その日、烏丸スズメの姿が見えないことに真っ先に疑問を持ったのは、蓮根奎星だった。
もっとも、朝の時点では本当に些細な違和感でしかなかった。
七時。
奎星は布団の中で目を覚ますと、しばらく天井を眺めてから眉を寄せた。
静かだった。
あまりにも静かだった。
いつもなら、七時ちょうどになると襖が開く。最近では奎星も自力で起きる日が増えたため、アロホモラで鍵を開けられることこそなくなったものの、それでもスズメは朝食の時間になると必ず一度は顔を出した。
「起きていますか」
「制服を着てください」
「教科書を枕にしないでください」
「蓮根君、聞いていますか」
一か月も聞き続ければ、もはや目覚まし時計より馴染み深い声である。
だが今日は聞こえない。
奎星は枕元の時計を手に取った。
七時十二分。
「……遅刻じゃん、スズメちゃん」
寝坊だろうか。
そう考えた直後、自分でも妙な気分になった。
烏丸スズメが寝坊。
少なくとも、この一か月で一度も見たことがない。
奎星が髪を掻きながら起き上がったところで、廊下からぺたぺたと足音が聞こえてきた。
「レンコン、ゴハン」
襖から天ぷらが顔を出す。
「蓮根な。おはよ」
「オハヨ」
今日のお盆には、焼き魚と卵焼き、味噌汁に白米、それから小鉢が二つ載っていた。
一人分だった。
奎星は何気なく廊下を見る。
「天ぷら、スズメちゃんは?」
「トリマル?」
「烏丸先生」
天ぷらは耳を横へ倒し、少し考えるような顔をした。
「イナイ」
「研究室?」
「イナイ」
「食堂?」
「シラナイ」
奎星は一瞬だけ黙ったものの、すぐに肩をすくめた。
「まあ、また研究だろ」
スズメが授業に来ないこと自体は、それほど珍しくなかった。
正確には、無断で休むわけではない。古代魔術の調査や魔法省からの資料照会、校内の史料整理などが入ると、代講を立てることがある。
そして何より、彼女が研究へ没頭すると時間を忘れることは、教師にも生徒にも知られていた。
以前、日向から聞いたことがある。
「烏丸先生、研究室で朝迎えたことあるらしいぞ」
「マジ?」
「土御門先生にめちゃくちゃ怒られたって」
「先生も怒られるんだな」
「そりゃ二十一だし」
そのときは笑った。
だから今日も。
たぶん。
それだけだと思った。
一時間目。
呪文学。
土御門芽衣子が教壇の前で、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
「では今日は、二人一組で精度を確認しますね。強く撃つ必要はありませんから、丁寧にお願いします」
奎星は楓と組んでいた。
昨日の事故以来、初めて楓へ杖を向ける。
ほんの少しだけ手が止まった。
楓はそれに気づいたらしい。
「奎星」
「ん?」
「今日は床に変な石、ないわよ」
奎星の目が丸くなった。
楓は杖を構えたまま、ほんの少し笑う。
「藤森先生も、昨日のはあなたの制御ミスじゃない可能性が高いって言ってたでしょう」
「……うん」
「なら、やりましょう」
「怖くない?」
「少しは」
楓は正直に答えた。
そのうえで。
「でも、奎星がわざとやったとは思ってないから」
奎星は数秒黙ってから、頷いた。
「分かった」
二人が杖を構える。
土御門が遠くからその様子を見守っていた。
「では、始めてください」
奎星は息を整え、杖へ流す魔力量を意識した。
昨日の感覚を思い出すと、まだ胸の奥がざわつく。
それでも。
「エクスペリアームス」
今度は、何も起きなかった。
いや。
正確には。
普通の魔法が起きた。
楓の杖が軽く手から抜け、すぐ足元へ落ちる。
大きな音も。
衝撃も。
異常な光もない。
奎星の肩から力が抜けた。
「……普通だ」
楓が呆れたように笑う。
「魔法を使って『普通だ』って安心する人、初めて見たわ」
「今は普通が一番だよ」
その言葉を聞いていた土御門が、少しだけ目を細めた。
昨日までの奎星なら。
もっと強く。
もっと派手に。
そう言っていたかもしれない。
少なくとも。
