マホウトコロ   作:西野圭吾

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第7話 星は海を越える

 

常隠島、返し標の地下室。

 

『レンコン』

 

雑音の向こうから届いた、その一言で。

 

止まっていた《星帰り作戦》が、再び動き始めた。

 

 

「天ぷら、もう一回。ゆっくりな」

 

『ワカッタ』

 

返し標の上に浮かぶ像は、未だ安定していなかった。

 

光が揺れるたびに映像は乱れ、声にも細かな雑音が混じる。それでも昨夜よりは遥かに鮮明で、今では天ぷらの顔だけでなく、その後ろにいる何匹もの小妖まで見分けられるようになっていた。

 

《モンジャ》。

 

《オカカ》。

 

《チクワ》。

 

《キナコ》。

 

《オデン》。

 

そして、少し後ろから覗き込んでいる《ツクネ》。

 

星迎祭の日に妙な法被を着て校内を歩き回っていた小妖たちが、今度は揃ってマホウトコロの内側からこちらを見ている。

 

常隠島側には、ほとんど全員が集まっていた。

 

御影。真壁。斎賀。柊木。スズメ。

 

伊織は返し標の真正面に座り、膝の上へマホウトコロの校内図と何枚もの紙を広げている。その後ろには奎星、日向、楓、岳、澪、冬真。

 

白峰から来た者たちと禍祓官の一部も、少し離れた場所から通信を見守っていた。

 

昨夜。

 

天ぷらの声が届いた。

 

なら。

 

聞かなければならない。

 

今、マホウトコロで何が起きているのか。

 

「まず校長」

 

伊織が言った。

 

「九重院校長を見た?」

 

天ぷらが大きく頷く。

 

『ミタ』

 

空気が変わる。

 

真壁が僅かに身を乗り出した。

 

「生きてる?」

 

奎星が訊く。

 

『イキテル』

 

一瞬。

 

誰も何も言わなかった。

 

御影の肩から。

 

ほんの少しだけ。

 

力が抜ける。

 

真壁は目を閉じ、長く息を吐いた。

 

「……そうか」

 

それだけだった。

 

けれど、その声には数日分の重さがあった。

 

九重院紫苑。

 

生きている。

 

倒れていた。

 

生徒たちの魔法を受けた。

 

その後。

 

どうなったのか、誰にも分からなかった。

 

だが。

 

生きている。

 

それだけで十分だった。

 

「どこ?」

 

伊織が訊く。

 

天ぷらは言葉に詰まった。

 

『コッチ』

 

「こっちじゃ分からないな」

 

日向が小声で言う。

 

伊織はすぐに校内図を持ち上げ、返し標の前へ向けた。

 

「天ぷら、この地図分かる?」

 

『ガッコウ』

 

「そう。学校」

 

伊織は杖を振り、校内図をいくつかの区画に分けた。順番に光らせながら、天ぷらへ確認していく。

 

「ここ?」

 

『チガウ』

 

「ここ」

 

『チガウ』

 

「ここ?」

 

天ぷらが首を傾げる。

 

後ろからオカカが出てきた。

 

『ソコ、チカイ』

 

伊織の目が変わる。

 

「この辺り?」

 

『ウン』

 

さらに質問を細かくする。

 

階。

 

廊下。

 

窓があるか。

 

階段は近いか。

 

普段、生徒が使う場所か。

 

小妖たちの言葉は短い。

 

だからこそ。

 

伊織が一つずつ。

 

情報へ変えていく。

 

数分後。

 

校内図の一点へ。

 

小さな丸がついた。

 

「九重院校長は、本館の奥」

 

伊織が言う。

 

「少なくとも天ぷらたちが最後に見た時点では、そこで拘束されてる」

 

柊木がすぐに訊く。

 

「見張りは?」

 

『クロイヒト、イル』

 

「黒い人?」

 

奎星が眉を寄せる。

 

天ぷらが何度も頷く。

 

『クロイ、フク。ツエ。ミハリ』

 

御影が低く言った。

 

「黒曜の環だろうな」

 

真壁も頷く。

 

「人数は」

 

伊織が訊く。

 

天ぷらが指を使おうとする。

 

一。

 

二。

 

迷う。

 

後ろからモンジャまで手を出す。

 

「……数は当てにしないほうがいいですね」

 

スズメが言った。

 

