黒い道は、どこまでも続いていた。
御影が目を覚ましてから、七人は既に十分近く歩いている。
足元は相変わらず、黒曜石とも水面ともつかない奇妙な材質だった。そのさらに下を赤黒い古代文字がゆっくりと流れ、ときおり脈打つように明滅している。遠くには壁らしきものもぼんやり見えるのだが、距離感がおかしい。いくら歩いても近づかず、振り返れば、自分たちが通ってきたはずの道さえ闇へ溶けて見えなくなっていた。
先頭は御影。そのすぐ後ろを柊木が歩き、中央には日向、澪、冬真が固まっている。最後尾は奎星とスズメだった。
誰一人として油断してはいない。神代冥司が見せた幻覚を抜けたばかりなのだ。この場所では、目の前にある床も、遠くに見える壁も、本当にそこに存在しているのかすら信用できなかった。
それでも、張り詰めた空気に耐えきれなくなったのか。
「なあ御影先生」
「黙って歩け」
「まだ何も言ってねえじゃん!」
「どうせさっきの話だ」
「何見てたの?」
「黙れ」
「即答!」
奎星が不満そうに口を尖らせる。
「だってスズメちゃんだけ知ってんだろ?」
前を歩いていた御影の足が、一瞬だけ遅くなった。
隣のスズメは何食わぬ顔をしている。
「知りません」
「嘘つけ!」
「忘れるよう努力しています」
「じゃあ知ってんじゃん!」
「蓮根君」
今度は御影の声が低くなった。
「はい」
「あと一回聞いたら置いていく」
「ここで!?」
「安心しろ。お前なら自分に魔法を撃って何とかするだろ」
「根に持ってる!」
日向が吹き出した。
「そりゃ持つだろ。普通、生徒が二回も自分に呪文撃って起きてきたら先生も嫌になるわ」
「成功率百パーだぞ?」
「誇るな!」
「静かに」
突然、冬真が言った。
声音が変わった瞬間、全員の足が止まる。
「……何かいる」
冬真が前方の闇を見据える頃には、御影と柊木は既に杖を構えていた。奎星もすぐに神代榊を抜き、スズメが半歩だけ前へ出る。
暗闇の向こうには何も見えない。
だが。
こつ。
乾いた足音が一つ、長く響いた。
続いて、もう一つ。
こつ。
一人ではない。
異なる間隔で刻まれる足音は、三つあった。
近づいてくる。
ゆっくり。
まるで、こちらが来ることを最初から知っていて、逃げる必要などないとでも言うように。
やがて闇の向こうに、三つの人影が浮かんだ。
中央にいたのは、四十代ほどの男だった。背が高く、髪は後ろへ撫でつけられている。黒い長衣の上には金糸で細かな術式がびっしりと縫い込まれ、右手には細身の杖。左手の指には、黒曜石を削り出したらしい指輪が三つ嵌められていた。
一目で分かる。
残る二人とは、立ち位置が違う。
まとめ役。
少なくとも、この三人の中では上にいる人間だ。
その右側を見て、日向が思わず呟いた。
「……でけえ」
身長は二メートル近い。肩幅も岳以上で、黒い長衣の上からでも異様な筋肉の厚みが分かる。袖をまくった両腕には黒曜石の板が直接縫いつけられたように何枚も並び、拳を握るたび、その表面へ赤黒い古代文字が浮かび上がった。
巨大な男は奎星たちを見るなり、にやりと笑う。
「ガキばっかじゃねえか」
「お前が一番分かりやすいな」
奎星が言った。
「何がだ」
「絶対脳筋」
「ぶっ殺すぞ!!」
「ほら!」
「煽るな!」
日向が奎星の後頭部を叩いた。
そして。
三人目を見た瞬間、奎星の目が止まった。
「…………」
少年だった。
おそらく、奎星と同じくらい。少なくとも成人には見えない。
色の薄い肌に、肩へ届くか届かないかほどの黒髪。その毛先だけが、色を失ったように白く抜けている。身体つきは細く、整った顔立ちは、一見すれば少女と見間違えてもおかしくなかった。
黒い長衣も、他の二人とは違う。
装飾らしい装飾は何もない。
代わりに、両手首と首元、腰、両足首――全部で六か所へ、薄く削り出した黒曜石の板が取りつけられていた。その一枚一枚の表面を、赤黒い古代文字が静かに流れている。
