風邪でノドをやられました。
すさまじいガラガラ声です。
仕事中はドーピングでごまかしてます。
スーっとするあの感じがいいんですよねぇ…。
…あ、のど飴の話ですよ?念のため。
4月3日。今日から高校生活が始まる修二は、いつもより張り切って朝の支度を済ませた。そんな修二の気持ちを知ってか知らずか、燕は卓袱台に突っ伏して半分寝ていた。どこまでも通常運転である。
「さて、今日からは僕も学校だから朝御飯早めに食べちゃってね、燕ちゃん」
「ふぁ~い」
修二が二人分の朝食をお盆で持ってくると、燕は寝ぼけ眼をこすりながら上半身を持ち上げた。まだ少しゆらゆらしている。
『いただきます』
そんな燕もいざ食事を始めると、だんだん目がさえてきたようで、朝食を終える頃にはすっかり目が覚めていた。
今日の朝食は、白米・焼き鮭・味付け海苔と漬物に味噌汁とザ・和食といったメニューだ。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした。じゃあ、準備して。今日は僕も準備があるから髪結ってあげられないけど、大丈夫?」
「ん、今日は結ばなくていいや。髪梳かすくらいはできるから」
しばらくして食事を終わらせると、それぞれ学校へ行く準備を始めた。修二は高校の制服に着替え、燕は寝ぐせだらけの髪の毛を悪戦苦闘しながら梳かしている。
「じゃあ修二、あたし準備できたから先に行くよ。いってきまーす」
「はい、いってらっしゃい。車には気をつけてね」
燕が元気よく掛けていくと、彼女のきれいな黒髪が風になびいた。
「さて、僕もそろそろ行こうかな…」
「しゅーうじー!学校行こー!」
「どわ!莉音、玲音まで…。わざわざ迎えに来てくれたの?」
修二がハンガーにかかっている制服のブレザーに手を伸ばすと、玄関から元気な声が聞こえてきた。修二があわててブレザーを引っ掛けながら玄関まで行くと、高砂第二高校の制服に身を包んだ莉音と玲音が立っていた。
高砂第二高校の女子の制服はネイビーブレザーに暗めの赤チェックプリーツスカートをあわせ、かわいらしい印象にまとまっている。
一方で男子の制服はネイビーのブレザーにグレーのパンツをあわせ、全体的に落ち着いた印象にまとまっており、女子と並んで歩くとうまく調和するように作られている。余計なことを…と恨む生徒も少なくはないという噂だ。
「あんまり遅いから迎えに来ちゃったよ~」
「修二、おはよう」
「うん、おはよう。ゴメンね。ちょっとごたごたしちゃってて…もう二日もすれば慣れると思うから。で、」
ニヤニヤとしながら修二を見ている莉音の隣から、控えめな玲音の声が聞こえる。
「なんで玲音は莉音の陰に隠れてるの?」
修二が玲音を見ると玲音は莉音の後ろに隠れようとした。しかし、玲音の方が背が高いため、いかんせん隠れ切れていない。
「だって…恥ずかしいし…私あまりこういう格好似合わないし…」
恥らう玲音の首元で赤いリボンタイが踊る。高砂第二高校のリボンタイは学年識別のためにも用いられており、赤いリボンタイは玲音達一年生だ。ちなみに、男子は襟につけるバッジの色で識別されている。
「そんなことないって、かわいいよ」
恥じらう玲音の頭に手をポンと置き、修二は言う。その言葉で玲音は真っ赤になって黙り込んでしまった。隣にいる莉音はニヤニヤ顔をやめない。
「そ、そ、そんなことより、早く行かないとバスが行っちゃうぞ」
「あぁ、もうそんな時間か。じゃあ行こうか」
激しくどもった玲音の隣を抜けて修二は玄関をでた。
「よーし、じゃあ競走だ!先にバス停に着いた人の勝ちだ」
「ちょっと、修二!」
そう言って駆け出した修二を見て、思わず莉音は声を上げてしまった。
「そっちは逆方向だよ!」
高校生になっても修二は修二だった。
※※※
「はぁ~やれやれ、朝から無駄に走る羽目になっちゃったよ」
「修二のせいだろう。自分の身の程を知らずにあんなことをするから」
「あはははは!わたしが追いつけたから何とかなったんだもんね。あのまま放っておいてたら修二どこまで行ってたかな?」
