まさかの二話連続投稿。
さっきの話が短かったので罪悪感に苛まれたからやった。
後悔はしていない(キリッ)
お楽しみください。
翌日、醍醐は朝早くから御縁屋を飛び出し、昼ごろになって達也を連れて帰ってくるまで行方をくらませていた。彼は彼なりに独自の情報網を使って達也を見つけ出したらしい。
「何ですか?僕これから用事があるんですよ」
「また万引きするのか?やめとけやめとけ」
「あ、あなたには関係ないでしょう!僕がどこで何してようと…」
「俺がお前を強くしてやるよ」
「え?」
御縁屋に入るなり昨日のように言い合いを始めた醍醐と達也だったが、醍醐の一言で場は収束した。
「あの後考えてみたんだが、お前の言うことも尤もだと思ってな。そこで大きな口叩いた俺が責任もってお前をあいつらに勝てるくらいには強くしてやろうと思ったわけだよ。どうだ?やってみるか?」
傍から見ると胡散臭い笑みを浮かべて醍醐は言う。
「…本当に強くなれるんですか?僕みたいなやつでも強くなれますか?」
「約束する」
少し考えた後、達也は醍醐へと質問をぶつける。質問に対して帰ってきた醍醐の力強い肯定を聞くと、達也の目が強い意思を帯びたものとなった。達也は首を縦に振り、肯定の意を伝えた。
「絶対に強くしてやる…が、これは意思や根性の鍛錬でもある。どんなことでもやり遂げる覚悟はあるか?」
「いまさら変わりませんよ。よろしくお願いします」
覚悟は本物であると伝え、深々と頭を下げた達也をなだめ、醍醐は早速修行を開始しようと準備を始めた。
「あ、その前に修二、飯の用意頼むわ」
腹が減っては戦はできぬを地で行く男、それが御縁屋醍醐である。
※※※
『ご馳走様でした』
いつもの面子に達也を加えて四人での昼食を終え、本格的に修行が開始した。
「よーし、それじゃあ修行を始めるぞ」
「よろしくお願いします」
「じゃあまず手始めに、うちの窓ガラス全部ワックス掛けしてくれ」
「…は?」
いよいよ修行が始まるかと思った次の瞬間、いきなりワックス掛けをしろと言われ達也はポカンとした。
「だから窓拭きだよ、窓拭き。どんなことでもやるって言ってただろ?こうやって、ワックス塗って、ワックス拭いて、ってここ全部やっといてくれ。終わったら呼んでくれ」
あっけに取られている達也をよそに言うだけ言って奥に引っ込んでしまった。取り残された達也は言われたことをやるしかないと割り切ったのかワックスがけを始めた。
「ワックス塗ってワックス拭く。ワックス塗ってワックス拭く…」
達也が取り付かれたようにぶつぶつと呟きながら窓拭きを続けている様を見て修二は気付いた。
これは某有名カンフー映画で師匠が主人公にカンフーの基礎を叩き込むために取った修行法じゃないか?なるほど、一見意味の無いことが修行になっているというやつか。醍醐さん考えたな。
「じゃあがんばってね」
言うと修二は店の中に入った。そこで小上がりに寝転んで新聞を読んでいる醍醐を見つけ、おもむろに近づいていった。
「やりますね、醍醐さん」
「ん?なにがだ?」
寝転がってくつろいでいた醍醐は修二の方を振り返り言った。
「とぼけないでくださいよ。達也君の修行ですよ。あれ、関係ないことが結果的に修行になってるっていう例のアレですよね?」
修二が肘で醍醐をつつきながら言う。しかし、醍醐はなにやらピンとこない顔をしている。
「アレですよ、アレ。某有名カンフー映画の…」
「あ、ああ。アレな。おお、そうだよ。アレのソレをそのままやらせるのはさすがに無理あると思ったからちょっとアレンジしたけどな」
修二の追及から逃れるように声を絞り出した醍醐はしどろもどろになって答えた。
「やっぱりそうですか。じゃあ、この後はアレですね?」
「あ、ああそうだな。まあ、しばらくはワックス掛けさせるさ」
一度は追及を逃れた醍醐だったが、修二の追及は止むことを知らない。ここでも醍醐はしどろもどろになる。
「楽しみにしてますよ。じゃあ、僕はこれから夕飯の買い物に行ってきますから、留守番よろしく頼みますね」
「ああ、いってらっしゃい」
「さて、と。おーい、達也。俺今から出かけてくるからワックス掛け続けてろよ」
「はい、わかりました」
エコバッグを抱え、外に向かった修二を見送ると、醍醐は達也に一声かけてレンタルビデオ店へと出かけたのであった。
会員証あったっけな?
