TS美少女の俺と化け物になった元親友の異世界生存録 作:ケトゥ毛
第7話『首採り平原』
肌に触れる空気が、驚くほどカラカラに乾燥していた。
どこまでも続くのは、草木もまばらな殺風景な平原だ。馬の規則的な揺れに身体を預けながら、ぼんやりと広大な地平線を眺める。……なんだか、前世で観た洋画のワンシーンみたいだな。ファンタジーや歴史ものの映画の中に入り込んだんだと思えば、この先への不安も少しは楽しく思えてくるかもしれない。
「シヴィラ様、気分は悪くありませんか? お寒くはないですか?」
鞍の前で小さくなっている俺に、後ろから優しく声をかけてくれたのはマチルダだった。今は彼女の馬に乗せてもらっている。
「大丈夫だよ、マチルダさん。……あの、マチルダさんって、この傭兵団で衛生兵みたいなことをしてるんだよね?」
「はい! 薬草を調合したり、怪我人の手当をしたりするのが私の役目です。本当はお医者様にかかれるのが一番なのでしょうけれど、戦場ではそうもいきませんから」
尋ねてみると、マチルダはパッと顔をほころばせて嬉しそうに答えてくれた。彼女の親しみやすい雰囲気に、俺も少し肩の力が抜けていく。
この人、愛嬌があって可愛いなぁ……。
「薬草の知識があるなんてすごいなぁ。……昔から勉強してたの?」
「いいえ、独学ですよ! 私の生まれは貧しい村でして、弟や妹がよく怪我や病気をしていたんです。身近にある草花でなんとか治せないか試行錯誤しているうちに、自然と詳しくなっていきまして。そしたら、いつの間にか団長に拾われて今に至る……という感じです!」
「へぇ、弟や妹がいたんだ。マチルダさんは優しいお姉さんなんだね」
「ふふ、ありがとうございます! シヴィラ様とお話ししていると、なんだか妹ができたみたいで心が温かくなります」
照れくさそうに微笑む彼女のぬくもりが背中から伝わってきて、なんだかほっと心が和んだ。殺伐とした傭兵団の中で、彼女の明るさは貴重な癒やしだ。マチルダとはこれからもっと仲良くなれそうな気がする。
それはそうと……。
チラリと視線を横へ向ける。隊列から少し離れた位置を、巨大な白い怪物……ルリがのそりのそりとついてきていた。
今のところ再び暴れ出しそうな気配はない。その瞳は相変わらず無感情で、何を考えているのかは依然としてまったく読み取れなかった。
馬を進めていくにつれて、景色の異様さが際立ち始めていた。
ただの荒涼とした平原だと思っていた場所は、よく見れば無数の深い轍や穿たれたクレーターのような痕跡が残る、あからさまな戦場跡だった。荒れ果てた大地の先に、何か小山のように大きな影がうっすらと見えてくる。
「ねぇ、マチルダさん……あそこに見えるのって、なに?」
目を凝らしながら尋ねると、マチルダは一瞬だけ表情を曇らせ、低く落ち着いた声で口を開いた。
「あれは……処理された捕虜たちの山ですね。戦争の後始末の跡ですよ」
「えっ……捕虜の山……?」
「はい。戦争が起きれば当然、降伏した敵兵が捕虜として捕まります。ですが、戦場で捕虜を大勢生かしておくのは大変なんですよ。食事の用意もいりますし、見張りも立てなきゃいけません。要するに、管理コストがかかりすぎるんです」
「なるほど……言われてみれば、確かにそうだよね。でも、自国に連れて帰って牢に入れたり、交渉に使ったりはできないの?」
「連れて帰るにしても連行する場所もありませんし、手間もかかりますし……何より、下手に街へ連れ帰って処刑することになろうものなら、白教会のような宗教指導者たちから『人道を外れている』と厳しく咎められてしまいますから」
「あ……さっき聞いた、教義の『命を奪ってはいけない』ってやつか」
「その通りです。だから軍の人間は、こういう人の目がない人里離れた戦場跡で、見せしめも兼ねてさっさと始末してしまうんですよ。捕虜が自分から命を絶ってくれるわけでもありませんし。割とどこでも行われている暗黙の了解なんですけどね」
「そんなの……身も蓋もない理由だけど、すごくリアルだね……」
戦場の冷徹な現実になんとも言えない反応をしてしまう。綺麗事だけでは回らない世界なのだと、改めて突きつけられた気がする。
「ですが、あそこにある遺体には……ひとつだけ妙な共通点があるんです」
「妙な共通点……?」
「はい。あの積まれた遺体、なぜか全員『頭部』だけが綺麗に切り落とされて消えているんですよ」
「え……頭がないの……!?」
「ええ。なぜ首を持ち去るのか、その理由までは分かっていません。どこかの国の特殊な戦勝のしきたりなのか、それとも……」
マチルダは言葉を濁し、重苦しい息を吐き出した。
首のない死体の山。一体何のために首だけを持ち去るのだろうか。戦利品なのか、それとも何か呪術的な意味合いでもあるのだろうか。
魔法がある世界だからヤバイことに使われてそうだな……。
ふと視線を落とすと、死体の山の裾野で小さな影が蠢いていた。
何かをガリガリと噛み砕く嫌な音が響いていたが、俺たちの隊列が近づくと、その影はサッと死角へ逃げ去っていく。一瞬だけ見えた姿は、ネズミのようでもありハイエナのようでもある奇妙な姿をしていた。やっぱりこの世界の動物は、元の世界の生き物とは根本的に何かが違っている。
やっぱり古生物っぽい感じするよな……。
死体の山の真横を通り過ぎる際、鼻をつく焦げ臭いにおいに眉をひそめた。山積みにされた遺体はどれも真っ黒に焼け焦げており、そのむごたらしさに思わず目を背けそうになる。
