TS美少女の俺と化け物になった元親友の異世界生存録   作:ケトゥ毛

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お前は何者だ?


第2話『追い、追われ、狩り、狩られ』

 

 少し肌寒いある日。その日は曇っていた。うっそうとした森林の中を駆ける馬の爪音が響く。日光をほぼ遮る深い緑の中を、名も知れぬ騎馬隊が奔走していた。

 湿った土を踏みしめる馬蹄の音が木々の間を抜けて響き渡る。

 

 隊列の中央を進むのは、緻密な装飾が施された板金鎧を身に纏う騎士であった。彼は手綱を握る手に少しだけ力を込めると、並走する副官と思しき別の騎士へ穏やかな声で語りかける。若い青年の声だ。

 

「確か、例の輸送隊はこの道を通過する手はずだったね?」

 

「はっ。間違いございません」

 

 凛とした声でその騎士は応答する。どこか固い印象を感じさせるような女の声色であった。

 

「ですが、先行させた斥候の報によりますと、目標の輸送隊はすでに何者かの襲撃を受けた模様です。仮に護衛の兵が生き残っていたとしても、現場での戦闘は避けられぬかと……王子」

 

「ここでは『王子』ではなく『団長』と呼んでくれと言ったはずだが」

 

 青年は苦笑を混じえつつ、諭すように言葉を遮った。

 

「は……! 大変失礼いたしました、団長」

 

「構わないよ。それより……報告通りであるならば、我々が到着した時にはすでに乱戦となっている可能性が高い。相手は単なる賊か、あるいは他国の部隊と鉢合わせたか。どちらにせよ、決して油断しないように。全員、準備は抜かりなくね。」

 

「ハッ! 総員、戦闘に備えよ!」

 

 副官の鋭い号令が木霊し、後続の騎士たちが一斉に手綱を締め直す。金属同士が擦れ合う微かな音が、緊張感をさらに跳ね上げるようだ。

 

 鬱蒼とした木々の合間に伸びる、ぬかるんだ細い馬車道。不穏な気配が漂う森の奥深くへと、騎馬隊は速度を落とすことなく突入していく。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 「これは……ひどいね」

 

 馬車道の中ほどで手綱を引き、馬を止めさせた青年がぽつりと呟いた。眼前に広がっていたのは、言葉を絶する無惨な光景であった。

 

 荒らされた積荷と打ち捨てられた馬車。その周囲には、青年の率いる部隊と酷似した意匠の鎧を纏う護衛兵と、身元不明の雑兵や野盗らしき者たちの遺体が凄惨に転がっている。

 いや、遺体とすら呼べない状態かもしれない。四散した手足、生々しく引きちぎられた肉塊、巨大な顎で肉を食いちぎられたような胴体。中には踏みつぶされて原形すら留めていないものまであった。大地は漆黒の血でぬかるみ、凄惨な鉄臭い匂いが辺り一面に立ち込めている。

 

「全滅どころではなかったか……」

 

「そのようです。これほど凄惨なものを目にするのは……三年前の戦役以来でしょうか」

 

 女騎士が、眉をひそめながら応じた。長年戦場に身を置いてきた者ですら、息を呑むほどらしい。青年は馬から下り立つと、悲惨な情景を前にしながらもどこか達観した面持ちで淡々と告げた。

 

「あの戦役に比べれば規模こそ小さいけれど、惨たらしさはこちらの方が勝っているかもしれないね。……どう見ても人間の手による殺戮じゃない。とんでもない化け物にでも襲われたと見るべきかな」

 

「ですが……この近隣の森に、これほどの惨状を引き起こせるような生物がこのあたりに居るでしょうか。熊のような猛獣であってもここまでの破壊は不可能です。まさか、竜が出たとでも……。……団長?」

 

 事態の異常さに困惑し、推測を巡らせる女騎士をよそに、青年は一目で見分けがつかなくなった肉片の前に屈み込み、じっくりと観察を始めていた。

 

「……うん。腐臭がまったくしていないね」

 

「これで『昔の残骸が放置されていた』という可能性は消えた。血はまだ温かく、固まりきっていない。死後それほど時間が経っていない、出来立ての死体だ。つまり、この惨劇を引き起こした張本人は、まだすぐ近くの森に潜んでいるよ」

 

 青年の断言に、周囲の騎士たちの間に一瞬で動揺が走る。

 

