TS美少女の俺と化け物になった元親友の異世界生存録 作:ケトゥ毛
「……それで」
ヒュドラルがゆっくりと男の前に屈み込み、尋問を始めた。
「ただの賊にしては妙だと思ったんだ。身なりは確かに汚れているが、脱走兵のようには見えない。ましてや、路頭に迷う貧民とも言い難いね。どうして君たちは、こんな危険な戦場跡でここまで躍起になって僕たちを襲撃してきたのかな?」
捕らえられたみすぼらしい男は、逃げ出そうとする気力すら残っていない様子で、地面に伏したまま力なく呻いた。
「食うものを、くれ……なんでもいい……パンの屑でも、干し肉の一片でもいい……それだけでいいから……なんでも話す……だから、頼む……」
「おい、身の程を弁えろよ」
トマスが苦々しい顔で押さえつけた男の腕をより強く捻り上げ、圧迫を加える。痛みに男が顔を歪めたが、ヒュドラルが静かに手を挙げてそれを制した。
「いや、構わない。少し分けてやれ」
「しかし団長、こんな奴に……」
「構わないさ。」
トマスは渋々といった様子で腰袋から硬い干し肉と水袋を取り出し、男の前に放り投げた。
男は泥まみれの手でそれに飛びつくと、まるで飢えた野犬のように猛烈な勢いで噛みちぎり、喉へとかきこんだ。ゴホゴホと激しくせき込み、水で強引に流し込みながら、喉を鳴らして吐き捨てるように呟く。
「……あぁ、神よ……まともな食い物は……いつ以来だ……助かった、本当に助かったよ……」
あろうことか、自分たちを襲い、仲間を殺したはずの相手に向かって、男は涙ぐみながらはっきりと『感謝』を口にしたのだ。
……やっぱり、何かがおかしい。
男は、力なく首を振りながら絶望を吐き出すように話し始めた。
「俺は、俺たちはここから出られなくなったんだよ。俺も、あんたたちももう終わりなんだ……うぅ……」
「どういうことだ?」
ヒュドラルが促す。男は喉を鳴らしながら、掠れた声を絞り出した。
「俺は……もともと商隊にいただけだったんだ……賊でもなんでもなかった……ただ、この場所を通ろうとしていただけなんだ……」
言葉はたどたどしく、声は弱々しい。精神的にも完全に参っているのが伝わってくる。
「その時、狼煙が上がってた。救助を求めているのか何かだと思って近づいたんだ。だが……その時にはもう遅かった……」
少し言動が曖昧で要領を得ないが、男は恐怖に身体を震わせながら、確信に満ちた声を張り上げた。
「“奴”だ……! “あの化け物”が……あの化け物が、俺たちをおびき寄せてやがったんだよ……!!」
あの化け物……?
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員の視線が一斉に、少し離れたところで死体を貪り食っているルリへと注がれた。
「なるほどあの化け物か……」
「あの化け物ですね……」
「あの化け物というわけか……」
「いや、あの化け物じゃない……」
「?」
「?」
急にすれ違いコントみたいなことすんのやめてくんない?
「……なんだその化け物……知らない……怖」
むしろ男の方が、巨体で血みどろのルリを今さら視界に収めてドン引きしている。
「えぇ……」
思わず素の声で引いてしまった俺をよそに、ヒュドラルはコホンと小さく咳払いを挟むと、平静を装って促した。
「ま、まぁ……話を続けてもらおうか」
男は過呼吸を起こして激しく肩を上下させ、ガタガタと恐怖に震えながら言葉を続けた。
「狼煙の元に……“奴”がいたんだ。それで、何が起きたかもわからないまま、みんな燃やされ……。焼かれて死んでいったんだ。そう、“火”だ。もちろん逃げたさ、だが逃げても逃げても火が迫ってくる」
「火から逃げ延びたと思えば、この平原から離れようとした仲間が、何かの境界を越えた当たりで突然発火して死んだ……」
「“奴”がいた……笑ってやがった……あいつは、俺たちを弄んで、愉しんでやがったんだ……! ああ、恐ろしい……恐ろしい……」
「だから、俺は、俺たちはここから出られないんだ……逃げられないし、物資も尽きていくばかりで……ここに迷い込んできたやつらが、どんどん同じように溜まってきた……」
「脱走兵だっていれば、首を採りにきている戦場漁りもいた。全員、狼煙が見えたころにはもう遅かったらしい……」
「だから生き延びるために、次に迷い込んできたやつらを襲撃しようとしたんだ……そうしなきゃ、死ぬしかないから……っ」
途切れ途切れで支離滅裂な部分はあるものの、彼らがなぜこれほど悲惨な状態で賊となり、こちらに襲いかかってきたのかの大筋が見えてきた。
「なるほど、ということはあの“狼煙”は君たちが上げたものではないと?」
ヒュドラルが静かに尋ねる。
「……ああ。あれは人が近づくと勝手に現れるんだ……。それを俺たちは利用して、他に迷い込んできたやつを見つけただけなんだ……」
「……狼煙には近づけば“奴”がいる。かといって逃げようとしても発火して死ぬ……八方塞がりなんだよ……!」
「なるほど」
ヒュドラルは冷静に頷き、腕を組んだ。
……待てよ。
火? 境界を越えると発火する? 逃げようとしても死ぬって……クソみたいな初見殺しだな?
