TS美少女の俺と化け物になった元親友の異世界生存録 作:ケトゥ毛
「……」
「……」
「……まいったな。『巫女』様とは、こんな感じのお方だったのだろうか」
さすがにこれは想定外中の想定外だったらしく、ヒュドラルはあさっての方向を向いて困惑気味に呟いた。
あ、やばい。このまま硬直させてちゃダメだ。早く次の一手を打たないと!
「あ、あの……! 俺……いや、私……? ま、まだ私たちはあなた方のことをよく知りません! どうして私が必要なんですか……!?」
俺たちはまだこの世界の事情を何も知らないんだ。話し合えば、これ以上お互いに血を流して戦う必要なんてなくなるかもしれないじゃないか。
……あ、あと、とっさに「私」って言っちゃったけど、一人称はどっちがいいんだ? 変に不審がられないためにも、いまはこの見た目通り可愛い女の子のフリをしておいた方が安全か……?
ごめんって。そんな渋柿でも食ったみたいな表情するなよ。
それ何がトリガーなんだ。
「……と『巫女』様はおっしゃっておりますが、如何いたしますか、団長」
「……ふむ」
フィデリアの問いかけに、団長ヒュドラルは甲冑の顎あたりに手を当てる仕草を見せ、深慮にふけり始めた。
「それもそうだね。まあ僕たちとしても、君が自らの意思で“自由に動けて”、なおかつ“コミュニケーションが取れる”状態にあるということ自体、かなりの想定外ではあるのだけどね……」
ヒュドラルは一旦言葉を切り、鋭い視線を俺へと向けた。
「ただ、今この場において、さらに想定外なことがある。……君は、その魔物を従わせているのかい?」
ずしりと重い視線が刺さる。
「えっ……それは、なんというか……」
別に操れているわけでもないし、むしろ意思疎通すら怪しいんだけど……。
「……とにかく! それも含めて、一度ちゃんと話し合いませんか……!?」
俺は必死にヒュドラルへ訴えかけ、それから慌てて隣の巨大な怪物を見上げた。
「ほ、ほら! 今から事情を話すから、絶対に暴れないでよ……!? ね……!?」
ルリはあからさまに不服そうな顔をした。
◇
少し離れた場所。団長と呼ばれた青年ヒュドラルと、女騎士フィデリア。そして俺と、背後で爪に絡まった臓物をペロペロとなめとっているルリ。あいつの舌、蛇かカメレオンみたいに長いうえに色まで真っ黒だ。
「……ふむ。つまり君は最近目を覚ましたばかりで、なぜか前世の記憶があって、あの魔物は前世の友人の生まれ変わりだと……」
「団長、まるで信じがたい戯言です。長期間の意識不明により、精神が錯乱しているのでは?」
「まぁ、そう疑うのも無理はないね……。で、君はどうしてその怪物を友人の生まれ変わりだと断言できるんだい?」
「それは……」
事実を羅列すればするほど、自分でもバカバカしく思えてくる。事情を説明すればするほど、100%事実なのに笑えてくるほど説得力がなくて、もどかしさが込み上げてくる。
「友人の名を呼んでからは襲われなくなったから……か。それだけでは、少し断定しかねる話ではあるね……」
「ううっ……そう、ですよね……」
やっぱり信じてもらうなんて無理なんだ。自分が逆の立場だったら絶対に頭のおかしいやつだと思うもんな。
「ちなみに君と、あの魔物の前世の名を聞いてもいいかな」
それを言ったところで何の意味があるんだろう。半ば諦めつつ、恐る恐る口を開く。
「えっと……俺がツバキで……あっちが……ルリ、です」
そう口にした瞬間、ヒュドラルの銀の兜がわずかに揺れた気がした。
「……くくっ」
「……団長?」
「ははははっ! なんという偶然だろう! 驚いたな、これほど“想定外”が重なったことは今までにないよ!」
突然、ヒュドラルが何がおかしいのか爆笑し始めた。
「ひとまず、君たちの言葉を信じることにしよう! なに、そのような事情なら僕にも思い当たる節があるのでね」
「団長!? 正気ですか!?」
フィデリアが素で素頓狂な声を上げる。
「ああ、正気だとも。むしろこれで良かったとすら思えるさ。少なくとも戦う必要がなくなるのなら、これ以上の死傷者も減らせるだろう?」
え?? なんで名前を言っただけで信じてもらえたんだ……???
