんで私のことを師匠と呼んでるんです?」
「お前マジか」
……なんですか、なんでそんな視線を向けるのですか。
いやでも、そんな。
まさか……私が英雄のお師匠様だなんて……
何かの間違い……じゃないですかねぇ……?
――なんて。
私はこの時、知るよしもなかった。
これは始まりにすぎなかったのだと。
後に、私は大成した弟子の師匠として、各地で大汗を書くことになるのだと。
このときの私は――これっぽっちも思ってはいなかったのだ。
ミステリアス女が意味深な助言をして、ただで済むわけねぇだろうが!!