結局あの後修二は、二百メートルほど走ってから莉音に追いつかれてようやく自分が道を間違えたということに気付いた。そのせいで若干バスに遅れそうになったが、何とか間に合い、現在は学校の正面門にたどり着いていた。
周りには既についていた新入生や、死んだような目をしながら入学式の受付に精を出すニ、三年生の姿が見られた。
「おーい、シュウジー!」
すると、修二に向かって駆け寄ってくる1人の人影が見えた。
「ん?あれ?耕治じゃ…」
「死にさらせやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「どふっ!」
人影の主は怒号一閃、修二に向けてドロップキックを放った。その勢いはさながらミサイルのようなもので、ほとんど体が水平になっていた。
人影は若干褪せた金髪、ブレザーの下は学校指定のワイシャツだけではなく、グレーのパーカーを着込んでいる。
突然のことだったので修二はかわすことができず、もろに正面からドロップキックを受けてしまった。もんどりうって転がる修二を尻目に、影の主は続ける。
「貴っ様ぁぁぁ!俺と非モテ共同宣言を結んだことを忘れたか?俺はあの日以来色恋に全く関係のない、日の当たらない道を歩んできていたというのに貴様はなんだ?朝からカワイコちゃん二人もはべらせて軽やかトークに花咲かせやがって!チクショー、なんでお前がモテて俺がモテねえんだよ!うらやましいったらねぇやコンチクショーめ!どっちか紹介してくださいコノヤロー!」
と、暑苦しいまでのマシンガントークに加えてジェスチャーまでも織り交ぜて、突然現れた青年は修二を罵倒し続けた。あまりに突然の出来事だったため、玲音、莉音は二人とも完全に取り残されてしまっていた。
そうしている間にも人影は修二の襟元を掴んで前後にゆすり続けている。そろそろ修二の首が取れてもおかしくない。
「ちょ、落ち着け耕治、そんなんじゃないから。ほら、二人紹介するから放せって」
「マジか!やっぱり持つべきものは心友だよなぁ」
「その心友に今殺されそうになってたんだな、僕は…」
ようやく開放された修二は一息ついて制服のすそを払った。
「え~っと玲音、莉音、コイツは
「東雲耕治でっす!ヨロシクね~、玲音ちゃん、莉音ちゃん」
「ああ、うん。よろしく東雲」
「よろだよ~耕治君」
耕治は満面の笑みを二人に向けた。その笑顔に玲音は若干引きつった笑顔で、莉音は屈託のない笑顔で答える。耕治は玲音が微妙な表情をしていることには全く気付いていないようで、二人から返事がもらえて心底うれしそうだ。浮かれすぎた耕治がくるくる回るとパーカーのフードもくるくる回った。
高砂第二高校は、公立高校にしては珍しく校則がゆるめである。生徒の自主性を重視しているらしく、あまりに見苦しくない限りはそうした制服の着崩しをとやかくは言わないことが特徴である。しかし入学初日からそうした服装をする者は珍しく、耕治は新入生の中では明らかに浮いていた。
「おい修二ぃ~。あんなにかわいい娘二人もどこで知り合ったんだよ?」
「いや、昨日ちょっとあってね…」
「なんだよ?なんで遠い目してるんだよ」
忘れようと努力していた昨日の光景が、耕治の一言で鮮明に思い出されてしまった修二は、遠くを見て気を紛らわそうとした。それにすかさず耕治が食らい着いてくる。
修二はその鬱陶しさに根負けして走り出した。それを追いかける耕治と何とかして逃げ切ろうとする修二の追いかけっこが始まってしまった。
「相変わらずだな、二人は」
そんな二人の追いかけっこを見ていた玲音と莉音の隣から、ひときわ大きな青年が姿を現し呟いた。
青年は正しく制服を着こなしており、短く刈り込まれた髪と力強い目線からは活力的な印象を受ける。
「ん?おお!拓じゃ~ん!何?お前もこの学校なのか?」
「そうじゃなきゃなんで俺がここにいるんだよ?…はは、いたいいたい、やめろって」
追いかけっこをしていた耕治は立ち止まり、声の主に向けて進路を変更し、猛烈な勢いで突進していった。耕治は青年の近くまで来ると、少しだけ腕を伸ばして青年の頭を小脇に抱えて小突きながら笑い合った。
「で、今度は誰?」
「ああ。アイツ?アイツは