「ああ、そうだ。僕たちのことや『巫女』のこと、そしてこの世界についても君に話しておかないとね。まあ、それらは移動しながらおいおい話していくことにしよう」
そう言うと、彼はフィデリアに命じて生き残った兵たちをまとめさせ始めた。
この場で凄惨に散っていった兵士たちの、静かな葬儀を執り行わせたあとに。
◇
馬の隊列が静かに森を進む。自分はフィデリアの馬に乗せてもらい、彼女の前の位置で落ちないように必死で鞍を握りしめていた。
不思議だ。普通なら年頃の女性と馬に相乗りなんてしたらドキドキしそうなものだが、そんな甘酸っぱい感情は一向に湧いてこない。胸にあるのは、この先一体何が起こるんだという重い不安のドキドキだけだ。背中に彼女の胸や腹が当たる姿勢ではあるのだが、ガチガチのフルプレートアーマーに阻まれてただただ硬いだけである。
ルリは馬の隊列から少し離れた横を、のそりのそりと歩いている。あまり近づくと兵たちが恐怖でパニックを起こすので、これがベストな距離感なのだろう。
にしても、ルリはさっきまで命がけで殺し合っていた人間たちと俺がこうして間近にいるのをどう思っているのだろうか。それともいつでも皆殺しにできるから、どこか上の空なのだろうか。
「まあ、僕たちはいわゆる傭兵でね。あちこちを渡り歩いては戦地へ赴いたり、凶暴な動物や魔物を狩って生計を立てているというわけさ。ここにいる皆も、故郷を失った戦災の被害者や孤児たちで構成されている。これが我々のざっくりとした紹介かな」
馬上で前を行くヒュドラルが振り返り、穏やかな声で語りかけてくる。
「ちなみに、僕の本名はアルゲントゥム・ヴィヴィウム・メタリアだ。どうだい、随分と長い名だろう? ヒュドラルというのは実名ではなく
「わ、分かりました……」
なぜだろう、先ほどまでの殺伐とした空気が嘘のように急に親切になった気がする。
それにしても、確かにやたらと長い名前だ。もしかして貴族の出とかなのだろうか? そう簡単に語れそうにない深い事情があるのかもしれない。ならなおさら、出会ったばかりの俺たちにそんな本名を明かしてしまってよかったのだろうか? こっちのことを急に信頼しすぎじゃない……?
「団長……? よかったのですか、そのようなことを話して」
後ろで手綱を握るフィデリアも、懸念を示すように固い声で尋ねた。
「ああ、構わないさ。それにどうせ外で広められたところで、もうその家名には“なんの意味もない”からね」
薄く微笑んだような声色。そこから漂う底知れない冷たさに、俺は背筋が少しゾッとするのを感じた。
「君はまだ分からないことだらけだろう。おそらくこの世界に生まれたばかりと同然の状態のはずだ。知りたいことがあれば、何でも教えるよ」
えっ!? 今は好きなだけ質問していいのか!? ああ、どんどんしろ自分。
今は好きなだけ質問していいチャンスなのか!?
よし、どんどん聞け俺!
……といっても、右も左もわからない未知の世界のことだ。一体どこから尋ねるのが正解なんだろうか。
「えっと……ここはどういう場所なんですか? あと、この辺りに国とかってあるんですか……?」
とりあえず基本中の基本、地名や地理から聞いておこう。知っておいて損はないはずだ。
「そうだね。この付近は広大な原生林で、旅人の間では『霧の樹海』なんて名前で呼ばれているよ。たまに交易の馬車道として横断されることもあるけれど、基本的には一般人が立ち入るような場所じゃないね」
ヒュドラルは鞍の上で緩やかに揺られながら、説明を続けてくれる。
「国ということで言えば、一応この森を抜けた先に『モード』という小国の都市があるんだ。僕たちは今、そこに向かっている最中だよ」
「へぇ……モード……」
「ちなみに、こうした人里離れた森は賊が隠れ家にしていたりするからね。一人で無意味に立ち入ったりしない方が身のためだよ。まあ、単純に凶暴な野生動物や魔物が棲みついていることも多いしね」
「な、なるほど……」
やっぱりか。街から離れた森はテンプレ通り危険区域というわけだ。
話を聞く限り、文明レベルとしてはやっぱり中世ヨーロッパあたりの時代背景に近い世界だと推測できる。
そういえば、動物と“魔物”?の違いはなんなんだろうか。
「そういえば……さっきから言ってる『魔物』って何なんですか? 普通の動物とはどう違うんですか?」
「ああ、その話もしておこうか。魔物、つまり“魔のもの”。魔となった者……。実はね、この世界に生きる存在はみな“魔”を宿しているんだ。まあ、『魔力』や『マナ』と呼んだ方が分かりやすいかもしれないね」
ヒュドラルはどこか俯瞰したような、客観的な視点から淡々と説明を続ける。
「我々はその魔力を使って魔法を行使したり、様々な恩恵を得たりしている。これは人間だけでなく、すべての動物や植物、果ては無機物にいたるまで、程度の差はあれど保持しているものだ。この世界の基本的な
なるほど、ファンタジー小説やゲームで使い古された定番の設定だ。魔力やマナという概念なら、大雑把ではあるけれどすんなりイメージが湧く。
だが、それが一体どう『魔物』と結びつくのだろうか。
「魔とは、万物が秘める可能性の力。自らの望みを具現化させるための力だ。強い欲求や感情が生まれると、魔もまたそれに応じて性質を変質させる。……もしここで、極限の苦悩や歪んだ願望、強烈な執着が心に生じたら……どうなると思う?」
彼の問いかけに、俺はなんとなく察しがついた。
「人は……“魔”になる。魔物へと成り果ててしまうのさ。個々が持つ本質が暴走し、肉体や精神に過剰な変化を及ぼした結果、生まれてしまった生命の歪み。それこそが我々の呼ぶ『魔物』だよ」
ヒュドラルは馬の上で軽く肩をすくめた。
「と言っても、人間が魔物化するケースは非常に稀なんだけどね。万人に一人といったところかな。それに、人間に限った話でもないしね」
つまり、この世界における魔物とは、テンプレ的な『最初からそういう種族として存在するモンスター』とは根本的に異なるらしい。自らの魔力が過剰に作用した結果、元々の姿から醜く異形へと変貌してしまった生き物全般を指すのだ。
単にバカでかい角が生えた凶暴な生き物がいたとしても、それが『魔物』とは限らないということだ。
……ということは。
まさか、ルリもそうなのだろうか? 前世からこの世界に転移、あるいは転生してきた際、何らかの強烈な感情や過剰な魔力の暴走によって、あの異形へと姿を変えてしまったのだろうか……?
