書きだめが無くなってきてしまい、更新がきつくなってきました。
ためてある別の作品投降しようかなぁ。
高校入学から一月半が経ち、修二たち新一年生の中でもだいたいの立ち居地が決まってきており、各々自分の振舞い方、コミュニティを見つけてきている。修二たちもそれは変わらず、拓を除いたいつものメンバーで朝のホームルームが始まるまで一年三組の教室でだべっていた。
「…だからよぉ、今度みんなでカラオケでもいかね?」
「それもいいな」
修二たちの中でもムードメーカー的な存在の耕治が提案し、修二がそれに賛同する。すると、それまで本に目を落としていた玲音が口を開く。
「計画するのは結構だけど、その前に来月には中間考査。それを乗り切ってからのほうがいいんじゃないのか?」
「うげ、忘れてたよ…。なんで言っちゃうかなぁ、玲音ちゃんってば」
その言葉を聞いて、耕治がうなだれる。その表情は絶望一色に染め上げられている。
「まぁ、それも含めて高校生活ってことで納得するしかないんじゃないの?」
「そもそも耕治さんは何でそんなにテストが嫌なんですか?」
「そりゃ嫌でしょうよ?否応無しに自分の学力を思い知らされるんだぜ?しかもどうやらこの学校テストの順位張り出されるみたいだしよ…」
清濁合わせて学校生活を楽しむつもりの莉音と更科の言葉を聞き、耕治は自分の意見を投げた。そこはかとなく余裕が漂う二人の言葉にさらにうなだれるほか無かった。
「オハヨーっす!先生まだ来てないか?」
耕治の絶望が一段階深まったところで、ホームルームが始まる二分前になり、あわてた様子の拓が教室に飛び込んできた。
「おはよう、拓。まだ来てないよ」
「よかったぁ~。遅れたら何言われるかわかったもんじゃないからな」
修二の言葉に、拓は心底安堵した様子だった。
「遅かったね、タッ君。何してたの?」
「部活の朝練。気づいたらこんな時間になっててかなりあせったわ」
「部活って中村何部だっけ?」
全力疾走してきたようで、乱れきっている息を整えている拓に玲音が尋ねる。
「俺は野球部だ。周りの先輩方は皆さん上手い人ばっかだからとにかく練習しないと…」
「よくやるねぇ、拓。別に咎めはしないけど体壊したら元も子も無いんだから気をつけろよ。じゃあ、そろそろ朱莉ちゃん来そうだから教室戻るわ。また昼休みな」
絶望からある程度復活した耕治がどことなく軽い言い方で、しかし確かに友人を気遣うような言葉を残して自分のクラスに帰っていった。
「そういえば修二って何部なの?」
「え?僕?僕は…」
「オラオメーら、ホームルーム始めんぞ」
莉音の質問に修二が答えようとしたその瞬間に、このクラスの担任の二ノ宮朱莉が、いつものように乱暴にドアを開けて入ってきた。
「えーとだな、いろいろ細かい連絡があるが、全部パス。めんどくせぇ!」
『いや、それはだめだろ…』
入学して二月も経っていない一年三組の生徒全員の心がひとつになった瞬間だった。
「こんなとこか。…あ、あと黒崎ィ!」
「は、はい」
手に持ったプリントの束を斜め読みしていた朱莉は、ある一点で目を止めて、修二をにらみつつ名前を呼ぶ。呼ばれた修二は、自分が何をやらかしたか覚えがなく、とりあえず返事をした。
「お前、部活入ってないよな?うちの学校何かしら部活入ることになってるから今週中にどっか入れや。以上」
「え?」
言うだけ言って朱莉はさっさと教室を出て行ってしまった。残された生徒は慣れたもので、みなてきぱきと授業の準備を進めている。その流れに修二ただ一人が取り残されていた。
※※※
時は進み昼休み。修二たちは中庭のいつもの机で弁当を広げて昼食をとっていた。
「あ、あった。え~っと『校則第十七条 当学校に所属している生徒は必ず当校が活動を認めている部活動に参加すること』だって」
そのなかで、生徒手帳とにらめっこしていた莉音が校則の一文を指でなぞりつつ読んでいった。そこには高砂第二高校生徒は、必ず部活動に参加しなければならないと確かに記されていた。
