御縁屋商店繁盛記   作:by俺っと

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どうも。休み前なのをいいことに酒をかっ食らったら絶賛ふらふら中のby俺っとです。
うまく文字が打てない…。
そんなこんなで続きです。楽しんでいただけたら幸いです。


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「はぁっはぁっ。けっこう距離あったな」

 軽く四十分ほど走った後、修二は例のチラシの店である御縁屋商店の前へとたどり着いていた。修二は母に似て極度の方向音痴だったので余計に時間がかかってしまったのだ。こんなときばかりは大好きだった母を呪う。外見は忌むべき父親にそっくりだと言われるのだが。どうしてこんなところだけ似てしまったのか、修二はそのことを今でも悔やんでいる。

「ここでいいのかな?しかし、お世辞にもきれいとは言えない店だなぁ。…壁崩れかけてるじゃん」

 修二は一人つぶやき、目の前の店を見渡す。外観はいかにも町の駄菓子屋さんといったものであり、御縁屋商店と書かれた看板は傾いていた。とてもバイトを雇う必要のある店には見えなかった。 

というか寂れすぎだろコレは。 

「なんか明かりが見えないな。まだ営業してないのか?もう昼前だぞ」

修二は人がいないか確かめるために店の周りを二周程した。そして、また店の正面に戻ってきたところで誰かに声をかけられた。

「ちょっとそこのヒト、あたしん家になんか用?変質者の類なら通報しとくケド?」

その声に反応した修二が振り向くと、そこにはかわいらしい少女が立っていた。どうやらこの店の子供らしい。

少女の釣り目は明らかに修二を疑っているものであった。綺麗な黒い髪は肩口より少し下まで伸ばし、左右に結わえられており、いわゆるツインテールにまとめていた。深い緑色の七分丈カーゴパンツにクリーム色のブラウス、その上にピンクのパーカーを合わせた格好からは目の前の女の子がいかに活発な子か見て取れる。

「あ、うん。僕はこのチラシを見てこの店で雇ってもらおうと思ってここまできたんだ」

背後から突然かけられた言葉によって、修二は寿命が十年ほど縮んでもおかしくない驚き方をした。その後、持ち前のチキンハートをなだめながら用件を言うと目の前の少女は修二の周りをぐるりと回って、見て、吟味し始めた。

「まぁ顔はいいか。背もそれなりに高いし。ただものすごい貧乏そうなオーラが出てるのよねぇ~。…まぁ、いいか。一応合格ってことにしといてあげるわ。立ち話もなんだから上がったら?お茶ぐらいは出すし。で、名前は?」

ここまで高圧的に名前を聞かれたことは修二の今までの人生の中で一度もない。人に名前を聞くときはまず自分から名乗れと教わらなかったのだろうかと思った。だが答えないわけにもいかない。ここは自分が大人になるべきであると修二は自分に言い聞かせた。

「僕は黒埼修二っていうんだ。キミはなんて名前なのかな?」

「うわ、キモ」

修二は目の前の少女に精一杯笑顔を向け、にこやかに少女に名前を尋ねると、一蹴された。  

なんだ?何がいけないんだ?なぜ僕が初対面の少女にここまで言われなければいけないんだ。

「まぁ、これ以上不細工な変質者いじめてもあたしにとって何も得るものがなさそうだからこれくらいにしといてあげるわ。あたしの名前は御縁屋燕(ごえんやつばめ)ってうのよ。よーく覚えておきなさいよ」

修二は名乗る時も高圧的なのかと思ったが口には出さなかった。また何がキッカケでいじめられるかわかったもんじゃない。

などと修二が数多くの事柄に対して我慢をしていると、燕と名乗る少女は店内に入り修二を見ていた。恐らく入れということなのだろう。修二は恐る恐る店内に足を踏み入れた。罠の類はないらしい。