いや、まだ断定はできない。分からないことだらけだ。
「あ、あと……『巫女』って何なんですか?」
思い返せば、さっきからたびたび俺のことを『巫女』と呼んでいた気がする。別に神社に従事しているわけでもない。もしかして俺(この体)は、何か特別な役割を持つ存在だったのだろうか。
「『巫女』というのは……まあ、この世界に存在する神から神託を受け取る者のことかな。信仰や宗教形態によって呼び名や細かい役割は変わるけれど、少なくとも女性の場合は『巫女』と呼ばれるよ」
「神……?」
もしかして、抽象的な概念ではなく、本当に“神様”が存在する世界なんだろうか?
「この世界では様々な神が信仰されていてね。単に崇められるだけの偶像というわけではなく、実際に神の恵みや奇跡を授かることができるんだ。君からすれば、少し奇妙な話に聞こえるかもしれないけれど」
かなりそういった神的存在が身近な世界なのかもしれない。
「実際に会えたりするんですか?」
「いや、生身で目撃した者はいないんじゃないかな。けれど、確かに『居る』と信じられているし、居るのが当たり前の前提なんだ。信仰とはそういうものだからね。僕も最初は、この世界の価値観を理解するのに苦労したから、君が困惑する気持ちもよく分かるよ。……まあ、もしかしたら『巫女』である君なら、いずれ会える可能性があるかもしれないけれど」
う~ん、この辺りの感覚は少し大雑把でわかりづらいな……。
その神様というのが、俺の知る現実世界の宗教的な象徴なのか、それともクトゥルフ神話に出てくるようなラヴクラフト風の『邪神・上位存在』的な奴なのかでだいぶ話が変わってくるぞ。
「まあ『巫女』の詳しい役目については、現状で一気に説明しても情報が混雑して理解しきれないだろう。移動しながらおいおい話していくことにするよ」
「あ、ありがとうございます……」
ありがたいことに、こちらの理解ペースにしっかり合わせてくれるらしい。
「ちなみに、君自身のことについても少し伝えておかなければならないね。君のこの世界での名前……正確には、その身体の本来の名を『シヴィラ』というんだ。これからはその名を名乗るといい。前世の『ツバキ』という名は、いざという時の秘密として取っておいた方がいいよ。その方がいろいろと活かし方もあるはずだからね」
俺……というか、この儚い白髪美少女の身体は『シヴィラ』というらしい。にしても巫女か……これから何か危険な儀式でもさせられるんだろうか。まあ、本当の目的はそのうち見えてくるだろう。
……しかし、それにしてもだ。
このヒュドラルという男、やたらと俺の感覚に合わせた説明をしてくれないか? まるでこちらのバックボーン(元の世界)を知っているかのような、異世界の現地人らしからぬ客観的で親切な視点だ。
う~ん……どうにも怪しい。
「あの……もしかして、あなたも……?」
俺は恐る恐る、含みを持たせて尋ねてみた。
すると彼は銀の兜の上から自分の口元へすっと人差し指を立ててみせた。
「それは、まだ秘密」
くすりと悪戯っぽく笑う声とともに、彼は『しーっ』と静かに微笑んだ。
[補足情報]
-アルゲントゥム・ヴィヴィウム・メタリア
おそらくメタリアが家名にあたる。廃れて久しい名だという。彼の正体は何者なんだろう。
-魔
魔力やマナといったものの総称。エネルギー的なものでもあるし、ものによっては異なる性質を持つ。これで魔法を使うらしいが、肝心の魔法の登場はまた後ほど。
-魔物
あるいは“魔のもの”。魔という言葉自体は様々なものを示すため、文脈によっては魔という単語が魔物を示すこともある。
歪んだ生命であり、その本質はどろりとしたものか、あるいは非常に純粋で鋭利なものである。極端なのだろう。絶望は人を正直にする。魔を持つものは皆、望むままを生きるのだ。
これを狩る者たちがおり、彼らは魔狩りと呼ばれる。この世界において魔物とは確かな脅威なのだろう。我々が知る人間とは、形態の一つに過ぎない。本質と定義すべきはどの部分なのだろうか。