……だが、その黒焦げの山の中に、あきらかに大人の半分ほどしかない小さな骨格が混じっていることに気づいて少しぎょっとした。
「マチルダさん……あそこ、子どもの死体も混ざってない……?」
「ああ……本当ですね。この付近には小さな村がありましたから、戦争の巻き添えで襲われた名残でしょう」
「子どもまで殺しちゃうなんて、ひどすぎるよ……」
「ええ。ですが……少し珍しいですね。子どもの遺体が放置されているというのは」
マチルダは鞍の上で首を傾げ、不思議そうに呟いた。
「珍しい……? どういうこと?」
「子どもの捕虜や村人は、生かして捕らえて奴隷として売り飛ばした方がずっと高く売れるんですよ。だから、わざわざ殺害して放置することは滅多にないはずなのですが……」
「……っ」
ひぇ~終わってる~。
命を奪われなかった理由は慈悲などではなく、単に商品価値があるから。ほんとろくでもないな。
一瞬、白教会の教えで奴隷売買なんて固く禁じられているんじゃないかと思ったが、すぐに思い直す。この広い世界のすべての国や人間が、白教会の信徒というわけでもないのだろう。教義が届かない場所なら、そんな禁忌など何の意味もなさない。
……いや、理由はどうあれ、現代人の観点からみればどう考えてもおかしすぎるんだけどさ。うん。
さらにしばらく進んだ先で、道の傍らにポツンと佇む人影が見えてきた。
近づいてみると、干からびた木陰に座り込んでいる小柄な老人だった。使い古された旅装束は泥と埃で汚れ、かなりみすぼらしい身なりをしている。
「ああ、行商人さんかね。……いや、傭兵団かな。少しよいかな」
老人は力なく顔を上げ、掠れた声でこちらに呼びかけてきた。ヒュドラルが馬の手綱を引き、静かにそれに応じる。
「おや。どうされたのですか、ご老人」
「少し探し物をしていてね。このあたりで“狼煙”が上がっているのを見たかい」
老人は空を仰ぐようにして尋ねてきた。だが、見渡す限りの広大な空に不審な煙など一筋も立ち上っていない。
「いえ、まだそのようなものは見ておりませんね」
ヒュドラルが落ち着いた声で返すと、老人は落胆したように肩を落とし、さらに言葉を重ねた。
「そうかい……じゃあ、小さな女の子は見なかったかな。ちょうど……このぐらいの……」
老人は座ったまま、自分の腰の高さあたりを手で示してみせた。
「申し訳ないが、見ておりませんね」
「ああ、そうかい。すまんかったね。見ていないならいいんだ、足止めして悪かったね」
老人は深々と頭を下げ、それ以上は引き下がる様子で再び地面に視線を落とした。ヒュドラルは軽く頷くと、馬を静かに歩み進めさせた。
……狼煙、か。つまり『煙』。
ふと、昨夜の精神世界でシヴィラが口にしていた言葉が頭をよぎる。
『“煙”がみえたら、“川”をこえろ』。
まさか、あの少女が授かった神託と何か関係があるのだろうか。
それにしても、探し人の幼い女の子……。もしこんな殺伐とした戦場跡の近くで迷子になっているのだとしたら、さっき目にした惨状を考えるに、無事である希望は極めて薄いだろう。
老人が見えなくなるまで進んでいく。
進むにつれて、周囲の草木はいよいよカサカサに干上がり、枯れ果てているのが目立ち始めていた。
風に乗って鼻腔を突くのは、かすかに、けれど確実に濃くなりつつある焦げ臭いにおい。……なんだ? この嫌な空気の変化は。
「……ん?」
目を凝らした先、遠くの視界の端に異変を感じた。
障害物のない開けた平原だからこそ、景色のちょっとした変化にはすぐに気づく。はるか彼方の地平線から、細く真っ直ぐに上空へ伸びる薄黒い影。
あれは……煙? 狼煙か?
「ねぇ、マチルダさん……あれ、煙ですよね……?」
「そうですねぇ……」
後ろからマチルダの戸惑うような声が返ってくる。
煙が立ち上っているということは、あそこに誰かがいるんだろうか。
味方に合図を出すための狼煙? それとも助けを求める SOS?……いや、それとも。
煙についてマチルダに尋ねてみると、彼女は顎に手を当てて教えてくれた。
「メッセージですかね? 単に焚き火や何かを燃やした煙ってこともありますけど……」
この世界でも煙は遠くへ合図を送るメッセージの役割を果たしたり、あるいは単に誰かが火を焚いているだけだったりするらしい。仮に何らかの魔法的な現象が起きていたとしても、こうして遠くから見ただけでそれを見破るのは至難の業だという。
だが。
隊列の先頭を行くヒュドラルが、ピタリと馬を止めた。
銀の兜をゆっくりと傾け、じっと煙の上がる方角を見つめている。彼の纏う雰囲気が、一瞬で緊迫したものへと跳ね上がった。
「……まずいね」
ポツリと漏らされたヒュドラルの低く重い声が、風に乗って耳に届く。
嫌な予感がする。
[補足情報]
-首採り平原
この付近の地域の呼び名。
戦場跡地であり、たびたびここで軍同士の衝突が起きる。その時決まって大量の死体が発生するのだが、この時に積み重なった死体からは首が持ち去られることが大半であった。
これを矮小な者たちは、まるで首が果実のごとく自然に生っているようだと形容した。故に、首を“取る”ではなく、“採る”なのだ。
生首にはおそらく、それ相応の価値がある。
-屍肉を漁る小動物
こちらの世界におけるイクティテリウムに似た哺乳類。初期のハイエナの仲間に酷似している。ハイエナというよりジャコウネコに近い姿。