地味にアクセス数が伸びてきていて小躍りしてしています。
そんなこんなでみっつめの話です。
お楽しみください。
「あぁ~まだあの平凡すぎる味が口の中に」
などとぼやきながら修二は帰路についていた。
修二の頭の中は美鈴の笑顔でいっぱいだ。そうなってしまっても誰も修二を責めることはできない。そうなってもおかしくない美貌を美鈴は持っていた。
それにしても美鈴さん綺麗な人だったなぁ~。マジで嫁になってほしいなぁ。でもその場合あの食事所を僕が継ぐってことになるのかな?毎日あの味と顔つき合わせるのはつらいなぁ~。
などと考えながら歩いていると、
「あれ?ここどこだ?」
修二は道に迷ってしまった。修二の固有スキルの超絶方向音痴が発動してしまっていたようだ。先ほど伊吹飯店に迷わずに着けたのは、道が一本道だったのが一割、初めての町だったので少し気を張って道を間違わぬように気をつけて歩いていたのが一割、残りの八割は神の悪戯という名の奇跡が起こったからに違いない。しかし今の修二は、美鈴の事を考えながらプラプラと歩いていた。そうなってしまえば奇跡などそうそう起こるものではない上に、一本道という単純な道を見当違いな方向に進んでしまうのも修二ならばありうる、というよりむしろ当然といったものだった。
「まいったな。道間違えちゃったかな?…ん?」
そんな修二の前にある建物が姿を現した。壁という壁全てにひびが入っているといっても過言ではない外観、台風など少し強い風が吹いてしまえば飛んでしまいそうな屋根を備えた超ド級のボロアパートだ。また、崩れかかった門柱には表札がかかっており、『峰連荘』と書かれていた。恐らく『ほうれんそう』と読むのだろう。―間違ってたらゴメンナサイ。間違ってなかったら納得の行く説明をしてもらおう―大家が何を思って名前をつけたのか、修二にはわからなかった。
廃屋?でも人の気配がする。誰か住んでるのか?
と修二は一階の部屋から二階の部屋まで調べたが、表札がかかっていた部屋は一階と二階に一部屋ずつだけだった。しかし、一階の部屋しか明かりがついていなかったので修二は一階の一部屋の扉をノックした。するとまもなくドタドタと騒がしい足音がして勢いよく扉が開け放たれた。
「なんだ?鬼灯、入居希望者か?っとなんだ違うじゃねぇか。兄ちゃん、冷やかしなら遠慮してくんな」
一人の男が出てきたが修二の顔を見ると軽く悪態をつき、すぐさま部屋の中に引き返していってしまった。その場には呆然とする修二だけが取り残された。
なんだったんだ今の人は?すごく怖そうだったけど。でももここで道を聞いちゃわないと更に迷ったらシャレにならない。
と意を決して修二は再び扉をノックした。すると、またも足音が聞こえない。
修二は不思議に思いながら何度も何度も扉をノックする。すると、唐突に扉が開かれ、ノックに集中していた修二を打ち抜いた。それによって修二は後方に一メートルほど吹き飛ばされてしまい尻餅をついた。男はそんな修二を見下ろしながらすごい勢いで怒鳴り始めた。
「何度も何度もドンドン叩くなや。壊れちまったらどうするつもりだったんだ?あぁ?」
いきなり修二を吹き飛ばし、一方的にに怒鳴り続ける男はやや小柄な中年といった風貌であった。しかし体の要所には鍛えてなきゃつかないような筋肉がついており、非常にガッチリとした体型であった。目つきが鋭く、剃り込みによって幾何学的な図柄がデザインされた坊主頭、髭面ではあるが醍醐と違って整えられた髭面だ。しかも着ているものが派手な柄物のシャツなので風貌とあいまって、白い粉を秘密裏に販売したり、同じような見た目の人たちとチャンバラやったりする人。まぁ、ヤクザ屋さんのような見た目だった。
「しかも俺様の昼寝の時間邪魔してくれやがって、覚悟できてんだろうなぁ?ったく、今日は厄日だぜ。さっきも久しぶりの入居希望者連れてきた鬼灯かと思いきや知らねぇ兄ちゃんだったしよ…ってあれ?」
と、ここで男の言葉が止まった。
「おめぇさっきの兄ちゃんじゃねぇか?二回も尋ねてくるたぁなんか俺に用事でもあんのか?」
「は、はい。実は」
と修二が事情を説明すると、
「なるほどなぁ。道に迷った、と。こんな何も無ぇ所で迷えるとは一種の才能かもな」
