青白い火の粉が、夏の森へ降っていた。
最初は一つだった。
奎星たちが八咫祭の森で助けた一羽の鬼火鳥が翼を広げ、その身体を包んでいた炎から、小さな光がこぼれ落ちる。それに呼応するように、檻から解放された鬼火鳥たちも一羽、また一羽と翼を開き、やがて十を超える青白い炎が奎星の周囲を舞い始めた。
真壁は動けなかった。
治癒魔法では閉じられなかった傷へ、鬼火鳥の火の粉が触れていく。
胸。
肩。
腕。
脇腹。
黒曜の呪いによって何度塞いでも開き続けていた裂傷から、一瞬だけ赤黒い文字が浮かび上がった。それを青白い炎が覆うと、文字は焼けるのではなく、朝靄が日差しに溶けるように静かに消えていった。
「……何だ、これは」
真壁が呟く。
傷が閉じていく。
今度は。
開かない。
一つ。
また一つ。
血に染まった服だけを残し、奎星の身体に刻まれていた裂傷が消えていく。
スズメは、それを見ることしかできなかった。
奎星の右手を握ったまま、瞬きさえ忘れたように見つめている。
やがて鬼火鳥たちが一斉に舞い上がった。
青白い炎が空へ螺旋を描く。
その中心で。
「……ん」
小さな声がした。
スズメの身体が固まる。
真壁も息を止めた。
奎星の指が。
動いた。
ゆっくりと瞼が開く。
最初に見えたのは。
空だった。
木々の隙間。
夏の日差し。
その下を、何羽もの鬼火鳥が青白い炎をまとって飛んでいる。
「……あれ」
夢の続きかと思った。
さっきまで。
もっと大きな木があった。
ばあちゃんがいた。
たくさんの鬼火鳥が飛んでいた。
でも今は。
土の匂いがする。
身体の下は硬い。
遠くで誰かが泣いている。
奎星は視線を下ろした。
目の前。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした。
スズメがいた。
普段なら乱れ一つない黒髪は崩れ、頬も目元も真っ赤で、大粒の涙が今も次々と流れている。奎星はしばらくその顔を見ていた。
こんな顔。
初めて見た。
「……スズメちゃん……?」
スズメの目が。
大きく見開かれた。
「蓮根君……!」
次の瞬間。
視界が。
黒髪でいっぱいになった。
「うわっ」
スズメが奎星を抱きしめた。
強く。
本当に。
容赦なく。
両腕を背中へ回し、自分の胸元へ押しつけるように抱き寄せる。
「ちょ……!」
奎星の目が見開かれる。
「スズメちゃん、苦し……」
聞こえていない。
スズメは奎星の肩へ顔を押しつけたまま、腕の力を緩めなかった。
「……よかった」
掠れた声。
「よかった……」
その一言だけで。
奎星も。
何となく。
分かった。
かなり。
まずかったらしい。
真壁は二人のすぐ横で、信じられないものを見るような顔をしていた。
「……消えている」
奎星の服には大量の血が残っている。
地面にも。
スズメの袖にも。
胸元にも。
赤い血がべったり付いている。
それなのに。
傷だけが。
ない。
真壁は奎星の胸元を確認し、肩、腕へ目を移す。
「黒曜の術式ごと……?」
理解できない。
あれほど治癒を拒絶していた呪いが。
跡形もなく。
消えている。
その横。
奎星は。
まだ。
スズメに抱きしめられていた。
「スズメちゃん……」
「……はい……」
返事が。
やたら素直だった。
「なんか……」
スズメが少しだけ身体を離す。
目にはまだ涙が溜まっている。
「どうしました……?」
奎星は。
近い距離にあるスズメを見た。
そして。
鼻を少し動かした。
「なんか、すっげー……」
「……?」
「いい匂いする……」
数秒。
森から。
音が消えた。
スズメの顔が。
一気に。
真っ赤になった。
ぱぁん!!