修二の目にはまず、外観よりもはるかに古い築六十年くらい経ってそうな土壁が飛び込んできた。この店の住居としての機能性は大丈夫なのかが心配になってきた修二だった。

「ハイ、麦茶でいいわよね?このあたしが淹れてあげたんだから返事は『はい』か『イエス』しか認めないわよ」

それはどちらも同じ意味ではなかろうか?修二は喉下まで出かかった言葉を一飲みにすると目の前に差し出された麦茶を一口飲み、

「うん、ありがとう。しっかりしてるんだね」

と一言感想を述べた。すると燕は

「当たり前じゃないの!あなた、誰に向かって言ってるのよ。…まぁ、褒め言葉は素直に受け取っておくわ」

などと顔を赤らめ、そっぽを向きながら言った。

ヤバイ、照れた。すごくかわいい!今までの辛辣な印象からこれはちょっとまずい。並大抵の男ならばコロッといってしまいそうなほどにかわいい。

なんとかして体勢を立て直さなければと思った修二は、

「ちょっといいかな、燕ちゃん。僕バイトの件でこの店に来たんだけど、責任者みたいな人って今いるかなぁ?」

と、とっさに話を逸らした。

「ちょっと、誰が名前で呼んでいいっていったのよ?でも、あなた物がわかってるみたいだから特別に許してあげるわ。起きた形跡がなかったからまだ二階で寝てるみたいなの。ちょっと行って起こしてくるわ」

そう言い残して燕は二階へと歩んでいった。

居間に一人取り残された修二は何をするわけでもなく、時折目の前の麦茶をすすったりしていた。

しばらくして燕が疲れた表情で降りてきた。その後ろには店長と思われる男の影が見て取れた。おそらく燕の父であろう。

その影は大きく、身長は一九〇センチはゆうに超えていた。肩幅も広く、格闘技か何かの選手といわれれば納得してしまいそうなものだった。さっきまで寝ていたからだろうか、服装は甚平、適当に切りそろえられたであろう髪はあちこちに跳ねており、非常に眠そうな双眸や、伸ばしっぱなしの無精髭からは得体の知れない威圧感が漂っている。

目の前の少女とその後ろの大男には、似ている点が全くと言っていいほど見つからない。修二には恐らく燕は母親似であろうことが見て取れた。

「お前さんが燕が言ってたバイト志望の、え~っと、く、梨本君?」

「ぜんぜん違います。一文字も合ってないじゃないですか。それになんで一回「く」って言って「梨本」にシフトチェンジしたんですか。黒埼です。黒埼修二」

「あぁ、そうそう黒崎君。うっかりしてた」

「うっかりで済むレベルの間違いじゃないですよ。わざとじゃないんですか?」

「しっかりしなさいよ。妹のあたしまで恥ずかしいわよ」

うんうん、全くその通り。燕ちゃんの気持ちもわかるよ。こんなこの世全てのうっかりを詰め込んだみたいな人の妹だとやっぱり苦労するよね…って

「妹?」

「何だよ、いきなり大きな声出して」

「いやだって明らかに、え?妹って要するに兄妹でしょ?いやでもあまりにも似てないっていうか…」

「とりあえず落ち着けって。一回整理してみようぜ」

「じゃあまず、燕ちゃんは年いくつ?」

「今年で十一歳だけど?」

「で、あなたは?」

男はおもむろに指を折りながら歳を数え始めた。

「今年で二十一になるな」

十歳差。兄妹としてありえないとは言い切れないと修二は思った。

 …というか今この人指使ってなかった?自分の年なのに把握してないの?

