マホウトコロ   作:西野圭吾

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第11話 常若の庭

 

 最後の一段を下りた瞬間、足元から階段の感触が消えた。

 

「……は?」

 

 奎星が立ち止まる。先頭を歩いていた蒼真も同じように足を止めたが、二人の前に広がっていたのは、冷たい石壁に囲まれた魔法省の地下管理区画ではなかった。白く透き通る羊脂玉の壁、空へ反る屋根、開いた窓から差し込む柔らかな光。その向こうには、見慣れた南硫黄島の海まで見えている。

 

「……学校?」

 

 潮の匂いまでした。けれど、伊織はすぐに首を横へ振った。

 

「違う。見て」

 

 彼が指した右側では、マホウトコロの回廊が途中で途切れ、その先に巨大な吹き抜けが広がっていた。何層にも重なる回廊を折り鶴が飛び交い、青白い転移炎が壁を照らしている。

 

「魔法省中央広間や」

 

 蒼真が目を見開いた。

 

 マホウトコロの羊脂玉の床と、魔法省の石床は境目なく繋がっていた。さらに先の階段を一つ上がると、今度は別の学校の廊下が現れる。壁に刻まれた校章を見て、蒼真が息を呑んだ。

 

「愛宕や。ここ、愛宕の校舎や」

 

 その横の階段を上がれば、白峰魔法学校の名が刻まれた壁が現れた。侑李が振り返ると、四人が降りてきたはずの階段はすでに消え、代わりに見知らぬ家の玄関がそこにあった。靴が並ぶ上がり框の奥からは、夕食の匂いが漂っている。ところが玄関を一歩横へずれると、そこは再び魔法省の回廊だった。

 

 学校、魔法省、誰かの家、見知らぬ教室、見覚えのある廊下。曲がるたびに場所が変わり、窓の外に南硫黄島の海が見えたかと思えば、次の窓には知らない街の夕暮れが映る。昼間の教室と夜の庭が同じ壁を共有し、木造の廊下を進んだ先に魔法省の石床が続いている。距離も方角も、時間さえも意味を失っていた。

 

 それでも、そこにあるのはどれも人が暮らしていた場所だった。

 

「……気持ち悪」

 

 奎星が呟くと、伊織は周囲を警戒しながら杖を抜いた。

 

「空間が繋がっている、という感じでもない」

 

「じゃあ何だよ」

 

「分からない」

 

「またそれかよ」

 

「分からないものは分からない」

 

「今はその正論いらねえって!」

 

「静かに」

 

 蒼真の低い声に、三人が口を閉じた。

 

 足音ではない何かが聞こえた。どこからともなく、穏やかな声が響く。

 

『ようこそ』

 

 四人の杖が同時に上がった。声は近くも遠くもなく、天井からでも床からでも壁からでもない。この奇妙な世界そのものが喋っているようだった。

 

 奎星の顔が険しくなる。

 

「……救済者」

 

『ここは、常若の庭(とこわかのにわ)』

 

『僕が、君たちのために用意した世界だ』

 

「どこにいんだ!」

 

 奎星が叫んでも、返事はなかった。代わりに、遠くの学校で鐘が鳴る。マホウトコロのものなのか、愛宕のものなのか、白峰のものなのかも分からない。

 

『ここなら、君たちはいつまでも子供でいられる』

 

 どこかの教室の扉が開いた。

 

『学校へ行って』

 

 知らない家の窓に灯りが点る。

 

『友達と笑って』

 

 魔法省の折り鶴が頭上を横切る。

 

『好きなものを見つけて、失敗して、怒られて、また明日を迎える』

 

 声はどこまでも優しかった。

 

『もう、その先へ行かなくていい。大人になる必要はない。ここから、いつまでも子供でいられる』

 

 海の匂い、畳の匂い、古い本の匂い。学校で何度も嗅いできた匂いが混ざり合い、風となって通り過ぎていく。奎星は神代榊を握り締めた。

 

「先生たちは!?」

 

