TS美少女の俺と化け物になった元親友の異世界生存録 作:ケトゥ毛
馬蹄が地面を穿つ音は途絶えることがない。静まり返った深い森の中、整然と並ぶ騎兵隊の先頭で、青年は前方にある異物へ目をとめた。
「あれは……また死骸だね。人ではなさそうだ」
並走する女騎士、フィデリアも視線を追わせ、わずかに目を細めて応じる。
「はい……。オオザルウマでしょうか。確かにこの一帯に生息する野生動物ではございますが……」
フィデリアは少し言葉を切り、凄惨な状態の死骸を見下ろしながら眉をひそめた。
「本来であれば温厚な草食動物ですし、今回の輸送隊への襲撃とは無関係かと……。それに、あの巨体となれば、並の肉食獣であっても倒すのは極めて困難なはずです」
「それだけ強大な存在が、ここにいたということだろうね」
青年は馬上で周囲の気配を探りながら、笑みを浮かべた。
「おそらく、相手との距離はもう近い。……さあ、その『悪霊』の正体とやらを拝みに行こうか」
「ハッ!」
副官の短くも力強い返答とともに、騎兵隊はさらに加速し、静まり返った森の深部へと進む。
◇
「えぷっ……ふぅ~、もう食えない……」
満腹満腹。腹いっぱいだ。……まあ、正確に言えば肉がゴムみたいにめちゃくちゃ硬かったから、必死に噛んでいるうちに満腹中枢が刺激されただけなんだけど。あとはやっぱり、前世の男の時と比べて胃袋のキャパが圧倒的に小さいのも関係しているんだろう。
肉はやたら硬くて噛み切るのに一苦労だったが、不思議なことに肉特有の嫌な臭みはあまりなかった。ちょっと苦みと渋さはあったけどね。
……しかし、食った直後に歩かされるのはかなり体に堪える。少しペースを上げて歩くだけで、右の脇腹がシクシクと痛んできた。
どこへ向かうまま森を歩き続ける俺と元親友と思しき怪物。異世界と推測してはいるがファンタジックな要素を今のところ見れていないのが不満。
なんか……こう、さ。あるじゃんいろいろ。
魔法は使えないし、チート能力もない。希望が……どんどん削れていくぅ……。
可愛い女の子とかいないのかな? もちろん自分以外で。
定番のエルフの美女とか、ケモ耳のモンスター娘とか、あとは……そう、凛々しい女騎士とかさ!
……って、仮に出会えたとしても、今の俺のこのちんちくりんな美少女体型じゃあハーレム形成なんて100%不可能なんだけどね。虚しすぎる。
どうしたもんかなぁ……。
まだこの世界の街すら見たことないのに、呑気なことを考えているな俺、とふと正気になった。
「……?」
なんだか胸騒ぎがするぞ。
なんだか遠くの方から、ドタドタと不穏な音が近づいてきているような……。
これって……まるで、馬の大群が集団で地面を蹴って駆けてくるような音じゃないか……?
「標的を確認! 総員、包囲陣を展開しろ!」
勇ましい女性の声が遠くから響いてきた。
「な、なんだ……!?」
またトラブルか!? 今度は一体何が起きるんだ……!?
あっという間に周りをぞろぞろと兵隊が取り囲んだ。
あれは……騎馬兵かと思ったけど、乗っているのはただの馬じゃない! 額から伸びる一本の角……もしかしてユニコーンってやつか!? でもなんか体毛が灰色だし……角はまっすぐじゃないしそれほど長くもない。なんかサイに似てるような……?
そんなファンタジーの定番?に唖然として眺めていると、集団の中からひときわ装飾の豪華な、銀色の甲冑を身に纏った騎士が前へと躍り出た。
「う~ん……驚いたな。あの『巫女』がまさか、自力で目を覚ますことがあるなんてね……。それに……」
その騎士の声に反応した瞬間、ルリが素早く跳躍し、俺の身体を腕で抱え込んだ。一瞬で距離を取る動きの鋭さに視界が揺れる。
「君が逸話の『悪霊』……ということになるのかな。確かに、道理で誰一人として正体を知らないわけだ。僕もこんな怪物、これまで見たことがないよ。君も……あの“魔のもの”に含まれる口かい?」
ルリは答えない。相変わらず表情一つ変えぬまま、深い穴のような目で相手をじっと凝視している。
ふと兵たちの奥に視界を向けると、騎兵隊の後列にいる数名が、すでにこちらへ向かって弓を引き絞っているのが見えた。矢先が鈍い光を放っている。
そんな……。俺、女の子になって1日も満たずにここで射殺されるの?