そんなことよりも目の前の男が指を使って数を数えていたことのインパクトに、ほかのことがどうでもよくなってしまっていた。

「じゃあお二人は本当に兄妹?っていうか指使わないと数えられないんですか?」

大丈夫だろうかこの人。修二はそう思った。

「アニキ昔から算数苦手だったんだよね」

「まぁ、気にすんな。ていうかお前はいったい俺が何歳に見えてたんだ?」

「あはは…。それにしても結構歳が離れた兄妹ですねぇ~」

このとき修二はとっさに話題をそらして危機から逃れる特殊能力を身につけた。窮地が人を進化させるのである。

「ん?あぁ、まぁな。…なんの話だったか。ああ、バイトの話だったか。そんじゃ質問その一、なぜこの店へ?」

「いきなりですね。僕、ついさっきまで明日からどうやって生きていこうかって位にピンチだったんです。そんなときにここの求人のチラシが僕の前に現れたんです。その瞬間にピンと来たんです。ここにいけば何とかなるっていう程度の弱いものだったんですけど、僕はその直感を信じるべきだと思いました」

いきなりの質問に修二は少々戸惑ったが、なんとか質問に答えた。

「なるほど、フィーリングってやつだな。ウチの波長とお前さんの波長が偶然一致したんだろうねぇ。で、お前さんはウチの雰囲気をチラシからウチの雰囲気を読み取り、ウチまで来たって訳だ。それでは質問その二。お前さんにとって家族とは何だ?」

「家族、ですか。『自分にとって暖かいもの』だと思います」

修二は家族という単語を久しぶりに聞いた。咄嗟に言われ、家族らしい人が母ぐらいしか思いつかなかった修二は自分を少し寂しく感じた。

「ふむ、わかった。それでは最後の質問だ。この店で働きたいと思うか?」

最後の質問と言われ少々身構えた修二だったが、その質問に肩透かしを食らった。もう答えは決まっているのだから。

「はい。…こちらで雇っていただけるなら、です、けど…」

修二はまっすぐに男の目を見てそう言い放った。惜しむらくは言った後でいきなり自信を喪失してしまったことだ。一瞬前までの自信に満ちた目はなりを潜めて、今はどことなく卑屈な表情に見えた。

「なんでそんなに自信なさそうなんだよ…。心配するなって。お前さんはうちで雇うことに決めたから」

そんな修二を見かねてか、男は頭を掻きながら修二にそう伝えた。この瞬間修二の御縁屋商店でのバイト採用が決まった。

「本当ですか?ありがとうございます。で、早速で悪いんですけど、要相談で住み込みも可ってチラシに書いてありましたよね?実は僕帰る家が無くて…」

「よしわかった、住み込みも認めよう」

「ですよね、そんな簡単に食い扶ち増やせませんよね。もしアレでしたら近くに下宿とか紹介していただけたら…っていいんですか?」

「別にいいよ。もともと俺と燕だけの寂しい生活だったんだから、むしろ大歓迎だ。なぁ、燕」

「まぁ、あたしも別にいいけど。…か、勘違いしないでよね!ここであたしが断って明日修二が野垂れ死んだら寝覚めが悪いなぁと思っただけよ!」

 わーい、ベタなツンデレだ。そういうのも嫌いじゃないぜ!むしろいただきます!

…おっとっと、危ない危ない。危うくいたいけな少女に飛び掛り、押し倒した挙句に性犯罪者として明日の朝刊に載ってしまうところだった。いつの間にか呼び方が修二になってるし。油断ならんなぁ、この童女は。

「ははっ、ありがとうね、燕ちゃん。それから、ありがとうございます、店長」

「よし、そうと決まったら俺たちは今から家族だ、修二。だからお前も俺のこと名前で呼べ」

「え、でもまだ僕店長の名前教えてもらってませんよ?」

「あ、いっけね忘れてた。俺は御縁屋醍醐(ごえんやだいご)ってんだ。後醍醐天皇の醍醐だ。俺ぁあんまり自分の名前好きじゃないんだよな。画数が多すぎる。名前書くのがいちいちめんどくさくてしょうがない。苗字と合わせたら何画になると思ってんだ。ったく面白半分で名前つけんじゃねぇよ。これだから考えなしってのはいけねぇよ。ま、んなこたぁどうだっていいか。よろしくな、修二」

