午後の授業について話すことは無い。
午前の授業とだいたい似たような感じだった。
つまりまったく俺にはついていけない、分からないという二重苦の授業だったということだ。
えっあの後?吉野と出会った後?
……特に何もなかった。
何か物語が大きく進みそうな感じを出しといてなんだが、本当に特に何もなかったのだ。
美味しい稲荷寿司を食べて、昼休みが終わりそうになったから吉野に別れの挨拶をして……終了。
終わり、語るところなしの閉幕。
そしてそれは午後の授業についても同じことが言える。
なんか、運命的な出会いをしたら、運命的な出来事が起こる……そんなのは創作の中だけのご都合主義なお話で、現実では特に何も無いというのが実情だった。
世知辛い世の中である。
男子高校生に、もっと甘い想いをさせてもいいんじゃないか?
まぁだからと言って、俺は自分で行動するような積極性の溢れる少年じゃないんだけどね。
まぁ、そんなことを考えていたら、午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのである。
「帰るか」
終わりのチャイムが鳴ったら部活というごく一般的な思考回路は俺には搭載されてない。
俺が帰る場所は部室ではなく、寮なのだ。
教室の連中が部活だのなんの言ってる中で1人静かに教室から出る。
騒がしいったらありゃしねぇ……キヴォトスの連中には慎みという概念はないのか?
……ないか。
「ま、俺の場合、慎みすぎて存在感無くなってるけど」
要は適量ということである。
何事も多すぎると毒になり、少なすぎると不足する。
俺は存在感が不足し、彼女たちは存在そのものが毒になっている。
……しかしこの場合、ことキヴォトスにおいては毒の方がちょうどいいのだろうけど、俺には不足しているぐらいが丁度よかった。
「……っ眩しいな」
外に出ると変わらず太陽は輝いていた。
太陽も俺みたいに慎んでくれたら嬉しいのだけど、あいにく生物ではない存在に対話は不可能だ。
俺は天体と会話するほど殊勝な人間ではない。さっさと帰るに限る。
帰ったあとは寝て、夜に起きて、飯食って、適当にぶらついて、眠くなったら寮に帰って寝て、起きて、また学校へ……。
……ん?
また……学校?
なんでまた学校なんて行かなくちゃいけないんだ。
そもそも馬鹿みたいに暑い外に出歩くってだけでもキツイのに、なんで俺は学校なんて行かなくちゃ……。
「学校ちゃんと来てくださいね」
フラッシュバックする、あの時見た文字。
たった十三文字の一言、それもモモトークで送られてきた温かみの欠片なんてない文章。
なのに、なんでだ。
なんで……俺は、あの文字のことが頭について離れないんだ?
学校には、行った、そこで早瀬とも会って、しっかり役目は果たせたじゃないか。
もう行かなくても、それは俺の勝手で……自由じゃないか。
それなのに、なんで、俺は……また学校へ行こうなんて、そんな事を考えちまってるんだ?
おいおい矢車、少しおかしいぞ、どうしたんだよ今までの俺。
学校なんて退屈で、面白みなんて一mmもないような場所じゃないか。
そもそも教室の奴らに友達なんて存在しない。
あいつらと会っても楽しくともなんともない、ただのクラスメイトだ。
なのに……ちくしょう。
「また行きたいって……思ってる」
たった十三文字のメッセージが、俺の心を動かしてる。
「だから、嫌なんだよ……人との繋がりってやつはさ……」
重荷になる。
絆は、傷に名をつけたものだから。
だけど……今はその傷が、ただただ嬉しかったのだ。
″く″
「ん?」
なんか周りがざわめいてるというか、ザワザワしてる。
有名人でも来たかと思うくらいに、ザワザワと周りが騒がしい。
俺としたことがずっと考え事をしていたせいで、周りの変化に気づかなかった。
″車くー″
なんか聞こえるような気がするけど、なにもナイナイ。
さてと、そろそろ帰りますか。
″矢車くーん!!″
「って、先生じゃねぇか!」
″あっ気づいた?″
「大きな声と、その特徴的な括弧は気づくわ!」
″ああ……原作に基づいてね″