※※※
修行二日目。この日も達也は朝からワックス掛けをしていた。昼を過ぎ、昼食をとった後、醍醐の口から修行のステップアップが告げられた。
「じゃあ次は床磨きだ。店の中ピッカピッカになるまで磨いてくれ」
と、醍醐はたわしを二つ達也に放り投げて寄越した。
「は、はぁ」
たわしを受け取った達也は、困ったような顔をしてたわしで床をこすり始めた。さすがに二日続けて一見全く関係のないことをやらされていては不審がるのも無理はない。
「あ~、違う違う。そうじゃなくてこうだ。円を描くように、力も込めろよ」
力なく直線的に床をこすっていた達也に対して、醍醐は手をとって教えた。
「んじゃま、後は昨日と同じように終わったら声かけてくれ」
ここまで言うと醍醐は、気だるげに頭を掻き、小上がりに上がって昼寝を始めた。
「…こんなことで本当に強くなれるんだろうか」
達也の呟きは醍醐の耳には入らなかった。
「おっ、修行内容が変わってるね。順調みたいでなによりだね」
二階にある自室から降りてきた修二は、床磨きをしている達也を見て笑いかけた。
「ええ、まぁ。…でもこんなことやってて本当に強くなれるんですかね?」
修二に声をかけられて顔を上げた達也は、不満を顔いっぱいに貼り付けて修二に疑問を投げかけた。
「大丈夫だよ。醍醐さんを信じたんだろ?だったら最後まで信じなきゃ駄目だよ」
「そう、ですか。そう、ですよね」
その疑問に修二は即答で答える。それも飛び切りの笑顔で。それを受けた達也は、少しモチベーションを取り戻したようで、たわしを持つ両手をリズミカルに動かし始めた。
「…ふう。こんなもんだろう。醍醐さーん、終わりましたよ」
一通り床磨きを終えた達也は小上がりで昼寝をしていた醍醐を起こした。
「んあ?終わったのか?どれどれ…まだあの辺磨きが甘いな。もう少し磨いとけ。俺はもう少し寝る」
起こされた醍醐は寝ぼけ眼で達也と床を見比べると、一言はなった。達也の手がこぶしを握る。
「はい、わかりました」
こみ上げてくる憤りを抑えて達也はその後一日床と対面しながらその床を磨き続けた。
※※※
修行三日目、そして四日目もずっと床を磨いていた。もはや御縁屋商店の床は鏡の代わりとして使えるほどの光沢を持っていた。たまにとはいえスカートをはいていた燕が最近では全くスカートをはかなくなったのがその証明になるだろう。
そして五日目がやってきた。
「おーう、今日も来たな。今日は違うことするぞ。ついて来い」
言うと醍醐は外に出て、ついてくるようにと達也に言った。
言われるままに醍醐についていくと、醍醐は御縁屋商店の横の小路へと入って行き、ついには姿が見えなくなった。尻込みしていた達也は意を決したようにその小路を一気に駆け抜けた。
「ここ…は?」
小路を抜けて視界が開けると達也の目の前にとんでもないあばら家が飛び込んできた。
なじみの者にはいわずと知れた峰連荘なのだが、達也のような初見の者が見るとおどろおどろしく映るのだろうか、若干引きつった顔をしている。
「ああ、ここはな俺の友達が大家やってるアパートだ。多分いると思うんだがなぁ…。おーいトラさぁーん!いるんだろー?」
言うと醍醐はまだ外にいるにもかかわらず大声で叫び始めた。達也があっけにとられていると、周りが住宅街であるということは気にも留めず醍醐が叫び続ける。
「うっせぇな!誰だよ!っておお、醍醐じゃねぇか。久しぶりだなおい」
しばらく叫び続けると、一階の部屋から虎太郎が出てきた。例によって派手な柄物のシャツを身にまとった彼の姿は強張る達也に更なる追い打ちをかけるに十分だったことは言うまでもない。
「今日はどうした?ん?何か良い酒でも手に入ったのか?」
「いや、今日はちょっとね、コイツのためにここの敷地貸してやってくれないかと思ってね」
「始めまして。牧達也です。よろしくお願いします」
突然話を振られたためか、達也は若干の緊張を顔に出しつつも自己紹介を済ませた。
「おう、ヨロシクな!俺は信濃虎太郎だ。何するんだかしらねぇが頑張んな」
達也の自己紹介を受けて虎太郎も軽く自己紹介をして、達也の手を半ば無理やり掴んでブンブンと振り回した。
