吸血奇譚   作:ミサキル

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思いつきの見切り発車


出会い

「なん…………で」

 

みーんみん。

蝉が鳴いている。

 

「どう…………して…………」

 

いつもは気にも留めない雑音なのに、こんな時はうるさいぐらいに耳元で鳴いている。

目の前にある現実を刻み付けるように鳴いている。

 

「くそ…………くそ……くそくそぉ……!」

 

血が出ている。

どくどくと、とめどなく血が溢れている。

私のじゃない血が。

目の前の男から流れている。

 

「私じゃ……ないんだ………!!私じゃ!」

 

路地裏には、街灯が一つぽつんと立っている。

空はまだ夜の色に染まっていないにもかかわらず、私には辺り一面が暗闇に見えた。

誰もいない道端で、私は誰に弁明しているのだろうか。もうここには、私しかいないのに。

 

「く…………うぅ………………ああ」

 

どうしようもなくなってうずくまる。

目の前の変わることのない現実を否定するように。

ああ……さっき?さっきまでは違ったんだ。

あいつと他愛もない会話をして、楽しく喋っていた。

だからこんなのは現実じゃないんだ、こんなことが現実であるはずがないんだ、そうだ、さっきまで平穏そのものだったじゃないか、なのになんでこんなことになっているんだ、あいつが、これが!余計なことを言わなかったら、こんなことにはならなかったんだ、だから私が悪いわけじゃないんだ、そうだ私が悪いわけじゃない、私が、私が悪いところなんてなにもないんだ、だからもういいだろう、もうお願いだからこの蝉の声も何もかも消えてください――。

 

ずり、ず。

 

頭を抱えてうずくまっている私に、蝉の声以外の音が耳に届いた。

なにかが、衣服を引きずるような音だった。

その音が目の前から発せられたものだと気づくと、私は顔を上げた。

ああ……なんだ、さっきまでのことは夢だったのだ。

あの目に焼き付くような血の色も、あの耳障りな蝉の声も、全ては夢だったのだ。

 

「ああ!よかったです!!」

 

顔を上げて声を出す。

そこに居たのは。

 

血まみれの人ではない、ナニカだった。

 

「あ……あぁ……あああ」

 

キヴォトスに似つかわしくない、古びた城の王を思わせる豪華な服装をまとったそれは、大きく口を開けて。

 

───口の中にある二つの牙を覗かせて言ったのだ。

 

「いただきます」と。

 

*

 

――なんとなく、寮には居づらい。

そんな理由で外を適当にうろついていた。

暇つぶしというよりも、日つぶし。

こうやってのうのうと、毎日、夜に出歩いて時間を無為にしている。

ミレニアムという学園都市は不思議なもので、昼の喧騒が夜には嘘のように消えている。

まぁ……この時間は授業もないし、基本的に機械いじりやらプログラムやらが好きなミレニアムの人たちは自室にこもっているのだろうけど。

昼夜逆転している不良生徒としては、銃弾やら爆発やらがないこの夜は好ましい。

夜万歳である。

 

「?」

 

と、少し先の横断歩道に一人の少女がいた。

赤信号なのか青信号なのかはこの距離からでは見えないが、恐らく信号待ちなのだろう……なんというか、車も通ってないのに律儀なものである。

俺なら左右を見て、車が来ていないことを確認したのちに、しっかり信号無視を決めるのに。

――というかあの人、もしかして早瀬ユウカではないか?

生徒会『セミナー』の会計で、数学のことなら負けなしと言われたりする……あの。

なんでそんな人がこんな夜中に出歩いているんだろうと疑問を持つが、考えても仕方ないということに気付いた。

なにせ知り合いですらない人なのだ。

こっちが一方的に彼女について知っているというだけで、彼女は俺について何も知らないだろう。

しかし、それでも、まぁ。

 

「………」

 

少し気まずい。

相手はこっちのことを見てさえもいないのだけど、このまま彼女の後ろを通り過ぎたら彼女になんて言われるか分からない。

なんせミレニアムでも有数の優等生なのだ、昼夜逆転してまともに授業も出ていない俺みたいな不良生徒を見たら彼女の優等生センサーが反応して、俺を更生させるために色々面倒なことを言うかもしれない。

