マホウトコロ   作:西野圭吾

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第6話 石の石

 結論から言えば、外側を調べても何も分からなかった。

 

 山の斜面へ埋め込まれた巨大な石壁は、近くで見るほど異様だった。苔と蔓に覆われてはいるものの、自然の岩壁ではない。黒灰色の石が一つずつ形を整えられ、隙間なく積み上げられている。壁は左右へ長く伸び、その中央には、人間が数人並んでも余裕で通れそうな開口部があった。そこから地下へ向かって、石段が暗闇の中へ続いている。

 

 けれど、それ以上のことは何も分からなかった。

 

「……何もないな」

 

「何もないですね」

 

 奎星とスズメは、入口の前で揃って腕を組んでいた。

 

 二人はまず、周囲の地面を調べた。石材の継ぎ目、苔の生え方、絡みついた蔓、壁面の傷、階段の一段目。魔力の痕跡がないか、文字や紋章が刻まれていないか、隠された術式がないか。見落としがないよう、何度も確認した。

 

 しかし、どこにも手がかりはなかった。

 

「作った奴、名前くらい書いとけよ」

 

「建造物へ必ず制作者名を書く決まりはありません」

 

「《何とかが作りました》とか」

 

「観光名所ではないんですよ」

 

「《明治何年建立》」

 

「寺社でもありません」

 

「《小萱地下秘密基地》」

 

「急に頭が悪くなりましたね」

 

「じゃあスズメちゃん、何か分かった?」

 

「…………」

 

「ほら」

 

「腹が立ちますね」

 

 スズメは小さく息を吐き、入口脇の石へ再び杖先を近づけた。奎星もその隣へしゃがみ込み、彼女の手元を覗き込む。

 

「魔法ないの?」

 

「ないとは言っていません」

 

「じゃあある?」

 

「分かりません」

 

「どっち?」

 

「少なくとも、表面へ分かりやすく術式が刻まれているわけではありません」

 

 スズメは杖先を石の表面へ沿わせながら、慎重に魔力の流れを探っていた。

 

「先ほどの認識へ作用する魔法と、この建造物が直接繋がっているかどうかも、まだ分かりません」

 

「でも、ここまで来ないようにしてたんじゃね?」

 

「その可能性は高いです」

 

「じゃ、繋がってんじゃん」

 

「可能性が高いことと、断定することは違います」

 

「分かってるって」

 

「本当に?」

 

「最近成長しただろ」

 

「昼食後だけで二回ほど先走っています」

 

「数えんなよ」

 

 奎星は立ち上がり、改めて石壁を見上げた。

 

 近くで見ると、その大きさはますます現実離れしていた。幕末の小萱村に、これほどの建造物が存在していたとは思えない。平坂の納屋など比べものにならない。村人が総出になったとしても、これだけの石を運び、山の斜面へ積み上げるのは容易ではなかっただろう。

 

 少なくとも、奎星が小萱村で暮らしていた頃には、こんなものはなかった。

 

 それだけは確かだった。

 

「なあ」

 

「はい」

 

「入口以外に何かある?」

 

「今のところは」

 

「扉とか」

 

「見当たりません」

 

「窓」

 

「地下ですよ」

 

「換気口」

 

「それらしいものはありません」

 

「裏口」

 

「だから、まだ調べているでしょう」

 

 スズメが立ち上がった。

 

 二人は壁沿いに歩き始めた。右へ進み、木々と蔓を掻き分けながら、石壁の端を探す。二十メートルほど進んでも、壁は途切れなかった。さらに歩いても、現れるのは黒い石と苔、そして土へ食い込んだ木の根ばかりだった。

 

 やがて壁は山肌と一体化し、どこまでが人工物で、どこからが自然の岩なのかさえ分からなくなった。

 

 今度は反対側へ回った。

 

 結果は同じだった。

 

 壁。

 

 石。

 

 苔。

 

 木。

 

 それだけだった。

 

 二人は再び入口の前へ戻ってきた。

 

 地下へ続く石段だけが、何も言わずに口を開けている。そこから流れてくる空気は、外の夏とは明らかに違っていた。蝉の声と熱気に満ちた森の中で、入口の周囲だけがひやりと冷えている。