これには、部活動を通して友好な生徒間の関係と、健全な心身を構築するというお題目があるが、結局のところ生徒に非行に走る時間を与えないというものが理由の大部分を占めている。
「で、修二は今週中にどっかの部活に入らなきゃおしおきって訳か」
カップ麺をすすりながら耕治は言う。その様子はどこか楽しそうだった。
「おしおきって…まぁ、たぶん勝手にどこかの部活に強制的に入部させられるってところだろ」
どこか人事―実際に人事だが―のように話す耕治の言葉に、修二は自分で作った卵焼きをほおばりながら苦言を呈する。
「でも実際どうするの?修二、やりたい部活とかある?」
「んー、どんな部活があるかわかんないんだよね。ちなみにみんなはどんな部活に入ってるの?」
購買部のパンをかじりつつ修二に問いかける莉音。それを聞いて修二はこの場にいる友人たちの部活を訪ねた。
「俺が野球部なのは知ってるよな?」
「うん。拓は小学校から野球一筋だもんな」
「なんとなくわかるかも~。ちなみに私は漫画研究会だよ」
「莉音が漫研とかなんか意外だな」
前から変わらない友人と、新しくできた友人の意外な一面を知って、修二は目を丸くする。そして、まだ話していない耕治と玲音、更科に目を向けて、発言を待つ。
「俺の部活が知りたいってか?どうしよっかなぁ~。…答えはもちろ…」
「玲音は何部に入ったの?」
「おい!聞けよ人の話!」
若干面倒になった修二は耕治の話をぶった切って更科に話を振る。そんな修二のあんまりな対応に、耕治は涙目になりながら修二に詰め寄る。
「悪かったって、冗談だよ。で、何部に入ったわけ?」
「俺はなぁ…軽音部でスターになるぜ」
「それでモテようってか。浅はかだな」
「そんな浅はかなやつの後にしゃべらなきゃいけない私の身にもなって欲しいんだが…」
ふっふっふ、と散々もったいぶって人差し指を虚空に向けてビシっと伸ばした耕治の言葉は、拓と玲音の歯に衣着せぬ一言で再びぶった切られた。
「ひどくない?」
「で、玲音は何部?」
「無視かよ!」
「私は文学部。あそこ本がいっぱいあるから最高」
いまだに食いついてくる耕治の苦言を華麗にスルーした玲音は、自分の部活を伝えると、目を細めてとてもいい顔をしている。
「え~っと、拓が野球部で莉音は漫研、耕治が軽音部で玲音が文学部か。じゃあ、更科は何部に入ったの?」
修二は、指を降りつつ友人たちの部活動を整理して、最後に残った更科に尋ねる。すると、更級は口元に指を当て、何かを思い出すようなそぶりをしつつ、口を開く。
「え~と、げんだい…しかく?研究部という部活なんですけど」
「現代…視覚?現視研のことか?」
うろ覚えなのだろうか、ぽつりぽつりと言葉をつむぐ更科の言葉を聞いた耕治が眉間にしわを寄せ、考える。その末にようやくひとつの部活をしぼりだした。
「そうです、げんしけんです。楽しいところですよ。いつも面白い格好とかさせてもらってるんですよ」
「耕治、現視研って何だ?」
「現代視覚映像研究会。現代における視覚情報の受け取り方の変化とそれに伴う映像の移り変わりを研究し、その変遷を学び、自分たちなりに論じ合う…という建前でアニメやら漫画やらをむさぼるように見ている連中だよ。早い話が漫画、アニメ好きの集いだよ」
耕治の説明を聞いて修二が複雑な表情を浮かべる。
「えっと、更科?何でその部活に?」
「新入生勧誘のときにものすごく熱心に誘ってくださって、それで楽しそうだな~って思って」
「…」
「…」
場を微妙な空気が支配した。
「え~っと、とりあえず今日からみんなの部活に体験入部ってことで顔を出すことにするよ」
その微妙な空気を打開したのは修二の一言だった。
「お、おう。じゃあ、今日は野球部に来るといい。今日は基礎練の日だから簡単な練習しかしないしな」
修二の唐突な申し出に、少し面食らいながらも拓は今日は野球部にくるように言った。修二もそれを了承し、こうして修二の部活を決める長い長い旅が始まった。
※※※