「基づいてね……じゃねぇよ!誰が話してるか丸わかりなんだよ!小説だと浮くんだよそれ!俺と早瀬が仲良く「」で喋ってるのに一人だけ″″で話してると違和感すごいんだよ!」
″はっはぁ……矢車くんは相変わらずツッコミが冴えてるね″
「こ……こんなにツッコミするのあんたくらいだわ……」
人畜無害、人を殴ったことなんてありませんと、顔に書いてある人間は俺の知ってる限りこいつくらいだ。
シャーレの先生。みんな先生先生と言っているから俺も習って先生と呼んでいるこの男は、俺の目の前にいた。
……なんでここにいるかは知らない、というか知りたくもない。
この男がいるところは十中八九、何か事件が起きてるからだ。
「それだけ聞くと、まるで名探偵のようだな……」
″安心して、私は探偵役じゃなくて犯人に殺される一般人Aだから″
「お前のような一般人Aがいてたまるか!」
″……Bの方が好みだった?″
「AとBの好みについて俺は言ってないんだよ!そっちの方じゃなくて一般人という単語の方にツッコミを入れてるんだよ!」
″……私は一般人じゃなくて逸脱人だった?″
「あらゆる意味で逸脱してるよ、もう一般的な存在じゃないよ」
″私、一般人には知られてる方だと思うんだけど……″
「そういう意味で言ってない!ってああ……もう!ツッコミきれん!」
″あはは、ごめんね、矢車くんってなんかからかい甲斐がある子だからつい″
「いいよ……もう……それで?なんの用なの?」
″うーんと、近況確認?的な感じかな?″
だろうな。
心配性なのだ、この男は。
「……つまり、最近上手くいってるかを訊きたいのね」
″そうだね″
「はぁ……過保護なんだから、俺はそんな弱々しいペットってわけじゃねぇんだから、心配するなって」
″うーんそうとは思ってないけど……とりあえず元気そうで良かった″
「……」
ニコニコとそう言われては、俺は何も言えない。
なんというか、毒気を抜かれるというか、肩の力が抜かれるというか。
むしろ、さっきまでツンツンしてた自分が嫌になるのだ。
この男は……本当に、なんというか。
「さすが、女子生徒人気ナンバーワンの風格は違うねぇ……」
″それぐらいはね……ゆくゆくは、学園ごとの人たちとも仲良くなってキヴォトス人気ナンバーワンを目指すよ。キヴォトスご当地キャラクターとしてね″
「なんだよ、キヴォトスご当地キャラクター」
親しみやすいし、話しやすい。
自然と頬が柔らかくなるこの雰囲気を意識的にやってるのなら、とんでもない人物だ。
まぁ、無意識でやってるから、意識的にやってる人よりももっと恐ろしいかもしれないけど。
″それでさ……″
「ん?」
先生が声を低くする。
こういう時は大抵、重要なことを言うのだ、先生は。
″『記憶』の方はどう?″
「……」
そのことか。
なんかもっと重要なことを訊かれるかと思ったけど、特段そういったわけでも無さそうだ。
「なんにもないよ」
″……なんにも?″
「ああ……なーんにもない、戻ってないし、戻りそうな兆候もない」
″そっか……″
少し悲しそうな顔をする彼を横目に、俺は考える。
記憶について。
俺という人間の記憶について。
*
ここで少しだけ、俺こと矢車についての話をしようと思う。
なに、そんな時間は取らせないし、文字数もない。
たった1つの単語で表せる事柄だからだ。
記憶喪失。
自分の名前、家族、諸々の全てを俺は記憶してない。
一応エピソード記憶というものが無くなっているらしく、物事なんかは覚えてる(ちなみにエピソード記憶というのは思い出とからしい、先生からの話なのであんまり信用出来ないが)。
しかし名前を、自分を記憶してないという事実は変わらない。
だから本当は矢車という名前すらもないのだ。
シャーレにたまたま飾ってあった花の名前をとった。
矢車菊という青い花の名前を。
まぁ、そこは置いておいて、俺はミレニアムの廃墟という場所で発見されたらしい。
その時は寝ていたから知らないので、先生からの口頭なのだけど、布を一枚被って、捨てられていた……らしい。
俺の扱いは野良猫か、とツッコミたくもなるのだけど、笑えないのでやめておく。
記憶も、名前も、何もかもナイナイ尽くしの俺。