 

 奎星は暗闇を覗き込んだ。

 

「……入る?」

 

「その言い方はやめてください」

 

「じゃあどう言えばいいんだよ」

 

「内部調査へ移行しますか、とか」

 

「同じじゃん」

 

「少し違います」

 

「じゃ」

 

 奎星は一度咳払いをして、妙に改まった声を出した。

 

「内部調査へ移行しますか?」

 

「…………」

 

「どう?」

 

「腹が立ちますね」

 

「何で!?」

 

「妙に丁寧だからです」

 

「無茶苦茶じゃん!」

 

 スズメは額へ手を当てた。呆れているのか、疲れているのか、それとも少し笑いそうになっているのか、奎星には判別できなかった。

 

 彼女はもう一度、暗い階段へ視線を向ける。

 

「……外側だけでは、これ以上分からないでしょう」

 

「だよな」

 

「入口付近だけ確認します」

 

「はいはい」

 

「はいは一回」

 

「はい」

 

 奎星は神代榊を握り直した。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

     *

 

 一段目。

 

 二段目。

 

 三段目。

 

 二人が石段を下りるにつれて、背後から差し込んでいた夏の光が少しずつ遠ざかっていった。外ではあれほど騒がしかった蝉の声も、数メートル進んだだけで急速に薄れていく。代わりに、靴底が石を踏む音だけが、長い反響を伴って地下へ落ちていった。

 

 壁は入口と同じ黒灰色の石で造られていた。天井は高く、奎星が杖を伸ばしても到底届かない。石の表面には湿り気がなく、長い年月を経ているはずなのに、崩れた様子もなかった。

 

「暗っ」

 

 奎星は振り返った。

 

 入口はまだ見えている。外の光が、遠くの小さな四角形になっていた。

 

「スズメちゃん」

 

「はい」

 

「これ、帰り大丈夫だよな?」

 

「今のところ、一本道です」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「入口ですか?」

 

「うん」

 

 開口部には、扉らしいものは見当たらない。石段はそのまま外へ続いているだけで、閉じる仕掛けなどどこにもないように見えた。

 

「問題ないと思いますが」

 

「だよな」

 

 奎星が前へ向き直った。

 

 二人がさらに数歩進んだ、その瞬間だった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ――。

 

 地面の奥から、低く重い音が響いた。

 

「……え?」

 

 奎星が振り返る。

 

 入口の上部から、巨大な石板がゆっくりと落ちてきていた。

 

「うおっ!?」

 

「下がって!」

 

 二人は反射的に階段を駆け下りた。

 

 次の瞬間、石板が轟音とともに落下した。

 

 ズドン!!

 

 衝撃が地下通路全体を揺らし、入口が完全に塞がれる。外から差し込んでいた光も消え、二人の周囲は一瞬で真っ暗になった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 静寂が落ちた。

 

 しばらくして、奎星の声だけが暗闇の中へ響く。

 

「スズメちゃ〜ん?」

 

「います」

 

「入口」

 

「閉まりました」

 

「見れば分かる」

 

「見えていないでしょう」

 

「そうだった」

 

「…………」

 

「…………」

 

 奎星が杖を上げた。

 

「ルーモス」

 

 神代榊の先端に、柔らかな白い光が灯る。

 

 淡い光が二人の顔を照らした。互いの表情が見えるようになったことで、かえって閉じ込められた事実がはっきりした。

 

 奎星はスズメを見た。

 

 スズメも奎星を見ている。

 

「……二人きりになっちゃったね」

 

「ふざけないでください」

 

「和ませようと!」

 

「入口が閉じたんですよ!」

 

「俺だって分かってるよ!」

 

「なら、もう少し緊張感を持ってください!」

 

「叫んだってどうにもならないだろ!」

 

「あなただって叫んでるでしょう!」

 

 スズメは深々と息を吐き、額を押さえた。

 

「とにかく、入口を確認します」

 

 二人は石板の前へ戻った。

 

 奎星が両手をついて押してみる。石板はびくともしない。肩から力を込め、足を踏ん張ってさらに押したが、動く気配はなかった。

 