かっかっか、と笑いながら男は言った。それに対し修二は何も言えない。事実なのだから仕方がない。
「わかった。道教えてやるから上がんな。立ち話もなんだろう。俺ァ
結構そのまんまだと修二は思ったがツッコむのも野暮だと思い、修二は軽く笑ってスルーした。
虎太郎に促されるがままに部屋に入るとそこは四畳半の部屋がひとつに台所が着いたのみという質素な部屋だった。虎太郎は部屋の真ん中においてある卓袱台の向こう側にドスンと腰を下ろすと、修二に尋ねた。
「そういえばお前の名前聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「はい、御縁屋商店で今日から働かせてもらうことになった黒埼修二です。よろしくお願いします」
と、修二が言い終わるが早いか、
「お前さん、今どこに住んでるんだ?住むとこ無いならウチに来いよ。空き部屋いっぱいあるからさ。家賃も安くしておくぜ」
と、怒涛のセールストークを始めた。このセールストークは修二が御縁屋商店で住み込みさせてもらうということを虎太郎に伝え、そのことに対してなぜウチに来なかった、と理不尽に激怒するまで続いた。迷惑なおっさんである。
しばらくして落ち着きを取り戻した虎太郎に、修二は今までのことをなるべく詳しく話した。借金のこと、家がなくなったこと、その結果御縁屋に住み込みで働くことになったこと。ここまで話すと今まで黙って話を聞いていた虎太郎が小さな咳払いを一つした後口を開き、刃物のように冷え切った声で修二に尋ねた。
「お前さん、借金を返すために仕方なく働いているのか?それとも心から御縁屋で働きたいと思ってるのか?」
突然の問いに修二はドキッとする。虎太郎の声が修二の心臓を穿ったようだった。修二はとっさに答えようとするが、声が出ない、冷や汗が止まらない。そのままどれほどの時間が経っただろうか。修二は大きく息を吸って一言、虎太郎に向かって言う。
「わかりません」
「ほう…」
虎太郎の目つきが変わった。明らかに先程までとは違う。さっきまでの虎太郎の目は鋭いながらもどこかにユーモアが潜んでいたが今のその目つきにはそれが全くない。強いて言うなら獲物を狙う狩人の目、ただ鋭いだけではなく冷たさすら感じられる。その目線に修二は怯みそうになるがグッとこらえて言葉を紡ぐ。
「借金という足枷がついた状態の僕が『本当に心から働きたいんです』などといっても信じてもらえないでしょう。少なくとも僕なら信じません。でも、借金がなくなった時点で『まだこの店で働いていたい』と考えられたなら、それは僕が本当に御縁屋商店で働きたいと思っていたということにはなりませんか?」
「つまり今の状態でお前さんがなんと言っても誰も信じちゃくれないだろうってことか」
「はい。少なくとも僕はそう考えます。だから今その質問にお答えすることはできません」
と、修二は言った。届いたかどうかはわからないが修二は自分の気持ちを伝えきった。後は虎太郎の受け取り方次第である。
「…」
しばらく虎太郎は何もしゃべらず、修二と虎太郎がいる四畳半の空間を静寂が支配した。壁掛け時計の時を刻む音だけが部屋に響く。しばらくして虎太郎の声が静寂を打ち破った。
「クッ…カッカッカッカッカッカッカッカ。醍醐は店想いのいい若者を拾ったな。今日日こんな若者は探してみてもなかなかいない。伝わったよ。お前さんの本気」
見るとあの目から戻っている。修二に対する虎太郎の疑惑は晴れたようだ。
「俺ァ半端者が大嫌いだからな。覚悟もおろそかに物事決められちゃぁそいつの為にもならねぇし、第一胸クソ悪い。もしお前がそんな考えの持ち主だったら俺ァ容赦なくお前さんをブッ飛ばしてたぜ」
そこまで言うと虎太郎はカラカラと笑った。修二は危うく彼岸へ渡ってしまうところだった。またも明日の朝刊に修二の写真が載ってしまうところだった。今度は加害者ではなく、被害者として。どうもこの町はどうしても修二を明日の朝の主役にしたいらしい。修二は頬を伝う冷や汗をぬぐいながらぎこちなく微笑んだ。
※※※
虎太郎と修二の楽しい?おしゃべり―実際には一方的な取調べ―もひと段落つき、修二はここを訪れた真の目的を果たすべく、話題を切り替えた。