さらに時は進みその日の放課後。この日修二は昼休みの約束どおり野球部に顔を出すべく、拓とともに活動場所であるグラウンドへと向かっていた。
「とりあえず監督に挨拶して、監督の指示に従ってくれ。俺は準備とかあるから途中から一人だけど、大丈夫か?」
「小さい子供じゃないんだから大丈夫だって。ちなみに監督ってどこにいるんだ?」
グラウンドの入り口に着いたところで拓は修二に大体の指示をすると、初めて子供にお使いを任せる親のような言葉を修二にかける。それに対して修二は少しむっとして苦言を呈する。
正直に言って野郎がむくれたところでまったくかわいくなく、「誰得だ!」と場外から鋭いツッコミの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「悪い悪い。監督は…あ、いたいた。あのバッターボックスのあたりに立ってる人がいるだろ?あの人が監督だから。じゃ、俺はそろそろ準備しに行くわ。また後でな」
拓はバッターボックスの人影を指差して、準備があるとその場から去っていった。残された修二は、突っ立っているわけにも行かないと監督の下へ小走りで近寄っていった。
「あのー、すみません。本日仮入部をお願いしたいんですけど」
「ん?この時期に珍しいな。まぁ、いいさ。名前は?」
監督は修二に向き直って少々いぶかしむような目を向け、修二を品定めするように見る。その後、名前を聞かれてはじめて修二は自分が名乗っていないことに気づいた。
「失礼しました。一年三組黒埼修二です」
言われるまで名乗らなかったことで、監督の中では修二の株は最低ランクまで暴落していたが、一度謝罪をはさんで改めて名乗ったことで、ある程度までの挽回を果たした。
黒崎修二ここ最近の中で一番のファインプレーである。
「黒崎だな。あと十分もすれば部員が集まってくる。それまでにジャージに着替えてもう一度ここに来い」
「はい、わかりました」
ジャージに着替えるべく、急いで簡易の更衣室へ走っていく。野球部員は部室で着替えているのでこちらの更衣室には誰も来ない。
五分後、ジャージに着替えた修二は監督の下まで走って来た。すでに部員の姿もあり、キャッチボールやストレッチなど各々部活前のアップをしている。
「来たな、とりあえず準備体操でもしておけ。そろそろ始めるから、ある程度したら練習に混ざってもらう」
修二にそういい残すと、マウンドに向かって歩いていきつつ部員に集合を掛け、練習を開始した。
『お願いしまーす!』
監督の集合を合図に部長らしき選手が隊列を指示し、乱れなく並ぶと、部員全員が帽子を取り、一斉に頭を下げ、挨拶をした。あまりの声量に修二は一瞬体をこわばらせた。
凄い気合だな…。
「おう。今日は基礎練だ。ベースランニング五周してその後俺が合図するまでキャッチボールだ。後の支持は追って伝える」
「ハイ!ランニング五周!」
『ハイ!』
監督の指示を受け、部長は部員に怒鳴るような大声で練習内容を伝える。その号令を受け、部員たちは大声で返事をし、ぞろぞろとランニングを始めた。
「黒崎、お前も走ってこい」
「は、はい!」
それまでストレッチをしていた修二も、監督の指示でランニングの列に加わり、走りはじめる。
一周ごとに走るペースが上がっていき、最後の一周に至ってはほとんど全力疾走だった。
ランニングが終わり、一周歩いてクールダウンしている最中、周りの部員は息を乱していたり、必死に呼吸を整えようとしていたが、修二は全く息を乱していなかった。
ほう、あの黒崎とか言うやつ全く息切れしてないな。体力はアリか。
そんな修二の様子を見て、監督は思わぬ拾い物をしたようにニヤリと笑う。
「次、キャッチボールするぞ。二人一組作って適当に散らばれ」
部長の号令に、部員たちは普段から組んでいる部員と組み、グラウンドに散らばっていく。そうなると修二は一人だけ余ることになるのだが、
「仮入部の黒崎君だよね。良かったら俺と組まないか?」
所在なさげにしていた修二に、部長が声を掛けてきた。その手にはグローブが二つとボールがひとつ握られていた。