乾いた音が森へ響いた。
奎星の顔が真横を向く。
真壁ですら。
目を見開いた。
「……え」
奎星が頬を押さえる。
「いってぇー!!」
今まで。
死にかけていたとは思えない声だった。
スズメは奎星から勢いよく離れ、真っ赤な顔のまま肩で息をしている。
「な、なんで!? 俺なんか言った!?」
「言いました!」
「いい匂いって褒めたじゃん!」
「今言うことですか!?」
「だって近かったから!」
「そういう問題ではありません!」
いつもの。
奎星だった。
真壁はしばらく唖然としていたが、そのうち張り詰めていた肩から少しだけ力が抜けた。
この騒がしさ。
多分。
大丈夫だ。
奎星は頬を擦りながら、ようやく周囲を見た。
日向。
楓。
岳。
伊織。
全員。
変な顔をしている。
次に。
自分の服。
「……ん?」
血だらけ。
地面。
血。
スズメ。
もっと血。
奎星は。
数秒。
考えた。
さっきまで。
夢みたいな場所にいた。
八重子に会った。
そして。
その前。
何をしていた。
女。
杖。
スズメ。
青白い光。
「……あ」
思い出した。
自分の胸を触る。
肩。
腕。
何ともない。
「痛くない」
全員が奎星を見る。
奎星は少し安心させるように笑い。
「あ、痛いのは……ここだけ」
さっき叩かれた右頬を指差した。
ぱぁん!!
二発目。
「いってぇ!!」
奎星が今度は左を向いた。
「二発目!? なんで!?」
スズメの目から。
また。
涙がこぼれた。
「あなたは……!」
怒っている。
泣いている。
どちらなのか。
もう本人にも分からない。
「あなたは本当に……!」
最後まで言葉にならなかった。
その直後。
別のものが。
奎星へ飛び込んできた。
「うわっ!」
楓だった。
正面から。
思いきり。
抱きついた。
「馬鹿!!」
「楓!?」
「本当に馬鹿!!」
声が震えている。
「何で……何でまたそういうことするのよ!!」
「いや、だってスズメちゃんが――」
「そういうとこ!!」
「え!?」
楓は泣いていた。
普段なら。
奎星相手にこんなことをするはずがない。
でも今は。
止まらなかった。
「死ぬかと思った……!」
その一言で。
奎星の表情が変わった。
「あ……」
楓の後ろから。
日向が来た。
「奎星」
いつもの笑顔。
に。
しようとしている。
全然。
できていない。
目が赤い。
「お前さ」
奎星を見る。
「マジで……」
そこで。
一度。
言葉が止まった。
日向は何かを誤魔化すように鼻を擦り、奎星の頭を乱暴に掴んで引き寄せた。
「次やったら俺が殺すからな!」
「死にかけたやつに言う!?」
「うるせえ!」
その横から。
岳。
無言。
「岳?」
抱きつく。
ぎゅう。
「痛い痛い痛い! 岳が一番力強い!」
「……」
「岳?」
「よかった」
それだけだった。
奎星が黙る。
「……おう」
岳の大きな背中を。
軽く叩いた。
そして。
伊織。
奎星が見る。
「伊織」
伊織は。
少し離れたところに立っていた。
眼鏡を押し上げる。
「僕はそういう暑苦しいのいいから」
声は普通だった。
奎星が笑う。
「伊織っぽ――」
伊織が来た。
抱きついた。
奎星の顔が止まる。
「…………」
「…………」
「伊織?」
「今は喋らないで」
「はい」
伊織の腕にも。
力が入っていた。
結局。
日向。
楓。
岳。
伊織。
全員。
奎星の周りに集まる。
奎星は四方向から押し潰され。
「ちょ、待っ……苦し……!」
誰も離れない。
「俺! 今一番苦しい!!」
それは。
傷が。
本当にもうないという。
何よりの証拠だった。
少し離れた場所。
スズメは。
その光景を見ていた。