真の目的、などと言うといかにも悪の秘密結社の幹部が言いそうなセリフだが、修二の場合はなんてことはない。ただ道を聞きたかっただけだ。
「つまり、修二の話をまとめるとこうだな?いろいろあって借金を抱え、そのせいで家をなくしたお前はいろいろあって御縁屋に拾ってもらった。その後いろいろあって伊吹飯店に挨拶に行った。更にそのあといろいろあって道に迷い、今に至る、と」
修二はいろいろと端折り過ぎな気もしたが、ここでそれを言うとまた話がこじれそうなのでやめておいた。ちなみに、さっきの話を終えたあたりから虎太郎は修二のことを名前で呼ぶようになった。個人的に認めた人は名前で呼ぶようにしているらしい。
「よし、わかった。道を教えてやろう」
「え、本当ですか?」
正直この虎太郎という人から道一つ聞くのでも小一時間はかかるだろうと予想していた修二は肩透かしを食らった気分だった。そんな考えを持っていただけにこの予想外の快諾には足並みを乱されてしまった感じだった。
いやいや、だまされるな黒埼修二。きっと何か裏があるに違いない。イメージしろ、最悪の結果を。そうすれば後に受けるダメージも自然と少なくなる。変に期待を持っておいて絶望に突き落とされるほど怖いものはないんだ。だから、考えるんだ。考えうる最悪の状況を。
「ただし、条件がある」
修二が最悪なシチュエーションを六つほど考えたところで虎太郎から予想通りの言葉が飛び出した。
ほらキタ!やっぱりね、そんなにうまくいくように人生はできてないんだよ。なんだろう?なにやらされるんだろう僕。
「俺とトランプ勝負して一回でも修二が勝てば道を教えてやる。チャンスはいくらでもやるぞ。俺は心が広いんだ」
心が広いのならばすぐに道を教えてくれてもいいんじゃないか?本当になんなんだろうこの中年は。全くと言っていいほど掴み所が見つからない。
しかし、トランプ勝負ならば修二にも勝ちの目はある。さらに修二は中学時代、ポーカーやブラックジャックでは負け知らずだった。そのへんで勝負を申し込めばほぼ勝てる!修二はそう確信した。
「ええ、いいですよ。じゃあ早速やりましょうか」
勝ちを確信した修二は条件を飲み、虎太郎とタイマンでトランプ勝負することにした。
「おお!やるか!やはり醍醐が見込んだだけのことはあるな。思い切りがいい。そういうの嫌いじゃないぜ。よし、じゃあ始めるか。ゲームはなんでもいいぞ。株だろうがポーカーだろうがなんでもこいだ」
じゃあポーカーを、と言った修二の申し出があっさりと受け入れられ、虎太郎と修二のタイマントランプ勝負の幕が切って落とされた。
…落とされた後十分で修二の心が折れた。
なんだこの人?バカ強い。こっちがフラッシュだのを揃えても余裕でその上を行く手を揃えてくる。
半泣きになりながら修二は次の手を揃える。捨てた枚数だけカードを引くと、手札の中である奇跡が起こっていることに気がつく。マークが同じでストレート。まさかのストレートフラッシュ。しかもスペードの8~Qというすばらしい配カード。いくらなんでもこれを超えることはできないだろう。この状態なら誰でも自分の勝ちを疑わないはずだ。
「次はもらうぜ、虎太郎さん」
修二も例に漏れず自分の勝ちを確信し、自然と言葉も力強く、言うことも大きくなってきた。
「えらい自信だな。よほどいい手が来たみたいだが、勝負の世界は何が起こるかわからないぜ?」
言いながら虎太郎はカードを捨て、捨てた分だけカードを引く。
どうせ僕の勝ちだしな、負け惜しみくらいは好きに言わせておいてあげよう。
「じゃあ、いくぜ。手札オープン」
さあ、見さらせ俺のストレートフラッシュを。そして無様に這い蹲るがいい。
修二は自分自身のキャラが当初と違ってきていることに気がついていたがそんなことは気にしても詮無き事だと修二は自分を納得させた。
「ほお、ストレートフラッシュか。一巡しか回さないルールだったのによく揃えたな。お前の運は本物だよ」
そうだろうそうだろう。だから僕の勝ちだって。さっさと帰り道教えてくださいよ。
「だが、何が起こるかわからないのがギャンブルだ。ギャンブルに限らず勝負事はみんなそうしたもんだ。例えば、こんな風に」