そして、少年だけが。
誰も見ていなかった。
御影も。
柊木も。
日向も。
澪も。
冬真も。
スズメすら。
最初からずっと。
奎星だけを見ていた。
「……何だよ」
奎星が眉を寄せる。
少年は少しだけ首を傾けた。
「蓮根奎星」
「そうだけど」
「本当にうるさそう」
「会って一言目それ!?」
中央の男が薄く笑った。
「口を慎め。お前たちは神代様の領域へ土足で踏み込んだ侵入者だ」
御影は表情一つ変えない。
「生徒を返せ」
「断る」
「なら終わりだ」
「…………」
中央の男の眉が動いた。
「威勢だけは――」
「いや」
御影は杖を僅かに上げた。
「話がだ」
その横に立つ柊木も、もう笑っていなかった。
中央の男が目を細める。
「なるほど。御影玄一郎。それに白峰の柊木志乃……」
柊木が小さく息を吐く。
「ご存じなのですね」
「当然だ。元禍祓官と、三度の全国決闘大会優勝者」
日向が小声で奎星に訊いた。
「やっぱ柊木先生ってそんなヤバい人なの?」
「俺もこの前知った」
澪が振り返らないまま言う。
「今それ話す?」
「すみません」
中央の男は、ゆっくりと杖を構えた。
「とはいえ、ここは我々の術式内だ。外と同じように戦えると思わないことだな」
「長い」
御影が言った。
男のこめかみがぴくりと動く。
「……何?」
「戦うなら早くしろ」
「貴様――」
その瞬間。
黒い床が、赤く光った。
中央の男が杖を振り抜く。
「分断しろ!」
三人の足元から、赤黒い線が蜘蛛の巣のように走った。
御影の顔色が変わる。
「散れ!」
間に合わない。
地面から、黒曜石の壁が一斉に噴き上がった。
「うわっ!」
奎星は反射的にスズメの腕を掴んだ。
轟音。
視界が黒く塗り潰される。
床も。
壁も。
空間そのものも。
一度、大きく歪んだ。
そして次の瞬間。
七人は。
三つの場所へ。
完全に分断されていた。
*
御影玄一郎。
柊木志乃。
二人の前に、先ほど中央に立っていた男がいた。
「……なるほど」
男は周囲を見回した。
どうやら最初から、この組み合わせを狙っていたわけではないらしい。一瞬だけ考えるように目を動かしたものの、すぐに口元へ余裕の笑みを戻す。
「まあいい。大物二人を私一人で仕留めれば――」
「柊木」
「はい」
御影が右へ動く。
柊木が左へ動く。
それだけで、男の正面から二人の姿が同時に消えた。
「遅い!」
男が杖を振り抜く。
七本の黒い刃が扇状に広がり、左右へ分かれた二人を同時に襲った。
柊木が一歩前へ出る。
「プロテゴ」
透明な防壁が展開された。
七本。
すべて。
止まる。
「何――」
男が目を見開いたときには。
御影は、もう横にいた。
「エクスペリアームス」
「っ!?」
赤い光が手元を射抜き、細身の杖が高く弾き飛ばされた。
それでも男の反応は速い。すぐさま左手を上げ、三つの黒曜石の指輪へ魔力を流し込む。
赤黒い術式が浮かんだ。
「まだ――!」
指輪から魔力が噴き出す。
だが。
柊木は既に、そこへ杖を向けていた。
「ステューピファイ」
「――がっ!」
赤い光が胸へ直撃し、男の身体が後方へ倒れる。
御影は、その間にも三つの指輪から目を離していなかった。
まだ。
光っている。
「インカーセラス」
縄が床から伸びた。
両腕。
両脚。
胴。
倒れた男の身体を、瞬く間に幾重にも縛り上げていく。
それでも。
指輪の赤黒い光は消えない。
男の口元が歪んだ。
「この程度で――」
「これですね」
柊木が男の左手の横へしゃがみ込んだ。
「……は?」
細い杖の先が、黒曜石の指輪へ触れる。
「エクスペリアームス」
三つの指輪だけが。
同時に抜けた。
乾いた音を立て、床へ転がる。
赤黒い文字が消えた。
「…………」
男の顔から。
完全に余裕が消えた。
御影が見下ろす。
「終わりか」
「…………」
柊木も拘束された男を確認してから、穏やかに言う。