と、醍醐はさりげなく自分の名前に毒を吐いた。名づけたであろう親御さんは恐らく草葉の陰でお嘆きだろう。

「はい、よろしくお願いします、醍醐さん」

こうして修二の錆付いていた人生の歯車が噛み合い、回り始めた。…気がする。

 

※※※       

 

「さて、新しい家族も増えたことだし、アレやるぞ。燕」

修二がこの御縁屋商店で住み込みのバイトをすることに決まった後、しばらくして醍醐が突然こう言った。

「そうだね」

「え、アレって何ですか?」

「決まってんだろ。家事の分担だよ。今までは俺と燕の二人でやってたんだが、修二が来て三人になったから少し楽になるな」

「今までは料理と買い物、洗濯と掃除がワンセットだったからね」

見た感じ家事の類は燕にまかせっきりのイメージがあったが、ちゃんと分担していたことに修二は感心した。

醍醐さんは思っていたよりもいい人のようだ。

「おーし。じゃあ早速行くぞ。まずは今月の料理担当からだな。これは今まで通り買い物とワンセットだ」

「準備はいい修二?」

「え?準備って何の?」

『最初はグー、ジャーンケンポン』

「え?あ…」

いまだ状況が飲み込めず、ただ棒立ちしている修二の手は硬く握り締められたまま、修二以外の二人は手を開いた状態で前に突き出していた。

「よし勝った!今月は修二が担当な」

「え?ジャンケンで決めるんですか?だったら最初からそう言っておいてくれないと」

「問答無用!いったん決まったものは絶対なんだぜ?」

親指を上に突き立てて最高にイイ顔をして醍醐は言った。

前言撤回。この人やっぱり最低だ。

「わかりましたよ。じゃあ今月は僕が食事当番やりますよ」

修二がしぶしぶ食事当番を承諾した後、醍醐と燕はジャンケンで残りの当番を決めた。どうやら醍醐が掃除、燕が洗濯の当番になったらしい。 

「よし、当番も全部決まったことだし、修二。早速昼飯作ってくれ。ちょうどお昼時だし」

「修二、あたしもお腹すいたよ」

「と、言われましても何を作ったらいいか」

『チャーハン!』

醍醐と燕の目が一瞬煌いたかと思った次の瞬間には声をそろえて同じものを注文してきた。目線の動きに残像がついて見えた。

変なところで息が合うなぁ、この兄妹は。ま、同じもの頼んでもらったほうが作るほうとしては楽なんだけどね。

「わかりましたけど、材料とかあるんですか?ご飯とか、卵とか」 

「冷蔵庫の中に大体の食材なら入ってるよ。あ、俺五目チャーハンね」

「じゃああたしはカニチャーハン」

「はいはい。じゃあ少し待っててくださいね」

『なるべく早くね』

またしてもハモッた。実はこの二人ネタ合わせしてるんじゃなかろうか。一回ならまだしも二回目があるととても怪しい。何とかしてネタあわせの現場を押さえられないだろうかと修二は思った。

「っていうか醍醐さんの五目チャーハンはいいとして、燕ちゃんのカニチャーハンって、この家カニ常備してんのかよ?」

などと修二がブツクサ言いながら冷蔵庫に手を掛け扉を開けると冷気とともにものすごい量の色彩情報が修二の目に飛び込んできた。まず目に飛び込んできたのは一パイまるまる無造作に置かれていたカニである。

ホントにあったよ、カニ。なんなんだこの家は?あってもせいぜい缶詰かと思いきや丸ごとって…。

続いて色とりどりの野菜類、白い卵、赤卵、恐らく自家製と思われる漬物が入ったタッパーが数個、他にもパックに入った牛乳や、数々の調味料の類が目に飛び込んできて、修二は息を呑む。