ここまで言うと虎太郎は「寝なおす」と言って自分の部屋に戻っていった。醍醐は部屋に戻っていく虎太郎の後を追い、追いつくとなにやらひそひそと話し始めた。
しばらく話した後に虎太郎と別れて達也のところまで戻ってきた。
「うっし、始めんぞ。まずはこの塀全部にこれを塗れ」
言うと醍醐はニスの入った缶を二つ、そしてハケが達也の目の前に置いた。
「全部って、これ全部ですか?」
達也が驚くのも無理はない。峰連荘の周りには、高さおよそ二メートル、長さは直線に直すと二十メートルはあるかもしれない塀があったのだから。
「おう、なるべく早くな。あ、塗る時はこう、手首を使ってな」
醍醐はハケを持って説明をしている。
またこんなことか。僕は騙されてるんじゃないだろうか
しかし、達也はその説明を聞いているようで聞いていない、そんな状況だった。
「おい、聞いてんのか?」
「ええ、大丈夫ですよ。聞いてます」
醍醐が怪訝な顔をして達也に聞くと達也は、ほとんど自動で話す人形のように言葉を返した。
「それならいいけどよ。じゃあ早速始めてくれや。俺は向こうで見てるからよ」
そう言うと醍醐は設営されていた小上がりのようなスペースへさっさと歩いていき、ごろりと寝転がりくつろぎ始めた。
その姿を見た達也は少しイラつきを覚えた。
※※※
三分の一ほどを塗り終えたあたりで達也のイライラがピークを迎え、ついに爆発した。
手にしていた刷毛を地面に投げつけ、醍醐に向かって叫ぶ。
「いい加減にしてください!こんなことして一体何になるって言うんですか!僕を使って面倒な仕事を済ませているだけなんでしょう?だったら最初からそういえば良いじゃないですか!所詮あなたもあいつらと一緒で僕がいいように動くのを楽しんで見ているだけなんだ!」
「なんだよ突然。言ったろ?絶対に強くしてやるって」
「嘘だ!」
小上がりの上で上半身を起こしながら醍醐は達也に声をかける。しかし、達也はかぶりを振る。達也がほとんど間髪をいれず答えたため醍醐は一瞬怯んだ。負けじと言葉を紡ぐ。
「嘘じゃねぇって」
「嘘だ!嘘だ嘘だ!」
醍醐がどれほど言っても達也は「嘘だ」の一点張りで取り付く島もない。
「いい加減にしろ!俺がお前を騙すメリットなんてどこにもねぇってことがまだわからねぇのか?」
「嘘だ!そんなことを言ってどうせ腹の中では笑ってるに違いないんだ」
そんな問答が十分も続いただろうか。いい加減醍醐の顔にもイライラが見て取れる。しまいに達也はそっぽを向いてしまった。
ああ、面倒くせぇ…。実地でわからせるしかねぇか
「おい達也」
「何ですか一体!」
達也に呼びかけた醍醐はそれと同時に右のこぶしを達也に向かって突き出した。
「うわぁっ!」
振り向くと同時に目の前にこぶしが迫っていた達也は、咄嗟に左手の円運動でその手を跳ね除ける。
そう、ワックス掛けの動きで。
「………」
達也は茫然自失といった体で自らの両手を眺めている。
信じられない。今、手が自然に動いた。本当に効果があったんだ…。
「醍醐さん!」
「……え?」
達也は着実に強くなっている自分に気付き、醍醐の顔を見ようと顔を上げた。
当の醍醐はなぜだか「信じられない」といった顔で固まっていた。しかし、達也の声で我に返り何とか返事を返した。
「先ほどはすみませんでした!醍醐さんのやりたいこともわからないで僕、好き勝手言ってました。…僕、不安だったんです。醍醐さんは強くしてくれるって言ってくれましたけど、そう言って始まったのは身の回りの雑用でした。でも、こうして僕は着実に強くなれています。本当にありがとうございました」
「あ、あぁそう!そうだよ。いいか?今まで何の武道やスポーツ、喧嘩もやってこなかったやつと、やってたやつとの違いは圧倒的な経験の差と、体の動かし方をわかっているかどうかだ。達也は言っちゃあなんだがそういった基礎ができてない印象だった。そんなやつに普通の特訓させても効率が悪い。だからこうした日常の動きを通してお前の体に動きの基礎を教え込んだってワケだ」