「そうだね」

 

伊織もすぐ諦めた。

 

重要なのは。

 

生きている。

 

場所が分かる。

 

見張りがいる。

 

それだけでも大きい。

 

「先生たちは?」

 

今度は楓が訊いた。

 

天ぷらたちの顔が少し曇る。

 

『センセイ、バラバラ』

 

「バラバラ?」

 

『シバラレテル』

 

スズメの表情が硬くなる。

 

教師たちは。

 

やはり拘束されたまま。

 

しかも。

 

一か所ではない。

 

土御門。

 

薬師寺。

 

早瀬。

 

高宮。

 

白峰から応援に来ていた教員たち。

 

神代に反抗する力を持つ者を、一か所へ集めず、校内の各所へ分散しているらしい。

 

「まとめて助けられないようにしたのね」

 

楓が呟く。

 

柊木が静かに頷く。

 

「でしょうね」

 

一か所に集めれば。

 

そこさえ突破されれば。

 

教師全員が戻る。

 

神代がそんな配置をするはずがない。

 

「次」

 

伊織が紙へ書き込みながら言う。

 

「神代冥司は?」

 

『コーチョー』

 

奎星の眉がぴくっと動いた。

 

「いや、天ぷらまで神代校長って――」

 

『ミンナ、イッテル』

 

奎星が止まる。

 

天ぷら自身が神代を校長と思っているわけではない。

 

生徒たちが。

 

そう呼んでいる。

 

『カミシロコーチョー』

 

『ミンナ、イウ』

 

「……まだか」

 

日向の声から、いつもの軽さが消える。

 

あの日。

 

門から戻ったとき。

 

窓にいた生徒たちが言っていた。

 

神代校長。

 

九重院先生。

 

まるで最初から。

 

それが正しかったように。

 

「生徒はどうしてる?」

 

冬真が訊いた。

 

天ぷらは少し考えた。

 

『ゴハン』

 

「飯?」

 

『タベル』

 

岳が微妙な顔をする。

 

「そこは普通なんだな」

 

『ジュギョウ』

 

「授業も?」

 

『スル』

 

『ソウジ』

 

『ネル』

 

『アサ、オキル』

 

小妖たちが次々と答える。

 

食べる。

 

授業をする。

 

掃除をする。

 

眠る。

 

朝になれば起きる。

 

一見すれば。

 

いつものマホウトコロ。

 

ただ。

 

そこに九重院はいない。

 

教師たちは拘束されている。

 

そして。

 

生徒たちは。

 

神代冥司を校長として生活している。

 

「……気味悪いな」

 

奎星が低く呟いた。

 

暴れているわけではない。

 

操り人形のように立ち尽くしているわけでもない。

 

笑う。

 

飯を食う。

 

友達と話す。

 

授業を受ける。

 

その生活の中心だけが。

 

丸ごと。

 

神代へ置き換えられている。

 

スズメの顔から血の気が引く。

 

「記憶そのものを書き換えているわけではないのかもしれません」

 

伊織が見る。

 

「どういうことです?」

 

「認識です」

 

スズメは言った。

 

「神代さんが校長である、九重院校長たちが危険である。その判断だけを、霊脈を通して継続的に上書きしている可能性があります」

 

御影が腕を組む。

 

「だから生活はできる」

 

「はい」

 

日向が嫌そうに顔を歪める。

 

「余計やべえじゃん」

 

「ええ」

 

スズメの返事は短かった。

 

完全に壊す必要などない。

 

たった一つ。

 

誰を信じるか。

 

誰を敵と思うか。

 

そこだけ変えればいい。

 

神代冥司は。

 

学校そのものを。

 

そうやって奪った。

 

 

「黒曜の環は?」

 

真壁が訊いた。

 

今度はオデンが前へ出た。

 

『アルク』

 

「どこを?」

 

『ローカ』

 

「校内を巡回してる?」

 

『ウン』

 

チクワも頷く。

 

『ヨルモ』

 

「夜も」

 

真壁が呟く。

 

伊織が校内図へ新しい線を引いていく。

 

中央回廊。

 

大食堂周辺。

 

校庭。

 

本館。

 

教師たちを拘束している区画。

 

巡回の頻度までは分からない。

 

だが。

 

人間の警備がある場所と。

 

薄い場所は。

 

少しずつ見えてきた。

 