「はい、お願いします」
「じゃあ、これ黒崎君これ使って。キャッチボールはしたことあるよね?」
「子供のころに何回か…」
恥ずかしそうに答える修二に、それなら大丈夫と軽く笑いかけると、部長は走って距離をとる。
「じゃあ俺から投げるから」
言うと部長は子供に投げるようにやさしくボールを投げた。放たれたボールは軽く放物線を描くと、修二が構えたグローブに吸い込まれていった。
「うまいうまい。じゃあ今度は黒崎君が投げ返してくれるかな?」
グローブに収まったボールをじっと見て修二は構える。そのフォームはなかなかどうして様になっている。
ボールが握られた右腕は振りかぶられ、部長に向けて伸ばした左腕が宙を掻く。そして鞭のように振りぬかれた右腕から修二のボールが離れると、
「ふがっ!」
「おい、大丈夫か?」
なぜだかわからないが、修二の後ろでキャッチボールしていた部員が後頭部を抑えてその場にうずくまっていた。その傍らにはボールがひとつ転がっている。
部長が構えたグローブにはボールは納まっておらず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
結論から言うと、修二の投げたボールはなぜだか後方に向けて勢い良く飛んでいき、部員の後頭部を強襲したのだ。その様子の一部始終を見ていた部長は修二にかける言葉が見つからなかった。
醍醐さんのノーコンを馬鹿にできなくなってしまった…
修二はこの場から逃げたい気持ちでいっぱいになり、グローブで顔を隠した。
そして、その様子を見ていた監督は、
代打か代走専門だな…。
先ほどまで抱えていた大型ルーキー登場の期待を雲散霧消させて、冷静に修二を採点していた。
「よーし、キャッチボールやめ。次はフリーバッティングするぞ。ピッチャーは榎田。レギュラーの一番から打て。十球交代だ。ほかのものは自主トレ、始めろ」
指示された選手がマウンドに行くと、拓がボールの入ったかごをマウンドまで持っていく。
マネージャーの姿もあったが、一年生が雑用全般もこなさなくてはならないらしい。
バッティングは淡々と進み、レギュラーが全員打ち終わると、
「よし、じゃあ次は黒崎打ってみろ」
「え、僕ですか?」
それまでもくもくと素振りをしていた修二は、突然自分が指名されたので思わず聞き返す。
「生憎ウチにはほかに黒崎がいないからな。なに、心配するな。榎田はコントロールはいいから狙わない限りデッドボールは無い」
「は、はぁ」
そういうことではないんですが、と言おうとして修二はあきらめた。監督の目が爛々と輝いていたからだ。仕方無しにメットをかぶり、バットを持って打席に立つ。
「よろしくお願いします」
バッターボックスに入る前に、修二はメットをとって、マウンド上の選手に頭を下げる。
「はいよー。初心者だって?じゃあ、ど真ん中にまっすぐ投げるからな」
マウンド上の榎田と呼ばれた選手は非常に気さくにそういってのける。セットポジションに入り、第一球が放たれる。修二はしゃにむにバットを振るが、当たらない。
「とりあえず当てることだけ考えて振ってみな。コースは変えないから同じとこ振れば当たるって」
そう言い、榎田は二球目を投げる。これも修二は空振りしてしまう。
その後、三球、四球と進むが全く当たらない。そして迎えた七球目、修二が振ったバットにボールがかすり、ファールチップとなった。
かすったとはいえ当たったことがうれしかった修二は、それが自信となったかその後は少しずつ芯で捉え始めた。そして十球目に、事は起きた。
「おっし、じゃあラストいくぞー」
榎田の右腕から放たれた白球はまっすぐキャッチャーに向かっていく。修二はここしかないというタイミングでバットを振る。バットの芯がボールを完全に捕らえた感触がした。
やった、修二がそう叫ぼうとした瞬間、
「だぶっ」
あらぬ方向からカエルがつぶれたような声が聞こえてきた。修二の真横十メートルくらいの位置で見ていた監督が仰向けに倒れていた。