頭を下げて猛烈な反省を繰り出す達也を前にして少し気圧された様子だった醍醐だったが、達也の言葉を聞いていくうちに普段の邪悪な顔に戻っていき、しまいには全て計算どおりだったという顔をしてもっともらしいことをかなりの早口で言い出した。
もちろん、全てがでまかせではなく、このうちの三分の一ほどは醍醐も当初から考えていた。しかし、達也の脳内補完があまりにも完璧すぎたためにそちらに合わせた方が当たり障りがないだろうという考えが働いたため、途中から完全に合わせた形になっていた。
「なるほど、そういうことだったんですか。醍醐さん!他の動きはどんな意味があったんですか?」
「お、おう。他のはおいおい教えてやるよ。だがいいか?今回のこの修行で身につくのはあくまで防御だけだ。攻撃はこの際捨てる」
達也がピュアなオーラ全開で見つめてくるため、醍醐は若干の引け目を感じながら言葉を続ける。
「え?攻撃できないんじゃ勝てないじゃないですか」
醍醐の言葉を聞いた達也は目を見開いて異を唱える。
「ああ、お前の言うこともわかる。だがな、防御はしなけりゃ確実にボッコボコにされちまうが、別に攻撃しなくても勝つことはできるんだぜ」
醍醐は達也の異に対して考えを述べる。達也はなにやら腑に落ちないといった顔をしてうんうん唸っていた。
攻撃しなくても勝てる…?相手を倒さなきゃ勝てるものも勝てないのに…どういう意味だ?
「要は、相手に「こいつにゃ勝てねぇ」って思わせりゃこっちの勝ちだ。わざわざこっちから殴る必要はねぇよ」
「でも、そんなことであいつらが僕のことを認めるとは思えないんですけど」
「心配はねぇよ。守るってのは攻めるのよりも神経使うんだ。そんなことを相手が根を上げるまで続けてみろ。認めざるを得ないだろ?だからお前は安心して防御を身に着けろ」
醍醐は心配する達也の頭をぐしゃぐしゃとなでながらニカッと気持ちのいい笑顔を浮かべた。
「はいっ。じゃあ、とりあえず塀のニス全部塗っちゃいますね」
醍醐の言葉を受けて達也は先ほど投げ出した作業に戻った。
なんとかなった…か。予想以上にうまくいったな。
正直うまくいくと思っていなかった醍醐は胸をなでおろしていた。
そして達也が仕上がってくれた余裕からか、借りてきたレンタルビデオをいつ返しに行くかで醍醐の頭はいっぱいになっていた。
※※※
そして時は過ぎ、あっという間に六日目の夕方になっていた。
「よし、今日もよくやったな。いよいよ明日だ。明日に備えて今日はもう休め」
「はい、あと三セットだけやったらやめます」
傾いた太陽を眺めていた醍醐が達也に声をかけた。達也は六日目の夕方からずっと防御の型の練習を行っており、もうワックス掛け、床磨き、ニス塗りの三つの型に関してはなかなかのレベルにまで達していた。
動きには最初ほどの無駄は見られなくなっており、動作の端々に力強さとしなやかさが見て取れるようになっている。今の達也には、ただのいじめっ子では一撃も入れられないだろう。
「ふぅ、これで最後っと。ありがとうございました、醍醐さん。この六日間で僕は生まれ変われたような気がします。それもこれも全て醍醐さんのおかげです。本当にありがとうございました」
ビッと型を決めると達也は額の汗をぬぐい、醍醐に向かって深々と頭を下げた。一挙一動から武道家のような雰囲気すら漂い始めている。
「いや、俺は頑張る機会を用意しただけだ。結局のところ頑張ったのはお前だからな。今のお前の力はお前が自分で決めて、自分で身につけたものだ」
対する醍醐はなにやら偉そうに講釈を垂れている。その様はまるで武道家の師匠のような振る舞いだったが、寝転がったままなのでいかんせん決まらない。
「いえ、その頑張る機会を与えられなかったら僕はそのままだったと思います」
達也は、そんな醍醐に不満のひとつも垂れることなく純粋な目を向けている。
「まぁ、そこはどうでもいいや。大事なのは明日だ」
「…そうですね」
少々面倒になったのか、醍醐は話をそこそこに切り上げて達也が抱えている当面の問題に目を向けた。その言葉を聞いた達也は神妙な顔で頷いた。硬く握られたこぶしは、恐怖からか少し震えていた。
「…怖いか?」
「怖くない、と言えば嘘になります。でもここで恐怖に呑まれたら僕は一生変われません」