「ふんっ……!」

 

「魔力で動いているものを腕力で開けようとしないでください」

 

「意外といけるかも」

 

「いきません」

 

「まだ分かんないだろ」

 

「分かります」

 

奎星はぐっぐっ、と力を込めるがびくともしない。

 

「……駄目だ」

 

「でしょう」

 

 奎星はあっさり諦めた。

 

 スズメは杖先を石板へ向け、表面を慎重に調べ始める。しばらくしても、やはり目立った術式は見つからなかった。

 

「壊す?」

 

「却下です」

 

「まだ言い終わってない」

 

「壊すのでしょう」

 

「うん」

 

「却下です」

 

「何で」

 

「山の地下です」

 

「あ」

 

「入口を爆破して天井まで崩れたら、外へ出るどころではありません」

 

「なるほど」

 

「それに」

 

 スズメは背後へ視線を向けた。

 

「閉じ込めるだけなら、もっと簡単な方法はいくらでもあります」

 

「……奥へ行けってこと?」

 

「そうとは限りません」

 

「でも、何かありそうじゃん」

 

「ありますね」

 

 珍しく、スズメは否定しなかった。

 

 二人は暗い通路へ目を向ける。杖先の光が届く範囲には、何もない。ただ石造りの廊下が、まっすぐ地下の奥へ伸びている。

 

「行くしかねえか」

 

「慎重に」

 

「分かってる」

 

 奎星は杖を前へ向けた。

 

「ルーモス」

 

 光を少し強める。

 

 壁。

 

 床。

 

 天井。

 

 どこにも異常はない。

 

 奎星が先頭へ出た。

 

「蓮根君」

 

「ん?」

 

「下がってください」

 

「何で?」

 

「私が前を確認します」

 

「いや、俺が行く」

 

「なぜです」

 

「危ないから」

 

 スズメの目が僅かに細くなった。

 

「それは私も同じです」

 

「だから俺が前」

 

「理屈になっていません」

 

「俺、こういうとき前のほうが慣れてるし」

 

「それで何度怪我をしたと思っているのです?」

 

「最近は減った」

 

「比較対象がおかしいです」

 

「大丈夫」

 

 奎星は笑った。

 

「何か来たら止めるから」

 

「…………」

 

「スズメちゃんは後ろ見てて」

 

 スズメは何か言おうとしたが、結局、口を閉じた。

 

 奎星はもう前を向いている。右手には神代榊。杖先の光が、先の見えない通路を照らしていた。

 

 一年前なら、単に格好をつけて先へ進んでいたかもしれない。数か月前までの奎星なら、危険を考えるより先に飛び出していた可能性もある。

 

 けれど今は、少し違った。

 

 狭い場所で何かが飛んでくれば、避けられる方向は限られる。後ろに人がいれば、なおさらだ。敵がいるのか、罠があるのか、そもそも誰が作った場所なのか。何一つ分からないからこそ、最初に何かを見るのは自分でいい。

 

 奎星はそう思った。

 

「……行くぞ」

 

「はい」

 

 二人は歩き始めた。

 

 十歩。

 

 二十歩。

 

 三十歩。

 

 通路には、相変わらず何もなかった。聞こえるのは、二人の足音と、衣服が擦れる小さな音だけだった。

 

「スズメちゃん」

 

「はい」

 

「近くいる?」

 

「すぐ後ろです」

 

「そっか」

 

 奎星は少しだけ歩調を緩めた。

 

 しばらくして、彼は左手を後ろへ差し出した。

 

「あとさ」

 

「何です?」

 

「これ」

 

「……何ですか」

 

「手」

 

「見れば分かります」

 

「はぐれたら危ねえから」

 

「一本道ですよ」

 

「今んとこな」

 

「…………」

 

「さっき道曲げられてたじゃん」

 

「ここでも同じ術があるとは限りません」

 

「でも、あったらやべえだろ」

 

 奎星は前を向いたままだった。顔を見られないようにして、左手だけを後ろへ差し出している。

 

 自分から言い出したくせに、心臓が妙に速かった。

 