いやまぁ、彼女ほどの有名人の目には俺みたいな不良生徒は映らないのかもしれないけど。

しかし、今更進路を変えるのもそれはそれで面倒である。

 

「……ふむ」

 

立ち止まって少し考えたあと、彼女の後ろを通り過ぎることにした。

よく考えたら面識も何もないのに話しかけられるほうが不自然な話だ。というかなんだ『優等生センサー』って、彼女はセンサーを備えているロボットなのか。

我ながら馬鹿馬鹿しい。

彼女は俺の存在に気づいてない、俺も彼女の存在に気づいてない、ここは何事もなく、二人の通行人は出会うことなく終わるのだ。

 

――――なんて、腑抜けたことを考えていたからだろうか。

 

「ふべ」

 

こけた。

なにかあったわけではない。夜という、ただでさえ視界が悪い時間なのにも関わらずつまらないことを考えていたせいで、目の前の道をしっかりと見てなかったのだ。

歩きスマホをしてる人が転ぶのと同じである。

問題は俺はスマホを見ていたわけではなく、ましてや本や別の何かを注視していたわけでもなく、ただ物思いに耽っていたという事実である。

恥ずかしーーー。今どき何もない場所で、物思いに耽って転ぶ人なんているのか?なかなかないと思うんだけど、しかも近くに早瀬がいるし、なんならじっとこっちを向いているし。

ああ……俺は一生分の恥を今、かいたのかもしれない。

もうお嫁にいけない。

 

「えっと……み、見てませんよ?」

 

気まずさからだろうか、それとも、せめてもの情けなのだろうか、早瀬ユウカという少女の口からは一ミリも信用できない言葉が出た。

有名人と出会って最初にかけられる言葉がこれだという事実に俺のハートは瀕死の状態になっているのだが、男としての尊厳を保つために、ここはあえて言わせてもらおう。

 

「あはは」

 

最悪の選択をした。なんだあははって、俺は何に対して笑っているんだ。自分か、自分の無様さを笑っているのか。

ここで笑うという選択をするのが俺の中での男の尊厳なのか。

捨てちまえ、そんな尊厳。

 

「…………」

「…………」

 

互いに無言の時間が訪れる。

それは一分にも満たない時間だったのかもしれないけど、今の俺にとっては数時間のように感じられた。

穴があったら入りたいと言う人の気持ちを真の意味で俺は知ったのかもしれない。

そんな気まずさに耐えきれなくなったのか、早瀬はこちらに手を差し出してきた。

わざわざこちらへと近づいて、見知らぬ他人に。

 

「手、貸しますよ」

 

そう言って手を差し伸べたのだ。

払いのけたりする理由もないので、素直に手を取る。

早瀬の手は……少し温かかった。

 

「ありがとう」

「ええ、どういたしまして」

 

なんというか、すごく背中がむずむずする。気恥ずかしさというものだろうか。

しかし、特にここから続く会話があるわけでも、恋が始まるわけでもない。

俺個人としては一刻も早く立ち去りたいので、軽く手を挙げて、

 

「じゃ」

 

と一言だけ残し、今すぐにでも走りたい気持ちを抑えて、ずんずんと歩く。

なんというか、敗走してる感じだ。勝ち負けなんてない。そもそも勝負すらしてないのに敗走というのはおかしいと思うけど………今の俺には敗走という言葉が似合う。

自分で言って惨めな気持ちになるけど。

なんだろうなぁ。

俺はこの恥ずかしさを一生抱えて生きていかなければいけないと思うと憂鬱になる。

早瀬にしてみれば、それこそ日常の一コマ……いいやそれにすら満たないシーンなのだろうけど、俺にとっては大事なのだ。

まぁ、こんな腑抜けたことを考える人間だから、なにもないところで転ぶんだろうな。

そんな自虐をのうのうと考えていると。

 

「ちょっと待ってください」

 

と、後ろから声をかけられた。

早瀬である。

まさか、声をかけてくるとは思わなかった………てっきり、このまま何事もなくバイバイだと。

 