「だろうな。今まで恐れてたものに立ち向かうのがそんなに簡単なわけがねぇ。だが、立ち向かおうというその心が、ほんの一握りの勇気がその道を開くことだってある。そのことを覚えておけ」
「…一握りの、勇気」
醍醐に声をかけられた修二は震える自分の手を見つめ、ぎゅっと握り締めた。
「そう…ですね。明日は頑張ります。ありがとうございました」
達也は最後に一礼して御縁屋を後にした。
「心配ですね、達也君。なんだったら明日は僕もついていって達也君が危なくなったら…」
「それだけはやめろ」
店の奥のほうから修二が出てきた。洗い物をしていた修二は手を拭きながら、寝転がっている醍醐の横まで歩いてきて言った。それを聞いた醍醐が体を起こしながら修二の申し出を却下した。
若干カブリ気味に発言を受け、修二は納得しきれないと言った様子で食い下がる。
「なんでですか?彼は彼なりに緊張してるんです。怖いのを必死に頑張っているんです。今彼はとても微妙なバランスで踏ん張ってるんです。だからこそ誰かが支えてあげなきゃいけないんです!」
「だからだ馬鹿野郎!」
醍醐の発言に修二は身をすくませる。なおも醍醐は続ける。
「男が一人で踏ん張ってる時は見殺しにしてやれ!アイツが怖がってるのは誰でもわかる。俺にだってわかるさ!それでもアイツは何も言わなかった。誰にも頼らなかった。何でだと思う?それはアイツが自分で何とかしないといけないことだってわかってるからだろうが!それをなんだ、支えてやる?バカにすんじゃねぇ!アイツの覚悟をそんな安っぽい言葉で台無しにすんじゃねぇ!これは、あいつの戦いだ。手を出すことは俺が許さねぇ」
終始黙って話を聞いていた修二は、醍醐が話し終えると口を開いた。
「…すみませんでした。自分で自分が恥ずかしいです」
醍醐さんの言葉は重く、自分よりも人生を知っている人間の言葉だった。腹の底にズシンと響く、とても重い言葉だった。僕がやろうとしていたことは、達也君を侮辱することにも等しい愚かな行為だったのだと思い知らされた。
「わかったら、オメーも早く寝とけ。明日は早いぞ」
「え?明日何かあるんですか?」
修二が醍醐の言葉を噛み締めていると、突然醍醐に早寝を勧められた。修二が首をかしげながら聞き返した。
「何って、達也について行くに決まってんだろ?」
聞き返してきた修二に、さも当然であるかのように醍醐は言った。
「はぁ?あなたさっき自分で言ったことイキナリ覆してんじゃないですか!」
「手を出すとは一言も言ってないぜ。遠くから眺める。オーケー?」
醍醐の言葉を聞いて修二はがっくりとうなだれた。もはや反論する気すら起きなかった。
なんだかんだで達也のことが気になっている醍醐なのであった。
※※※
明けて運命の日、醍醐・修二は一団に指定された場所へと向かう達也の後をつけていた。無論、達也にはばれないようにである。
しばらく歩くと例の廃屋が見えてきた。廃屋の前まで来ると達也は一度立ち止まり、意を決したように観音開きの重々しい扉を押し開いた。
ギ、ギ、ギと半ば錆び付いた扉が開かれ、廃屋内に光が差す。ある程度まで開くと達也は歩を進め、中へと入っていく。
開きっぱなしになっている扉から顔を出し、醍醐・修二の二人は中の様子を窺う。
「よお達也ぁ、久しぶりだな。待ち焦がれたぜぇ?じゃあ早速で悪いけどよぉ成果のほう、よこせよ」
集団の真ん中に陣取っている例の金髪が口を開く。相変わらず頭が悪そうな話し方で達也に話しかけた。
「…い」
「あんだって?ちょっと聞こえなかったからもう一回言ってくれよ」
達也が小さな声で呟いた。金髪は達也に耳を向けてもう一度言うように促す。
「もうお前たちに渡すものはないって言ったんだ!」
「…バカが。じゃあオメーはここでくたばってろ!」
達也が大きな声で金髪に向かって叫んだ。
よし、よくやったぞ達也君。自分に勝ったね。
修二が内心でガッツポーズしていると、頭にきたといった様子で金髪が手下に怒号を飛ばした。命令された手下たち五人ほどが達也を囲み、達也は腰を落として手のひらを前に向けた構えをとる。視線は前に向けながらも注意は周りに向けている。
へぇ、やる気かよ?