少しずつ。
変わっている。
二時間目。
魔法史。
教室へ入ってきたのは、スズメではなかった。
奎星はそこで初めて、本格的に違和感を覚えた。
「本日の魔法史は自習です」
代わりに教室へ来た土御門が、何枚かの紙を手にしていた。
日向が隣で小声を漏らす。
「やった」
楓がすぐ振り返る。
「何が?」
「いや、烏丸先生いないなら今日は平和かなって」
「本人に聞かれたら課題三倍ね」
「いないから言ってんだよ」
奎星は笑わなかった。
教壇の上。
土御門が一枚の紙を掲げる。
「烏丸先生から、自習内容について書き置きがありました。指定された教科書の範囲を読み、最後の設問まで解いておいてください」
黒板へ。
紙が留められた。
奎星は何気なく見た。
そこには短い文章が書かれている。
本日は研究上の都合により自習とします。第四章を読み、課題一から八までを終えてください。提出は次回授業時。
簡潔。
無駄がない。
いかにもスズメが書きそうな内容だった。
実際。
誰も気にしていない。
日向は喜んでいる。
岳は机の下で何か食べようとして楓に見つかっている。
伊織は既に教科書を開いた。
奎星だけが。
黒板を見ていた。
「…………」
何か。
変だ。
すぐには分からなかった。
だから立ち上がった。
黒板へ近づく。
土御門が不思議そうに見る。
「蓮根君?」
「先生、これ」
紙を指差す。
「スズメちゃんが書いたの?」
「烏丸先生です」
反射的に訂正したのは楓だった。
「楓まで!?」
「一か月聞いてたら移ったわ」
土御門は苦笑しながら答える。
「今朝、教員室の烏丸先生の机に置いてあったそうですよ」
「誰が見つけたの?」
「早瀬先生だったと思います」
奎星は紙へ顔を近づける。
文字。
几帳面だ。
癖も似ている。
一見すれば。
スズメの筆跡にしか見えない。
「……違う」
小さく呟いた。
伊織が顔を上げる。
「何が?」
奎星は紙の最後を指した。
提出は次回授業時。
「スズメちゃん、こんな書き方しない」
日向が首を傾げる。
「いや、めっちゃ言いそうだけど」
「言いそう。でも違う」
奎星自身。
説明しろと言われると困る。
一か月。
毎日。
教科書。
課題。
メモ。
補習。
何度もスズメの字を見てきた。
書き置きもある。
課題の添削もある。
赤い文字で、
やり直し。
と書かれた紙など、嫌というほど見た。
「スズメちゃん、提出物なら絶対時間まで書く」
楓が瞬きをする。
「時間?」
「うん。『次回授業開始時まで』とか、『午前八時五十分まで』とか」
日向が顔をしかめる。
「あー……言われてみれば」
「あと」
奎星は文字を見る。
「『研究上の都合』って書かないと思う」
土御門の表情が僅かに変わった。
「どうしてです?」
「絶対もっとちゃんと書くから。『研究資料の確認のため』とか、『魔法省からの照会対応のため』とか。変なとこ細かいんだよ、あの人」
楓も立ち上がり、紙を見る。
「筆跡は?」
「似てる。でも……」
奎星は眉を寄せた。
「なんか綺麗すぎる」
「烏丸先生、字綺麗でしょう?」
「綺麗だけど、急いで書くと『魔』の最後ちょっと跳ねるんだよ」
教室が。
静かになった。
日向が奎星を見る。
「お前、烏丸先生の字どんだけ見てんの?」
「補習で毎日見てるから!」
「怖いくらい詳しいな」
「俺が怖いみたいに言うな!」
いつもの調子で返したものの。
奎星の顔から。
笑いは消えていた。
胸の中へ。
小さな棘が刺さる。
研究室にいない。
朝食にも来ない。
授業も休み。
そして。
本人が書いたように見える。
本人ではない書き置き。
「土御門先生」
奎星が振り返る。
「スズメちゃん、今日どこにいるか知ってる?」
「私は聞いていませんねえ」
「校長先生は?」
「確認してみます」
土御門はそう答えた。
けれど。
奎星の胸騒ぎは。
消えなかった。
昼休み。
いつもの五人は大食堂にいた。
だが今日は、奎星の箸がほとんど進んでいない。
目の前には鶏の照り焼き。