玲音は、度重なる濃い目のキャラの登場に少々うんざりしながら修二に聞いた。修二は昔を思い出しながら言葉を紡ぐ。その目がまるで五十代のおじさんのようで玲音は少し笑った。
「拓、こっちは神谷玲音。で、こっちは妹の莉音だよ。どっちも僕の友達なんだ」
「玲音に、莉音だな。うん!覚えた。俺は中村拓。どうかよろしく頼むよ」
拓はここまで言うと爽やかに笑いかけた。心なしか白い歯が光ったような気がした。
「ん、よろしく中村君」
うわぁ、苦手なタイプだ…。
玲音は咄嗟にそう思いながらほとんど自動的に挨拶を返した。
「うん!よろしくね、タッくん!それにしても大きいねぇ、タッくんは。どれくらいあるの?」
それに対して莉音はまたも人懐っこく話す。基本的に人と打ち解けるのが得意な娘なのだ。人と人との垣根を容易に飛び越えていく。そんな妹を玲音は時折うらやましく感じてすらいた。
私はなんなんだろう?なぜこうも社交性にかけるのだろう?そうして考えることは数あっても答えが出たことは今まで一回もなかった。そうしているうちに悶々としてきてどつぼにはまる、それが今までの神谷玲音の日常だった。しかし、
「ほら、玲音。みんな行っちゃうよ。早くクラス表見に行こう」
今は違う。この黒埼修二という男の子を見ているとそうした細かいことを気にしている自分がとてもちっぽけに見えて、どうでもよくなる。
「うん、待ってて今行くから」
自分は自分だ。そう言い聞かせて玲音は修二の所へ走り出した。
「楽しみだね、クラス発表。もしみんな一緒だったら楽しくなりそうじゃない?」
「楽しいというより疲れそうだよ」
自分のところへやってきた玲音に修二は言葉を投げかける。そんな修二に玲音は肩をすくめて冗談めかして言った。その言葉を受けて、修二は笑った。玲音もつられて笑った。
二人の笑い声は桜吹雪とともに風に乗って流れていった。
※※※
「うん、で、だ」
五人が各々クラスの割り振りを確認して校内を歩いていたとき、唐突に耕治が言った。
「なんで俺だけ別のクラスなんだよ!」
「しょうがないだろ、学校側が決めたことなんだから。俺に文句言うなよ」
「ちくしょ~、オイおめーら。今日は一緒に帰るぞ。東雲組に新入りが来たから親睦会やるからな」
「なんだよ東雲組って。いつのまに僕ら構成員になってるんだよ」
「入学式とホームルームが終わったら校門前に集合だからな!忘れんなよ!」
拓がなだめるように言うと、耕治は更に恨みがましい目線を向けて拓と修二をにらんだ。修二のツッコミは虚しく空を切り、耕治は自分のクラスへと向かっていった。
耕治と別れた四人は自分たちのクラスになる一年三組の教室に着いた。
「うわ~、もう結構人がいるね。わたしの席どこだろう?」
クラスに入ると既に十数名ほどが自分の席に着き、各々時間を潰していた。何人かが教室に入ってきた修二たちを見やったが修二たちは気にしなかった。
「なんだ、名簿順か。俺だけ離れちゃったな。まぁ、いいか。新しい友達も作れるしな」
黒板に貼られた席順表を見て自分の席を探し、拓が窓際の自分の席に向かっていった。修二たちもそれぞれ自分たちの席を確認し、席に向かった。
「ん?」
修二が自分の席に着こうとすると、既に一人の女子が修二の席に座っていた。修二は見間違えたかと何度も黒板の席順表を見直した。しかし、何度見ても修二の席はあの女子が座っている席だ。修二は勇気を出して声をかけた。
「あの~、その席僕の席じゃないかな…」
「え?私ですか?」
突然声をかけられたその女子は読んでいた本から修二に目を移し、自分を指差して少し首をかしげた。修二に向けられたその大きな目はまるで人形のようで、見ていると吸い込まれそうになるほど澄んでいた。
「うん、君」
「そうですか…ちょっと待っててくださいね」
席順表を確認するために修二の横を通ったその女子は、ゆるくパーマのかかったたっぷりとした黒髪を揺らし、物腰上品に歩いていった。その様があまりにも優雅で、修二はもちろん玲音と莉音も見とれてしまった。
「すみません、私が席を間違えていたようです。私の席はもうひとつ後ろでした。本当にすみませんでした、黒埼さん」