「思ったより早かったですね」
「貴様ら……!」
「まだ喋れるなら」
御影が杖先を男へ向ける。
「もう一発いるか」
「…………」
男は黙った。
柊木はそこでようやく杖を少し下げた。
「九秒ほどでしょうか」
「八秒だ」
「数えていたのですか?」
「癖だ」
二人は拘束した男から視線を外し、目の前へそびえる黒曜石の壁を見る。
先ほどまで奎星たちがいた向こう側。
何も見えない。
何も聞こえない。
「生徒たちは」
柊木の声が少し低くなる。
御影は壁へ片手をついた。
「まだ戦ってる」
「分かるのですか?」
「分からん」
柊木が御影を見る。
「では、なぜ」
御影の眉間へ皺が寄った。
「静かすぎない」
その言葉が終わるのと。
ほぼ同時だった。
壁の遥か向こうから。
轟音が響いた。
どん、と黒曜石の壁そのものが僅かに震える。
柊木は一度それを見上げ、それから小さく頷いた。
「……確かに」
*
「ぶっ飛べぇぇぇ!!」
巨大な拳が。
床へ叩き込まれた。
「うおおおおおお!?」
日向が横へ飛ぶ。
直後、拳が落ちた場所から黒い亀裂が十メートル近く走り、足元の床が大きく抉れた。
澪がその光景に顔を引きつらせる。
「人間の威力じゃないでしょ!」
「だからさっき脳筋って言ったんだよ!」
「言ったの蓮根君でしょ!?」
「いねえ奴のせいにすんな!」
日向が走りながら叫ぶ。
巨大な男は、そんな三人を見て楽しそうに笑っていた。両腕だけではなく、胸や肩へ取りつけられた黒曜石の板まで赤黒く発光している。
「どうしたぁ! さっきから逃げてばっかじゃねえか!」
冬真が足を止め、杖を向けた。
「ステューピファイ!」
赤い光が男の胸へ直撃する。
普通なら、一撃で人間を地面へ倒す気絶呪文。
しかし。
「効かねえ!!」
男は止まらなかった。
それどころか、胸元の黒曜石が一段強く発光する。
「また……」
冬真の目が細くなった。
男の右拳が振り抜かれる。
「プロテゴ!」
冬真が正面へ防壁を張る。
激突。
ぎしっ、と嫌な音が鳴った。
「っ……!」
一発で、透明な盾全体へ細かな亀裂が走る。
さらに二発目。
「冬真先輩!」
横から日向が杖を振った。
「デパルソ!」
衝撃波が巨体を捉える。
だが。
あれだけの魔法を受けても。
男の身体は半歩ほど横へずれただけだった。
その僅かな隙に、冬真が大きく後退する。
「助かった!」
「全然飛ばねえ!」
「当たり前だ!」
男が笑った。
「俺の《黒鎧》は、受けた魔法を全部身体強化へ回す! 撃てば撃つほど俺は強くなる!」
日向の顔が止まった。
「最悪じゃん」
澪も杖を構えたまま、少し呆れた顔になる。
「つまり、さっきから私たちが強化してたってこと?」
「そういうことだ!」
「自分で能力説明した」
日向が言った。
「…………」
男が止まる。
冬真まで僅かに目を細めた。
澪が小声で言う。
「やっぱり脳筋ね」
「聞こえてんぞ!!」
巨体が床を蹴った。
速い。
大きさからは想像できない速度で、一歩のうちに距離が消える。
「散開!」
冬真の声で、三人は同時に別方向へ跳んだ。
直後。
拳が空を切り、そのまま床へ落ちる。
轟音。
また亀裂が走った。
「直接撃つな!」
冬真が叫ぶ。
「こいつに魔法を当てるほど不利になる!」
「じゃあどうすんの!?」
日向は走る。
「考えてる!」
「早めにお願い!」
「分かってる!」
冬真は杖を構えながら、男の動きを追った。
攻撃は速い。
重い。
一方で、防御らしい防御をほとんどしていない。
必要がないのだ。
魔法は避けずに受ければいい。
受けたぶんだけ、自分が強くなる。
だから。
避けない。
「潰れろ!」
男が次に狙ったのは澪だった。
巨大な身体が真正面から迫る。
澪は反射的に防壁を出しかけ――途中で止めた。
視線が。
男の足元へ落ちる。
右。
左。
踏み込む。
拳を振り上げる直前。