そのとき。

 

伊織が顔を上げた。

 

「天ぷらたちは?」

 

『ナニ』

 

「普通に歩けるの?」

 

天ぷらが首を傾げる。

 

「黒い服の人に止められない?」

 

『トメナイ』

 

「生徒にも?」

 

『ゴハン、ハコブ』

 

モンジャ。

 

『ソウジ』

 

オカカ。

 

『クラ』

 

「倉庫?」

 

『イク』

 

キナコ。

 

『チュウボウ』

 

岳の目が少し動く。

 

「厨房も」

 

『イク』

 

最後に。

 

天ぷらが得意げに言った。

 

『ドコデモイク』

 

「……強いな、お前ら」

 

奎星が思わず言う。

 

天ぷらが胸を張る。

 

『テンプラ』

 

「そこ名前言うとこじゃないけどな」

 

日向が吹き出しかけた。

 

だが。

 

伊織だけは笑っていなかった。

 

「どこでも」

 

小さく繰り返す。

 

校内図。

 

厨房。

 

倉庫。

 

大食堂。

 

教師用区画。

 

本館。

 

地下。

 

伊織の目が。

 

少しずつ。

 

変わっていく。

 

「天ぷら」

 

『ナニ』

 

「いつも生徒が使う廊下だけ通る?」

 

『?』

 

言い方を変える。

 

「ご飯運ぶとき」

 

『ウン』

 

「廊下を通らない道、ある?」

 

天ぷらは。

 

すぐに頷いた。

 

『アル』

 

全員の視線が集まった。

 

伊織が眼鏡を押し上げる。

 

「どこ」

 

『ウラ』

 

「裏?」

 

『チイサイ、ミチ』

 

オカカも横から言う。

 

『カベ、ナカ』

 

モンジャ。

 

『ユカ、シタ』

 

「…………」

 

伊織が立ち上がった。

 

「小妖用の作業経路だ」

 

スズメも理解する。

 

「厨房や倉庫へ物資を運ぶための……?」

 

「多分。それだけじゃない」

 

伊織は校内図を広げ直す。

 

マホウトコロは。

 

何百年も前から。

 

建て増しと改修を繰り返してきた。

 

現在の廊下とは別に。

 

古い通路が残っていても不思議ではない。

 

しかも。

 

それを日常的に使っている者が。

 

いる。

 

小妖たち。

 

「天ぷら」

 

奎星が石台へ顔を寄せる。

 

「その道、俺ら入れる?」

 

『レンコン、デカイ』

 

「傷ついた!」

 

伊織が即座に訊き直す。

 

「人間が通れないほど狭い?」

 

天ぷらが考える。

 

『オオキイミチ、アル』

 

「あるんだ」

 

伊織の声が。

 

初めて少し弾んだ。

 

「昔、人間も使ってた通路が残ってる」

 

御影が校内図へ近づく。

 

「どこへ繋がってる」

 

「それを今から調べます」

 

伊織は紙を全部引き寄せた。

 

「天ぷら。今日は長くなるよ」

 

『ワカッタ』

 

「モンジャたちにも手伝ってもらっていい?」

 

小妖たちが。

 

一斉に。

 

頷いた。

 

『ワカッタ』

 

『テツダウ』

 

『レンコン、カエル』

 

奎星の顔が止まる。

 

天ぷらが。

 

もう一度言った。

 

『レンコン、カエル』

 

「……ああ」

 

奎星は笑った。

 

「帰るよ」

 

 

それから数時間。

 

返し標の地下室は、即席の作戦室へ変わった。

 

伊織が校内図を分割し、返し標の向こうでは小妖たちが実際にマホウトコロを歩く。

 

天ぷらが厨房から出る。

 

『ミギ』

 

「右」

 

伊織が線を引く。

 

『カイダン』

 

「階段。何段?」

 

『イッパイ』

 

「そこは後で測ろう」

 

『トビラ』

 

「扉」

 

『アカナイ』

 

「鍵?」

 

『テンプラ、アク』

 

「天ぷらは開けられる」

 

『ウン』

 

「どうやって?」

 

天ぷらが。

 

扉の横へ小さな手を置く。

 

光る。

 

開く。

 

伊織の目が細くなる。

 

「小妖の魔力を認識してる」

 

スズメが隣で古い資料を捲る。

 