とりあえずカタチとして、俺は先生によって居場所を与えられた。
ミレミアムサイエンススクールという場所を。
最初は……まぁ上手くやっていこうと頑張っていたような気がする。
自分なりに、馴染もうとしてた。
けど、銃弾やら爆発やら……俺の中に微かにあったちっぽけな知識なんかじゃ到底太刀打ちできないような現実に、俺は打ちのめされた。
打ちのめされて、砕かれた。
カタチだけの名前、カタチだけの場所。
全てがカタチだけのものであり、全てが安っぽい偽物。
結局俺は、一週間も持たずに、不登校児となった。
学校には行かず、夜に適当に徘徊する、そんな落ちこぼれの不良に。
これ以上もこれ以下もない、特段、語ることもない人間。
ひねくれ者の、落ちこぼれの劣等生。
それが俺だった。
*
回想終了。
こうして振り返ってみると改めて感じることがある。
……早瀬がいてよかったぁ。
夜に適当にぶらついてたら早瀬と出会うって、結構ラッキーな出来事だったんだな。
しかもそのまま友達になるとか、神様が友達のいない俺を哀れんでくれたとしか思えないような奇跡だ。
あのままじゃ、俺は、きっと──。
ん?あれ、そういえば、早瀬はなんで昨日夜に出歩いてたんだ?
そういえば理由を聞いてない、というか上手くはぐらかされた気がする。
早瀬は一体どうしてあの夜……。
″矢車くん、聞いてる?″
「ん?ああ……聞いてる聞いてる、地球が宇宙の中心って話ね」
考え事をしてたせいか、先生の話についていけなくなってた。
とりあえず適当に喋ったが。
″天動説について話してた訳じゃないよ!?″
違ったらしい。
「ああ……そうそう先生の一人称についてね」
″そうそう!文字だと分かりにくいけど私の一人称って実は『わたくし』なんだよね″
「えっそんな話だったの……?」
こんな話が正解だったのか?
″いや全然違うよ?話を振っておいて急に置いていかないで?″
違った……。
″なんで矢車くんはしょんぼりしてるのかな……まぁとにかく、今日は部活紹介するからね″
「えっなんで?」
″なんでって……さっき説明したでしょ?本当はここに来てからすぐにするつもりだったけど、こっちの予定が立て込んで遅れたって話……もしかして聞いてなかった?″
「あーうん、知ってた」
″知らない時の反応だ……″
「ごめんごめん。でも俺、部活入るつもりないから」
″それでも行くの……大丈夫、別に強制する訳じゃないよ、個々人の意見を尊重する″
「ならここは個々人の意見として、帰宅を……」
″けど、なにも見ないまま部活をしない選択肢は先生として取らせたくないかなぁ……″
「うっ」
すごい顔でこっちを見てる。
先生は顔が顔だから威圧感みたいなのはないんだけど、睨んでいる小動物のような顔なのだ。
つまり、心が痛む……!
これは俺だけの感覚かもしれないが、小動物に睨まれると罪悪感のようなものが生まれるのだ。
まるで俺が悪いと言われているかのような気分……誰もそんなことを言ってないのに……!
「負けた、先生の好きにしていいよ」
″えっ結構素直……だね?まぁその方が都合がいいから嬉しいけど″
「俺はポメラニアンには弱いんだ……!」
″?″
先生が疑問符を浮かべていたが、とくにツッコミもうと思わなかった。
この感覚は同じ小動物に睨まれたもの同士にしか通じないのだ……悲しいことに。
この屈服感は、同じ者にしか……な。
″うーんまた矢車くんが変なことを考えてそうな顔してる″
失礼な!変なことではない、ポメラニアンについての心理学的なことを考えていたのだ。
「……いやこれ変なことだな」
″自覚してたんだね……ああいや、そんな事ばっかり言ってないでそろそろ行くよ!″
「行くって……どこに?ミレニアムの部活って結構色々あったような気がするんだけど」
″そうだね……まずは″
先生がタッチパネルをスライドして、止める。
どうやら行き場所を決めたらしい。
″そう……まずはゲーム開発部からだ!″
「……最初からなんかヤバそうなんだけど」
そんなこんなで、俺の部活見学が始まることになるのだった。
……最初から結構不安なんだけど大丈夫か!?