修二の打球が奇跡的な軌跡を描いて監督に直撃したのだ。修二は投げるだけでなく、打つほうも神クラスのノーコンだったのだ。
「監督、大丈夫ですか?」
倒れた監督に駆け寄る部員たち。その中で一人だけそーっとばれないようにその場を後にしたのは、顔から血の気が無くなった修二だった。
※※※
あけて次の日、野球部での珍騒動を起こした翌日だけあって、修二は野球部所属であろう生徒たち―拓は除く―から刺すような目線を受けつつ、その日の授業を消化した。今は放課後である。
ちなみに野球部の監督にはその日の朝一番で謝りに行った。修二の必殺ジャンピング土下座が功を奏したのかは知らないが、何とか許してもらうことに成功した。
「今日は莉音のいる漫研か。昨日みたいなことは起こらないと思うけど大丈夫かな」
修二は一人でつぶやきながら漫画研究会の部室前に立つ。莉音はやらなければいけないことがあるからと言って、先に部室に行っていた。こうしていても仕方ないと判断した修二は、部室のドアを開ける。
「失礼しまー…」
「部長、このページ人物まだですか?」
「こっちのページ終わったらやるからそこおいとけ!」
「ちょっと、誰よいつまでもホワイト使ってるの」
「俺だ、悪い。このページで修正終わるからあと十分待ってくれ」
「ああああああぁぁぁ終わる訳ないぃぃぃ」
「クソックソッふざけんなよマジでこんなもんポンと渡してきて終わる訳ないだろばかなのしぬの?」
「あひゃひゃひゃ?*+;@。、|!¥%$&…」
修二は静かに扉を閉めた。
…今日は調子が悪いから帰ろう。
そういうことにして帰ろうとした瞬間、
「入部希望者?」
「ヒィっ!」
締めたはずの扉が少しだけ開き、中から細い腕が伸びて修二を掴んだ。その細い腕からは想像もできないような力で修二を捕まえており、一向に振りほどけない。
「いえ、あの、部屋を間違えたみたいで…」
「この際そんなことは関係ないから、さあ、共に逝こう」
「イヤァァァァ、不吉な変換にィィィィィ!」
そのままずるずると引きずられ、修二は部室に消えていった。後には静寂だけが残った。
※※※
「ベタフラベタフラ効果線。白紙怖い白紙怖い白紙怖い…」
「お、おい、ほんとに大丈夫かよ修二?」
あけて次の日の放課後。廃人同然な修二は壊れたレコードのように同じことをつぶやき続けていた。昨日の漫画研究会でいったい何があったのか、ここで書くにはあまりにも残酷で過酷な内容のため詳細は省かせてもらうが、一言で言い表すならば『この世全ての修羅場』といったところだろうか。
そしてその修羅場を生き残った修二は、若干精神を病んでしまうというおまけつきで現世に帰ってくることができた。
「何があったかは知らんが、ここは俺たち軽音部のサウンドで修二の魂を揺さぶってやるしかねぇな」
耕治はそんな修二を先導するようにひとつの教室に連れてきた。教室の前ですでにギターの音が聞こえてきている。普段は物理教室として使われている教室なので、防音処理などされていないのだ。
「お疲れ様でーす」
「おう、東雲…と誰だそれ?」
耕治が扉を開け、修二と共に教室に入ると、それまでギターをかき鳴らしていた生徒が耕治たちのほうを向く。
「部長、こいつこの間話した俺の友達の黒崎です」
「あぁ、そういや言ってたな。…で、何でこんなことになってんだ?」
部長はポンと手を打つと思い出したように言う。そして、修二を指差して続けていった。
「大丈夫なんか、こいつ?なんかさっきからうわごとみてーにぶつぶつ言ってるけどよ」
「あー、昨日行った部活で何かあったみたいで。で、俺たちのサウンドでこいつをもう一度真人間に戻そうかと思って」
耕治がそこまで言うと、部長は眉間に指を当てて考えるようなゼスチャーをする。
「おいおい、最高にロックじゃねーか。よしおめーら、気合入れろ!」
部長の言葉に呼応するようにドラム担当の生徒がドラムパフォーマンスを繰り広げる。どうやらこの部活内での士気を高揚させる儀式のようなものらしい。