「団長! 報告いたします!」

 

 馬車の残骸付近を調べていた騎士の一人が、息を切らせて駆け戻ってきた。青年は視線を向けて静かに促す。

 

「『巫女』様のお姿が見当たりません!」

 

「本当かい?」

 

「はい。周辺を仔細に調査いたしましたが、それらしきご遺体も発見されませんでした……」

 

 報告を受けた青年は、兜の顎のあたりに手甲を添える仕草を見せた。完全密閉型の兜にはむろん顎など表に出てはいないのだが、それは彼の長年の思考癖のようなものであった。

 

「……持ち去られた、と見るのが自然だろうね。“アレ”が起きて勝手に歩いて行ったとは考えにくいし……。ふむ、少々面倒なことになったね」

 

 危険な事態に直面しているにもかかわらず、青年の声には焦りの色が見られない。彼は立ち上がると、冷静な面持ちで周囲の騎士たちへ指示を飛ばした。

 

「とにかく、周辺に残された痕跡の調査を続けてくれ。どのような状況であろうと、巫女は奪還しなければならない」

 

「はっ!」

 

 指示を受けた騎士が脱兎のごとく戻っていくのを見届けると、青年は隣に控える副官へと向き直った。

 

「ねえ、フィデリア」

 

「はい、いかがなさいましたか、団長」

 

「こんな話を知っているかい? 『姿なき、冷たい風の悪霊』の噂を」

 

 突然の問いかけに、女騎士、フィデリアは不審そうに眉をひそめた。

 

「いえ……。それは一体どのような……?」

 

「僕の父上の代よりもさらに前から伝わる、街の市井の言い伝えさ」

 

 青年は凄惨な現場を見渡し、過去の記憶を手繰り寄せるように言葉を紡ぐ。

 

「この森に限った話ではないのだけどね。昔から、旅人や商隊が跡形もなく姿を消す事件が頻発していた。その度に討伐隊や探索隊が組まれたのだが……見つかるのはいつだって、このように無惨に叩き潰され、切り刻まれた遺体ばかりだったそうだ」

 

「……」

 

「猛獣の襲撃か、はたまた未知の魔物か。腕利きの戦士や高名な学者が幾度も派遣されたが、誰一人として生きて帰る者はなかった。それどころかその関係者や、付近の村も消えていった。正体を目撃した者が一人もいないまま、やがて人々は恐れを込めてこう呼ぶようになったんだ」

 

 青年は一度言葉を切り、木々の隙間から吹き抜ける冷たい風を肌で感じながら呟いた。

 

「彼らは『姿なき、冷たい風の悪霊』に切り裂かれたのだ、とね」

 

「……左様でございますか」

 

 物語の不気味さに、フィデリアはわずかに息を呑む。青年は不敵な笑みを浮かべ、兜の奥から死の漂う森の深部を見つめた。

 

「もしかすると僕たちは今、そのおとぎ話の渦中に足を踏み入れているのかもしれない」

 

「団長……」

 

「だが、いい土産話になりそうだ。僕たちがその悪霊の最初の『目撃者』となり、そして同時に最初の『生還者』となってやろうじゃないか」

 

 青年の凛とした声が、騎士たちの胸に燻っていた恐怖を打ち払うように響いた。

 

「隊をまとめてくれ。痕跡の解析が終わり次第、すぐに追跡を開始する。その『悪霊』とやらが実在するのかどうか、直接確かめに行こう」

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

「つまり……俺たちはこんな姿になる呪いがかかってるんだ! ……多分!」

 

 これが長時間考え抜いた先に出た結論だ。美女と野獣……じゃないけどそれみたいな感じで姿が変わる呪いをかけられた上でこの世界に転移させられたに違いない!

 

 ……もちろんなんの根拠もないよ。そりゃそうだろ逆にどうすればこの状況を解明できるっていうんだ。

 

「なぁルリぃ……これから俺たちどうしたらいいのかなぁ……」

 

 しょうもないことを考えるのはやめよう。どうせ今考えたって答えは出ないんだ。

 

 情報を整理しよう。今いるのは異世界とみていいと思う。実はよくできたVRなんじゃないかと、目元を手で探ってみたりしたけど当然意味はなかった。今のところ見た現地人(といってもほとんど死体だが)は中世ヨーロッパ風の装いをしていた。

 

 単に異世界といっても、よくなろう系と呼ばれる作品群で見られるようなテンプレ異世界、通称ナーロッパであるとも限らない。ゴリゴリ暗黒時代真っ只中のガチ中世の可能性だってある。

 嫌だなぁそれだったら。だって窓から外にウンコ放るのが当たり前の時代だぞ?