「しかしすごいなここの家の冷蔵庫は。ホントに何でもあるんじゃないか?これだけ材料があればあの二人も納得の料理ができるな。よし!やってみるか。これが僕の初仕事だ」

と言うと修二は早速調理に取り掛かった。

修二が台所に入って数分後、修二は居間に戻った。両手に湯気を湛えた皿を携えて。やけに上機嫌で。

「お待たせしました~。いやぁ~ここの冷蔵庫ホントに何でもありますね。僕本気出しちゃいましたよ~」

「お前の本気がどんなもんかわからないが楽しみだな。っつーか腹減ってんだから早く置いてくれよ」

「すみません。じゃあどうぞ召し上がれ」

 醍醐にせかされた修二はコト、と居間の真ん中に位置している卓袱台の上に二つの皿を置いた。

『おぉぉぉぉぉぉぉ』

と醍醐と燕はまたしてもそろった声を上げて目の前に置かれた皿の中身を見下ろした。彼らの目には目の前のチャーハンが光り輝いて見えたに違いない。

「まず、醍醐さんのリクエストの五目チャーハンですが、今回は具にイカ、海老、筍、卵、グリンピースを加えて、味付けは醤油で少し香ばしさを出してみました。チャーハンというよりはヤキメシって感じですね。次に燕ちゃんのリクエストのカニチャーハンですが、ホントに冷蔵庫にカニがあったのでそのカニの身をふんだんに使い、味付けは塩で薄めに味付けしてカニの風味を最大限生かした味付けに仕上げてみました。あと」

と言うとまた台所へ戻り、スープの入ったおわんを持ってきた。お盆か何かを使っていっぺんに持って来れば良かったと思ったのはその数分後であった。

「付け合せにと中華スープも作ってみました。これは出汁を取る時間が無かったんでスープの素を使いましたが、具は僕が考えて選びました。今回は…」

『いったっだっきまーす!』

と修二が説明している間に醍醐と燕は声をそろえて食前の礼儀を済まし、目の前の皿に手をつけていた。しかもそのスピードが半端ではない。見る間に米の量が減っていく。どんだけ腹減ってたんだと修二は呆れた。

「ん、これうまい!味付けもさることながら筍の食感がいいアクセントになってて噛むたびに楽しい。そして筍で浮ついた俺の心を海老のプリプリとした食感が攫って行ってしまう。…これはもはや芸術だ」

大絶賛の醍醐の横で燕が浮かない顔をしながらチャーハンを食べている。

「どうしたの、燕ちゃん?口に合わなかった?」

と修二が言うと、

「すごく…おいしい。でも…」

とつぶやくように言った。修二には燕が浮かない顔をしている理由が思いつかない。燕はと言えば、まだ何か言いたそうにしている。修二は聴覚に全神経を集中させ燕の発言を待った。すると、

「あたしよりも料理上手ってどういうことよ?」

と、突然大きな声を出されたので修二は鼓膜が破れたのではないかという錯覚に陥った。

なるほど、それが原因か。

言い終わると燕は涙ぐんだ目で修二のことをにらみつけてきた。思わぬところで子供っぽさを垣間見せられさっきまでの言動とのギャップに非常に萌え!な自分がいるのには驚いた。

女の涙はダイヤの輝きとはよく言ったものである。

「今度あたしにも料理教えなさいよ」 

修二が方耳ずつ聴力の無事を確認していると、燕が聞こえるか聞こえないか位の声で修二に向かって料理指導をお願いしてきた。十分に聞こえたのだがさっきまでの意趣返しのつもりで修二は、

「え?なに?なんか言った?」

と言った。すると燕はさっきよりも少しだけ大きな声で

「今度あたしにも料理教えなさいって言ったのよ」

と、顔を赤らめて言った。その様子がたまらなくかわいかったので修二はもう一度、

「なんかよく聞こえないからもう少し大きな声ではっきりと言ってよ」

と言ってみた。さすがにキレるかなと修二は思ったが、

「だから今度あたしにも料理教えなさいって言ってるでしょ!」

と半ば開き直った様子で予想をはるかに上回る声量で燕は言った。真っ赤になった顔がこの上なく愛おしい。修二はクスリと笑い、

「わかったよ。じゃあ今度燕ちゃんが暇なときに声かけてね」

と言った。すると燕は

「本当ね?ウソついたら許さないからね」

と念押しをし、残りのチャーハンに手をつけた。胸の痞えが取れた後の修二のチャーハンはおいしかったらしく、泣き顔はいつの間にか笑顔に変わってた。

途中アクシデントのようなものはあったが醍醐と燕の「おいしい」という声を聞くことができて修二は非常にうれしく思った。料理の説明を途中で区切られた事はもう忘れていた。