「おっしゃー!今日の観客はそこの抜け殻みてーな後輩一人だ。いくぜーっ!…俺の歌を聴けぇぇぇっ!」
部長の雄たけびと共に曲が始まる。
嵐のように荒々しいドラムプレイの響きに先導され、ギターの激しい音、ベースの重低音が続き、それぞれの響きが渾然一体となって物理教室内にいっぱいに響き渡る。
「相変わらず部長たちの演奏はすげぇや…ん?」
耕治が部長たちの音楽に魅了されていると、隣に座っている修二の体が少し揺れていた。
「先輩っ!修二が反応してます。やっぱり先輩たちの音楽はどんなやつにも響くんですね!」
「あったり前だろーが。よっしゃそろそろ…やぁぁぁぁぁってやるぜっ!」
いよいよイントロが終わり、歌が始まるであろうタイミングで少しずつ部長がセンターマイクに近寄っていき、先ほどよりも大きな雄たけびを上げる。次の瞬間、部長はまるでザリガニが逃げるような動きで後ろに飛びのくと、代わりに先ほどまでベースを弾いていたクールな印象の生徒がセンターマイクの前に立って歌いはじめた。
「さすが先輩たちだぜ。歌うと見せかけて別の人が歌う通称『歌キャン』グレートですよ、こいつは…」
ともすれば安っぽいコントのようにも見える一連の流れを見ていた耕治は今にも涙を流しそうなほど感激している。
「………ヵぃ」
そのとき、修二が小さいながらも何かをしゃべった。歌に夢中になっていた耕治はそれを聞き逃したが、修二はもう一言つぶやく。
「…んかい」
「ん?修二、今お前しゃべったか?もう一回しゃべってみろ、ほら」
ここで耕治が修二の異変に気がついた。その口ぶりはわが子が始めてしゃべったときの親のようだったが、彼はいたってまじめだ。
「…お前歌わないんかいいいいいい!」
それまでまともに話すこともできていなかった修二が本来のキレを持つツッコミを炸裂させた。生来のツッコミ気質がもたらした奇跡であった。黒埼修二、完全復活である。
※※※
「う~ん、おとといの放課後から昨日の放課後までの一日分の記憶が全く無い。なぜだろう、思い出せないや」
さらに明けて修二の部活旅四日目。軽音部員たちの魂のシャウト(?)によって無事に自我を回復させた修二は、今日の仮入部先である文学部の活動場所に向かって玲音と一緒に歩いていた。
「昨日一日の修二は見てられなかったよ。いったい漫研でなにやらされたんだよ?」
「なんか思い出そうとすると頭痛がするんだよね」
などと話しながら歩いていたら、いつのまにか文学部の部室に到着していた。見た目は普通の教室だったが、扉を開けたらそこには異世界が広がっていた。
「…何じゃこりゃ」
修二の目に飛び込んできたのは本棚の編隊と、その本棚全てにぎっしりつめられている本の数々だった。その様子はさながら本の壁といったようだった。
「部長、この人がこの間話した黒崎です」
修二よりも先に教室内に入った玲音が、部長に修二を紹介していた。メガネにお下げ髪の、典型的な文学少女といった見た目の部長はじろりと修二を見ると、一言
「ここにある本は勝手に読んでいいから」
というと、そそくさと元いた場所まで戻って、しおりを挟んでいた本を開き、本を読み始めた。
「えっと、ここは本を読む部活なの?れ…」
部長の反応に戸惑いを隠せない修二は、玲音に説明を求めようと彼女のほうを向いた。すると、そこにはすでに本の虫になっている玲音がいた。
だめだこりゃ、玲音はこうなると周りの音が聞こえなくなるからな…。
あきらめた修二はなるべく静かに部室内の本棚を見て回った。本のレパートリーはさまざまで、純文学から最近流行のライトノベルまで実に千差万別だった。修二はそんな中から、一冊のミステリー小説を手に取ると、玲音の向かいに座り、それを読み始めた。
五分、十分、十五分と時が過ぎていく。
…沈黙が気まずい。
もともと静かな環境で本を読むという行為が得意でない修二には拷問のような時間だった。結局その拷問タイムは下校時間が来るまでおよそ二時間たっぷりと続き、下校するころには修二の精神は限界まですり減っていた。