「ふー、やっと追いつきました。意外と歩くの速いんですね」

「俺、なんか落とし物でもした?」

「?いえ、そういうわけではないんですけど……それより矢車くんはどうしてこんな時間に歩いているんですか?」

「…………………………」

 

名前を知られているんだけど。

ええええ?名前が分かるものとか付けてないはずなんだけどなぁ。

 

「えっと……夜が好きで」

「なるほど……だから昼には見かけないんですね」

 

嫌味か貴様!……と言いたい気持ちを抑えてとりあえず聞きたいことを訊く。

 

「なんで……」

「?」

「なんで、俺の名前を知ってるの?」

「え?矢車くんくらい有名なら、私が知っていても当然だと……思うけど?」

「え。あ…………え?」

 

ユーメージン?俺が?早瀬じゃなくて?…………俺が?

思わぬ返答が来て困惑する。

ミレニアムで俺の名前を知っている人なんて、それこそ一人もいないもんだと勝手に思っていたのだけど……意外とそうでもないのか?それともこの優等生が凄いのか?

あんまりにも予想外だったから頭が回らない。

俺があまりにも戸惑っていたからだろう。早瀬は少し頬を掻いて笑った。

 

「えっと……矢車くんって転校生だから少し珍しくて、それで知ってたんです」

「あ、ああ……そういうね」

 

よかった、知らぬ間に自分が問題行動を起こしてセミナーに目をつけられていたという展開じゃなかったのか。

やっぱり人間っていうのは平穏が一番だからな。

 

「それにしても日中には居なくて夜に居るなんて……矢車くんってもしかして朝起きれないんですか?」

「いや、それは」

 

間違ってはない、間違ってはないんだけど、間違っている。

挙動不審な俺の様子を早瀬はすこしおかしいと思ったのか、目線を合わせてくる。

 

「?困ってるならなにか対策を考えてあげましょうか?」

 

早瀬はぐっと身体を寄せ、こちらを睨んでいる。

真夜中に美少女から接近されるというシチュエーション自体は嬉しいのだが、相手がセミナーとなると正直に言って、あまり心地の良いものではない。

 

「えっと、その……」

 

断るための理由を上手く思いつかない。

相手はセミナーだし、なにか言えば揚げ足でもなんでもとって論破するかもしれない。

かと言って正直に理由を言うのははばかられる。

だから俺はこう言った。

 

「俺、日光に当たると消滅しちゃう病気なんだよね」

「……、……」

 

まずいスベった。

俺は直感的にそう思った、いや、ずっとスベリ続けている人生なのだけどここまで圧倒的な『スベった感』は初めてだったからだ。

だってそうだろう、目の前の表情豊かな美少女が急にスンと真顔になったのだ、スベった以外の何物でもない。

さっきまでの優等生はどこへ行ったのやら、目の前にはただの像と変わりない人の形をした石があった。

 

「……」

「……」

 

……さっき転んだ時とは比にならないぐらい空気が重い。

空気が重すぎる、か弱い俺のハートはもうこの空気に押しつぶされそうだ。

なにか言わなくちゃいけない、そんな強迫観念に背中を突き飛ばされて、声を漏らす。

 

「ぅ、うっそぴょーん、そんな病気あるわけないじゃないですか早瀬サン!」

「………………は?」

 

優等生からのお有難い一言、は?である。

…………あーーー死にたい。

なんだこの痛すぎる発言は、黒歴史が目の前で爆誕したんだけど。

緊張しすぎて何を言ってるんだよ、俺はもぉーーちくしょう!

だから人付き合いとか嫌なんだ!人とろくに喋ったことのない落ちぶれ生徒が緊張してこんな馬鹿みたいなことを口走るのはわかってたんだからさぁ!ちくしょう……なんでこんな失敗するんだ俺は。

ああ……ほら、早瀬が凄い顔でこっち見てる、顔に書いてあるよ理解不能ってデカデカと。

終わった……俺は早瀬経由でセミナーに晒されるんだ、磔にされて、卵を投げられるんだぁ……。

ちくしょう……この有様じゃ先生にも迷惑かけちまう。

せっかく俺のために寮まで用意してくれたってのに……一週間ちょいの生活でセミナーに晒される問題を起こすなんて、あの人、なんて顔するんだろうか。

困ったように笑って、“矢車くんは元気がいいね”なんて余裕しゃくしゃくに言うんだろうか。

それだけは避けたいなぁ!