数分後、二人はほぼ同じタイミングで食べ終わると、 

『ご馳走様でした』

と口をそろえて言った。

二人が食事をしていたのはほんの数分の出来事だったが、修二には十分なインパクトだった。その様はこの二人実は人類じゃないんじゃないかと思えるほどであった。そんな食べ方をしていた。特に醍醐が。

「お粗末さまでした。なんとか二人の喜ぶものが作れてよかったです」

「うん。近所の伊吹飯店よりうまかったと思うぞ。…あそこの料理はどれもまずくはないんだがなぁ」

思ったことを口に出してしまう男、それが御縁屋醍醐という人間なのだ。

「近所に定食屋なんかあるんですか?っていうかまだ全然この辺のこと知らないや。挨拶とか行っておいたほうがいいですかね?」

「あぁそっか、それもそうだな。じゃあ近所に挨拶行くついでに配達してきてよ。さっき話題に出た伊吹飯店から調味料の配達頼まれてたんだよ」

「ますますもってここが何の店だかわからなくなってきましたよ」

「ん?基本駄菓子屋だけど、頼まれればなんでもやるよ。飼い猫の捜索から浮気の調査まで幅広く…」

「もういいです、わかりました。じゃあ行って来ますよ。で、どこにあるんですか?その伊吹飯店は?」

「店出て右に三百メートルほど行ったところがそうだよ」

「近ッッッ!けどまぁわかりました。それじゃあいってきます」

「いってらっしゃい。配達する品物は裏のほうに出してあるからよろしく~」

などとゆるく手を振って醍醐は修二を見送った。何か引っかかる笑顔で。

 

※※※         

 

たしかに僕が配達に行くのはついでに近所に挨拶して回れるから醍醐さんが言わなくても僕が言うつもりだったよ。でも、だからといって

「コレはねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

などと叫ぶ修二の周りには先ほど醍醐から頼まれた配達の品―山のように積まれた塩、醤油、酒など―が置かれている。修二はなぜあの時あの笑顔に隠された意味を読み取ることができなかったのだろうかと、自分を自分で叱ってやりたい気持ちでいっぱいだった。とてもじゃないが修二が一人で持っていける量ではない。

しかし修二は自分でも驚くほどに力を出すことができ、何とか伊吹飯店の店構えが見える位置までたどり着くことができた。あと数メートルという所で店から人が出てきた。

スラッとしていながらも出る所は出た健康的な体つきに、赤みがかった茶髪を腰の位置まで伸ばした女性だった。服装は黒のタートルネックにジーンズ、その上から店のエプロンをつけているという色気も何も無いものだったが、それでも完成されたファッションのようにその女性に似合っていた。女性がこちらを向いた拍子に見えた顔は、パッチリとした二重にスッと通った鼻筋、形の整ったうっすらとした唇はファッション誌などで見かけるモデルのような美人だった。まるで修二の好みを事前に調査してそろえたかのように修二の好みにストライクだった。