普段なら真っ先になくなるはずなのに。
まだ半分以上残っている。
岳がそれを見ていた。
「食わないなら」
「駄目」
奎星が皿を引き寄せる。
「食う」
「食わないなら俺が」
「食うって」
「さっきから三分止まってる」
「時間測んなよ」
岳が本気で残念そうな顔をした。
楓は心配そうに奎星を見る。
「土御門先生、校長先生に確認してくれたんでしょう?」
「うん」
結果。
九重院も、スズメから今日の欠勤について正式な報告を受けていなかった。
研究で授業を抜けることはある。
だが。
何も言わずに。
一日丸ごと。
姿を消すことはない。
伊織が湯呑みを置く。
「先生たちも探してるみたいだね」
「御影先生、さっき廊下走ってた」
日向が言う。
奎星の目が上がる。
「御影先生が?」
「あの人が走るの初めて見た」
それを聞いた瞬間。
嫌な予感が。
確信へ近づいた。
スズメに。
何かあった。
奎星は立ち上がった。
「どこ行くの?」
楓が訊く。
「探す」
「先生たちが探してるでしょ」
「俺も探す」
「待って奎星」
日向が腕を掴もうとする。
奎星は振り返った。
「昨日さ」
四人が見る。
「スズメちゃんに、秘密の場所教えてもらった」
「秘密の場所?」
「うん」
それ以上は言わなかった。
言っていいのか。
まだ分からない。
けれど。
昨日。
スズメはあそこへ奎星だけを連れていった。
そして。
第零書庫の話をした。
入れるのは。
九重院とスズメ。
スズメ自身が。
鍵の半分。
「ちょっと見てくる」
奎星は食堂を出た。
昨日歩いた道を。
今度は一人で進む。
本校舎の裏。
普段は誰も使わない石段。
蔦に覆われた門。
その先。
古い観測塔。
昼間に見ると、昨夜よりさらに寂れて見えた。
潮風に削られた外壁。
崩れかけた屋根。
錆びた蝶番。
けれど奎星には。
昨日の夜の景色が鮮明に残っていた。
スズメが。
初めて誰かを連れてきた場所。
「……いないよな」
扉へ手をかける。
そのとき。
足元。
石の隙間に。
何か白いものが見えた。
「ん?」
しゃがむ。
小さな紙。
一度折られ。
半分開いている。
拾い上げる。
何も書かれていない。
いや。
違う。
光へ透かす。
紙の表面へ。
爪で押しつけたような。
僅かな溝。
奎星は指でなぞった。
文字。
悩むなら、景色の良いところで。
心臓が。
強く鳴った。
昨日。
森の奥。
景色の悪い場所で膝を抱えていた自分に。
スズメは言った。
――悩むのであれば、もう少し景色の良いところで悩みませんか。
「……スズメちゃん」
これは。
偶然ではない。
誰かが。
自分へ残した。
しかも。
この意味が分かるのは。
おそらく。
自分だけ。
奎星は塔を見上げる。
扉を開けた。
螺旋階段を駆け上がる。
昨日。
スズメと上った道。
けれど。
最上部へ辿り着いても。
誰もいなかった。
風だけが吹いている。
月の代わりに。
昼の青い海。
「……違う?」
奎星は息を整えながら周囲を見る。
古い観測器具。
長椅子。
青銅の輪。
星座盤。
どこにも。
スズメはいない。
紙をもう一度見る。
悩むなら、景色の良いところで。
ここへ来い。
それだけではないはずだ。
何か。
見つけろ。
スズメなら。
たぶん。
そういう意味で残した。
「考えろ……」
奎星は自分へ言った。
魔法を覚えて一か月。
失敗したら原因を探す。
一度見たものを。
思い出す。
昨日。
塔へ来た。
螺旋階段。
長かった。
途中。
「…………」
奎星の目が。
止まる。
昨日。
階段の途中に。
何かあった。
古い天体図。
太陽。
月。
星。
昨日はスズメについて上まで行っただけだったから、気にも留めなかった。
奎星は階段を駆け下りる。
一階。
二階。
途中。
踊り場。
「あった」
壁へ。
大きな天体図が埋め込まれている。
太陽。
月。
七つの星。
奎星は近づいた。
指で触れる。
石。
普通だ。
「第零書庫……」
昨夜の会話が。
頭の中へ戻る。
――入口に鍵ある?