そんなに構えちゃって、漫画の見すぎじゃねぇの?
やっちまおうぜ!
周りを囲んだ小学生ほどの五人が口々に修二に罵声を飛ばす。数の上で勝っているという優位から来る自信だろう。
「おらっ!」
一人が修二に飛び掛る。修二はワックス掛けの動きで飛び掛ってきた一人をいなす。
「うおわっ」
その一人は勢い余って廃屋内の木箱に頭から突っ込んでしまう。
「野郎!」
今度は左右から挟み撃ちをかけてきた。一人は下段を足払い、もう一人は上段からこぶしを振り下ろしてくる。
「くっ」
達也は二人の同時攻撃を、足払いは床磨き、こぶしは再びワックス掛けの動きでなんとか同時に防いだ。そのまま体を回転させ、力の正中線をずらし、かわす。
「うわぁ!」
防がれたこぶしに力を加え、上から押しつぶそうとしていた一人が、力をかけていた対象がいなくなり、つっかえ棒をはずしたみたいに体勢を崩してもう一人に突っ込んでしまった。二人はもつれて地面に倒れこむ。
何だよコイツ?
やってらんねぇよ!
残りの二人は達也の動きを見て怖気づいたのか、開きっぱなしになっていた扉から外に駆け出し、逃げてしまった。
「何だよ使えねぇな。にしても、やってくれたな達也よぉ。俺に逆らうとどうなるか思い知らせてやるぜ!」
金髪が雄叫びを上げた。右こぶしを振り上げ、目を爛々と輝かせて達也に向かって猛然とダッシュしてくる。
右こぶし、左足での中段蹴り、返す刀で右の裏拳、右腕を折りたたんでの肘鉄、様々な技が様々な角度から次々と繰り出される。達也はそれらの全てをなんとか防いでいく。
「へぇ、なかなかやるな。俺今結構本気で打ち込んでるんだけどな。全部防がれると少し自信なくすな…っと!」
「うわっ!なんだこれ」
言うと金髪は隠し持ってた目潰しを達也に投げつけた。達也はもろにかぶってしまい、両目共にふさがってしまった。
「ひゃっはははは!オメーみてーにまっすぐなやつだとこういう手に引っかかりやすくて助かるぜ!」
金髪は頭の悪い笑い声を廃屋中に響かせて笑い転げた。
あの野郎…!
修二が飛び出していこうとしてしまったが、醍醐がそれを止めた。醍醐の目は強い意思を秘めており、修二はそれ以上前に進もうとはしなかった。
「オメーはよくやったよ、達也。やりすぎたんだよ。これに懲りたら、もう二度と、俺に、逆らうな!」
いっぱいに振りかぶった右のこぶしが達也に向かって振りぬかれた。
「負けるかぁぁぁ!」
「ッがッ」
次の瞬間金髪の方が地面に倒れ伏していた。達也がやったのだ。
こぶしが当たる直前に金髪が放ったこぶしをいなし、その勢いで体を回転させ、金髪の背面に遠心力によって加速した裏拳を叩き込んでいた。
自分の勝利がゆるぎないものだと思い込んでいた金髪は油断しきっており、もろに顔から地面に突っ込んで気絶していた。
「できた…僕にも、でき…た」
目潰しが流れ、両目を開いて地面に倒れ伏している金髪を見て緊張の糸が切れたのか、達也は前のめりに倒れこんだ。
「おっと」
金髪が倒されたあたりから廃屋内に侵入していた修二が、倒れこんだ達也を受け止めた。
「しゅ、うじさん?」
修二に受け止められた達也が顔を上げ、最初に修二を、続いて醍醐に目線を配る。
「見てた、んですか?」
「おう、見てたぞ。やったな、達也」
醍醐は、男を上げた達也にねぎらいの言葉をかけ、右のこぶしを突き出す。達也はそれに答えるように左のこぶしを突き出して、こぶしをあわせた。
そんなさまを見ていた修二は改めて達也にねぎらいの言葉をかけ、すさまじくいい顔を作っていた醍醐は、レンタルビデオを返し忘れていたことを思い出し、青ざめていた。
※※※
あれから例の軍団は達也君から離れていったらしい。まぁ、当然だよね。自分たちがコテンパンにのされた相手とは一緒にいたくないだろう。特に主犯の金髪は自分より年下にのされたわけだし、もうでかい顔もできないだろう。
修二は晩の買い物を終えて、町を歩きながら考えていた。何度も何度も歩いたのでさすがにスーパーから御縁屋までの道は覚えていた。
「お、燕ちゃんだ」
道すがらの公園に小学生の一団が遊んでいる姿を見つけた。その中には燕と、楽しそうに笑う達也の姿があった。その顔には今までのどこか悲壮感を抱えた笑顔ではなく、心の底からの、本当に楽しい時の笑顔が浮かんでいた。
ホントによかった。達也君が笑えるようになってホントによかった。これが醍醐さんが言ってた自分に勝ったってことなのかな?