言いながら開かれた虎太郎の手札を見て修二は言葉を失った。そこには10、J、Q,K,A、と数が続き、そしてそれらのカードは燦然と輝くダイヤのマークで統一されていた。そう、修二のストレートフラッシュを凌駕するポーカーの最高手、ロイヤルストレートフラッシュが修二の目の前に降臨した。あまりの神々しさに修二は気がついたら土下座していた。無様に這い蹲るのは虎太郎ではなく修二のほうだったらしい。
「な。言ったとおりだろ?何が起こるかわからないってよ」
修二はカラカラと笑う虎太郎にゲーム変更を嘆願するとまたも快諾された。この男のこの自信はなにをやっても修二に勝てると言う確信から来ているようだと見て取れた。
ナメやがって。だったら僕らの間でしかやられていないようなマイナーゲームで勝負しよう。それならば僕に一日の長がある。
「で、次はなにやるんだ?」
「ええ、トランプ麻雀なんてどうです?」
「おお、トランプ麻雀か。懐かしいなぁ~。かれこれ十年ぶりくらいか」
…あれ?おかしいな。どうやらご存知のようなのだが、これって結構ポピュラーなゲームなのか?
という修二の疑問は横に置いておいて、ここでトランプ麻雀を知らない九割強の人のために軽くルールを説明しておこうと思う。麻雀のルールがわかる人にとっては理解しやすいと思う。また、修二は仲間内で何回かやっていくうちに不都合を見つけ、その都度ルールを改正してきたので、もしもこのゲームを知っている人がいたら、ルールが違うなどとは言わずにそっと心の奥底に留めておいて欲しい。
・カードはジョーカーを除いた五二枚でゲームが進む
・配札の時点で、親は一四枚、子は十三枚配られる
・ダイヤとハート、クラブとスペードはそれぞれ同じ色として扱う
・J、Q,Kはそれぞれ役札だが、数字として数えてもよい
・数字の2~9が中張牌、Aと10が老頭牌の役割を果たす
・1ハン縛りで、何かしら役が無いとアガれない
・ドラなし、リーチあり、ポンあり、チー禁止
といった感じでゲームは進み、相手の点数をゼロにすれば勝ち。役は基本的に麻雀の役と同じだが、麻雀の牌の色はマン、ピン、ソーの三種類なのに対し、このゲームでは赤と黒の二種類になっている。これによって緑一色や九連宝燈などの色がらみの役は、すべてが黒一色、赤一色という呼称で統一されている。また、風牌がないため大四喜や小四喜なども廃止となっている。このゲームで勝つには、役を作るのに時間を掛けてはいけない。配られた時点で山札はすでに半分になっているのだから当然である。安い役をスピード優先で作っていき、コツコツと連荘を重ねていくことこそこのゲームで勝つための真理である。
「ロン!混一色。悪いな、また俺のアガりだ。」
あっれぇ~~?おかしいな。
ゲーム開始から虎太郎の勢いは全く衰えない。修二が役を揃えているうちに高い役を平気でアガっていくもんだからゲームが始まってから一五分も経ってないのにもうすでに修二はハコ一歩手前まで追い詰められた。なにかついてるんじゃないのか?ツイてる、ではなくて憑いてる、のほうで、と修二は疑ってしまうほどだった。
「なんだなんだ修二、お前弱すぎるぞ。相手になってないじゃないか。」
誤解を避けるためにあえて言うが決して修二が弱いわけではない。虎太郎が強すぎるのだ。修二はこのトランプ麻雀で負けたことは一度もない。それどころか勝負事をやっているうちに鼻と輪郭がだんだん鋭利に尖ってくるとまで言われたバクチ打ちだ。今だって少し尖ってきている。気のせいか修二の後ろに、ざわ…ざわざわ…などという居もしない観衆のざわめきすら聞こえてきたような気がする。こんな状態の修二がそこまで強くもない人に負けるはずはない。
間違いない、この人は持っている。王の幸運を、その手に。
「リーチ!」
守ったら負けると直感した修二は先駆けてリーチを掛けた。まぁ役のみだがこのまま負けるよりはマシだろう。それにこのリーチは牽制の意味も持ち合わせている。こうすることによって相手はキナ臭いカードを捨てづらくなる。攻撃は最大の防御とはよく言ったものである。
「突っ張るねぇ。そうガンガン来られちゃ中張札が捨てづらくなるなぁ。」
かかった!