ちょっとして戻ってくると、申し訳なさそうに頭を下げた。その動作がいちいち流麗で修二は目の前の女子は自分とは何かが決定的に違うと感じていた。
「ああ、うん。気にしないで。よくあることだよ。僕も中学の入学式の時に同じような失敗しててさ、そのあとも毎年席を間違えちゃったんだ。ね、だから気にしないで。ええと…」
「ああ、すみません。名前、まだでしたね。私は
ここまで言うと、更科と名乗った女子は深々と頭を下げた。そして頭を上げて修二の顔を見つめると、不意に笑った。
「え?何?何かおかしいことあった?」
「いえ、お優しいんですね、黒崎さんは」
「そんなことないよ、ただ恥をさらしただけで…」
突然『優しい』と言われた修二が弁解していると、更科は静かに笑った。あっけにとられている修二に向けて更科は続ける。
「うふふ、面白い方ですね。…ねぇ、黒崎さん、私とお友達になっていただけますか?」
「あはは、ずいぶんと急だね」
「ダメですか?」
修二が少し困ったように言うと、更科はシュンとした表情を浮かべた。
「とんでもない、よろしくね。…更科って呼んでもいいかな?」
「ええ、よろしくお願いしますね修二さん」
修二はいつも友達にそうするように、目の前の上品な物腰の女子を呼び捨てにした。相手のことを呼び捨てで呼ぶのが修二なりの友達の証なのだ。
こちらでまたひとつ新しい友情が生まれている一方で、既に自分たちの席についていた玲音と莉音は完全に蚊帳の外になっていた。この状況に玲音は無言で、莉音は頬を膨らませてそれぞれ不機嫌を表現していた。
※※※
その後、校内放送によって新入生は講堂に集められ、入学式が始まった。内容はいたって普通で面白みがなく、耕治にいたっては居眠りをしていた。入学式が終わると、新入生は各自の教室へと戻りホームルームを受けることになっている。
校長のありがたい話という名目の拷問を受けて、いまだに倦怠感が残る体を引きずりながら、クラスが違う耕治を除く五人は各自の教室を目指し、廊下を歩いていた。
「う~、あーいう話ってなんか体力が吸われる感じがするよね」
「なかなか面白い話だったぞ」
「そうだね~。特に校長が学生時代に参加してたサークルが、実は世界を闇から守る光の戦士のギルドだったくだりは最高だったと思うよ」
「…何その一大スペクタクル?そんな話じゃなかっただろうに」
「うふふ、皆さん楽しい方たちですね」
そうして修二たちはとりとめもない話をしながら教室までたどり着いた。教室ではクラス中の生徒が一人で孤立することを避けるべく、必死で友達の輪を作ろうとしている。傍目から見ているとその様はおかしくすらある。誰だってぼっちにはなりたくない。
中学までの知り合いと、入学直前にできた知り合いのおかげでぼっちを回避することができた修二が一息ついていると、
「オラお前ら黙りやがれ、ホームルームの時間だぞ」
それまで閉ざされていた教室の扉がいきなり大きく横にスライドし、激しい音を立てて開いた。ザワザワとした雰囲気の教室内に凛とした声が響き渡り、直後に静寂が支配する。
大きく開かれた扉から姿を現した声の主は女だった。背中を覆うほどの長さの黒髪は毛先を遊ばせており、あちこちに跳ねている。二つボタンのノータイダークスーツに身を包んだ四肢はスラッと長く、力強さとしなやかさを併せ持っており、ギラリと鋭い三白眼と相まって、見るものに獰猛な肉食獣のような印象を与える。
「おーし全員席ついたな。ホームルーム始める前にお互いに自己紹介といこうか。アタシの名前は…」
そこまで言うと女教師はチョークが折れるのを気にも留めず、黒板に自分の名前を大きく書き殴った。どうやら大雑把な性格のようだ。
「
教卓にバンッと手を叩きつけて朱莉が言うと、クラスの数名から「おぉ…」という声が漏れたのを除き、変な空気が漂った。聞きなれない筋肉の名前を、さも当然といわんばかりに高らかに述べたのが原因だろう。
「おーし、アタシの自己紹介は以上だ。じゃあ次はお前らの番だな。…出席番号一番から順にテキトーにやってってくれや」
ここまで言うと朱莉は教卓とセットになっている椅子にどっかと腰を下ろしてくつろぎモードに入った。
なんだこの人…。教師として大丈夫なのか?