「こ、こんにちは。御縁屋商店です。配達にあがりました」

「あーどうも。…ダイちゃんとこの新人君?私会ったこと無いよねぇ?」

返事をした女性は案外フランクだった。透き通った瞳が修二の顔をのぞきこんでくるので修二はドキッとした。

「は、はい。っていうかダイちゃんって」

「だって彼の名前醍醐って言うでしょ。だからダイちゃん。ところで君の名前はなんていうのかにゃ?」

「はい。黒埼…」

ん?この場合「御縁屋」って名乗ったほうがいいのかな?間借りするわけだし。でも戸籍上ではまだ「黒埼」姓だと思うけど、

ふと女性の顔を見ると、彼女は、ん?と首をかしげ修二を見ている。

うーん。これ以上待たせるのもアレだし黒埼でいいか。

「黒埼修二です。よろしくお願いします」

「はーい、ヨロシクね~。修二君って言うんだね。じゃあシューくんって呼ぶね」

安易なあだ名をつけられてしまい修二は少しへこんだ。

「私はね、水原美鈴(みずはらみずず)ってうんだよ」

「はい。よろしくお願いします、美鈴さん」

「え~、そんなよそよそしい呼び方しちゃイヤ~。美鈴ちゃんって呼んでよ」

「え?は、はい。えと、美鈴、ちゃん」

明らかに自分より年上の女性をちゃん付けで呼ぶのは予想外に恥ずかしいことだと修二は再確認した。

「んじゃまぁ挨拶も済んだことだし、コレ運び入れちゃおっか。私も手伝うよ」

すると、美鈴は山になっている調味料を指差して言った。

「あ、大丈夫ですよ。重いですし大変ですから」

「いいからいいから」

美鈴は言いながら山の一角に手を伸ばし、ひょいっと、あっさりと、持ち上げてしまった。

あれ?あんなに重かったのにいとも簡単に持ち上げちゃったよ?しかも女の人が。いやいやいや、冷静になれ黒埼修二。これはきっと夢だ。目を閉じて次に目を開くとそこは現実の世界だ。何事も無かったかのような日常がそこには広がっているに違いない。よーし、まずは目を閉じて、一、二、三と数えて、そして目を開けると…

「何やってんの?早く終わらせちゃおうよ」

「はい」

夢じゃなかった。

数分後、山のようになっていた調味料はその姿を消していた。といってもただ店内に運び入れただけなのだが。

「お疲れ様~。さすがは男の子だね。いつもより早く終わっちゃったよ」

美鈴が言うが早いか修二の腹の虫が激しく自己主張を始めた。その音たるや地獄の底から響いてきていると説明されたら信じる人間が出てきそうな轟音だった。腹の虫に少しは慎みを持ってほしいと修二は思った。

「…」

「…」

修二と美鈴が互いに無言になり、言葉という概念が消失したかのようになった。修二は自分の顔が引きつって変な笑顔になっていくのを感じることができた。

あぁ、沈黙が辛い。誰かこの場にれて場をにぎやかして颯爽と去っていってくれないだろうか。たのむ!佐久間でいいから来てくれ!三百円あげるから。

すると耐えかねたと思われる美鈴が吹き出して、

「あっはっはっはっはっはっはっ。何?シュー君お腹すいてたの?」

などと言えば、修二は恥ずかしさのあまり赤面して肯定する。朝から何も食べてないんだから当然空腹である。すると美鈴が提案した。

「じゃあウチで食べていく?ご馳走するよ」

「…いいんですか?」

「お近着きの印ってことで」

「でもやっぱ悪いですよ」

と、修二が美鈴の申し出を断ると、

「コラッ。若者が遠慮するものじゃないぞ。年上の人の好意は素直に受けておくものじゃ」

と言われ、鼻の頭を人差し指で軽くはじかれた。その後に美鈴の顔が修二の顔に急接近した。鼻の頭同士が触れ合いそうなレベルまで顔が近づいてきた。近くで見ると本当に綺麗な人だ。