修二は心の中でほくそ笑んだ。一見すると一番危ない中張札がこの場合一番の安全札となることまでは流石の虎太郎でも嗅ぎつけることができなかったようだ。普通は待ちの札をいくつか作り、相手がその内のどれかを捨てればアガれるようにしておくものだ。つまり、数の端である老頭牌での待ちなどはなるべくなら避けたい待ち方。だが、修二はあえてAの単騎待ちで勝負をかけた。相手の心理の裏に爆弾を仕掛けたのだ。ここで一度アガることができれば流れを引き寄せられる。流れを物にできればここからは修二の反撃開始である。
さあ来い、僕のアガり札。
「じゃあ俺もリーチ。」
なんと虎太郎は修二のアガりを全く気にしないでリーチを重ねてきた。リーチをかけると捨てる札が選べなくなり、必然相手の待ちに振り込んでしまうことが多くなる。しかし虎太郎はそんなことを気にも留めずリーチをかけてきた。こうなってしまってはどちらが先に当たり札を引けるか、そしてどちらが先に相手の当たり札を捨てるかのサドンデスである。
おもしれぇ…どっちがくたばってもおかしくないサドンデスって訳か。受けて立ってやるぜ。
一枚、また一枚と山札が減っていく。そしてついに最後の一枚になった。引くのは修二だ。最後の札でアガる事ができれば、海底摸月という役が付き更に得点が上がる。頼む、来いA。修二はそう心の中で念じながら最後の一枚になった札を引く。
しかし結果は虚しくJだった。アガる事はできなかったがこの札でアガりはまずないだろう。修二がそう思い、Jを捨てたそのとき、
「そうだ、それを待ってたんだよ。ロン!J、Q、K三枚づつだから大三元だな。」
ぐっはぁぁぁぁぁぁ!やってしまった。絶対に振込みは許されない状況で、振り込んじまったぁぁぁぁ。しかも役満大三元だと?この局面でこんな大きな手を完成させるなんて、やはりこの男只者ではない。
修二は薄れ行く意識を懸命につなぎとめようとしたが、
「おっと、よく見たら暗刻がもう一つあった。だからダブル役満、大三元四暗刻だな。」
この一言を聞いた次の瞬間には修二自信人生で初になる失神を経験していた。
※※※
「うーん役満、役満、ダブル役満…うわぁぁぁぁ!」
「おう、目ぇ覚めたか?」
修二が目を覚ますと虎太郎は読んでいたらしい新聞から目を逸らして修二のほうに目をやった。どうやら修二はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。それにしてもよほど嫌な夢だったのだろう。修二は背中一面に汗をかいていた。
「修二、お前何も覚えてないのか?」
虎太郎がサングラスの奥の目を点にすると、それまで吸っていたタバコが口からこぼれ落ちて虎太郎の足に落ちた。
「はい?なにがですか?」
期せずして足に根性焼きを作ってしまいもだえている虎太郎を見ながら修二は答えた。
「お前は俺とトランプで勝負してお前が勝ったら御縁屋までの帰り道を教えるって約束でさっきまで俺とトランプ麻雀やってたじゃねぇか。」
修二は虎太郎の言っていることの半分も理解できない鈍った頭をフル回転させよく思い出してみるが、そんな記憶はどこにもない。あるのはポーカーで負けた記憶だけだ。虎太郎の証言によると、ポーカーで負け、トランプ麻雀なるゲームを提案したあたりからなにやら修二の言葉遣いに変化が見られ、人格が入れ替わったようになったという。
はて?前にも似たことがあったような?