※※※
「昨日はほんとにつらかった。沈黙は金だなんていうけど絶対うそだよあの格言」
修二の部活旅もいよいよ今日で最終日を迎える。今日の予定は更科が所属している現代視覚映像研究会こと『現視研』である。今までが今までだっただけにここも一筋縄では行かないと予想がされるが、頼みの綱の更科は今日は少し早く部活に行かなければならないと修二に伝え、先に現視研の部室へと向かっていたため、そんな連中の下へ修二は一人で乗り込まなくてはならないのだ。
「ここ、か。なんかすでに嫌なオーラを感じるんだけど…。ええい、南無三!」
と、どこぞのオーラバトラー乗りのように気合を入れて扉を開いた。
「下田氏は昨日のアレは見ましたかな?」
「見逃すはずが無いでござろう田中氏。しっかりとHDDにも録画済ですぞ」
「お前のその嗜好は間違ってる。ミンクちゃん一択だろJK」
「お前こそ何言ってるし。天使は正しくこの世にマリンちゃんただ一人」
「俺はカゲちゃんだと思うけど」
「お前斬新な発想だなぁ」
「あ、それ、マテリアル・シーカーのサイクス?完成度高いですね」
「お、シーカー知ってんの?かなりがんばったよ。ダハーカ作るのに三ヶ月はかけてるからね。そういう君は魔法少女ロジカルことねのミリちゃん?」
「えへへ~、かわいいですか?」
「本物かと思ったよ」
帰りたい…
修二の目の前に広がっていたのはまさしくカオスと呼ばれるものだった。修二も結構漫画やアニメは見るのでもしかしたらここが一番居心地がいいのではないかと、期待していた節も無くはなかった。しかし、事態は完全に修二の予想を超えていた。このままではいけないと感じた修二は思考放棄から立ち直り、逃げ帰るべくそっと後ずさりを始めた。すると、すぐに何かにぶつかってしまう。
「あ、すみま…」
「貴様、機関のエージェントか?」
最大級にめんどくさそうな人に見つかってしまったぁぁぁ!
振り返って謝る前に、その人影は修二を指差し、絶妙なポーズ―具体的には奇妙な冒険をする某大人気少年漫画の登場人物みたいな―を決め、修二を機関のエージェント呼ばわりしてきた。
「え、えーじぇんと?ちょっと待って何のことだか…」
「とぼけるな!貴様先ほどわれらのアジトを盗み見ていただろう」
人影は修二の言葉など意に介さず、先ほどとは別のポーズを決めつつ、修二をにらむ。
「どうしました、マスター?」
「機関のエージェントだ。逃がすわけには行かない。みんな、こいつをアジトへ連行しろ」
「え、ちょ待って。うわあああああ…」
騒ぎを聞きつけて部屋から出てきた部員たちによって、修二はあっという間に部室内に連行されていった。
「さて、貴様。仲間は近くにいないのか?」
そして部室内では、マスターと呼ばれた男による修二に対しての取調べが始まった。
「待ってくださいよ。僕はただ仮入部しに来ただけで…」
「嘘をつくじゃないぞ。マスターの左目は嘘を見抜く魔眼なんだからな」
「よせお前たち。…だがまぁ、コイツを使えばあっという間にお前の罪が浮き彫りになるのは間違いない事実。だが、それでは面白くないからこうやってお前に弁明の余地を与えているんだ。せいぜいオレの琴線に触れるような言い訳を考えるんだな」
言いつつマスターは左目の眼帯をなでる。その様子を見て修二は思った。
あぁ、この人は重度の中二病患者なのだろう、と。
「どうした、もう弁明はいいのか?ならばそろそろご退場…」
「あ、修二さん。来てくれたんですね」
マスターが何かを言おうとした瞬間、修二の耳に聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
「更科?よかった、更科からも何とか言ってよこの人たち…に」
修二が希望にすがる思いで顔を上げると、そこには確かに修二の友人の一人にして、こうなった原因を作った張本人の黒姫更科がいた。しかし、その格好は尋常なものではなかった。