顔近ッッッ!ヤバイ!これはヤバイ。こんな現象現実に起こるんだ。まずいなぁ、マジで惚れちゃったかも。なんかいいにおいするし…。

「本当にいいんですか?」

と修二がしどろもどろになりながらも美鈴に聞き返すと、

「もちろん。男に二言はない」

と力強く首を縦に振った。

「でも美鈴さん男じゃないですよね?」

と修二が言うと、

「うっ…まぁ、気にしない気にしない。っていうかシュー君また呼び方戻ってるぞ」

やはり年上の女性をちゃん付けで呼ぶことは難しい。呼び方が戻ってると美鈴に指摘され修二は

「じゃあ、ホントにお邪魔しちゃいますよ?美鈴…ちゃん」

と声を振り絞って言った。

「はーい。一名様ごあんな~い。なんちゃって。どうぞ」

それを聞いてクスリと笑った後に扉を開けた美鈴に促されるままに修二は店内に入っていった。内装はいたって普通の食堂といったものだ。カウンター席が十、四人掛けの机が四つ、座敷席が三セットと町の食堂にしては少し多目の席数以外に何も変わったことは無い。ただただ普通の食堂だった。ランチタイムを過ぎていたのか修二のほかに客は居なかった。修二はなんとなくカウンター席に腰を下ろした。

「ささ、なんでも注文していいからね」

とは言われても、やはり遠慮してしまうものである。

「じゃあ、ラーメンで」

「は~い。おとーさーん、ラーメン一つ」

厨房の奥からお父さんと呼ばれた四十代半ばくらいの男が威勢のいい声で返事をした。ここら辺は食堂と言うよりラーメン屋に近い感じがする。

しばらくして店主が厨房の奥から丼を持って現れた。カウンター席が厨房を囲むタイプの店だったので店主が直接修二に手渡すこともできたのだが修二の下に届く前に美鈴がひったくり、なぜか美鈴経由で修二の下へ届いた。そのラーメンは鶏ガラだと思われるスープに、中細の縮れ麺、メンマにナルト、チャーシューが一枚のったシンプルなものだった。

「はい、どうぞ」

「い、いただきます」

美鈴さんでワンクッション置く必要があったのだろうか…

今のやり取りを見てしまっていたので修二は自分の顔が若干引きつってしまったのがわかる。そして、修二のその顔は目の前のラーメンを一口食べると、更に複雑な顔になった。

な、なんてことだ。醍醐さんの言ってた通りうまくもまずくもない。一番反応に困る味だ。

そんな感想を持った修二を見て美鈴は、

「どう?おいしい?」

などと目を輝かせて聞いてくる。コレでは本当のことなど言えるわけも無い。ましてや押しに弱い事では右に出るものはいないと自負している修二には、

「はい、おいしいです」

と言う他に道筋は無かった。すると美鈴は、

「気に入ったみたいでよかった。ささ、遠慮しないでどんどん注文しちゃって!」

などと満面の笑みで言ってくる。うまくもまずくもないラーメン一つの時点で完食は絶望視されている。この上何か注文するのは自殺行為だ。しかし、

「私のおススメはね、レバニラ炒めかな。おとーさんの味付け好きなんだ」

などと修二に笑いかけてくる以上注文せねばなるまい。それが男というものだと修二は覚悟を決めた。

「じゃ…じゃあレバニラ炒めもお願いしていいですか?」

「は~い。おとーさん、レバニラ一丁!」

こうして修二は自分の首を絞めていった。

その後、修二は次から次へと繰り出される美鈴のおススメメニューを全て食べきった。そのフードファイターっぷりは恐らく見るもの全てに涙と感動を与えただろう。しかし美鈴以外にそれを目にするものはいなかった。

食べ終わった後で修二は料理の数々をご馳走してもらったお礼を言い、最後に御縁屋で間借りさせてもらうことになったので今後ともよろしくという当初の目的であった挨拶を済ませ、美鈴の声を背に受けて伊吹飯店を後にした。

引きつった笑顔で。

 




はい、大体こんな感じで物語が進んでいきます。
次回はもう少し短くなるかもしれないですが、定期的に更新ができるようにしたいと思います。
あ、更新については活動報告で報告していきますので、よろしくお願いします。
さて、それでは次回も…
サービスサービスぅっ!
…え?いきなりどうしたって?今回から思いついたことを書くって決めたんや…。
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