――教えません。
――アロホモラで開く?
――開きません。
――合言葉?
――違います。
――杖?
スズメは。
黙った。
――スズメちゃん自身が鍵?
――半分だけ。
「……人と杖」
奎星が呟く。
スズメ自身。
そして。
彼女の杖。
それが。
鍵の半分。
なら。
ここが入口だったとしても。
自分には。
開けられない。
「くそ」
壁を叩く。
その瞬間。
指先に。
何かが触れた。
奎星は止まった。
天体図の中央。
月と太陽の間。
そこだけ。
石の表面に。
ごく新しい傷がある。
杖先を。
押し当てたような。
細い跡。
「…………」
自分の杖を抜く。
神代榊。
持ち上げる。
同じ位置へ。
触れる。
何も起こらない。
当然だ。
自分は入庫資格を持っていない。
「御影先生……」
呼ぶべきだ。
そう思った。
御影へ伝える。
九重院校長へ言う。
この場所を。
紙を。
全部見せる。
それが正しい。
奎星は階段を下りかけた。
一歩。
二歩。
そこで。
止まった。
もし。
スズメが。
自分へこの紙を残したのなら。
なぜ御影ではなく。
自分にしか分からない言葉を使った?
いや。
自分にしか分からないというより。
この場所を。
知っている相手へ。
知らせたかった。
昨日まで。
この観測塔を知っている人間は。
もちろん他にもいるだろう。
でも。
「初めて人に教えた」
スズメはそう言った。
奎星に。
初めて。
御影を呼んでいる間に。
何か起きたら?
昨日。
日向が倒れたとき。
自分は。
何もできなかった。
目の前で。
友達が運ばれていくのを。
ただ見ていた。
もし。
今度は。
スズメだったら。
「…………」
杖を握る。
怖かった。
昨日までなら。
迷わなかったかもしれない。
面白そう。
行ってみたい。
そのくらいの理由で。
危険な場所にも。
首を突っ込んだ。
今は違う。
魔法で人は傷つく。
知っている。
失敗すれば。
取り返せないことがある。
スズメ自身が。
教えてくれた。
だからこそ。
無茶をするべきではない。
分かっている。
分かっているのに。
「スズメちゃん……」
自分を。
探しに来てくれた人だ。
補習をサボって。
誰にも見つからない場所へ隠れていた自分を。
息を切らして。
探しに来た。
一緒に原因を探す。
そう言ってくれた。
だったら。
今度は。
奎星が。
探す番だった。
天体図の前へ戻る。
「人と杖が鍵……でも俺じゃ開かない」
奎星は壁を睨んだ。
スズメは。
ここを通った。
もし誰かに連れ去られたのなら。
その誰かも。
一緒に入った。
どうやって?