 手を繋いだことならある。何度もある。星帰りの前にも、危険な場面でも、抱き締めたことだってある。

 

 それなのに、今は少し違っていた。

 

 何かから救うためではない。怪我をしているわけでも、魔法を止めるためでもない。ただ、自分から手を差し出したのだ。

 

 返事がない。

 

 奎星の左手が、わずかに下がる。

 

「やっぱ――」

 

 その指先へ、細い指が触れた。

 

「……はぐれないためです」

 

 スズメの声が、すぐ後ろから聞こえた。

 

 手のひらが重なり、指がゆっくりと握られる。

 

「…………」

 

「蓮根君?」

 

「何でもない」

 

「前を見てください」

 

「見てる」

 

「顔がこちらを向きかけています」

 

「向いてない!」

 

「歩いてください」

 

「はい」

 

 奎星は前を向いた。

 

 右手に杖。

 

 左手に、スズメ。

 

 さっきまでより妙に歩きづらい。足元の問題ではない。意識の問題だった。手を強く握りすぎていないか、汗をかいていないか、歩く速さは合っているか。そんなことばかりが気になってくる。

 

 後ろのスズメも、いつもより少しだけ静かだった。

 

「スズメちゃん」

 

「何です?」

 

「手、暑くない?」

 

「今それを言います?」

 

「いや俺、汗」

 

「歩いてください」

 

「はい」

 

 今度は素直に黙った。

 

     *

 

 通路は長かった。

 

 途中に扉もなければ、分かれ道もない。ただひたすら、僅かな下り坂が続いている。壁にはところどころ細かな傷があったが、文字や紋章のようなものは見当たらなかった。何かを運んだ際についた傷なのか、長い年月の中で自然に削れたものなのかも判別できない。

 

 やがて、通路の先が少しずつ広がっていった。

 

「広くなった」

 

 奎星が足を止める。

 

 二人は慎重に、開けた空間へ足を踏み入れた。杖先の光が暗闇を切り取り、部屋の輪郭を浮かび上がらせる。

 

「……何だこれ」

 

 そこは、広い部屋だった。

 

 天井は通路よりも高く、左右にもかなりの幅がある。壁際には一定の間隔を空けて、人の姿をしたものが並んでいた。

 

「石像?」

 

 奎星が光を向ける。

 

 等身大の騎士だった。

 

 頭から足元まで甲冑に覆われ、顔は兜の奥へ隠れている。両手には長い剣を持ち、盾を構えているものもあった。石で造られているはずなのに、鎧の継ぎ目や剣の刃まで細かく再現されている。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

 光をさらに横へ動かす。

 

「めっちゃいる」

 

「触らないでください」

 

「触らないよ」

 

「あなたは先に言っておかないと触るでしょう」

 

「俺を何だと思ってんの?」

 

「蓮根君です」

 

「名前で全部説明すんな!」

 

 奎星は一番近くにある石像へ光を当てた。

 

 石像は微動だにしない。

 

 兜。

 

 肩当て。

 

 胸当て。

 

 腕。

 

 石の剣。

 

 どれも長い年月を経たものとは思えないほど、精巧に作られていた。

 

「こういうのさ」

 

「はい」

 

「定番だと、こいつらが動いて襲ってくるんだよ」

 

「…………」

 

「何」

 

「……そういう魔法はあります」

 

「え?」

 

 奎星が振り返った。

 

「あるの?」

 

「あります」

 

「マジで?」

 

「石像や甲冑へ命令を与え、一定の行動をさせる魔法は存在します」

 

「待って」

 

 奎星の顔が引きつった。

 

「じゃ、これ」

 

 ゴゴ。

 

 二人の間に、低い振動が走った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ゴゴゴゴ……。

 

 壁際に立っていた一体の騎士像が、ゆっくりと顔を上げた。

 

 石の腕が動く。

 

 剣が持ち上がる。

 

 両足が床から離れ、一歩前へ出た。

 

 ゴン。

 

 石の足が床を踏む。

 

 奎星が叫んだ。

 

「うおお!? きたきた!!」

 

「喜んでいる場合ですか!」

 

 石像が走った。

 

「速っ!?」

 

 想像していたよりも遥かに速い。巨大な石の剣が、奎星の頭上へ振り下ろされた。

 

「っ!」

 

 奎星はスズメの手を離し、横へ跳んだ。

 

 ガァン!