 声が止まる。

 

「スズメちゃんは! 御影先生は!? 学校の先生も、魔法省の人も、どこにいる!」

 

 しばらくして、救済者の声が返ってきた。

 

『大人は、彼らの役割を果たしている。安心するといい』

 

 その瞬間、奎星の横を人影が通り過ぎた。見覚えのある長衣に気づき、奎星が振り返る。

 

「高宮先生!?」

 

 高宮だった。いつもの服装で何冊かの資料を抱え、マホウトコロの廊下を歩いている。そのさらに向こうでは土御門が教室へ入り、別の階段から早瀬が下りてくる。魔法生物用の道具を持った鷹司が、廊下の角へ消えていった。

 

「……いた」

 

 侑李が息を呑む。

 

「先生たち……」

 

「スズメちゃん」

 

 奎星の目が変わった。

 

「スズメちゃん!」

 

「奎星!」

 

 伊織が呼んだが、もう遅い。奎星は走り出していた。

 

「おい、蓮根!」

 

 蒼真の声も聞かず、侑李が後を追う。

 

 マホウトコロの廊下は知っている道だった。いや、知っているはずだった。さっきまで魔法省だった場所を曲がった先にいつもの階段があり、訓練場への分かれ道、大食堂へ続く回廊、教師区画が次々と現れる。身体が勝手に道を選んでいた。

 

「スズメちゃん!」

 

 羊脂玉の床を蹴り、教室を一つ通り過ぎる。廊下の向こうに、魔法史研究室の扉が見えた。何百回も開けた、いつもと同じ扉だった。

 

 奎星は取っ手へ飛びつき、勢いよく扉を開けた。

 

 紙と古い本、乾いた墨の匂いがした。机の上には資料が積まれ、壁際の棚には本が隙間なく並んでいる。その机の向こうに、スズメがいた。

 

 黒い髪。白い指。資料へ向けられた横顔。椅子の横に積まれた本。何度も見てきた、いつものスズメだった。

 

「……スズメちゃん」

 

 奎星の声は小さかった。

 

 スズメが顔を上げる。瞳が奎星を捉え、瞬きをし、胸が上下する。手も動いている。生きている。奎星が机まで駆け寄ると、スズメは彼を見て言った。

 

「授業に戻ってください」

 

 奎星の足が止まった。

 

「……え?」

 

 スズメはもう奎星を見ていない。資料へ視線を落とし、淡々と続けた。

 

「渡す書類なら、そこに置いておいてください」

 

「いや、違う! 俺! 奎星!」

 

「学生は授業に戻ってください」

 

 奎星の顔から、少しずつ血の気が引いていく。

 

「スズメちゃん……?」

 

「学生は授業に戻ってください」

 

 同じ声。同じ高さ。同じ速さ。表情は変わらない。

 

 奎星はスズメの前へ回り込んだ。

 

「こっち見て」

 

 瞳が動き、奎星を見る。確かにスズメの瞳だった。怒っているときも、呆れているときも、笑いを堪えているときも、心配しているのを隠そうとしているときも、奎星はその目を何度も見てきた。けれど、今そこにあるのは何もない。

 

「俺、今日試験行ってたんだよ」

 

「学生は授業に戻ってください」

 

「魔法省でさ」

 

「授業に戻ってください」

 

「また無茶した」

 

「授業に戻ってください」

 

「怒んねえの?」

 

「授業に戻ってください」

 

 奎星の指が机の縁を強く掴んだ。

 

 違う。絶対に違う。こんなとき、スズメならまず顔を見て怪我を探し、勝手なことをしたのかと問い詰めるはずだった。奎星が「スズメちゃん」と呼べば、いつものように「烏丸先生です」と訂正するはずなのに、それすらない。蓮根君、と呼ぶこともなかった。

 

 顔は同じだった。瞳も、頬も、髪も同じで、目の前へ手を伸ばせば指先には体温があった。呼吸もしている。脈もある。どこからどう見ても烏丸スズメだった。

 