 

「早瀬さん!私が悪かったです!ですのでこの件はここだけの秘密にしてください……!」

「……え!?あ……う、うん?」

「俺にできることならなんで……も…………へ?」

 

あれ?なんか、あっさり許された?

もっとこう……色々(経済的な意味で)搾られると思っていたのだけど。

セミナー直伝の超絶テクで。

 

「ごめんなさい、なにか勘違いさせちゃったみたいね」

「え、あ……う、うん」

「安心して、こんなことを誰かに話したりしないわ」

「ありがとう……ございます?」

 

なんだろう……思ったより優しい?

セミナーの人はもっと高飛車で高貴で傍若無人なイメージだったのだけど、そうでもない……のか?

なんだかそう思うと、とても失礼なことをしてたような気がする。

少し覗いてきたりしただけで睨んできたかと思ったり、卵を投げつけられるのかと思ったり。

被害妄想が少々過激になっていた気がしなくもない。

 

「それよりも……私の名前、知ってたんだ矢車くん」

「そ、そりゃまぁセミナーの会計だし……はい」

「……」

「……」

 

また、無言の時間が訪れる。

セミナー相手ということもあってか話しにくい(そもそも積極的に話しに行く人間ではないというのもあるけど)のと、共通の話題もないのがこの無言の空間を生んでいた。

そんな気まずい無言を断ち切ったのは彼女からの言葉だった。

 

「……そういえば矢車くんって銃を持ってないんですね」

「え、あぁ……そうだな」

「今どき、銃を持ってない人なんていませんよ?」

「まぁ、それはそうだけど」

「なんで矢車くんは銃を持ってないんですか?」

「……えっと」

 

なんでって言われても。

言いにくい、深い意味があるとか、言えない理由があるってわけじゃないけど、開けっぴろげに人に言うもんでもないし。

困ってる俺の様子を見て早瀬は少し俯いた。

 

「すいません、あんまりそういうプライベートなことって聞くべきじゃなかったですよね」

「ああいや!?そういうなんか深い意味があったりするわけじゃないから!安心して」

「?それって……」

「まぁ、特段人に話すほどのことってわけじゃないってだけだよ……俺が勝手に失敗したっていう話さ」

「失敗ですか?」

「えっと…だな、初めて銃に触ったときの話なんだけど、なんて言うかな、カッコつけちゃってさ、片手で銃を撃とうとしたんだよ」

「片手で?銃によりますけど、キヴォトスだと結構普通のことだと思いますよ?」

「……まぁ、そうだよな、問題は俺が初めて触った銃がマグナム弾を使うリボルバーだったってことなんだよ」

「あっ……」

「お察しの通りさ、銃を撃ったときの反動で俺は気絶、幸い銃を撃ったほうの腕は脱臼するだけで済んだけどな……まぁ、そんなことがあってさ、俺は銃を持ち歩かなくなったってわけだ」

「あ……あぁ」

 

さっきよりも非常に気まずい空気が流れている。

それもそうだろう、転校生から聞く衝撃エピソードがこんな馬鹿みたいな失敗談なんて気まずいったらありゃしない。

いっそ笑い話にしてくれれば嬉しかったのだけど、彼女にとっては笑い話にもならない話らしい。

話さなければ良かったと、今さらながら後悔する。

普段、人とろくに喋ってないのが裏目に出てしまった。

こんな空気になるならば、話さなければ、いっそ出会わなければ良かったのに。

……なんて、もう言っても遅いのだけど。

それでも後悔してしまう、後悔とは後から悔いると書いて後悔なのだから。

 

「ねぇ、矢車くん」

 

考えていると。

ぼんやりと、考えていると。

彼女はまた、話しかけてきた。

ねぇ、と、まるで友人に話しかけるかのような気安い言葉で。

なにかまた質問でもするのかと、俺は思っていたのだけど、彼女の言葉は違っていた。

それは俺に話題を求めるのではなく、話題を自ら提供する言葉だった。

つまり、彼女は聞いてきたのだ。

 

ねぇ、吸血鬼って知ってる?と。

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