頭にはヘッドドレス、胸元が強調されたミニ丈のエプロンドレス。白いニーハイソックスに黒のパンプスのいわゆるメイド姿である。そして背中に担がれた大剣が、よりいっそう異質感をかもし出していた。
「えっと、更科?その格好は?」
「ここの人たちがこれを着て欲しいって言ってたんで着たんですけど…どこか変ですか?」
修二の言葉に自信をなくしたのか、自分の姿を確認する更科。すると修二を取り囲んでいる人たちの中から歓声が上がった。
「ヒメきたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ヒメたんログインしたお!」
「ヒメたんはオレの嫁(キリッ)」
「うるさいぞお前たち。ヒメがおびえてるじゃねえか」
そんな歓声を、マスターは一言の元に切って捨てる。更科のことを気遣うその姿は、紛れも無くグループの代表だった。
「悪かったなヒメ。似合ってるぞ」
「ありがとうございます、マスターさん」
言ってにこっと笑いかける更科。すると、マスターはごそごそとポケットから自分の携帯を取り出し、
「もう一回言ってもらって言いか?録音したいから」
あぁ、やっぱりこの人もだめな人なんだ。
修二は先ほどのことで少しだけ上がったマスターの株を心の中でそっと下げた。
「それよりも修二さん、似合ってますか?かわいいですか?」
マスターのアホなお願いを果たし、メイド服のままグイグイ近寄ってくる更科に、修二は目のやり場に困ったが、よくよく見るとどこか見覚えがある。修二はつい口に出してしまった。
「『剣とメイドと
『!』
瞬間、場の空気が凍りついたようになった。
あれ、間違えた?…まずいかも。
修二が顔を青ざめさせていると、
「貴様、名前はなんと言う?」
マスターが修二に詰め寄って名前を聞いてきた。
「く、黒埼修二です」
「そうか、黒崎か。…おい、みんな聞いてくれ」
そういうとマスターは部員全員に見えるように大きくアクションをする。部員はマスターの言葉を聞くため、シンと静まり返っている。
「今からこの黒崎。いや、『クロ』を我がギルドのメンバーとして迎え入れたいと思うがどうか?」
「はぁっ?」
予想していなかったマスターの発言に、修二は素っ頓狂な声を出してしまう。さらに予想だにしていなかったことに、
「いいと思います」
「あのコスをなんの予備知識もなしに見抜くんだから相当の実力者なのでしょうな」
「ぜひ今度お手合わせ願いたいものだ」
部員たちも歓迎ムード一色なのだ。
「ちょっと待ってください、意味がわからないんですけど」
「なに、心配は要らない。始めは戸惑うかも知れんが、慣れてしまえばギルド生活もいいもんだ。それと、オレのことは今後ギルドマスター、もしくはマスターと呼べ」
「そういうことじゃなくて…」
「よしお前ら、早速クロに似合いの装備を見繕ってやれ!」
『イエッサー!』
修二の苦言を苦にすることなくマスターは部員に指令を飛ばす。すると、訓練された兵士のような動きで、部室の一角からひとつそろえの衣装を持ってくる。
全体的に黒で統一されたその衣装は、見かけとは違い動きやすさを重視した実戦仕様だということが、見てわかった。しかも、
あ、これ『ブレイド・ランズ・オーケストラ』のユーリの衣装だ。
自分の好きな漫画のキャラクターだったのでちょっと着てみたいという気持ちがでてしまった。その隙をマスターが見逃すはずも無く、
「そら、さっさと着替えてこい。記念写真撮るぞ」
「え、あ、はい」
勢いで流された修二は、結局コスプレして記念写真まで取ることになってしまった。
黒埼修二、所属部活動が現視研に決まった瞬間であった。
玲「玲音だぜー!」
莉「莉音だよー!前回の苦情が功を奏したね」
玲「まだまだ、私たちが主人公の話とか書いてもらわないと腹の虫が収まんないよ」
莉「だいぶ根深いねぇ、玲音」
玲「そりゃあまぁ、出番あったとはいえ結局私たちはその他大勢みたいになってるわけだしね」
莉「…私の部活丸々カットされたの知ってる?」
玲「あ…。じ、次回『装甲機神』っ!」
莉「墓穴を掘った気分ってどんな感じ、玲音?」