 

 現在は空がまともに見えない深い森の中にいる。少し霧掛かっていて肌寒い気候だ。村などは見えないし、あれ以降人っ子一人みてない。本来はあまり人が来るところではないんだろうな。

 

 ルリ?は相変わらず思考がよく読めない。どこを目指しているのかも分からないまま、ただどこかへ向かって進んでいるので、自分もそれについていくばかり。

 危害を加えてこようとはしないけど、本当にこいつがルリなのかどうかも怪しいので安心はできないんだ。

 

 そもそもこいつは自分と同じタイミングで転生してきたのか? 実はかなりタイミングがずれていて、ずっと前からいるとか……?

 

 そういえば当たり前のように人間食ってたし思考がもう人間じゃないんじゃ……。

 

 やっぱり怖いよ。

 

「……」

 

 しかしこうしてただ歩くばかりで、かれこれ数時間は経っていると思う。

 

 ぎゅるる、と腹の底が唸るように鳴った。

 

「おなか空いてきちゃった……」

 

 ルリ?にこちらの腹の音が聞こえたのか、首を180度くねらせて振り返ってきた。やめろそれキモイし怖い。

 

「食べるもの……何かない……?」

 

 恐る恐る尋ねてみた。もしちゃんと意思が通じてるんだったら、何か取ってきてくれないかな……。なんて。

 あ、人間の死体持ってくるとかは勘弁してね。流石に食人は……。

 

 え? なんでもかんでも全部やってもらおうとしすぎだって?

 そんなこと言われてもさ、多分こんな非力な体で下手に森の中を動こうとしたら余裕で死ぬと思うんだけど……。

 

「ルリ……? あれ?」

 

「ルリ? ルリ!?」

 

 そうこう考えてるうちに目の前のルリ?が消えているではないか?

 脳内で言い訳を考えているうちに見捨てられちゃった……!?

 

「ちょっ、どこ行ったんだよ! おいてかないでぇ!」

 

 迷子の子供みたいに叫んでも、当然返答は帰ってこない。周囲を見渡しても霧が深くてよく見えない。

 

 やばい……。なんか一人になった瞬間、変な音が聞こえて来たような。胸がざわついてきた。ルリ?がいる不安といない不安が混在している……!

 

 森だよね……。熊とか出てきたら死ぬよね。そもそも異世界に熊とかいるのか分からないけども……。ってか異世界ならそういうモンスターとか魔物とかいるんじゃ……?

 

 うぅ……心細いよぉっ。

 

 あ、そうだ。異世界といえばチート能力とか魔法とかあるんじゃないか……!?

 それにステータス画面とかそういうのもあるだろ。ええいままよ! どうにでもなれ!

 

「ステータスオープン!!」

 

 手を前に突き出しながらそう叫んだ時、恐ろしいほどの地響きとともに目の前にズドォォォンと何かが降ってきた。

 

「どひゃああぁぁぁああっ」

 

 禁断の腰ぬかし、三度目。

 

「な、なんだよぉぉ~~……」

 

 もぅ精神がヵなり弱ってるんだヵらビックリ系ゃめてょ。

 

 土埃が晴れた時、降ってきたものを確認すると……なにやらデカい動物のようだった。動いていないし、多分死んでる。全身傷まみれだし。

 馬とかロバみたいな頭をしているけど前腕が異常に発達しているな。これがこの世界の生物とか魔物なのかな……。

 

 いや……。

 これさ……。

 

 カリコテリウムじゃないか?

 昔、博物館で見たことある復元図と超そっくりだわ。あの系統的に馬に近い種の古生物。あと某オープンワールドサバイバルゲームでめちゃくちゃウンコ投げられた記憶があるぞ!

 

 よく見ると首が180度ねじ曲がっている。まるで無理やりねじられたように。

 怖っ。

 

「……? うわぁっ」

 

 じっくり凝視していると死体の背後からひょっこりと例の頭が現れた。

 

「ル、ルリか……。お前がこれをやったのか……?」

 

 ルリ?は答えない。でも間違いなくこいつの仕業だろう。

 

「……もしかして俺のために食べ物を取ってきてくれたのか?」

 

 依然として答えないけど、そういうことなのかも。自分が食うつもりなのかは分からないがせっせと鋭い爪で死体を解体して、臓物を抜いては、食えそうな部分を切り抜いている。

 鮮やかな手際!