 それなのに、そこから発せられるものだけが、一つ残らず彼女のものではない。

 

 まるで、精巧に作られた人形だった。

 

『蓮根奎星』

 

 救済者の声が響く。

 

『君の好きな先生とも、ずっと一緒にいられる』

 

 スズメは無表情のまま資料へ視線を落としている。

 

『卒業する必要もない』

 

 机の上の資料。研究室。スズメ。毎日ここへ来て、授業を受け、補習をし、くだらないことで怒られる。夕食の鐘が鳴り、明日も来る。明後日も、来年も。何も変わらない。

 

 ずっと。

 

「……ふざけんな」

 

 低い声に、スズメが顔を上げる。

 

「学生は授業に戻ってください」

 

「それを」

 

 奎星は顔を上げた。

 

「スズメちゃんに言わせんな」

 

 扉の向こうから足音が聞こえた。侑李が駆け込んできて、その後ろから伊織と蒼真も研究室へ入ってくる。

 

「勝手に走るなって!」

 

「見つけた」

 

 奎星が言うと、三人の表情が変わった。

 

「スズメちゃん、いる」

 

 侑李がスズメを見る。

 

「……烏丸先生?」

 

「学生は授業に戻ってください」

 

 侑李の顔が止まった。伊織は何も言わず、しばらくスズメを見つめている。

 

「……奎星」

 

「ああ」

 

「これ」

 

「分かってる」

 

 奎星は机から手を離した。

 

「スズメちゃんじゃねえ」

 

 スズメの瞳が奎星へ向く。奎星は一瞬だけ苦しそうな顔をしたが、すぐに言い直した。

 

「……いや」

 

 目の前の身体を見つめる。

 

「スズメちゃんだ」

 

 声が低くなる。

 

「だから、取り戻す」

 

     *

 

 研究室を出ると、同じ光景がいくらでも繰り返されていた。

 

「土御門先生!」

 

 侑李が廊下で声をかける。土御門は振り返った。いつもの穏やかな顔だった。

 

「先生、僕が分かりますか?」

 

「学生は授業へ戻ってください」

 

「僕、宮本侑李です」

 

「学生は授業へ戻ってください」

 

 侑李の笑顔が消えた。

 

 少し離れた場所では、蒼真が愛宕の教師へ声をかけていた。教師は立ち止まり、何かを返す。蒼真がもう一度問いかけても、三度目に声をかけても、ほとんど同じ返事しか返ってこない。

 

「……あかんな」

 

 蒼真が戻ってくる。

 

「何言うても、決まったことしか返さん」

 

 伊織も高宮の前から戻ってきた。

 

「高宮先生も同じ」

 

「何て?」

 

「授業へ戻れって」

 

「高宮先生ならもっと怒るだろ」

 

「うん。君を見たら、多分最初に怒鳴る」

 

「だろ?」

 

「そこ嬉しそうにするところじゃないけど」

 

「今は怒鳴られたいんだよ!」

 

 言ったあと、奎星の顔から笑みが消えた。

 

 廊下を歩く教師たちは、教室へ入り、資料を運び、授業を続けている。誰も立ち止まらず、救済者の言葉通り、それぞれの役割を果たしていた。けれど、それだけだった。呼びかけても、触れても、名前を呼んでも、決められた答えしか返ってこない。

 

「……これで安心しろって?」

 

 奎星が神代榊を握る。

 

「こんなの、先生じゃねえだろ」

 

 その瞬間、神代榊が脈打った。

 

「……!」

 

 奎星が杖を見る。もう一度、今度は先ほどより強く脈動した。

 

「反応した?」

 

 伊織がすぐに近づく。

 

「ああ」

 

 奎星は目を閉じ、周囲の景色を意識から外した。マホウトコロ、愛宕、白峰、魔法省、知らない家。そのすべてを無視し、神代榊が拾っているものだけへ意識を集中する。

 