右足。
必ず。
深く。
「……冬真!」
「何!?」
「こいつ、殴る直前に右足止める!」
冬真の目が男の下半身へ落ちた。
次の突進。
見る。
確かに。
拳へ力を乗せる瞬間だけ。
右足が床へ強く固定される。
「朝比奈!」
「何!」
「走れるか!」
日向が。
一瞬。
ものすごく嫌そうな顔をした。
「俺に何させる気!?」
「囮!」
「やっぱり!!」
「一番速い!」
「褒められてんのに嬉しくねえ!!」
男が振り返る。
「次はお前だ!」
「ほら来たぁぁ!!」
日向が走り出した。
巨体も追う。
日向は魔法を撃たない。
ただ走る。
大きく方向を変え、急停止し、相手が追いつく直前で切り返す。そのまま逆方向へ加速する。
クィディッチで鍛え続けてきた身体。
箒に乗っていなくても、相手の重心を見る癖も、空いている場所へ瞬時に抜ける判断も消えない。
「ちょこまか逃げんな!」
「捕まえてみろよデカブツ!」
「殺す!」
「煽るんじゃなかった!」
日向が即座に後悔した。
男が拳を振る。
日向はぎりぎりで身体を沈める。
頭上を巨大な腕が通過した。
そのまま男の脇を抜け、さらに走る。
「冬真先輩!」
「まだ!」
冬真は動かない。
待っている。
一回。
二回。
三回。
男が日向を追う。
踏み込む。
右。
また。
右。
そして。
四回目。
日向が。
わざと進路を変えた。
行き止まりへ。
「朝比奈!」
澪が目を見開く。
日向の目の前には黒曜石の壁。
逃げ場がない。
男が笑った。
「終わりだ!」
「日向!」
「今!!」
日向が叫ぶ。
男が右足を床へ固定した。
拳が振り上がる。
澪の杖が。
その足元へ向いた。
「デパルソ!」
狙ったのは。
男ではない。
右足の真下。
床。
衝撃が横向きに走り、黒い床の表面が僅かにずれた。
「な――!?」
踏ん張る場所を失った。
巨大な身体が。
初めて大きく傾く。
その瞬間。
日向は背後の壁を蹴った。
男の肩口を飛び越えるように、空中でその横を抜ける。
「うおっ!」
着地。
その背後には。
冬真がいた。
最初から。
この瞬間だけを待っていた。
「インカーセラス!」
縄が男の足首へ巻きつく。
膝。
腰。
傾いた身体へ、一気に這い上がっていく。
「こんなもん――!」
男の腕に力が入った。
引き千切るつもりだ。
それも。
冬真は読んでいた。
「澪!」
「はい!」
「プロテゴ!」
澪の防壁が展開される。
男を守るためではない。
背後。
しかも。
斜めに。
「何だ!?」
冬真が反対側から杖を振る。
「デパルソ!」
今度も男へは直接当てない。
衝撃波は澪の防壁へぶつかった。
斜めに張られた透明な盾が、その力の向きを変える。
下から。
男の足元へ。
「うおお!?」
巨体が。
僅かに浮いた。
踏ん張れない。
縄も切れない。
そして、その瞬間。
剥き出しになった。
男の背中。
そこには。
黒曜石の板がない。
両腕。
胸。
肩。
攻撃を正面から受ける場所にばかり取りつけられている。
そのことを。
澪は。
ずっと見ていた。
「ステューピファイ!」
冬真の赤い光が。
男の背中へ直撃した。
「――っ!!」
巨体が硬直する。
黒曜石へ。
流れない。
そのまま膝から落ちる。
冬真は間を置かず、一歩踏み込んだ。
「もう一発!」
同じ場所へ。
「ステューピファイ!」
「ぐっ――!」
二発目。
巨大な身体が。
完全に倒れた。
どおん、と床が揺れる。
「…………」
三人は。
その場で止まった。
日向は肩で息をしながら、恐る恐る男を見る。
「……勝った?」
澪も杖を下ろさず、慎重に様子を窺った。
「多分」
「多分やめて」
冬真が男へ近づき、首元へ杖を向ける。
反応。
なし。
「気絶してる」
「よっしゃぁぁぁ!!」
日向がその場へ大の字になった。
「疲れた!!」
「寝ないで」
澪が即座に言う。
「まだ終わってない」
「分かってるけど一分!」