「団長、いかがなさいますか。いつでも攻撃できるよう準備は整っておりますが」
「ああ、待って。もう少し試してみたいことがあるんだ」
そう言って“団長”と呼ばれた若く爽やかな声の騎士は、すっと馬から下りると、無防備にこちらへと歩み寄ってきた。
「お初にお目にかかるよ。きっと君が『冷たい風の悪霊』なんだろう? 僕たちはね、その腕の中にいる女の子を引き取りたいだけなんだ。できればその子は食べないでいただきたいな。彼女を渡してくれるならば、こちらは速やかに立ち去ろう。どうかな?」
「意思の疎通を……!? 団長、そのような無謀な真似を……!」
後ろから焦ったような女性の声が飛んだ。
さっき全体に指示を出していたあの凛とした声だ。
この人が……ついに待ちに待った女騎士……!?
しかし、俺の期待は一瞬で打ち砕かれた。
アーマーがガチガチのフルプレートアーマーすぎるだろ……!?
顔すら一切見えない。もっとこう、ラノベとかソシャゲでよく見るような胸元が開いたビキニアーマー的なやつを想像してたのに……! 異世界の現実、厳しすぎてまぢ病む!!
「……?」
ふと、ルリの細長い指が、たった一本だけで俺の両耳をすっぽりと塞ぐのを感じた。何も聞こえなくなる。まだ返り血がついているから血生臭い。
直後、世界全体が激しく揺れ動くような、とてつもない振動が全身を襲った。
「 」
指で塞がれているはずなのに、脳ぐちゃぐちゃになるほど甲高い破滅的な雑音が微かに鼓膜を突き破ってくる。
何が起きたんだ……!?
恐る恐る視線を向けると、目の前にいた団長と女騎士の二人は咄嗟に耳を塞いで耐えていたが、それ以外の騎士たちは反応が遅れたらしい。多くの兵が頭を抱えて苦悶の声を上げながら落馬し、そのまま地面に転がって気を失っていた。超音波か何かか!?
数秒後、ゆっくりと指が耳から離れ、じわじわと周囲の音が戻ってくる。
「ははっ……まさか強力な咆哮を上げて、僕たち全員の鼓膜を潰そうとしてくるとはね。驚いたよ。これほどおぞましい何重にも重なった金切り声のような絶叫は聞いたことがないな」
「まあ……交渉決裂、といったところかな」
「そのようです」
壊滅的な被害を受けたというのに、二人だけはどこか楽しそうに余裕を崩さず、背負っていた武器へと手をかけた。
……待って、あれって!
団長が抜いたのは、銀色に輝くフランベルジュ風の大剣。そして女騎士が構えたのは、黄金色に煌めく優美なグレイブ!?
すごい! 生で初めて見た……!
アニメやゲームみたいな無駄な装飾が一切なくて、洗練されたスマートなフォルムをしている分、ガチの武具としての圧倒的なカッコよさがある……!
「さて……魔狩り騎士、ヒュドラルとして、いざ参らせてもらおうか」
「同じく。魔狩り騎士、フィデリア。いざ参らん」
二人の名乗りと同時に、空気が一気に張り詰めたような感覚を覚えた。
対するルリは、俺を地面へ雑に下ろすと、長い爪同士をカチカチと不気味に鳴らし、無数の鋭い牙を剥き出しにした。笑っているような、威嚇しているような、なんだこの表情は。
どうやら熾烈な戦いが始まろうとしているらしい。
俺を置いて。
◇
ほんの僅か、一秒にも満たない瞬撃だったらしく、ルリが仕掛けたことすら数秒遅れてようやく理解できた。
みんなはクマのような巨体の動物が襲ってくるとき、どんな動きを想像するだろうか?
