【学マス×チェンソーマン】「プロデューサーの〇〇に触らせろぉぉ!」補習組のエリート咲季、胸のエンジンを爆発させてトップアイドル(とご褒美)を目指す 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
初星学園の女子寮で共同生活が始まった翌朝。
咲季は、机の上に置かれた小さな写真立てを見つめていた。窓辺で丸くなる猫の写真だ。昨夜の荷ほどきのとき、ことねが何度も置き場所を変え、最後に自分の机のいちばん目立つところへ飾ったものだった。
「ニャーコっていうのよ」
背後からことねの声がした。
「名前は聞いたわ。昨日、箱を開けるたびに言ってたもの」
「そうだっけ」
ことねは写真立ての向きを少し直した。咲季が隣に立っているのに、その目は写真から離れない。
「今は寮の外で預かってもらってるんだけど、写真を見ると落ち着くんだよね」
「迎えに行けばいいじゃない」
「簡単に言うなあ。会いに行くにも、時間を作らないといけないんだから」
ことねはいつもの調子で笑い、机に広げた予定表を畳んだ。咲季も朝のランニングへ行こうとしたが、写真立ての横にもう1枚、見慣れない紙があるのに気づく。
そこには大きな字で「パワー」と書かれていた。
「これ、何?」
咲季が紙を持ち上げると、ことねが素早く取り返した。
「見た?」
「見たわよ。パワーって、誰かの名前?」
「私の名前じゃないってば」
ことねは紙を胸の前に隠し、少し気まずそうに笑った。
「昨日、荷物を運びながら考えたの。特命補習組って、咲季ちゃんは勢いがあるし、手毬ちゃんは歌が強いでしょ。私も何か、強そうな呼び名が欲しくなって」
「それで、パワー?」
「分かりやすくていいじゃん。いざってときは『パワーことね』って名乗ろうかなって」
「ことねの方が先に聞こえるわね」
「じゃあ、ただの『パワー』!」
ことねは紙を掲げてみせた。咲季はその顔と、紙に書かれた文字を見比べる。
「つまり、パワーはあんたのことなのね」
「そう。別の誰かじゃないよ。……でも、普段はことねって呼んで。自分で言い出しておいて何だけど、毎回パワーって呼ばれたら恥ずかしい」
「言い出したのはあんたでしょうが」
咲季が笑うと、ことねも紙を畳みながら笑った。
そのとき、ことねの端末が短く鳴った。
画面を見た彼女の表情が変わる。笑みが消え、指先が止まった。
「どうしたの?」
「……何でもない。連絡が来ただけ」
ことねは端末を伏せた。だが、咲季には一瞬だけ画面の文字が見えた。
『旧校舎』『ニャーコ』『公開』
「ニャーコのこと?」
ことねは答えない。
そこへ、ランニングの準備を終えた手毬が部屋に戻ってきた。ことねは端末をポケットへしまい、いつもの調子で2人を急かす。
「ほら、朝の予定がずれちゃうよ。先に行ってて」
「アンタは?」
「後から追いつく」
手毬は眉をひそめたが、咲季に先に行くよう促した。咲季は廊下へ出たあとも、ことねが伏せた端末のことを考えていた。
昼休み、ことねは学食に来なかった。
午後の合同レッスンにも遅れた。手毬は「連絡くらい入れなさいよ」と不機嫌そうに言ったが、咲季には朝のことが引っかかっている。
ようやく現れたことねは、何事もなかったように予定表を開いた。
「ごめん、用事が長引いちゃって。さ、始めよっか」
「ニャーコの写真、誰かに取られたの?」
咲季が尋ねると、ことねの手が止まった。
「……何で知ってるの」
「端末が見えた。公開って書いてあったわ」
手毬もことねを見る。ことねはしばらく黙っていたが、やがて予定表を閉じた。
「写真だけじゃない。預け先との連絡先も、ニャーコの居場所が分かる記録も、端末に入ってる。旧校舎にいる悪質な配信者に、そのデータを取られたの」
「学園に報告した?」
「したら、私が管理を怠ったってことになる」
ことねは言い切ったあと、唇を噛んだ。