修二は既視観にも似たものを感じ、必至で思い出そうとする。そして、割と時間をかけずにその記憶へと思い至った。
確か中学二年の冬、猛吹雪で外に出られず仕方なく教室内でトランプをやっていた際に僕の人格が変わり、博打狂の目になっていたと友人の佐久間が後にこぼしていた。それと同じことが今ここで起こっていたのだろうか?ごく稀に車のハンドルを握ると人格が変わる人というのがいるみたいだが、僕もその人種の一端に座する者なのだろうか?かなりの高確率でそのような気がしてきた。だって記憶が欠落してるもの。動かぬ証拠じゃないか。
「あぁ、俺もしかと見たよ。お前の目は博打狂のそれだった。」
一回ならば偶然と割り切ることもできたが、二回も起きてしまったのではもはや必然的に起きた現象であると認めざるを得ない。
黒埼修二、十五歳。この世に生を受けてから十五年が経過し、始めてついたキャラ付けは『二重人格ギャンブラー』。
嫌過ぎる。
修二がまず抱いた感情はそのようなものだった。気がついたら身に覚えのない借金こさえてそうだ。そして恐らくこの二重人格ギャンブラーのキャラは忌むべき親父の遺伝子によるものだと修二は思った。
修二の父は相当な博打好きで、三度の飯は博打、睡眠の代わりに博打、そして仕事の代わりに博打、という救いようのないダメ人間だった。いや、人間だったかどうかも怪しい。ただ毎日遊び歩いているだけで、フラッと出て行ったきり二、三日帰ってこなかったこともあった。そういう時は大抵徒歩で地方競馬へ出向いていた。このエピソードを聞いたとき、修二は怒りを通り越して感動を覚えた。どうしてその博打への情熱を一部でいいから仕事へと向けることができないのかが不思議でならなかった。こんな形であの父と親子であるという確証が取れてしまい、少々へこんでいる修二だった。
「なんか落ち込んでるとこ悪いけどお前結局俺に勝てなかったな。」
ニヤニヤしながら虎太郎は言った。
そうだ、僕は道を教えてもらう為に虎太郎さんと勝負したんだった。すっかり忘れてた。
「じゃあ今から再戦…」
「やめとけって。お前じゃ俺には勝てねぇよ。お前さっきまでのボロ負け忘れたのか?その癖直しておけって。このままいったらお前いつか『内臓かけて博打しました』なんてことも言いかねんぞ」
そうなのだ。修二は先ほどまでことごとく虎太郎に負け続けていた。そして一向に勝てる気配すらなかった。そのことに関しては全く記憶のない修二もなんとなく感じ取ることはできていた。また、修二は虎太郎の言うとおり何でも博打に結びつける癖は直す必要もあるように感じていた。
気がついたら周りを知らない強面のおじさんたちに囲まれていて素敵な世界旅行(各パーツごとに分解されて)にご招待、などといったエキセントリックな展開はごめんだ。もしかしたら今目の前にいるこの虎太郎という男ももしかしたらそんな副業があるのかもしれなかった。
いや、いくら虎太郎さんの見た目がアレだからってそう考えるのは失礼だ…と思う。
しかし、修二はまだ虎太郎のことをよく知らない。修二の知らない側面だって当然のようにあるだろう。もしかしたら本当に切り売りしていたりするかもしれない。
じゃあどうしよう。このまま一人で帰る道を選ぶと間違いなく道に迷って野垂れ死んでしまう。かといって勝負事では虎太郎さんに全く勝てる気がしない。
「お~い、帰ってこ~い。冗談だって」
どうやら修二が本気にしたと思ったらしく虎太郎がヘラヘラしながら修二に言った。この男が言うと冗談に聞こえない。
「今は三時か。じゃあこうしよう。今からアフタヌーンティーとしゃれ込もうじゃないか。修二にはその準備をしてもらう。お菓子の用意とお茶の用意だ。それで俺を満足させることができたら道を教えてやるよ」
修二が一人苦悶しているとそれまで黙っていた虎太郎が口を開き、いきなり無理難題を吹っかけてきた。そういう戯言はアフタヌーンティーなどといった小洒落た代物が似合うような家に住んでから言ってほしい。