ヒュドラルの雰囲気が、がらりと変わった。
先ほどまでの軽妙で穏やかな空気が一瞬で霧散し、まるで研ぎ澄まされた刃物のような冷たい圧が周囲に満ちていく。肌を刺すような寒気に、ぞわりと背筋が凍りついた。
「魔物だね」
「えっ?」
「十中八九、魔物だろうね。奴らは理を踏み外した逸脱者だ。これほど歪んだ真似ができても不思議じゃない。むしろ、こんな悪趣味で粘湿な趣向を凝らすのなら、なおさらだ」
ヒュドラルの呟きに、後ろに控えていたフィデリアがぴくりと反応した。金属鎧がカチャリと不穏な音を鳴らす。
「魔物は狩らなければならない。全て、一つ残らずね」
氷のように冷徹な、殺気を孕んだ声だった。
「えっ……?」
ちょっと待って。もしかしてこれ、その“奴”とかいう激ヤバな魔物を逃げてやり過ごすんじゃなくて、正面から狩りに行く流れになってる……!?
「ま、待って! 今聞いた限りだと、その相手って本当に危険そうなんだけど……! 境界を越えたら勝手に燃えるとか、初見殺しにも程があるよ!?」
「遅かれ早かれ、この窮地を脱するには戦うことになるよ。……それに、僕は勘が鋭くてね」
混乱して必死に引き止めようとする私を余所に、ヒュドラルは誰もいない明後日の方向へと視線を向けた。
「こうして自分より格下だと思っている者を弄んで愉しむ上位者気取りは、自分が遊ぶためのネタを全てバラされちゃあ、溜まったものじゃないと思わないかい?」
彼が虚空に向かって嘲笑混じりの嫌味を吐き捨てた、まさにその瞬間だった。
目の前に座り込んでいた男の身体から、突如として黒い煙のようなものがモクモクと立ち上り始めた。
「えっ」
何が起きているのか理解する間もなく、男の全身が発火した。
「ァあぁッ ギァアアアアアッ」
凄惨な断末魔の悲鳴とともに、男は転がり回る暇すら与えられず、一瞬にして激しい炎に包まれた。そして骨の砕ける音とともに焼き尽くされ、文字通りあっけなく物言わぬ焦土へと変わり果ててしまった。
「ほら、短気なんだよ」
ヒュドラルは燃え盛る死体を見下ろしながら、心底呆れたように肩をすくめてみせた。
「さてと、狼煙の位置に行けば奴がいるんだろうね。フィデリア、作戦を立てるから通達を頼む」
ヒュドラルは即座に指示を出し、迷うことなく次の一手へと行動を取り始めた。目の前で人間が一瞬にして焼き尽くされたというのに、一切動揺していない。
この人……というか、この世界の人たちって、やっぱり普段から死が身近すぎるせいかだいぶドライだよな……。
あ、まずい。 思考が脱線してる場合じゃない。まだあの超重要な“預言”のことを彼らに伝えていなかった。ここでこそ言っておくべきだ。
「あのっ、ちょっと、いい……!?」
「何かな?」
馬を翻そうとしたヒュドラルが、足を止めてこちらを振り返る。
「実は……かくかくしかじかで……」
昨夜の夢(精神世界?)で出会った本来のシヴィラのこと、そして彼女がどこからか聴いたという言葉。『“野火”に気をつけてほしいんだって。“煙”がみえたら、“川”をこえろ』というフレーズを、焦りつつも端的に伝えた。
「……なるほど。ここで巫女の本領発揮というわけか。ありがとう、覚えておくよ」
兜で表情こそ見えないものの、声のトーンからして彼は優しく微笑んだように感じられた。
◇
遠くでゆらゆらと立ち上っていた狼煙の元へと近づくにつれて、ヒュドラルの指示で隊列が散開し、対象を大きく遠巻きに包囲する陣形が組み上げられていった。
馬の背に揺られながら狼煙の発生源を注視する。
そこには小さな焚火が焚かれており、そのすぐ脇にぽつんと小さな人影が丸まっていた。
「え~ん、え~ん……」
ん? 女の子の泣き声……?
