【学マス×チェンソーマン】花海咲季はプロデューサーのご褒美が欲しい! 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
湯気が立ち上る学食のカウンター席で、花海咲季は猛烈な勢いでうどんをすすっていた。
ズズズッ! ズズズズッ!
コウモリ型および蛭型のデータゴーストとの連戦を終え、病院を退院したばかりの彼女の身体は、爆発的なカロリー消費によって極度の飢餓状態に陥っていた。どんぶりから溢れんばかりの天ぷらうどんを、一切の躊躇なく胃袋へと放り込んでいく。
「ふはぁ……っ! 生き返るわね……! やっぱり激闘の後の高タンパク・高炭水化物は最高だわ!」
咲季は出汁を飲み干すと、どんぶりをズドンとテーブルに置き、向かいの席に座る学園の最高幹部――十王邦夫学園長の手先とも噂される神秘的な雰囲気を纏った上級生を見つめた。
彼女は静かに紅茶のカップを傾け、咲季の旺盛な食欲を穏やかな笑みで見守っていた。
「満足できたかしら、咲季ちゃん。ボイラー室での激闘、本当にお見事だったわ。あなたが胸に宿す『1番になりたい』というスター性のエンジン……想像以上の潜在能力を秘めているようね」
「当たり前よ! 私は初星学園で1番になる女なんだから! ……それより、約束は忘れていないでしょうね?」
咲季は身を乗り出し、机に両手を叩きつけた。目の色を変え、血走ったような情熱を秘めた瞳で迫る。
「ご褒美よ、ご褒美! 藤田ことねから聞いたわ! 悪質アンチを討伐した功績として、私はプロデューサーのを、好きなだけ触ったり解剖したりする権利を得られるんでしょう!? 今日こそ予習なしの本番を決めて見せるわ!」
「ええ、もちろん覚悟しているわ。……けれど、咲季ちゃん。プロデューサー君とのプライベートな時間を制限なく楽しむためには、まだ一つだけクリアしなければならない課題があるの」
上級生は優雅にカップを置き、脚を組み替えた。
「課題……? なによそれ! 私はコウモリも蛭も叩き潰したのよ! これ以上の結果が必要だっていうの!?」
「今回倒したものは、ただの末端のデータエラーに過ぎないわ。本当の脅威……無数のアイドル候補生たちをスランプに追い込み、退学へ引きずり落としてきた最大最悪の存在――『銃の悪質ブロガー(銃のアンチ)』を鎮圧すること。それが学園上層部からあなたに与えられた真のミッションよ」
「銃のアンチ……」
咲季の胸の奥で、エンジンがカチリと小さく爆音を鳴らした。
「奴は移動速度が異常に早く、本体の特定は極めて困難。……けれど、奴が撒き散らすノイズデータの欠片には、互いに引き合い集まる特質があるわ。ノイズデータを集めれば集めるほど、銃のアンチ本体の場所へ近づける。……あなたがその最大最悪のアンチを鎮圧した時、私はプロデューサー君との『永久専属契約』と、あなたが望むすべての『ご褒美』を正式に認めてあげるわ」
咲季の口元が、ニタリと歪んだ。
「……ハッ。最高じゃない。要するに、その一番でかいアンチをブチのめせば、プロデューサーの全てが私のものになるってことね!」
「そういうことよ。……ただし、これからのあなたには適切な『管理』が必要になるわ。暴走を防ぎ、ストイックなレッスン環境を維持するためにね」
上級生がパンと手を叩くと、食堂の入り口から不機嫌そうな顔をした月村手毬が歩み寄ってきた。
「学園長代理、連れてきました」
「ご苦労様、手毬ちゃん。……今日から咲季ちゃんは、手毬ちゃんの部屋で共同生活を送ってもらうわ。監視役として、彼女の行動とレッスンを厳しく管理しなさい」
「なっ……!? ちょっと待ちなさいよ! なんで私が手毬と同居しなきゃいけないのよ! 私はプロデューサーの部屋に泊まり込むつもりだったのに!」
咲季が猛反発するが、上級生は微笑んだまま首を振った。