 

 剣が石床へ叩きつけられ、火花が散る。床には細い亀裂が走った。

 

「普通に危ねえ!」

 

「下がって!」

 

「いや!」

 

 奎星は杖を向けた。

 

 一瞬だけ天井を見る。地下で、しかも閉ざされた空間だ。全力で撃てば、石像だけでなく壁や天井まで巻き込むかもしれない。

 

 御影に何度も叩き込まれた言葉が、頭の中をよぎった。

 

 必要な範囲だけ。

 

 威力を絞る。

 

「デパルソ!」

 

 神代榊から圧縮された衝撃が放たれ、石像の胸へ直撃した。騎士像の身体が後方へ吹き飛び、壁へ叩きつけられる。胸部に亀裂が走ったが、それでも石像は起き上がろうとした。

 

「まだ動きます!」

 

「分かってる!」

 

 奎星は杖先を胸部だけへ絞った。

 

「ボンバーダ!」

 

 小さく鋭い爆発が起こり、胸部が砕ける。石像の上半身が崩れ、石の腕が床へ落ちた。剣が乾いた音を立てて転がる。

 

「よし!」

 

 奎星が杖を上げた。

 

「一体!」

 

「蓮根君!」

 

「何!?」

 

 ゴゴゴゴ……。

 

 左右の壁から、今度は二体の騎士像が同時に離れた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 奎星の顔が引きつる。

 

「増えた!」

 

「見れば分かります!」

 

「一倒したら二!?」

 

「来ます!」

 

 一体が奎星へ、もう一体がスズメへ向かった。

 

「くっ!」

 

 スズメの杖が上がる。

 

 石像の剣が横薙ぎに振られた。その間へ、白い盾が割り込む。

 

「プロテゴ!」

 

 ガァン!!

 

 石剣が防壁へ激突し、奎星の腕へ重い衝撃が伝わった。

 

「重っ!」

 

「蓮根君!」

 

「こっちはいい!」

 

 スズメが即座に横へ出る。

 

「デパルソ!」

 

 衝撃が石像の膝を捉え、巨体が大きく傾いた。

 

「そこ!」

 

 奎星が杖を振る。

 

「ボンバーダ!」

 

 爆発が石の脚を砕いた。

 

 その横では、もう一体が剣を振り上げている。

 

「右!」

 

「見えています!」

 

 スズメが身を翻す。剣が空を切った。

 

「ボンバーダ!」

 

 スズメの呪文が石像の肩へ直撃し、石の腕が吹き飛ぶ。

 

「うお!」

 

「蓮根君!」

 

「分かってる!」

 

 奎星が最後の一体へ杖を向けた。

 

「デパルソ!」

 

 衝撃が石像を後方へ押し飛ばす。

 

 スズメも同時に杖を振った。

 

「ボンバーダ!」

 

 二つの魔法が重なり、石像が砕け散った。大量の石片が床へ転がり、乾いた音が部屋の中へ広がる。

 

「よし!」

 

 奎星が息を吐いた。

 

 その直後。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。

 

「…………」

 

「…………」

 

 今度は四体だった。

 

「やっべえ!!」

 

「やはり増えています!」

 

「倍じゃん!」

 

 四体の騎士像が、同時に壁から歩み出す。一体、二体、三体、四体。さらに、今まで石像が立っていた場所の奥から、別の騎士像がゆっくりと押し出されてきた。

 

「……スズメちゃん」

 

「はい」

 

「後ろ」

 

「見えています!」

 

「まだいる!!」

 

「何体いるのか分かりません!」

 

「これ全部壊すの!?」

 

「駄目です!」

 

「じゃ、どうすんの!?」

 

「考えています!」

 

 四体が一斉に迫ってくる。

 

 奎星は一体の剣を盾で受け流し、横へ跳んだ。

 

「プロテゴ!」

 

 白い防壁へ剣がぶつかる。

 

「っ!」

 