「おとうさーん……おかあさーん……どこー……?」
ボロボロのみすぼらしい布切れを纏い、膝に顔を埋めてわざとらしく肩を震わせている少女がそこにいた。
「お、女の子……?」
これが、さっきの男が言っていたあの恐ろしい“奴”なの……?
どこからどう見ても、迷子になって泣きじゃくっている可哀想な子供にしか見えないんだが……。
私が困惑に目を見開いたその瞬間だった。
馬上で並走していたヒュドラルが、一切の躊躇なくすっと片手を高く掲げた。
「放て」
短く、一言。
「えっ?」
次の瞬間、周囲を包囲していた兵士たちの弓が一斉にしなり、凄まじい風切り音が空気を切り裂いた。
「えっ……!? ちょ、ちょっと待っ……!」
悲鳴を上げる間もなく、無数の矢が集中砲火となって、うずくまっていた少女の小さな身体へ容赦なく突き刺さっていく。ドスドスと生々しい音を立てて肉に深々と刺さる矢の山。
あまりの容赦のなさに脳の処理が完全に追いつかない。
「ちょ、ちょっと……! なにやって」
「なんで撃ったか、なんて今更聞かないでくれよ」
ヒュドラルは鞍の上で冷ややかな視線を向けたまま、淡々と告げた。
「いたい……ひどいよ……くるしいよ……」
少女はさらに呻いた。明らかにそれだけで済むとは思えない状態だが。
「さっきの男が言っていた条件と一致するし、こんな戦場跡の真ん中で焚き火をして泣いているなんて、明らかに怪しすぎる。……間違いなく、あれが『魔物』だよ」
直後、全身に数十本の矢をハリネズミのように突き刺された少女が、むくりと怪しい動作で立ち上がった。
「な~んだ」
少女は首をポリポリと掻きながら、刺さった矢を鬱陶しそうに手でポキポキと折っていく。痛がる素振りどころか、血の一滴すら流れていない。
「おにーさんさぁ……ノリ悪いって言われない? もっちっと空気読んで『大丈夫~?』とか優しく声かけて抱きしめてくれてもよくな~い? マジ空気読めなさすぎてウケるんだけど。モテないでしょ。」
粘質で舐め腐った、耳に障る声が平原に響き渡る。
なんだあの異様な雰囲気は……! 全然子供の喋り方じゃないし、心の底から他者を見下している悪辣さが透けて見えている。
「な、なんだ……あれ……」
「言葉を交わす必要はないよ。魔物の放つ言葉に意味なんてないからね」
ヒュドラルはとっくにそういうスイッチが入っているようだった。
「やば、真面目すぎ。 アンタみたいな冷めた男ってホントつまんないんだよね~……。せっかく可愛く泣いてあげてたのにさぁ」
あからさまに挑発的な態度でヘラヘラと笑う少女。だがヒュドラルは一向に反応せず、淡々と二射目の準備を兵士たちに指示し始めた。
「……無視? はァ~……そういうのが一番ムカつくんだよね……ッ!!」
少女の顔からへラついた笑みが消え、底意地の悪い殺気が剥き出しになった。
「……!」
直後、少女の身体からドロリとした煙が噴き出し、膨れ上がり始めた。
「な、なにあれ……!?」
少女の上半身はそのままに、下半身がみるみるうちにぶよぶよと醜く肥大化していく。まるで巨大な芋虫かナメクジのように身をくねらせ、その表面はドロドロとした不気味な炎を撒き散らしていた。
『でもさ~、アンタもどうせ燃やしちゃえば終わりだしねッ! さっきの雑魚おっさんたちと同じ殺し方じゃ面白くないし~……う~ん、決めた! カラダの穴という穴、ぜーんぶ焼き塞いで二度とクソぶっこけなくしてやるね!!』