修二がしばらくその集団を眺めていると、燕が修二の方を見た。そして修二に気付いたらしく、周りで遊んでいた友達になにか言ってから修二のところまで走ってやってきた。
「修二!」
「やぁ、燕ちゃん。友達はいいの?」
「うん。もう帰ろうかなぁって思ってたとこだったし」
燕は笑いかけながらその日何をして遊んだか、友達とどんな話をしたかなどを修二に伝えた。修二は燕が自分に心を開いてくれたように思えて、うれしかった。
「それでね、牧君は前よりも笑うようになってね、明るくなったんだよ。これも修二とアニキのおかげだよね、アリガト」
燕は若干顔を赤らめながらお礼を言った。その様が愛しくて、修二は後ろから抱きつきそうになったが、なんとかこらえた。
「いやいや、結局頑張ったのは達也君なんだから、彼も褒めてあげなきゃ駄目だよ」
「うん、でもね、アタシがそのことについて話そうとして近寄っていくと牧君あからさまに逃げてくの。嫌われてんのかなぁ?」
おや、これはもしかしたら…
顔がニヤニヤしてくるのを抑えられず、修二は思い切りニヤニヤしてしまった。
「何よその顔?何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「べつにぃ~、そうかそうか。青春してるねぇ」
「は?何言ってんの?わかるように言いなさいよ」
燕はキーッとかんしゃくを起こして修二に突っかかってきた。
修二はそれをかわし、ふと目をやった夕日に目を奪われた。
「燕ちゃん、見てごらんよ。夕日がきれいだよ」
「え?ホントだ!きれい…」
急に話を振られた燕だったが、修二と同じく夕日に目を奪われた。
あぁ、こうして何の取り止めも無い話をしながら家族と一緒に家路に着く。こんななんてことの無いことがとてもうれしい。こんな日が続くといいな…。
「よし、そろそろ帰ろっか、燕ちゃん」
「うん。ところで修二、今日の晩御飯何?」
「うん。今日はお魚焼くよ。あとはね…」
燕と一緒に家路に着いた修二が、夕飯の献立を話していると、近所の民家から夕食の準備の匂いが漂ってきた。この匂いはカレーだ。
カレーか、いいな。明日はカレーにしようかな。いっぱい作って、いろんな人呼んでカレーパーティーにしたら楽しいかな。もちろん達也君も誘って。
修二は、ぴょこぴょこ飛び跳ねながらついてくる燕と一緒に家路を歩く。
こんな日常が、いつまでも続けばいいと思う。そこには修二がなくしてしまったはずの幸せというものがたしかにあるはずだから。
はい。というわけで二話連続投稿でした。
なんとか着地地点を見つけることができたので、一安心です。
で、とりあえず今回の話でひとつの区切りがつきました。
なので、次からは別の区分のお話が始まります。
修二君が高校に通い始めますよ。
…高校かぁ。キャラが増えるなぁ…。
魅力的なキャラが書ければいいなぁ。
そろそろ締めます。
次回、御縁屋商店繁盛記。『ジェミニ、襲来』
俺の歌を聴けぇぇぇっ!
今回のネタはわりかしわかりやすいものをチョイスできたかと思います。