 

「……」

 

「でも、生じゃ食えないよ……。」

 

 血抜きできていないのはこの際仕方ないとしても……生はおなか壊すし、食中毒はこの状況下だと余裕で死ねるよな……。

 

「う~ん」

 

 火を起こさないと。念入りに焼けば食べられるはず!

 でもどうやって……?

 

 そういえばここは(多分)異世界だ。先ほど考えていたチート能力は……多分ないよな……。強いて言えばこの体がギフトってところなのかな。

 

 じゃあチート能力はダメでも、せめて魔法とかは使えたりしないだろうか……?

 

「んん……」

 

 魔法ってどうやって使うんだ?

 

 とりあえず火が欲しい。目指すは焚火を作ること。

 適当な枝や木片を拾ってきて、空気が通りやすい形に組み上げる。

 

 そしてその前に掌を向けてみて、なんか……こう……火を出すことをイメージしてみる!

 

「んんんん」

 

「んんん~~!!」

 

「ふんぬぅぅッ!」

 

「……っはああ~」

 

 ダメ、何も出ない。

 あれか、詠唱とかいるやつか。

 

「……」

 

「……よし」

 

「紅蓮の闇より出でよ、古の業火。

 

 世界を穿ち、万物を灰燼へと帰す灼熱の咆哮。

 

 我が契約の導きに従い、その(あぎと)を開け。」

 

焔獄(えんごく)極炎滅破(ごくえんめっぱ)】!! 炎よ、我が糧となりて、敵を焼き尽くせ!!!

 

 ……。

 

「殺してくれ」

 

 何も起きなかった。恥ずかしい。

 

「……。」

 

 ルリ?が俺の中二全開のフルパワー詠唱絶叫に反応してこちらを見ている。

 

 やめろその“無”みたいな表情。

 

「はぁ~どうしよぉ……」

 

 魔法も使ぇなぃんぢゃん……。まぢヘラる。

 

 仕方ない。地道に木を擦って火種を起こしてみようかな……。あれ相当スタミナないと厳しいらしいから絶望的だけど……。

 

「……おい、ルリ? どうした……!?」

 

 突然ルリ?が、俺が組み立てた枝に向かって黒くドロドロした何かを吐き出している……?

 

「おおいお前なんだそれ、なな、なんだそれ」

 

 若干重油のように表面が虹色に輝く、毒々しいドス黒い液体を吐き出して地面に濁った液体溜まりを作った。

 すると直後、ルリ?はその上で自身の爪同士を素早くぶつけた。

 

 キンッと甲高い音が鳴り、火花が散る。その火花が黒い液体溜まりに触れた瞬間、急速に発火し始め一気に燃え上がった。

 

「ゥ、ウワァ……」

 

 こいつ、油吐いて爆炎を生み出しやがった。

 もうなんでもできるじゃんこいつ。

 

 お前なんでもできるじゃん。

 俺なんにもできないじゃん。

 

「っ、うっ」

 

「ヮ、ワアあぁ……」

 

 情けなすぎて泣いちゃった……。

 

 ママ。俺、この世界でやっていけるかなぁ……泣

 





[補足情報]
-姿なき、冷たい風の悪霊
 この森のみならず、広い範囲で語りづかれる民話の類であり、同時に現象そのものを指す言葉でもある。森で死んだ人間の霊の仕業だと吹聴する霊媒師がいれば、狩られた動物の怨念が集まって成された祟りだという老人もいる。あるいは悪魔の仕業だと指摘する聖職者もいれば、野盗の集団が潜んでいるだけだという学者もいる。
 全て取るに足らぬ憶測に過ぎない。

 人里外れた場所で大勢の人が消えたら、次に消えるのは近くの村。更に消えるのはそこを訪れた旅人。そうして繋がりを伝っては人がさらわれてゆく。

 誰も悪霊の姿を見たものはいない。姿がなく、見えぬから皆殺されるのだろうか?

 それとも……。

 皆殺されたから、誰も姿を知らないだけなのだろうか?



追記:世界観がダークファンタジーに寄りそうですが基本的な雰囲気は微コメディを意識します
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