 別の一体が横から迫った。

 

「デパルソ!」

 

 石像が吹き飛ぶ。だが、壁へ激突する直前、奎星は杖を止めた。石像は床へ転がったものの、壊れてはいない。

 

「蓮根君!」

 

「何!」

 

「壊さないでください!」

 

「は!?」

 

「試します!」

 

「何を!?」

 

「破壊以外です!」

 

「相手、石だぞ!?」

 

「分かっています!」

 

 スズメは自分へ迫る騎士像へ杖を向けた。

 

「エクスペリアームス!」

 

 青白い光が石の剣へ当たる。剣は弾き飛ばされ、床を滑った。

 

 石像が止まる。

 

「お!」

 

 しかし、次の瞬間には空になった石の手を振り上げ、そのままスズメへ殴りかかった。

 

「駄目じゃん!」

 

「武器がなくても動くようです!」

 

「当たり前だろ!」

 

「今、試したでしょう!」

 

「そうだけど!」

 

 奎星が割り込んだ。

 

「インカーセラス!」

 

 銀色の縄が石像の腕と胴へ巻きつき、ぎりぎりと石を軋ませる。石像の動きが鈍った。

 

「止まった!」

 

「まだです!」

 

 縄が引っ張られ、一部が軋む。

 

「強っ!」

 

「なら」

 

 スズメが杖を向けた。

 

「ペトリフィカス・トタルス!」

 

 光が石像を包む。

 

 その瞬間、石像の動きがぴたりと止まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 奎星が瞬きをする。

 

「石像が」

 

「はい」

 

「石化した?」

 

「正確には身体拘束です」

 

「元から石じゃん!」

 

「知っています!」

 

 別の一体が迫ってきた。

 

「来ます!」

 

「俺もやる!」

 

 奎星が杖を振る。

 

「エクスペリアームス!」

 

 剣が飛ぶ。

 

「インカーセラス!」

 

 銀色の縄が石像へ絡みつく。

 

「ペトリフィカス・トタルス!」

 

 二体目が停止した。

 

 スズメも三体目へ杖を向ける。武器を飛ばし、動きを縛り、壊さずに止める。

 

 最後の一体が、奎星へ剣を振り下ろした。

 

「プロテゴ!」

 

 盾で受ける。

 

 その横から、スズメの光が走った。

 

「エクスペリアームス!」

 

 剣が宙を舞う。

 

「ナイス!」

 

「前!」

 

「分かってる!」

 

 奎星が杖を向けた。

 

「ペトリフィカス・トタルス!」

 

 四体目が固まった。

 

 突然、部屋が静かになった。

 

 二人は杖を構えたまま、しばらく動かなかった。新たな石像が壁から現れる気配はない。床へ散らばった石片も、停止した騎士像も、白い杖先の光の中で沈黙している。

 

「……来ない」

 

「はい」

 

「マジで?」

 

「まだ警戒してください」

 

 さらに待つ。

 

 何も起きない。

 

 壁の奥に見えている次の騎士像も、動く気配を見せなかった。

 

 奎星はゆっくり杖を下げた。

 

「これ」

 

「おそらく」

 

 スズメも周囲を確認しながら言った。

 

「破壊を条件に、次の石像が起動していたのでしょう」

 

「倒したら増える?」

 

「正確には、破壊したら補充される、でしょうか」

 

「最悪じゃん」

 

「最初に壊したのは誰です?」

 

「俺」

 

「二体も壊しましたね」

 

「スズメちゃんも壊したじゃん!」

 

「二体目は二人です」

 

「共同責任!」

 

「威張らないでください」

 

 奎星は床へ散らばった大量の石片を見下ろした。最初の一体と、次の二体。合計三体分の残骸が、白い光の中で無言のまま転がっている。

 

 その先には、壊されずに停止した四体の騎士像が立っていた。

 

「じゃあ」

 

 奎星は止まった石像を指差した。

 

「最初からこれやればよかった?」

 

「結果論です」

 

「石像にペトリフィカス使う発想ないって」

 

「私もすぐには思いつきませんでした」

 

「でもさ」

 

「何です?」

 