 地面など存在しないように見えるこの世界にも、流れはあった。いや、ここだからこそ、はっきり分かる。全国から集められた何本もの巨大な霊脈が、この奇妙な空間を満たしながら、さらに一つの場所へ向かっている。

 

「……分かる」

 

 奎星が呟いた。

 

「何が?」

 

「場所」

 

 伊織が顔を上げる。

 

「霊脈が向かってる先」

 

 奎星が神代榊を持ち上げると、杖先が勝手に一つの方向へ引かれた。

 

「こっちだ」

 

「待って、奎星」

 

「行く」

 

「だから待って」

 

「待てねえ!」

 

 奎星が走り出した。

 

「奎星!」

 

 侑李の声が追い、伊織も走り出す。

 

「またそれか!」

 

「さっき成長した言うてたやろ!」

 

「今それ言うな!」

 

 四人は複雑に入り組んだ世界を駆けた。マホウトコロの廊下を走っていたはずが、角を曲がれば魔法省になり、階段を下りれば愛宕、扉を開けば知らない家の居間、その奥の襖を開けばまたマホウトコロへ戻る。それでも奎星は迷わなかった。神代榊が進むべき方向を示している。脈動は、進むほど強くなっていった。

 

「そこ!」

 

 廊下の先に人影が現れた。高宮だった。

 

「蓮根」

 

 奎星の足が一瞬だけ緩む。

 

「止まりなさい」

 

「……その喋り方も違う!」

 

 高宮が杖を上げる。奎星も神代榊を振り抜いた。赤い光が正面へ走り、高宮の杖だけを弾く。身体には当てない。必要な分だけ。御影から何度も叩き込まれた通りに。

 

「ごめん、高宮先生!」

 

 奎星は横を抜けた。

 

 次に現れたのは土御門だった。

 

「蓮根君。授業へ戻ってください」

 

「嫌だ!」

 

 杖が動く。奎星は足を止めず、飛んできた魔法を防壁で逸らし、そのまま神代榊を振った。

 

「デパルソ!」

 

 土御門の身体が傷つかない程度の力で、進路の横へ押し退けられる。

 

「マジでごめん!」

 

 後ろでは侑李たちも教師たちを相手にしていた。早瀬、鷹司、さらに別の教師たちが、景色の変化に合わせて次々と現れる。

 

「学生は戻りなさい」

 

「教室へ戻ってください」

 

「授業時間です」

 

「戻りなさい」

 

 同じような声。同じような表情。

 

「うるせえ!」

 

 奎星が叫び、早瀬の魔法を低く潜る。神代榊を振り抜くと、鷹司が前へ出た。盾を避け、横へ抜ける。止まらない。

 

「奎星! 先行きすぎ!」

 

 侑李の声が聞こえた。

 

「追いつけ!」

 

「無茶言わないでよ!」

 

「蓮根!」

 

 蒼真の声も重なる。その直後、後ろで魔法の音がいくつも響いた。

 

 奎星が振り返ると、侑李の腕へ拘束の光が絡みついていた。

 

「侑李!」

 

「大丈夫! 行って!」

 

 伊織の進路にも二人の教師が立ちはだかり、蒼真は防壁を張ったまま、さらに別の教師たちに囲まれている。

 

「先行け、蓮根!」

 

「でも!」

 

「ええから行け!」

 

 蒼真が盾を一段広げた。

 

「こっちは何とかする!」

 

 奎星は歯を食いしばり、前を向いた。神代榊が強く脈打つ。もう近い。

 

「絶対追いつけよ!」

 

「誰に言うてんねん!」

 

 奎星は再び走った。後ろで魔法の音が続き、教師たちの声や侑李、蒼真、伊織の声が少しずつ遠ざかっていく。

 

 廊下の先で光が薄くなり、人影が一つ浮かび上がった。

 

 奎星の足が止まる。

 

 大きな身体。黒灰色の長衣。広い肩。左頬の傷。見間違えるはずがなかった。

 

 道の中央に、御影玄一郎が立っていた。

 

「……御影先生」

 