「ダメよ、咲季ちゃん。まだあなたは自分自身の情熱(スケベ心)をコントロールしきれていないでしょう? プロデューサー君の安全のためにも、手毬ちゃんの監視下に入ってもらいます。……決定事項よ」
「くっ……! 手毬……あんた、余計な真似をしたら承知しないわよ!」
「言われなくても。アンタの粗削りなノイズと汚い叫び声を毎日聞かされる私の身にもなりなさいよ」
手毬は心底嫌そうに鼻を鳴らし、咲季から視線を逸らした。
数時間後。初星学園の女子寮、手毬のアパートの自室。
鍵がガチャリと開き、ドアが押し開けられた。
「……狭いわね」
咲季が足を踏み入れる。部屋の中は整然と片付けられていたが、どこか殺風景で、ストイックすぎる手毬の性格がそのまま形になったような空間だった。
「文句があるなら出ていきなさい。アンタに貸すスペースなんて畳一畳分もないんだから」
手毬はジャージの袖を捲り上げながら、テキパキと荷物を整理し始めた。
「言っておくけれど、ここで過ごす以上は私のルールに従ってもらうわ。朝は五時起き、発声練習と体幹トレーニングを二時間、食事はプロテインとバランスシートのみ。部屋での無駄なおしゃべりは禁止、当然プロデューサーへの変なアプローチの画策も一切禁止よ」
「はぁ!? 何よその地獄みたいなスケジュール! 私は1番になるために自分のペースでストイックにやってるの! あんたの言いなりになるつもりはないわ!」
「アンタの『自分のペース』がボイラー室での暴走でしょうが! 自爆寸前まで追い込まれてプロデューサーに迷惑をかけた自覚を持ちなさいよ!」
「なんですってぇぇっ!?」
二人がバチバチと視線を交火させ、部屋の空気が一触即発の緊迫感に包まれたその時――。
ドカンッ!
部屋のドアが破らんばかりの勢いで開け放たれた。
「やっほー! 今日からここが私の第二のビジネス拠点ね!」
両手に巨大なキャリーケースと学食の買い出し袋を抱えた藤田ことねが、ズカズカと部屋へ上がり込んできたのだ。
「「……は?」」
咲季と手毬の声が重なる。ことねは二人の固まった視線を全く気に留める様子もなく、キャリーケースを部屋の中央にドンと置くと、手帳を取り出してニタリと笑った。
「何驚いてるのよ! 学園上層部から『特命補習組の合同管理』の名目で、私もここに同居することが決定したのよ! 経費削減と相互監視の一環なんだから!」
「ちょっと待ちちなさいよ、ことね! なんでアンタまで入ってくるのよ! ただでさえ狭いのに!」
手毬が悲鳴に近い声を上げる。
「いいじゃないの! 私が居れば掃除も洗濯も代行してあげるわよ! 当然、一回につき五百円のサポート料を頂戴するけれどね! それに、咲季がプロデューサーに変なスケベ心を出さないように、私が監視役の監視役として目を光らせてあげるんだから!」
「あんた、ウレタンパッドで私を騙した件をまだ反省してないでしょうがっ!」
咲季がことねの胸元へ掴みかかる。ことねはすかさず身を翻し、手毬の背後へと隠れた。
「ひぃっ! 暴力反対! 私はビジネスパートナーとして正当な権利を主張しているだけよ!」
「うるさいわねぇぇっ! 私の部屋で騒がないでよ!」
手毬が耐えかねて叫び、マイクデバイスのインジケーターを点滅させた。
「アンタたち二人とも、今すぐ出ていきなさい! 部屋が狭くなるし、不協和音がうるさくてストレスで太るわ!」
「嫌よ! 私はプロデューサーの全てを手に入れるまで、ここから一歩も動かないわ!」
「私もここを追い出されたら学園の特例枠から外されちゃうのよ! 絶対に出ていかないわ!」
夕暮れ時の女子寮の一室で、三人の欲望と主張が激しく激突する。
手毬が狐の印を結ぼうとし、咲季が胸のエンジンを吹かし、ことねが手帳を盾にして叫び散らかす。
1番を目指すストイックな怪物、強欲な計算高き少女、そしてビビりで毒舌な監視役。
噛み合うはずのない三人の、混沌と狂気に満ちた共同生活の幕が、今まさに切って落とされたのだった。