チェンソーアイドル咲季ちゃん 〜学食のうどんを食べさせてくれるなら、私なんでもする〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
初星学園の本校舎、その地下深くにある自主練スタジオ。
鏡張りの部屋の真ん中で、俺の前に花海咲季が膝をついていた。
汗と泥に塗れたレッスン着。呼吸は激しく乱れ、トップを走り続けてきたはずの彼女の佇まいには、普段の余裕なんて微塵もなかった。
「……プロデューサー。今日の追加レッスン……これで規定の『補習スコア』……届く?」
咲季が差し出したスコアシートには、合格点に届かない厳しい数値が刻まれている。
学園の厳格な評価システム。一度でもスランプに陥って規定を下回れば、どんなエリートであっても自主練枠が制限され、最終的にはプロデュース契約解除、つまり退学が待っている。
名門スポーツ一家の長女として常に1番であり続けてきた咲季にとって、この敗北と挫折は死にも勝る苦痛だった。補習に追われ、精神的にも追い詰められた彼女の夕食は、のどを通らず残したコンビニの味のないパンの耳だけだった。
「……私の夢はね、プロデューサー。完璧なステージを作って、美味しいご飯を食べて……1番のアイドルになって、あなたと最高の景色を見て笑い合うことなの。……そんな当たり前のトップになりたいだけなのに……」
咲季は荒れた自分の指先を見つめ、ポツリと呟いた。
だが、次の瞬間には顔を跳ね上げ、ガシッと俺の両肩を掴み込んできた。
「でもね! 私、絶対に折れないわ! 次の判定試験で絶対に最高スコアを出してみせる! 誰よりも高く跳んで、1番になって見せるわ! だから……条件があるの!」
「……条件?」
俺が尋ねると、咲季は恥じらう様子すら一切見せず、真顔で力強く言い放った。
「私ね、プロデューサーのが見たい! そして触りたいの!!」
「……は?」
「服の隙間から覗かせてちょうだい! それに、すれ違いざまに手が触れたフリをして触らせて! 私がスランプを跳ね返してトップアイドルになるためのモチベーションとして、今すぐその権利を私に寄こしなさい!」
「咲季、お前……正気か……?」
「大真面目よ! 欲望の何が悪いの!? 私はプロデューサーのを見たり触ったりしたいというこの純粋な熱量で、誰よりも高く跳べるのよ! 減るもんじゃないでしょ!? 私が試験で満点を取ったら、1回だけ触らせて! 約束よ!!」
その時、スタジオの重い鉄扉が不穏な音を立てて開いた。
入ってきたのは、咲季を評価対象外として処理しようとする学園の判定員たちと、噂を聞きつけて集まった悪質なパパラッチの群れだった。
「ご苦労様、花海咲季。……でもね、君はもう用済みなんだ」
「え……? どういうこと……?」
「スランプに陥った元エリートに、これ以上学園の貴重なリソースを割く余裕はないんだよ。ここで君には不合格の烙印を押し、退学となってもらう」
判定員の冷酷な宣言とともに、群がるパパラッチが一斉にカメラのフラッシュを焚き、ナイフのような暴言とデマを咲季に浴びせかけた。
「落ちこぼれの元エリート!」
「アイドル失格!」
「さっさと退学しろ!」
「嫌……嫌っ! 私……私は……っ!」
フラッシュの嵐と暴言の暴力。咲季と俺は逃げる間もなく押し潰され、プライドも未来もズタズタに引き裂かれて暗闇へと投げ捨てられた。
意識が遠のくような絶望。暗転する視界の中で、咲季は血の滲む唇を噛み締め、倒れた俺の手を握りしめた。
俺のプロデューサー生命を全部やる。その代わり、お前のアイドルとしての夢を、俺に見せてくれ。
「プロデューサー……! 私……私、絶対に負けない……!!」
次の瞬間、咲季の胸の奥から重低音が響き渡った。
ドクン、ドクンと脈動する、爆音のエンジン音。学園の誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも激しい――1番になりたいというスター性の怪物が覚醒した。
「アアアアアアッ!! 私の夢を邪魔する奴らは――全員ライブパフォーマンスで踏み潰してやるわあぁぁっ!!」
胸から溢れ出る圧倒的な野生の歌唱と、狂暴なまでに研ぎ澄まされたキレのダンス。
咲季は胸のエンジンを爆発させ、蘇った。自分を判定落ちさせようとしたパパラッチと判定員に向かい、圧巻のステージパフォーマンスを開始する。
圧倒的な音圧と表現力でカメラを粉砕し、オーラでアンチの言論を完封する。まさに汗と熱量の血みどろのライブ。
「見ろおぉぉっ! これが私の! 1番になりたい私の熱量だあぁぁっ!!」
すべてをなぎ倒し、静まり返るレッスン室。
息を荒らげ、汗を全身に浴びた咲季が佇む前へ、靴音を響かせて誰かが歩み寄ってきた。
同じく補習組でありながら、状況を冷静に見極めていた藤田ことねが、呆れ顔で立っていた。
ことねは足元に転がる判定員たちを一瞥し、咲季に向かって手を差し伸べる。
「……選択肢は2つよ、花海咲季。ここでルール違反者として処分されるか……それとも、私の計算に乗って、一緒にプロのアイドルとして這い上がるか」
咲季の胸のエンジンがゆっくりと停止していく。力尽きた彼女は、グラリと前傾姿勢になり、そのままことねの身体に抱きついた。
「……ご飯……美味しいもの……食べさせてくれるなら……なんでも……する……」
「……いいわ。学食の特製コースでも奢ってあげる。……おいで」
こうして、過酷で熱狂的な最悪の1日目を経て、咲季のアイドル生活が幕を開けた。