吐き気を催すような凶悪な本性を隠そうともせず、悪辣な歓喜の声を怪物は上げた。
「本性を現すのが早いね。……さてと、ここからは言った通りだ。逃げるよ」
ヒュドラルは吐き捨てるように言うと、流れるような動作で馬を翻した。
「総員、撤退! 走れ!」
フィデリアの号令が響き渡り、一斉に逆方向——あの不気味な炎の魔物から距離を取るべく、全力で平原を駆け出す。
マチルダが手綱を必死に握りしめる馬の背で、たまらず後ろを振り返った。
視界に飛び込んできたのは、到底この世のものとは思えない地獄絵図。
「ひっ……!?」
ものすごい勢いでドス黒い野火が広がり、地表を舐め尽くしながら迫ってきている!
まるで炎の津波だ。空気が一瞬で干からび、息を吸うだけで喉が焼けるように熱い。
「ぐあああああッ!?」
隊列の後方にいた何人かの兵士が、一瞬で炎の波に呑み込まれた。人間も馬も関係なく、文字通り一瞬で火達磨になって倒れ、物言わぬ焦土と化していく。やばい、やばいやばいやばい!!
「こちらです! 団長、こちらへ!!」
あらかじめ先回りして待機していたと思われる兵士たちが手を振り、避難ルートを示していた。ヒュドラルを先頭に、私たちはその合図に従って全力で進路を滑り込ませる。
もう一度恐る恐る後ろを見れば、あの巨大な燃える芋虫怪物が、ぶよぶよとした巨躯をくねらせて一直線に追いかけてきていた。下劣な高揚感を撒き散らしながら、地響きを立てて迫ってくる。炎に呑まれて焼死するか、あの巨体に轢き潰されて破裂するか。どちらにせよ待っているのは確実な死だ。
怖い。恐ろしい。
この世界に来てからいくつかの修羅場をくぐり抜けてきたし、少しは肝が据わってきたんじゃないかと思ってけれど、前言撤回! 慣れるわけがない! 痛そうなのは絶対に嫌だ!!
「団長! こっちです! 飛び越えてください!!」
前線から叫び声が上がった。
前方に目をやると、荒涼とした大地をバッサリと切り裂くようにして、人工的に掘られた巨大な溝が一直線に伸びていた。
もしかして……追撃を察知して、火の進行を少しでも遅らせるために事前に兵士たちに掘らせていたのか!?
ヒュドラルたちの徹底した準備と手際の良さのおかげで、間一髪のところで全員で溝を跳び越え、命拾いをすることができた。
だが、疑問が頭をよぎる。
もし昨夜の預言を素直に解釈するのだとしたら、この悪夢のような“野火”から逃れるためには『川』を越える必要があるはずだ。
けれど、見渡す限りのこの荒れ果てた平原のどこを見渡しても、水が流れる川なんて一つも見当たらない。
まさか……そんなもの、最初からこの場所には存在しないんじゃないのか!?
跳び越えた溝の淵で馬たちが一斉に手綱を引かれ、パカパカと足音を荒げながら停止した。
溝を挟んだ対岸で、追いついてきたあの炎の芋虫怪物がドロドロとした黒い火花を散らしながら、こちらを威嚇するように鎌首を持ち上げ、向かい合う形になる。
「あ、あの……! 川がどこにもないみたいだけど、どうすれば……!?」
焦破し、たまらずヒュドラルに向かって声を張り上げた。
すると、銀の兜をゆっくりとこちらへ向けた彼は、いつもと変わらぬトーンでどこか自信ありげに言ったのだった。
「そうだね。このあたりに川なんて流れていない」
「えっ……!?」
「だからね。作ることにしたんだ」