「取り返せば済む話だと思って、今朝、1人で行ってみた。でも、入口から先へ進めなかった。あそこ、普通の校舎じゃなくなってる」
「なら、なおさら報告すべきよ」
手毬が言う。ことねは視線を逸らした。
「分かってる。分かってるけど、公開される前に何とかしたいの」
咲季はことねの顔を見た。昨日、荷ほどきの最中に写真立てを大事そうに運んでいた姿を思い出す。
「私も行くわ」
「待ちなさい、咲季」
手毬が制止する。咲季は頷いた。
「分かってる。勝手には行かない。プロデューサーにも連絡する」
ことねは目を見開いた。
「本当に?」
「本当よ。ただし、あんたも隠し事をやめて。中に何がいるか、知ってることを全部話して」
ことねは端末を取り出し、届いたメッセージを2人に見せた。
旧校舎の地下で待つこと。データを返してほしければ、学園に知らせず、アイドル候補生を1人連れてくること。
「……最初から、咲季ちゃんを連れていくつもりだったの?」
手毬の声が低くなる。
ことねは画面を見つめたまま答えた。
「誘おうとは思った。でも、言えなかった。こんなの、私のために危ないところへ来てって頼んでるのと同じだから」
「そうね」
咲季はことねの端末を見た。
「でも、黙って連れていかれる方が腹が立つわ。私は自分で決めて行く」
プロデューサーへの連絡を済ませ、3人は旧校舎へ向かった。
日が傾き、窓ガラスの割れた廊下には長い影が伸びていた。地下へ続く階段の前で、手毬が足を止める。
「私はここで待つ。何かあればすぐに連絡して。返事がなければ中へ入る」
「ええ」
咲季が答える。ことねは端末を握り直した。
「……ありがとう」
「お礼はデータを取り返してからにして」
2人は階段を下りた。
地下のボイラー室は湿った空気に満ちていた。古い配管が壁を這い、奥の暗がりから低い電子音が漏れている。
「約束どおり連れてきたよ」
ことねが声を張った。
暗闇の中で、大きな影が動いた。異形のスピーカースーツをまとった配信者が姿を現し、手の中の端末を見せる。画面にはニャーコの写真が映っていた。
「その端末を返して」
「まずは候補生をこちらへ」
咲季が1歩前へ出る。ことねはその腕を掴んだ。
「咲季ちゃん、待って」
「どうしたの。ここまで来て」
「やっぱり変だよ。端末を返すって、あいつは1度も言ってない」
配信者が笑った。
「今さら気づいたか」
スピーカーから耳障りな音が放たれる。咲季はことねを引き寄せ、床を蹴った。2人がいた場所を衝撃が通り抜け、背後の配管が激しく揺れる。
「交渉する気なんて、最初からなかったのね」
咲季は着地し、胸元のスターターコードに手をかけた。
「ごめん」
ことねの声が震える。
「私が、咲季ちゃんをここへ連れてきた」
「ええ。あとでちゃんと怒るわ」
咲季は配信者から目を離さずに言った。
「今は端末を取り返す。あんたは出口まで下がって、手毬に連絡して」
「でも、私も」
「ことね」
咲季は初めて、はっきりと名前を呼んだ。
「ニャーコを守りたいんでしょう。だったら、あんたが無事に帰らないと」
ことねは一瞬、言葉を失った。それから端末を握り、出口へ走る。
「分かった。手毬ちゃんを呼ぶ。咲季ちゃんも、無茶しないで!」
「約束はできないわね」
咲季は笑い、コードを引いた。
ガチンッ。
胸の奥でエンジンが鳴る。
暗がりの配信者がスピーカーを構え直した。咲季は床を蹴り、相手との距離を一気に詰める。
背後から、階段を駆け上がることねの足音が聞こえた。
彼女は別の誰かではない。ニャーコの写真を大切に飾り、強そうな呼び名を考えて笑い、怖くて言えなかったことを、最後には自分の口で話した藤田ことねだ。
「さあ、返してもらうわよ」
咲季の声とエンジン音が、ボイラー室に響いた。
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