 奎星の口元が上がる。

 

「石像を石化させるって案はイケてた!」

 

「うるさいです!」

 

「絶対今の面白かっただろ!」

 

「面白くありません!」

 

「石像だぜ!?」

 

「知っています!」

 

「そこに石化!」

 

「魔法の効果としては身体拘束です!」

 

「名前がもう石化じゃん!」

 

「いいから進みますよ!」

 

 スズメが歩き出す。

 

 奎星は笑いながら、その背中を追った。

 

「スズメちゃん!」

 

「何です!」

 

「怒ってる?」

 

「怒っています!」

 

「何で!?」

 

「うるさいからです!」

 

     *

 

 騎士像の部屋を抜けた瞬間、空気が変わった。

 

「……静か」

 

 奎星が足を止める。

 

 先ほどまで石像が動くたび、石と石が擦れる音が地下中へ響いていた。剣が床へぶつかる音、魔法が弾ける音、二人の声。それらがすべて消え、今は自分たちの足音さえ遠慮がちに聞こえる。

 

 石像の部屋から続く細い通路の先に、少し開けた空間があった。

 

 奎星は神代榊を掲げる。

 

「ルーモス」

 

 杖先の光が広がり、暗闇の中から最初に浮かび上がったのは、壁一面に並ぶ棚だった。

 

 古い木製の棚が何列も続いている。長い年月に晒されたせいか、一部は朽ち、傾いていた。それでも完全に崩れてはいない。誰かが定期的に手を入れていたのか、それともこの地下の環境が腐食を遅らせていたのか、判断はつかなかった。

 

 棚の上には、石で造られた小さな箱が並んでいる。

 

 一つや二つではない。

 

 十。

 

 二十。

 

 さらに奥にも、同じような箱が続いていた。

 

「スズメちゃん」

 

「触らない」

 

「まだ何もしてない!」

 

「顔が触る顔です」

 

「どういう顔だよ!」

 

 奎星は言い返しながら、別の棚へ光を向けた。

 

 そして、言葉を失った。

 

「……杖」

 

 棚には、何本もの杖が保管されていた。

 

 古びた布に包まれているもの。細長い箱へ収められているもの。剥き出しのまま置かれているもの。長さも形も材質も、それぞれ違っている。一本や二本ではない。数え切れないほどの杖が、静かに眠っていた。

 

「これ全部……?」

 

 スズメも奎星の隣へ近づいた。

 

 さらに奥へ光を向ける。

 

 金属製の器具。

 

 用途の分からない円盤。

 

 細い鎖のついた魔法具。

 

 表面へ複雑な模様が刻まれた箱。

 

 ひびの入った水晶。

 

 見覚えのない形をした器具。

 

 どれも埃を被ってはいるが、ただ捨てられたものには見えなかった。置き場所が決められ、種類ごとに分けられ、長い時間をかけて保管されている。

 

 そして、棚の一角には紙束が積まれていた。

 

「紙」

 

「いえ」

 

 スズメが目を細める。

 

「文書です」

 

 古い巻物。

 

 綴じられた冊子。

 

 革表紙の本。

 

 細い紐で束ねられた記録。

 

 ところどころに文字が見える。墨で書かれた古い日本語もあれば、奎星には読めない文字も混ざっていた。紙の色は年月によって黄ばんでいるが、文字そのものは不思議なほど鮮明に残っている。

 

 奎星はゆっくりと杖先を動かした。

 

 光の輪が、棚から棚へ移っていく。

 

 石箱。

 

 杖。

 

 魔法具。

 

 古文書。

 

 また杖。

 

 また箱。

 

 そのさらに奥にも、まだ棚が続いている。

 

 ここは、何かを隠すためだけの場所ではない。

 

 誰かが長い時間をかけて集め、分類し、守ってきた保管庫だった。

 

 奎星は、静まり返った地下の空気を見渡した。

 

「……何だよ、ここ」

 

 声が、広い保管区画の奥へ吸い込まれていく。

 

 返事はなかった。

 

 ただ二人の前には、見るからに価値のありそうなものが、長い時間を眠り続けたまま、山ほど残されていた。

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