やっぱりアニメやゲームみたいに、大振りだけど強力な一撃必殺の振りを想像するんじゃないだろうか。
残念ながら現実はそうじゃない。
実際の野生のクマは、プロボクサー並みの速度で目にも留まらない即死級のジャブを放ってくるのだ。
そして、今のルリもまったく同じだった。
あの細長く不気味な腕から繰り出された、刺し殺すような初撃のジャブが、俺の目にはまったく見えなかった。
だが、相手も相当な修羅場を潜り抜けてきたらしい。
俺は当然バトルなんて素人だから、具体的にどんな高等技術が使われているのかなんて分かるはずもない。だが、この世界には対モンスター用の戦術が洗練されているのだろうか。
団長ヒュドラルは、間一髪のところで銀の大剣を滑らせ、ルリの不可視の刺突をいなしてみせた。
ルリの意識がヒュドラルに向いたと判断したのか、その隙を逃さずフィデリアが動く。グレイブを低く構え、相手の懐へ潜り込むようにして横合いから一撃を叩き込もうと迫る。
しかし、ルリはもう片方の腕で間髪入れずに対応した。鋭い爪で斬りつけるのではなく、巨体に乗せた質量の暴力でフィデリアを強引に跳ね飛ばす。
「ぐっ……!」
フィデリアが足を滑らせながら後退する。
どうやら爪や刃物のような切断攻撃は、あの頑丈なフルプレートアーマーに対して決定打になりにくいらしい。ルリもそれを察しているのか、切り裂く攻撃ではなく、重戦車のような打撃と貫通を意識した動きに切り替えているようだった。
ヒュドラルがドイツ剣術を思わせる華麗な身ごなしで大剣を翻し、洗練された足さばきから連撃を繰り出していく。まるで軽い棒でも扱っているかのようにしなやかな剣筋で、ルリの隙を狙う。
ルリの動きは極めて俊敏だが、やはり3メートル超の巨体ゆえの隙は拭えないらしい。微かな隙を突かれ、その白い皮膚にいくつかの浅い切り傷が刻まれていく。あの刀身の切れ味は凄まじい。
だが……ルリ自身は被弾を大して気にしていないように見える。実際、傷口は浅く大したダメージにはなっていないようだ。流血はしているものの、ルリの傷から滴る血は真っ黒に紫が混ざったようなとんでもない色をしている。体内にドブでも流れてらっしゃる?
その時、ヒュドラルが突然体勢を低く落とし、あえて隙を晒すような形で横へ合図を出した。
ルリがすさかさず上からその頭部を掴み潰そうと腕を振り下ろす。しかし、その誘い受けの隙を完璧にカバーする形でフィデリアが躍り出た。グレイブを振り抜き、ルリの爪を強引に弾き返す。
そして直後、隙を誘い出したヒュドラルが鋭い突きの連撃を放ち、ルリの腹部を深く貫いた。
「僕はね、巷では『銀の騎士』なんて呼ばれているんだ。……ただ、勘違いされやすいのだけど、僕の扱う『銀』は一つだけではないんだよ」
ヒュドラルが意味深に呟いた瞬間、刺し貫かれたルリの腹部から、ドバッと怪しい銀色の液体が溢れ出してきた。
まさか……あれって、水銀!?
剣から水銀を湧き出させる魔法か何かかがかかっているのか……!?
ヒュドラルは即座に後方へ跳躍し、大剣を構え直す。細身の美しい刀身は変わらぬ銀の輝きを放っているが、その刃先からは艶やかな銀色の液体がポタポタと滴り落ちていた。
つまり……ヒュドラルの真の戦法は、圧倒的な剣術で確実に相手の皮膚を傷つけ、そこから注入する強力な水銀毒で仕留めるというものなんだ。
いくら自分より一回りも二回りも大きい怪物だろうと、体内から侵食する毒なら致命傷になり得る。そしてあの分厚い皮膚を穿ち、十分なリーチと破壊力を確保するために、彼の武器は大剣という形式をとっているのだろう。
ただ、ルリの動きが鈍ったようには見えない。
毒が体内に回るのには時間がかかるのだろうが……そもそも、あいつに毒なんて代物が効くのだろうか?
気づけば、ルリの足元の地面には怪しく光る水銀の池ができていた。
「そしてね、他の金属があれば水銀はもっと役に立つんだよ」
ヒュドラルが口を開くと同時に、示し合わせたようにフィデリアが動き、金色のグレイブを水銀まみれの地面に向かって激しく振るった。
グレイブの表面から金色の塗膜のようなものが剥がれ落ち、次々と水銀溜まりの中へ落ちていく。グレイブの刀身自体も水銀に濡れた。
すると、瞬時に化学反応でも起きたのか、煙のような強烈な刺激臭を放つ気体がモクモクと発生し始める。
もしかして……あの金色のグレイブは真鍮のような亜鉛を含んだ金属でできていて、水銀と接触することでアマルガム化や急激な反応を起こし、腐食性の有毒ガスを発生させているのか……!?
なんて何重にも洗練された、恐ろしい戦術なんだ……!
化学兵器並みの毒煙が周囲に充満し、周囲の視界を完全に奪い去るほどの濃度になったその時、フィデリアの鋭い怒号が響き渡った。
「総員、放て!」
その声に反応するように、先ほどルリの咆哮で倒れ、気絶していたはずの騎兵たちが一斉に起き上がり、構えていた弓から矢を解き放った。
まさか……咆哮をまともに食らって倒れたのは演技で、この毒煙の目くらましに合わせて攻撃する機会をずっと伺っていたのか!?
なんという恐ろしいほどの連携!
