チェンソーアイドル咲季ちゃん 〜学食のうどんを食べさせてくれるなら、私なんでもする〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
旧校舎の地下、薄暗いボイラー室。
立ち込める湿気と埃の匂いが充満する中、壁を這う古い配管が不気味な低温の稼働音を響かせていた。
「ここね……! さあ猫のデータを取り戻して、約束通りあなたの体を触らせてもら――」
咲季が期待に胸を膨らませて振り向いた、まさにその瞬間だった。
視界の端で強烈な影がしなり、後頭部にめり込むような凄まじい衝撃が走った。少女が近くに転がっていた大型の金属製ステージパイプを全身の力で振り抜き、咲季の無防備な頭部へと叩き落としたのだ。
コンクリートの冷たい床へ、何の受け身も取れずに叩きつけられる咲季。
カンと甲高い金属音が静寂を切り裂き、激痛に頭を押さえながら彼女は苦悶の声を漏らす。
「がはっ……!? な、なにすんのよ……っ!?」
「ワハハハ! 騙されたなバカめ!」
少女はパイプを投げ捨てると、不敵かつ下品な高笑いをボイラー室内に響かせた。そして、暗闇の奥に向かって勝ち誇ったように大声を張り上げる。
「出てこいブロガーめ! 約束通り、生きのいい初星のアイドルを連れてきたぞ! これでワシのニャーコを返せ!」
重い足音とともに、暗闇の中からズシリと巨体が姿を現した。
そこに立っていたのは、不吉な黒と紫のノイズを放つ異形のスピーカースーツを纏った悪質ブロガーだった。背中に背負った大型アンプからジリジリと嫌な歪み音が漏れている。ブロガーは床に倒れ込んで苦しむ咲季を見下ろし、心底不快そうに鼻を鳴らした。
「クハハ……上出来だ。だが……このアイドルのスター性は、なんとも不味そうだな。スケベな欲望の臭いがドロドロと立ち込めやがっている」
ブロガーは巨大な手で咲季の胸元を強く締め上げた。服の上からでも肋骨が鳴るほどの圧迫感とともに、彼女の体内に宿る圧倒的な生気と熱量を力任せに吸い取ろうと威圧する。
咲季の胸の奥で、俺の想いが苦しげに軋みを上げた。
「ぐっ……あっ……プロデューサー……!」
「さて……約束通り、お前の猫だが……」
ブロガーは嘲笑うような冷酷な笑みを浮かべると、脇に抱えていたニャーコの画像・動画データが入った端末を取り出した。少女の目が期待で輝いたその瞬間に、ブロガーは端末の削除ボタンを力任せに押し込み、目の前で全データをフォーマットしてみせた。
液晶画面に「データ全消去完了」の無機質な文字が踊る。
「約束が違うぞ!! ワシのニャーコを返せ!!」
絶叫した少女が野生の獣のように飛びかかった。しかし、ブロガーは一切の容赦もなく、胸のスピーカートラップから強力な音圧攻撃を一撃放った。
目に見えるほどの衝撃波が空間を殴りつけ、少女の身体ははるか後方の壁へと吹っ飛ばされる。激しい打撃音とともにコンクリートに激突し、彼女は苦痛に顔を歪めて崩れ落ちた。
「クハハ! 嘘に決まっているだろう! アイドルも、猫も、お前も、全員ここで終わりだ!」
絶望とノイズの重圧が支配するボイラー室。
意識が途切れそうになる暗転の淵で、咲季は壁際で力尽きて倒れている少女の姿を捉えた。自分を騙し、後ろから殴りつけてきた憎い相手。……それなのに、傷だらけになっても猫のことだけを叫んでいた、あの痛々しいまでの姿。
(……なんだ……あいつ。猫を助けたいって気持ち……本気だったんじゃない……)
視界が歪む中、咲季の脳裏に、かつて自分が俺と交わした泥臭い約束が重なった。
誰に笑われても、どれほど無謀だと言われても、絶対に譲れなかった「1番になりたい」という必死な決意。
(自分の大切なもののために必死になる気持ち……笑えるわけないでしょ……っ!)
ズキン、と胸の奥深くで重低音が脈動した。
止まりかけていた拍動が、一瞬で暴走的なビートへと跳ね上がる。
「おい……アンチ……」
咲季は膝を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
額から垂れる汗と熱気の中、その瞳には血みどろの激怒と、一切の濁りがない本能の光が宿っていた。
「私の……私の触らせてくれる約束を……台無しにしてんじゃねえわよ!!」
胸のエンジンが爆音を上げた。
ドクン! ドクン! とボイラー室全体を激震させるエンジン音が咲季の全身を駆け巡る。
「アアアアアアッ!! ニャーコも! あいつのも! プロデューサーのも! 全部私が手に入れるんだよおぉぉっ!!」
狂暴なまでのスター性と圧倒的なオーラを全身から噴出させながら、咲季は悪質ブロガーに向かって一直線に躍り出た。
汗と熱気、そして不純で純粋な欲望が激突する激闘の幕が上がる。