「しかしそうなると茶葉とお菓子の材料が必要になりますよ。この家にあるんですか?」
「そこに冷蔵庫あるだろ。生ものはそこ、調味料は流しの横、茶葉はそっちの戸棚の中」
お菓子を作るにあたって修二はまず材料のチェックをすることにした。まず戸棚を開き、茶葉を確認した。フォートナム・オブ・メイソンの最高級品だった。とことんまでこの部屋に似合ってなかったが、気にせずに続いて調味料の確認を済ますと問題の冷蔵庫の前に来た。ここで修二は大きく息を吸い込んで一思いに冷蔵庫の扉を開いた。するとものすごい量の色彩情報が修二の目に飛び込んで…来なかった。
ある程度の事は覚悟の上だったよ。でもさぁ、冷蔵庫の中身バターだけってどういうこと?冷蔵庫の中に大恐慌起きてるじゃん。恐ろしいまでに電力の無駄遣いじゃん。
「いやぁ~最近買い物してなくて」
「最近どころの騒ぎじゃないですよ。何ですかこれ?どうやったらここまで見事に冷蔵庫カラにできるんですか?今まで何を食べて生きてきたんですか?」
「食パンにバター塗って砂糖振りかけて食べてた」
「何ですかその体に厳しい食生活は?まさか三食それですか?」
「三食連続はキツイな。昼に一回塩味を挟みたい」
「たいして変わりゃしませんよ。結局食パンと調味料しか食べてませんからね?」
「実はここ数週間まともな食い物にありつけてないんだよ。今回のお題はそのためなんだな、これが。もうぶっちゃけちゃんと作ってくれればその時点で道教えちゃおうかと思ってる」
しかしこれではまともなお菓子なんて何一つ作れはしない。どうしたものか。しばらく修二は考えた。
ん?待てよ。
「虎太郎さん、食パンってまだありますか?」
「ああ、まだ何パックか残ってたと思うが、なにする気だ?」
と虎太郎は怪訝そうな顔で修二に聞いてきた。
「ええ、おいしいお菓子を作りましょう。ここら辺に果物売ってる場所ありませんか?」
「三軒隣に青果店があるけど」
「ちょっと今から行ってきます」
「迷うなよ」
「恐らく大丈夫です。何かしら目的があればそれに集中できるので迷いません。…多分」
と自信無さげに言い残して修二は青果店へと向かった。
※※※
「…遅い」
修二が虎太郎の部屋から出て行ってから三十分ほどが経過し、虎太郎は三本目の煙草に火をつけながらつぶやいた。また迷ったのではないだろうか、という考えが虎太郎の脳裏をかすめ、やれやれと思いながらも探しに行こうかと腰を上げて扉に手をかけた瞬間、
「すみません遅くなりました」
という声とともに目の前の扉が開け放たれ、そこに買い物袋を提げた修二が現れた。ちなみに手に持っているのは虎太郎が持たせたエコバッグ―『アイアムエコ番長』と力強く書かれた一品―である。自分の身の周りのことには無頓着なくせにこういったことに関しては人一倍熱心なのが信濃虎太郎という男なのである。
「店自体はすぐに見つかったんですけど、品物の鮮度がどれもずば抜けてて選ぶのに時間食っちゃいました」
「あまり遅いもんだから今から探しに行こうかと思ってたところだぞ。で、いったい何を買ってきたんだ?そして何を作る気なんだ?」
「ラズベリー、ブルーベリー、クランベリーなどのベリー類を買ってきました。で、食パンと砂糖とこれを使ってサマープディングを作ろうかと思います」
「なんだそれ?」
「サマープディング。イギリスの夏の定番のお菓子で、砂糖で煮込んだベリー類をボウルのようなものに敷き詰めた食パンの上にぶちまけて、食パンで蓋をし、冷蔵庫で冷やすって感じのお菓子ですかね。紅茶によく合うと思いますよ」
まぁ、食パンにジャムをこれでもかとつければ同じ味になるがそんなことを言うとイギリス人に裸にひん剥かれた後にタワーブリッジから逆さまに吊るされるのが目に見えていたため口をつぐんだ修二だった。
「何でもいいから早く作ってくれ。さっきからお茶の準備は済ませてあるのにお前が帰ってこないから高い茶葉が無駄になったかと思ったぞ」