修二をはじめクラスの大半がこれから先の学校生活を不安に思っただろう。
「…よろしくおねがいします」
「………ンガッ。お、おぉ。終わったか。じゃあ自己紹介も終わったし、ホームルーム始めるか。ホームルームつっても連絡事項確認するだけだから五分で終わらせんぞ」
クラス三十五人全員が自己紹介を終えたとき、朱莉は半目で舟をこいでいた。
「えーと、今日はこれで終わるけど明日は色々役員とか決めるぞ。あ、あと明日から午後もあるから各々昼飯の準備はしてくるように。一応言っておくがこの学校、購買とか学食とかねーから登校時とか昼休みに買ってくるように。以上、なんか質問あるか?」
「はーいセンセー!センセーは今カレシとかいますかー?」
朱莉がいうとクラス一のお調子者がヘラヘラしながら手を挙げた。こういう輩が若い女教師に投げかける質問の幅はそう広くなく、修二にも容易に予想できた。そしてそういう質問に対する反応も大体決まりきっているはずなのだが、朱莉の反応はクラスの誰の予想も及ばなかったもので、
「うっせぇな!いたことねぇよ!悪いかコノヤロー!筋肉好きな女はそんなにおかしいかコノヤロー!おいお前、どう思う?」
怒号だった。そしてとばっちりを受けたかわいそうな生徒がおずおずと答える。
「え、どうって言われても…」
「お前もそうか!お前も引くのか!だろうな!チクショーどいつもこいつも。頭きた、今日はお前らに筋肉のすばらしさについてわからせてやる。わかるまで返さないからな。まずはアタシが一番好きな僧帽筋と胸鎖乳突筋のコラボレーションのすばらしさについてだ」
結果として五分と少しでホームルームは終わったが、朱莉先生の筋肉講座によって他のクラスよりも明らかに終業時間が遅れてしまった。一年三組の教室から出てきた生徒は皆一様に疲れ果てていた。
※※※
「おせーぞ修二、拓、神谷姉妹。オメーらが来るまで俺がどれだけ心細かったかわかんのか…ってこの美少女は?」
「あぁ、申し遅れました。私は黒姫更科といいます。修二さんのお友達の方ですよね?お名前聞いてもいいですか?」
疲れ果てて―莉音に至っては虚ろな目をして、あーとかうーとかしか言葉を発さない―校門前まで来た修二たちを見つけると、耕治は猛然と突進してきた。その後、更科に目線を移し別次元の何かを見る目で更科を眺めた。
そんな耕治の物珍しそうな目線などどこ吹く風で、更科は自分のペースで話を進めた。
「あ、おぉ。俺、東雲耕治…ヨロシク黒姫さん」
「私も下のお名前で呼ぶので、どうか更科と呼んで下さい。これから仲良くしてくださいね、耕治さん」
「あぁ、うん。よろしく…更科。…ちょーっといいかな、修二クン?」
戸惑いながらも何とか一通りの挨拶を済ませた耕治は、修二の近くまで歩いていった。
「な、なんだよ」
目に尋常ではないほどの光を湛えた耕治が近づいていったため、修二は少したじろいだ。
「何にもしないからちょーっとだけここに立っててくれ。………死ねやコラァ!」
そして耕治は修二を気をつけの姿勢で立たせて、数メートルほど離れた。そしてその位置から助走をつけて修二に向かって思いっきりドロップキックを放った。
「あっぶね!何すんだよ、耕治」
修二は間一髪身をかわして耕治に向き直った。
「やかましいわ!なんでだ!なんでいつもお前の周りにだけ美少女が集まるんだよ!一発だ、一発でいい。殴らせろコラァ!」