泣きながら。
ほんの少し。
笑っていた。
*
それから。
二十分ほど後。
山の空に。
何本もの白い光が走った。
最初に現れたのは、魔法省の紋章を掲げた大型の飛行馬車だった。翼のない黒い馬たちが何もない空を駆け、その後ろへ長い車体を引いている。そのさらに後方から数台の小型馬車が続き、山の開けた場所へ次々と降下してきた。
禍祓官。
医療術師。
魔法生物管理部門。
現場へ降り立った職員たちは、目の前に広がる惨状を見た瞬間から一斉に動き始めた。
拘束された黒曜の狩人たちを確認し、一人ずつ杖を回収して魔法封じを施していく。
その途中。
数人の禍祓官が。
森の奥で。
足を止めた。
「……え?」
倒れている男。
斎賀玄弥。
一人の年嵩の禍祓官が。
顔を近づける。
その表情が変わる。
「斎賀……?」
別の男も来る。
「嘘だろ」
「十二年前の……」
声が。
小さく交わされる。
真壁は何も言わなかった。
気絶した斎賀のそばへ立ち、魔法省の拘束具が両手首へ掛けられるのを、黙って見届けている。
少し離れた場所。
御影も。
医療術師たちに囲まれていた。
「歩ける」
起き上がろうとする。
即座に押し戻された。
「歩けません」
「歩ける」
「さっき倒れましたね?」
「……」
「重症者です」
「蓮根は」
御影の視線が。
奎星へ向く。
奎星は。
座って。
普通に。
岳と何か話していた。
医療術師も困惑している。
「大量の血液は確認できるんですが……外傷がありません」
御影の眉が動いた。
奎星が気づく。
「御影先生!」
手を振る。
「俺全然平気!」
御影は。
しばらく。
奎星を見る。
そして。
ほんの僅かに。
目を閉じた。
「……そうか」
その直後。
担架へ載せられた。
「いや、自分で歩ける」
「歩けません」
連れていかれる。
奎星が笑う。
「御影先生めっちゃ怒られてんじゃん」
「あなたもです」
背後から。
スズメ。
奎星が振り返る。
「え?」
「乗ってください」
担架が。
もう一つ。
用意されていた。
「いや俺怪我ないって!」
「乗ってください」
「歩ける!」
「駄目です」
「御影先生より元気だぞ!」
「乗りなさい」
「スズメちゃん!」
「烏丸先生です!」
「戻った!」
最終的に。
奎星は。
ほぼ強制的に。
怪我人として運ばれた。
*
解放された魔法生物たちも、その場へ放置されることはなかった。
飛べる個体の中には山へ戻っていくものもいたが、羽根を傷つけられた鳥や、長期間拘束されて衰弱した獣、それに尾羽を抜かれた鬼火鳥たちは魔法省の魔法生物管理部門が一頭ずつ状態を確認し、安全な治療施設へ移送することになった。
岳は最後まで。
鬼火鳥たちのそばにいた。
「ちゃんと治してくれますか」
管理官へ。
何度も確認する。
「もちろん。元気になれば、可能な個体から野生へ戻す」
「どこに?」
「本来の生息域が分かれば、そこへ」
岳が。
少し離れたところ。
奎星を見る。
「帰す場所は」
奎星も。
岳を見る。
笑った。
「分かるかも」
岳の表情が。
少しだけ緩んだ。
*
魔法省の移動馬車。
空を走る大型の車内は、外から見たよりずっと広かった。
治療用に作られているらしく、車体が上下しても内部はほとんど揺れない。左右には簡易寝台が並び、その一つに御影が寝かされ、向かい側には奎星がいた。
御影は胸や腕に包帯を巻かれ。
完全に。
重症者。
奎星は。
血だらけの服から着替えさせられた以外。
ほぼ無傷。
それでも。
寝かされていた。
「俺、座っていい?」
「駄目です」
「さっきから寝てるだけじゃん」
「死にかけた人は黙って寝ていてください」