「僕たちはね、君みたいな怪物を狩るための傭兵団でもあるんだ。まがりなりにも経験は積んでいるのさ、『悪霊』殿」
ヒュドラルの余裕めいた声が響く。だが、ルリは全身に無数の矢を突き刺されながらも、ひるむ気配すら見せなかった。
よく見れば、矢が突き刺さった端から傷口が異常な速度で塞がり、矢を外側へと押し出している。超再生能力……!?
ルリは充満する猛毒の煙など意にも介さず、巨大な手の平で地面の砂利や石ころをごっそりとすくい上げた。そして、遠方に位置する弓兵たちへ向けて、視認不可能な速度で腕をしならせる。
直後、遠くにいた弓兵たちの頭部や胴体が、まるで重機関銃で撃ち抜かれたかのように次々と弾け飛んだ。
石をスナイパーライフル並みの速度と威力で投げつけたっていうのか……!? それも無数にある、単なるつぶてではなく散弾のように広範囲を殺傷する一撃になったというわけか……!
一瞬で半数が壊滅し、騎士たちの間に悲鳴と動揺が走る。
ルリはターゲットの優先順位を切り替えたのか、そのまま包囲陣の最も密な場所へと豪快に飛び込んだ。着地と同時に、地面が揺れて数人の兵士が馬ごとペシャンコに踏み潰される。
さらにルリは、近くにいた兵士や馬の身体を豪快に鷲掴むと、まるでヌンチャクか鉄球でも振り回すかのようにブンブンと振り回し始めた。
生身の人間と重厚な甲冑、馬の質量が激突し、周囲の騎士たちが蜘蛛の子を散らすように叩き潰され、破裂していく。
もはや嗜虐性や残虐性のようなものすら感じる。
ルリ、お前どうしちゃったんだよ。
だめだ。このままじゃ大勢の人が死ぬ……!
ルリにこれ以上たくさんの人間を殺させてしまう!
そういえば、俺はまだこの騎士たちが何者なのかも、何が目的なのかも聞いていないじゃないか。彼らだって仕事で、あるいは正義感でこの怪物を倒しに来ているのかもしれないのに。
このまま何もできずに、ただ虐殺を眺めているだけでいいのか……!?
ヒュドラルとフィデリアが、意を決したように再び武器を構え直し、無残な惨劇のただ中にいるルリへと躍り出た。
対するルリも、手に持っていた兵士の残骸を雑にちぎって地面に叩きつけ、さらに足蹴に踏み潰してから、迫る二人の騎士へと向き直る。
止めないと……!
俺が……俺が止めるんだ!!
「や、やめて! 俺……いや、わたしのために争わないでぇーー!!」
両手を目一杯に広げ、決死の覚悟で突進した。
何が何だかもう自分でも分からない。極限状態の恐怖とテンパりすぎて頭のネジが飛び、咄嗟にふざけてしまったのか、それとも大真面目に止めようとしたのかすら判断がつかないまま、双方の殺気が激突する真っ只中へと惨め割り込んだ。
「……。」
ピタリ、と両者の動きが静止した。
大剣を振り下ろそうとしていたヒュドラル、グレイブを突き出そうとしていたフィデリア、そして爪を振り下ろそうとしていた巨大な怪物ルリ。
全員の視線が、全裸の上に一枚服を着ただけの、白髪美少女へと集まる。
沈黙。森の中に、信じられないほど気まずい無音が流れた。
騎士たちからも、そして目の前の怪物からすらも、冷ややかなような、あるいは妙に生暖かいような、なんとも言えない目つきが注がれていた。
「……」
「これじゃスベったみたいじゃん」
[補足情報]
-ユニコーン?
この世界での馬のようだ。察しの通り我々の知る馬ではなく、厳密にはサイに近い生物。この世界の生物は少し異なる発展を遂げた。
-魔狩り騎士、ヒュドラル
あるいは、『銀のヒュドラル』とも呼ばれる若き青年。銀の鎧と、銀の大剣を携えて兵を率いる傭兵団の団長のようだ。技量に優れている。
-双銀の大剣
魔狩り武器の一つ。どうやら大剣は単に銀でできた武器というわけではなく、水銀を溢れさせることができるようだ。フランベルジュに近い波打つ形状の刃を持ち、大剣の中では軽い。
-魔狩り騎士、フィデリア
『真鍮のフィデリア』とも呼ばれる女騎士。傭兵団の副官、副団長といった役職にあたる人物なのだろうか。金に近い色合いの鎧とグレイブを扱う。女性だが他の兵やヒュドラルよりも高い身長でかつ、筋力に優れる。
-ブラスグレイブ
魔狩り武器の一つ。真鍮(黄銅)でできた、非常に鈍重なグレイブ。真鍮の膜を生成したり、それを剥がし落とすことができる事が分かっている。この武器に水銀を纏わせると有毒な気体を刃先から発生させられる。