資格のある人間。
杖。
それだけで開くなら。
久我でも。
誰でも。
スズメを連れてくれば入れる。
でも。
スズメは。
半分だけ。
と言った。
つまり。
もう半分。
別の条件がある。
「何だよ……」
壁。
太陽。
月。
七つの星。
古代の観測塔。
魔力潮汐。
第零書庫。
奎星は。
一つずつ見る。
「入口が人を見てる?」
昨日。
そう訊いた。
スズメは。
否定しなかった。
資格。
本人。
杖。
「俺、資格ないし」
それでも。
杖を中央へ触れさせる。
目を閉じる。
スズメがやるなら。
どうする?
アロホモラではない。
合言葉でもない。
なら。
魔力。
奎星は。
ほんの僅かに。
杖へ流した。
その瞬間。
七つの星のうち。
一つが。
微かに。
光った。
「え?」
すぐ消えた。
奎星は目を見開く。
「今……」
もう一度。
魔力。
今度は二つ。
青白い光。
そして。
消える。
「なんで?」
資格がないのに。
反応している。
奎星は杖を見る。
神代榊。
鬼火鳥の尾羽。
九重院が。
渡した杖。
新品ではない。
以前の持ち主がいる。
校長は。
知っている。
「…………」
嫌なほど。
点が繋がる。
もし。
この杖が。
以前。
第零書庫へ入ることを許された魔法使いのものだったら?
「マジかよ」
奎星の心臓が速くなる。
一か月前。
この杖を握った瞬間。
初めてなのに。
帰ってきたような感覚があった。
今。
壁も。
何かを。
覚えている。
「じゃあ」
奎星は。
深く息を吸った。
杖へ魔力を流す。
一つ。
二つ。
三つ。
星が灯る。
四つ。
五つ。
六つ。
最後。
七つ。
全てが。
青白く光った。
塔の奥深くから。
低い音が響いた。
「……開いた」
天体図が。
ゆっくり。
左右へ割れる。
その向こう。
地下へ続く。
果ての見えない階段。
冷たい空気が。
下から昇ってきた。
古い紙。
湿った石。
そして。
微かに。
焦げたような匂い。
奎星は。
階段の前で立ち尽くした。
本当に。
開いた。
普通なら。
ここで戻るべきだった。
御影を呼ぶ。
九重院へ伝える。
大人へ任せる。
それが。
正しい。
奎星も。
もう。
それくらいは分かる。
腰の奥に。
昨日の恐怖が残っている。
日向が倒れた。
魔法が暴走した。
自分はまだ。
一か月しか。
魔法を知らない。
この先には。
スズメですら危険だと言った古代魔術がある。
行くべきではない。
頭では。
はっきり。
分かっていた。
それでも。
暗い階段の向こうを見たとき。
奎星の脳裏に。
昨夜の声が蘇った。
――昨日は、私があなたを見つけました。
実際にそんな言葉を口にしたわけではない。
でも。
あの紙。
あの場所。
あの言葉。
奎星には。
そう聞こえた。
「……待ってろよ」
小さく。
言った。
「スズメちゃん」
神代榊の杖を握り直す。
その手は。
少し震えていた。
怖い。
でも。
行く。
奎星は。
一歩。
暗闇へ踏み出した。
階段を下りる。
二歩目。
三歩目。
背後。
天体図の壁が。
ゆっくり。
閉じ始める。
昼の光が。
細くなる。
最後の隙間が閉じる直前。
奎星は。
一度だけ。
後ろを見た。
戻るなら。
今。
間に合う。
御影を呼べる。
楓たちにも。
助けを求められる。
それでも。
足は止めなかった。
石壁が閉じた。
光が消える。
完全な闇。
奎星は杖を持ち上げた。
一瞬だけ。
昨日の事故を思い出す。
魔法を使うのが。
まだ。
少し怖かった。
奎星は唇を噛んだ。
それでも。
唱えた。
「ルーモス」
杖先に。
小さな光が灯る。
一か月前なら。
部屋中を白く焼いた魔法。
今は。
必要な場所だけを照らす。
静かな光。
その明かりの先。
古い石段が。
地下深くへ続いている。
奎星は。
そこへ。
一人で。
降りていった。
誰にも許可されず。
誰にも知られず。
マホウトコロで最も危険な書庫。
第零書庫へ。