「もう死にかけてないじゃん」
「死にかけました」
スズメは奎星の寝台の横。
椅子へ座っていた。
いつもの濃紺の教員衣ではない。
遠征用の服も。
奎星の血が落ちきらず。
袖の一部にはまだ。
薄い赤が残っていた。
奎星は。
それを見た。
「……ごめん」
スズメが見る。
「何がです?」
「服」
「そこですか?」
「血ついちゃったじゃん」
「…………」
スズメは。
また。
少し怒りそうな顔をした。
奎星が慌てる。
「ビンタは禁止!」
「しません!」
「よかった」
「今は」
「今は!?」
スズメはため息をついた。
でも。
怒鳴らなかった。
少しだけ。
静かになった。
馬車の窓の向こう。
夕方の空。
雲が。
ゆっくり。
流れていく。
奎星は。
しばらくそれを見たあと。
口を開いた。
「スズメちゃん」
「烏丸先生です」
「俺さ」
返事が。
少しだけ。
真面目だった。
スズメも。
それに気づく。
「……はい」
「変なとこ行ってた」
「変なところ?」
「夢かもしんないけど」
奎星は。
天井を見る。
思い出す。
大きな木。
空。
鬼火鳥。
そして。
「ばあちゃんに会った」
スズメの表情が変わった。
「八重子さんに?」
「うん」
笑う。
「元気だった」
「……そうですか」
「昔の感じ。病院にいた最後の頃じゃなくて、普通に家来て小遣いくれてた頃」
少しだけ。
嬉しそうだった。
「抱きついた」
スズメは。
何も言わず。
聞いた。
「ずっと会いたかったんだよな」
奎星はそう言いながらも。
悲しそうではなかった。
むしろ。
本当に久しぶりの家族へ会えた人の。
少し満足した顔だった。
「でさ」
神代榊。
寝台の横。
丁寧に置かれている杖へ。
目を向ける。
「鬼火鳥と、俺のばあちゃんは友達なんだって」
スズメが眉を寄せる。
「友達……?」
「うん。ていうか、ばあちゃんだけじゃなくて」
奎星は。
思い出しながら。
ゆっくり話した。
蓮根家。
鬼火鳥。
神代榊。
昔から。
助けたり。
助けられたり。
そうしてきたこと。
八咫小路で空木が言っていた。
鬼火鳥を守っていた。
ある一族。
「多分」
奎星が言う。
「あれ、蓮根家だったんだよ」
スズメが。
完全に。
研究者の顔になる。
「……それを八重子さんが?」
「言ってた」
「正確にはどのような表現でした?」
「え?」
「鬼火鳥を管理していたのですか、それとも共生関係に――」
「急に研究者になるじゃん!」
スズメがはっとした。
「……すみません」
奎星が笑う。
「ばあちゃんは、友達って言ってた」
「友達」
「飼ってたわけでも、言うこと聞かせてたわけでもなくて。困ったら助ける。向こうも助けてくれる」
少し考える。
「支え合う関係って」
スズメは。
その言葉を。
静かに胸へ置いた。
「……そうですか」
「うん」
奎星は。
窓の向こうを見る。
遠く。
別の移送用馬車。
そこには。
傷ついた鬼火鳥たちがいるはずだった。
「あいつらさ」
「はい」
「俺がいないと、帰れないみたいだから」
スズメが。
奎星を見る。
嫌な予感。
ではない。
もう。
分かっている。
この少年なら。
次に何を言うか。
「みんなが治ったら、帰しに行こう」
やっぱり。
スズメは。
目を閉じた。
深い。
深い。
ため息。
「あなたは全く……」
「何?」
「つい先ほどまで死にかけていた人が、目を覚まして最初に心配するのが鬼火鳥ですか」
「最初じゃないぞ」
「では何でした?」
奎星は考える。
「スズメちゃんいい匂い――」
「それ以上言ったら三発目です」
「すみません」
即座に謝った。
スズメは額を押さえた。
でも。
少し。