 御影は答えない。

 

 二人の間には十メートルほどの距離がある。何百回も向かい合った距離だった。まだ日も昇りきらない朝の訓練場、冷たい石床、四十八秒遅い時計、誤差じゃん、走れ――その記憶が、身体の奥から蘇る。

 

「御影先生」

 

 もう一度呼ぶ。

 

 御影が口を開いた。

 

「戻りなさい」

 

 奎星の顔が止まった。

 

 後ろから足音が聞こえる。伊織たちがどうにか教師たちを抜けてきたらしい。

 

「奎星!」

 

 侑李が呼んだ直後、さらに後ろから教師たちが追いついた。侑李の腕へ拘束が絡み、伊織の進路を高宮が塞ぐ。蒼真が盾を張るが、その外側を別の教師たちが囲んだ。

 

「くそ……数、多すぎやろ……!」

 

「奎星!」

 

 伊織が叫ぶ。

 

「前!」

 

 奎星が振り返ると、御影はまだ同じ場所に立っていた。

 

「戻りなさい」

 

 奎星の眉が震える。

 

「どけよ……!」

 

「戻りなさい」

 

「……戻りなさいだぁ?」

 

 奎星はゆっくり後ろへ下がった。一歩、二歩と距離を取り、御影を見つめる。御影は追ってこない。ただ奎星を見ている。その目も、立ち方も、肩の位置も、全部知っている。あまりにも御影玄一郎だった。

 

 だからこそ、奎星の声は怒りで震えた。

 

「御影先生はなぁ、そんな話し方はしねえんだよ!」

 

 御影の表情は動かない。

 

 御影なら、戻れ、それで終わる。あるいは黙れ、走れ、行け。短くて、ぶっきらぼうで、説明が足りなくても、必要なことだけは絶対に言う。

 

「早く戻りなさい」

 

「戻らねえ!」

 

 奎星は神代榊を握り締めた。

 

「先生たちを取り戻す!!」

 

「戻りなさい」

 

 同じ返事が返る。一切、揺れない。

 

 御影の右手が腰へ動いた。

 

 奎星の身体が、頭で考えるより先に反応する。自分の右手も腰へ走った。御影が杖を抜く。見慣れた動作だった。何度も、何百回も、その杖が上がる瞬間を見てきた。だからこそ、相手がどれほど強いのかを誰よりも知っている。

 

「奎星!」

 

 侑李の声が飛ぶ。

 

 奎星は神代榊の柄へ手をかけたまま、まだ抜かなかった。

 

「……あんたとは戦いたくない」

 

 御影は杖を下げない。

 

「ならば戻りなさい」

 

 奎星は目を閉じた。一度、大きく息を吸い、ゆっくり吐く。朝の訓練場で何度も繰り返した呼吸だった。焦るな。相手を見ろ。杖だけを見るな。足、肩、手首、撃つ前を見る。

 

 全部、この人に教えられた。

 

 奎星は目を開いた。

 

 そこにいるのは御影玄一郎だった。身体も、顔も、杖も、恐らく魔法も同じだ。けれど、先生ではない。

 

「……じゃあ」

 

 神代榊を抜く。木肌の炎模様が淡く光った。

 

「戻してやるよ」

 

 奎星は杖を構え、御影も静かに杖先を上げた。

 

 二人の距離は十メートル。いつもの距離だった。けれど、今までとは何もかもが違う。

 

 背後では侑李たちが教師に取り押さえられている。その向こうでは、マホウトコロと愛宕と白峰と魔法省が一つに重なり、さらにその隙間から誰かの家の灯りが覗いていた。授業の鐘が鳴り、どこかで食器の音がする。折り鶴が飛び、海風が吹く。

 

 すべてが穏やかだった。

 

 子供たちが、いつまでも同じ明日を迎えるために作られた世界。その中心で、蓮根奎星と御影玄一郎が互いへ杖を向けていた。

 

 常若の庭には、いまだかつてないほどの緊張が漂っていた。

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