「駄目」
「三十秒!」
「十秒」
「厳しい!」
冬真は倒れた男の黒曜石を確認してから、二人を見る。
そして。
小さく笑った。
「でも、いい連携だった」
日向が上体を起こした。
「先輩がほとんど指示してたじゃん」
澪も頷く。
「最後も冬真先輩でしたし」
冬真は首を振った。
「俺一人なら、正面から撃ち続けてた」
先ほど澪が狙った床へ目を向ける。
「澪が足を見て」
次に。
日向を見る。
「朝比奈が走ってくれたから勝てた」
日向が胸を張った。
「やっぱ俺、機動力担当?」
「騒音担当も」
澪が言った。
「おい!」
冬真が少しだけ笑った。
その笑みはすぐに消える。
目の前には。
まだ。
黒曜石の壁がある。
この向こうに。
他の仲間がいる。
そして。
もっと奥には。
楓。
岳。
伊織がいる。
冬真は杖を握り直した。
「休むのは本当に十秒だ」
「先輩まで!?」
*
「……二人か」
奎星が小さく呟いた。
正確には。
ここにいるのは二人。
奎星と。
スズメ。
そして。
敵が一人。
周囲には黒い床と、どこまでも続く闇しかない。
御影も。
柊木も。
日向も。
澪も。
冬真も。
見えない。
声も聞こえない。
目の前にいるのは。
先ほどから奎星だけを見ていた、あの少年だった。
スズメは奎星の半歩前へ出かけたが、その肩を奎星が僅かに制した。
少年は何もしない。
ただ。
奎星を見ている。
六枚の黒曜石を流れる赤黒い文字だけが、静かに明滅していた。
奎星は神代榊を構えたまま訊く。
「名前は?」
少年は、しばらく答えなかった。
やがて。
「月白澄」
「つきしろ……すみ?」
「そう」
奎星が少年をじっと見る。
「男?」
すぐ横から。
ごつっ。
スズメが杖の柄で奎星の脇腹を突いた。
「痛っ!」
「初対面で訊くことではありません」
月白澄の眉が、僅かに動く。
「男だよ」
「ごめん」
「別に」
奎星は改めて神代榊を構え直した。
「で、何。お前が俺担当?」
「そう」
澄も静かに杖を上げる。
黒い杖。
装飾は何もない。
「神代様が、僕をここへ呼んだ」
「俺のために?」
「うん」
「人気者だな俺」
「嬉しい?」
「全然」
澄は、ほんの僅かに笑った。
「僕はずっと、君の話を聞かされていた」
「誰に」
「神代様」
奎星の顔から。
笑いが消えた。
澄は淡々と続ける。
「十七歳。遅発性覚醒。魔力量一万以上。神代榊。鬼火鳥の尾羽。古代魔術への異常反応。死の呪文を消した右手」
一つ。
また一つ。
自分でも知っていること。
知っている者が限られていること。
神代が調べてきたものが。
澄の口から読み上げられていく。
「それから」
澄の目が。
ほんの一瞬。
奎星のポケットへ落ちた。
そこには。
銀色の星がある。
「烏丸スズメ」
「…………」
奎星の杖先が。
僅かに上がった。
その変化へ。
スズメはすぐ気づく。
「蓮根君」
「分かってる」
返事は低かった。
澄は、そんな二人を見ても表情を変えない。
「神代様は言った。君には、普通の魔法使いを当てても意味がない」
「へえ」
「だから」
六枚の黒曜石が。
一斉に赤く光った。
スズメの目が鋭くなる。
その光は、久我が使った黒曜石とも、夏休みに見た黒曜の環の術式とも違う。
ひどく規則的で。
最初から。
一人のためだけに組み上げられたような光だった。
澄が言う。
「僕が作られた」
スズメの表情が変わった。
「作られた?」
「君を倒すために」
黒い杖が。
真っ直ぐ奎星へ向けられる。
「《対・蓮根奎星》」
「…………」
奎星はしばらく黙っていた。
六枚の黒曜石。
神代冥司。
自分の情報を知り尽くした少年。
そのすべてを見たあとで。
真顔のまま。
「……ダッサ」
「…………」
澄の目が細くなった。
奎星は首を傾げる。
「もっといい名前なかったの?」
「そこですか!?」
今度はスズメが叫んだ。
澄の杖先へ。
赤い光が集まり始める。