「はいはい、少し待っててください。たぶん三十分くらいでできると思いますから」
「そんなに早くできるのか?」
「本当は一晩は冷蔵庫で寝かせたいんですけどそんな時間もないですし、大体二十分くらい冷蔵庫に入れたらすぐに食べちゃいましょう」
というと修二は手慣れた動きでベリー類を小さな鍋に放り込み、砂糖と一緒に煮込み始めた。ごく弱火で煮込んでいる最中にボウルを取り出し、中に食パンを敷き詰めていく。そして煮上がったらしいベリー類をボウルの中に放り込み、食パンで蓋をしたその上から煮汁をまんべんなくかけ、冷蔵庫に入れた。そして二十分後、修二はボウルを冷蔵庫から取り出し、用意していた皿の上に乗せて虎太郎の目の前に置いてやった。煮汁がしみ込んでしっとりとした食パンはきれいな光沢を放っていた。
「ほう…これがそれか」
「ええ…それがこれです」
などと意味の分からないやり取りを交わした後に虎太郎は目の前に置かれたサマープディングを一口食べた。続いてもう一口、今度は先ほどよりも少し多めに。そして紅茶を一口啜った。
「くそう。うまいな」
その後に一言こぼした。
「うん、お前の言った通り紅茶にもよく合うし、何より単体で食ってもうまい。ただ、これって食パンにジャムをつけてもおなじ…」
「そんなことより虎太郎さん、これで道教えてもらえますよね?」
虎太郎が禁じられた一言を口にしようとしていたので修二は半ば強引に割り込む形で虎太郎の言葉を遮った。
「ん?ああ、そうだな。わかったよ、教えてやるから外出ろ」
言うと虎太郎はよっこらせと腰を上げて修二についてくるように促した。その顔は修二の強引な割り込みを全く気にしていないようだった。
ようやく御縁屋に戻れる…
修二はこの数時間で一気に五,六歳は歳を取ってしまったような気がした。それほどまでに内容の濃い時間だった。とにかくようやく御縁屋に帰れるということが修二に何とも言えない安堵感を与えていた。
「よし、ここだ」
「…え?」
虎太郎の声で現実に戻った修二が見たものは峰連荘の真横の小さな―道とも呼べないような本当に小さい―道だった。
「いやぁ~悪い。このアパート御縁屋の裏なんだわ。別に黙ってるつもりじゃなかったんだけどよ、あんまりにもお前が必死になってるもんだから少しからかいたくなったんだよ」
「なんですかそれ!こっちは本当にすごい遠くまで来たのかと思ったんですよ!」
「いいじゃねぇかよ。こちとら来客なんていつぶりだかわからないくらいなんだぜ?少しくらい付き合ってもらったって罰は当たらないだろう?久しぶりに楽しかったぜ。ありがとうな、修二。また遊びに来いよ」
まったく、このおっさんは。まぁいいか。
「はい、今度はちゃんとそちらに伺いたいと思います」
と言い、修二は細い路地に入り込み、向こう側を目指した。すぐに向こう側が見え、修二は見覚えのある道に出ることができた。右を向くと見覚えのある店構え、御縁屋商店が見えた。
やった…ようやく帰ってきたぞぉぉぉ。思えばここまで長かったなぁ…
しばらく修二はある種の達成感に浸っていたが、
「待てやぁぁぁぁぁこのクソガキャァァァァァ!」
修二のそうした思惑は御縁屋商店店長御縁屋醍醐の怒号で掻き消えてしまった。
というわけでみっつめの話でした。
個人的に一番動かしやすい虎太郎さんが出てきました。
ここから先で、どんどん暴走していくような気がしていますがなんとか手綱を握って生きたいと思います。
ちなみにこのおっさん、服装やら雰囲気やらのモデルは私です。
私的にはそんなつもりは無いんですが、これを読んだ友人が口々に「これモデルお前だろ」だなんて言うもんだからだんだんそうなんじゃないかと思うようになってきて、もうそういうことにしようと思いました。
さて、グダグダになりそうなのでここらで締めますか。
次回、御縁屋商店繁盛記。『下駄男の憤怒と万引き少年の事情』を…皆で見よう!
…このネタわかる人いるんでしょうか?