笑った。
「本当に……どうしてあなたは」
途中で。
言葉が止まる。
奎星が見る。
「ん?」
スズメは。
奎星の右手を見た。
さっき。
ずっと握っていた手。
離したら。
そのままどこかへ行ってしまうような気がして。
必死に。
握っていた。
今は。
ちゃんと。
動いている。
「……怖かったんですよ」
奎星の表情が。
少し変わる。
スズメは。
視線を上げない。
「本当に」
声が。
小さい。
「あなたが……もう、目を覚まさないのではないかと」
奎星は。
何も言わなかった。
こういうとき。
いつもなら。
冗談を言う。
大丈夫だって。
俺強いし。
死なねえよ。
何か。
軽いことを。
でも。
今は。
言わなかった。
代わりに。
少し迷ってから。
手を伸ばす。
スズメの手。
指先。
そこへ。
自分の手を。
重ねた。
スズメが顔を上げる。
「……蓮根君?」
「ごめん」
「……」
「心配かけた」
あまりに。
素直。
スズメの目が。
また少し。
揺れた。
「……本当にですよ」
「うん」
「あなたは、いつもそうやって……自分のことを後にするから」
「でもスズメちゃんいたし」
「それです」
少しだけ。
強く。
言う。
「私がいたから、ではありません」
「……?」
「私だって」
スズメは。
奎星の手の上へ。
自分の指を。
ほんの少し。
重ねる。
「あなたがいなくなるのは、嫌です」
奎星が。
止まった。
「…………」
スズメも。
言ってから。
止まった。
馬車の中が。
急に。
静かになる。
車輪はないのに。
空を走る馬車から。
微かな風の音だけが聞こえる。
奎星の耳が。
少し。
赤くなる。
「……そっか」
「……はい」
スズメも。
視線を逸らす。
「じゃ」
奎星が言う。
「死なないようにする」
スズメが見る。
「できるのですか?」
「頑張る」
「そこは約束してください」
「約束すると破ったとき怒られるじゃん」
「怒りますよ」
「じゃ頑張る」
「蓮根君」
奎星が笑った。
「でもさ」
「何です?」
「葛切り」
「……」
「まだだからな」
スズメは。
少しだけ。
笑った。
「……そうですね」
「魔法具屋も」
「それは別です」
「なんで!?」
「葛切りは言いましたが、魔法具屋は言っていません」
「俺死にかけてんのに!?」
「今は元気でしょう」
「扱い戻るの早すぎ!」
「元気なら当然です」
奎星は笑った。
スズメも。
今度は。
はっきりと笑った。
その向かい。
簡易寝台。
御影玄一郎は。
目を閉じていた。
「…………」
意識は。
とっくに戻っていた。
最初は。
本当に眠っていた。
途中。
「ばあちゃんに会った」
あたりで目が覚めた。
声を掛けようとも。
思った。
しかし。
その後。
なんとなく。
起きる機会を失った。
――私だって、あなたがいなくなるのは嫌です。
「…………」
御影は。
目を開けなかった。
今起きたら。
非常に。
面倒な空気になる。
教師として。
これは。
あれだ。
生徒と同僚の会話へ不用意に割って入らない。
適切な判断。
そういうことにした。
「葛切り食ったことある?」
奎星の声。
「あります」
「どこの?」
「八咫小路です」
「じゃ今度そこ!」
「調査が終わってからです」
「まだ調査扱い!?」
「鬼火鳥を帰すのでしょう?」
「あ、そうだった!」
「忘れないでください!」
御影は。
寝たふりを続けた。
心の中で。
一度だけ。
思った。
元気すぎる。
つい数時間前。
死にかけた男とは。
到底。
思えなかった。
けれど。
それでいい。
馬車は。
夕暮れの空を進んでいく。
マホウトコロへ。
生きて。
帰るために。