背中から着地した―というよりは重力に引かれて落っこちた―耕治は体を半分起こしながら修二に向かって叫んだ。その後何とかして修二を殴ろうとする耕治と耕治から逃げる修二とで校門前の広場で追いかけっこが始まった。
「…こんな連中だけど、どう?うまくやっていけそう?」
「えぇ、皆さん楽しい方々ですもの。それにとてもいい人たちです」
一連のやり取りを少し離れた位置で見ていた拓は、更科に問いかけた。少し困ったような顔を浮かべながら問いかけた拓に向かって、更科はほにゃっとやわらかい微笑みを浮かべて答えた。
その頃丁度耕治が修二に向かって飛び掛り、取っ組み合いになっていた。傍目から見ていると子猫のじゃれあいのようなほほえましさと、むさくるしさが奇跡的な共演を果たしていた。
「…あんなんでも?」
「ええ、感情表現がストレートなだけですよ。でも…私にはそれがうらやましくもあります」
「え?」
拓が更科に微妙な笑みを向けていると、更科は拓に笑顔を返した。その言葉に拓が更科の顔を覗き込むと、更科の顔からはそれまでの柔らかな印象の表情は消え、乾いた印象の表情に変わっていた。
「それってどういう…」
「おい、お前ら!そんなところでいちゃついてないでとっととゲーセン行こうぜ。東雲組の歓迎会だ!」
「歓迎会とか言うからには当然組長のお前が奢るんだろうなぁ?」
拓が追究しようとすると、ひと勝負終えた耕治が息を荒げて帰ってきた。その隣には同じくひと勝負終えたばかりで制服のあちこちがヨレヨレになっている修二が、いまだに耕治を小突きながら歩いてきている。
「あ、終わった?ほら、莉音行くってよ」
「うー」
修二と耕治の小競り合いが終わったのを確認した玲音が、それまで読んでいた文庫本から目を離し、その傍らに立っていた莉音に声をかけた。莉音は相変わらず声とも取れない音を発するばかりで、目も虚ろだ。
「まぁ、げーせんってなんですか?私初めてです。拓さん、早く行きましょう」
更科はその大きな目を輝かせ、拓の腕を引っ張って先を歩く修二たちとの合流を促してきた。その顔には先ほどまでの乾いた表情はなかった。
さっきの言葉は一体…?何かあるような気がするけど、俺が聞きだすべきじゃないな。
「うん、今行くよ」
そう言うと、拓は更科と並んで修二たちが待つ校門まで歩き出した。
玲音(以下『玲』)「れ、玲音だぜー!」(照)
莉音(以下『莉』)「莉音だよー!ん~、まだちょっと照れがあるよね」
玲「無理だ、こんなの無理だ。東雲にでもやらせておけばいいだろ」
莉「いやー、それはだめでしょ。元ネタ的に一番しっくり来るのが私たち姉妹だったんだからさ」
玲「あの炎姉妹は双子じゃないだろ」
莉「あれ?玲音元ネタ知ってたんだ。ちょっと意外」
玲「…個人的にあの作品は好きだからね」
莉「でも、二人のスペックも近いものがあるんじゃない?行動派の長女キャラと策士の妹キャラ!」
玲「私の行動派はともかく莉音はそんなに策士じゃないだろ」
莉「さりげなく毒吐かれた!」
玲「次回、『誕生日』」
莉「次回は私の策士っぷりが火を噴くよ」
玲「嘘をつくな」
ぶっちゃけた話、この二人が出た時点であとがきはこんな感じにするって決めてました。
次回もお楽しみに。
P.S.パソコンの予測変換ソフトがアホの子過ぎて笑えてくるんですが…