「学校の維持機構と繋がっているのでしょう」

 

小妖たちは昔からマホウトコロで働いている。

 

生徒より。

 

教師より。

 

ずっと長く。

 

学校そのものに組み込まれた存在。

 

神代が外部座標を閉じても。

 

厨房は動く。

 

倉庫は開く。

 

食事は運ばれる。

 

掃除は続く。

 

学校を維持するための道まで。

 

完全に止めることはできなかった。

 

そこに。

 

穴があった。

 

伊織は。

 

見逃さない。

 

厨房裏。

 

古い搬送路。

 

地下へ降りる石段。

 

壁の中を通る保守通路。

 

本館の床下。

 

現在は使われていない職員用の旧経路。

 

一本。

 

また一本。

 

地図の上へ。

 

新しい線が増えていく。

 

白峰の術師も加わった。

 

久世環も。

 

真壁も。

 

古い転移術の記録を照合する。

 

夜が近づく頃には。

 

三本の経路が。

 

形になっていた。

 

「……できる」

 

伊織が言った。

 

部屋の全員が振り返る。

 

伊織は。

 

三つの地点を指した。

 

「同じ入り口から全員を送る必要はありません」

 

一つ目。

 

本館側。

 

教師たちが拘束されている区画へ繋がる旧搬送路。

 

二つ目。

 

厨房の地下から、さらに古い基礎部分へ降りる経路。

 

霊脈へ接触するための道。

 

三つ目。

 

校内中央部へ抜ける広い旧通路。

 

神代側の巡回と接触しやすい位置。

 

「小妖たちが内側から旧経路を開く。常隠島の返し標でその瞬間の術式を拾い、白峰の転移式を重ねる」

 

真壁が訊く。

 

「座標として固定できるのか」

 

「できます」

 

伊織は即答した。

 

「普通の転移座標は神代に切られています。でも、これは外から学校の座標を指定するんじゃない」

 

石台へ指を置く。

 

「中から道を開いてもらうんです」

 

スズメが小さく息を吐く。

 

「天ぷらたちを目印に」

 

「はい」

 

「小妖の魔力を帰還地点として利用する?」

 

「正確には、小妖が開いた学校内部の旧術式を目印にします」

 

伊織は眼鏡を押し上げる。

 

「神代が切ったのは《外からマホウトコロへ入る道》です。でも、小妖たちが今も使っている経路は、学校の内側で生きている」

 

奎星が笑った。

 

「裏口から入るってこと?」

 

伊織は少し考える。

 

「ものすごく雑に言えば」

 

「よし」

 

「納得しないで。もう少しありがたがって」

 

「すげえ裏口!」

 

「悪化した」

 

日向が吹き出した。

 

御影は笑わなかった。

 

だが。

 

地図を見る目は。

 

もう違っていた。

 

入れる。

 

マホウトコロへ。

 

帰れる。

 

「榊」

 

「はい」

 

「三つとも安定させろ」

 

「やります」

 

御影は全員へ向き直った。

 

「なら次だ」

 

空気が変わる。

 

「作戦を分ける」

 

 

常隠島の訓練場。

 

夕暮れ。

 

地面の中央へ、大きなマホウトコロの校内図が広げられていた。

 

その周囲に。

 

全員が集まっている。

 

御影が杖先で地図を三つに分けた。

 

「全員で動けば遅い」

 

一つ目。

 

「九重院と教師を救出する隊」

 

柊木が顔を上げる。

 

「私ですね」

 

「ああ」

 

御影は白峰の者たちを見る。

 

「柊木を指揮に、白峰組」

 

白峰の教員。

 

卒業生。

 

治療術師。

 

元決闘選手。

 

二十五人。

 

柊木志乃を中心に。

 

一つの隊となる。

 

「最優先は九重院の確保。その後、分散拘束されている教師を順次救出する」

 

柊木が頷く。

 

「生徒と遭遇した場合は?」

 

「傷つけるな」

 

御影は即答した。

 

「止めるだけだ」

 

「分かりました」

 

柊木の目が。

 

静かに鋭くなる。

 

「では、《救出隊》ですね」

 

御影が次の地点を指した。

 

地下。

 

古い霊脈へ続く経路。

 

「二つ目」

 

スズメ。

 

奎星。

 

日向。

 

楓。

 

岳。

 

伊織。

 

澪。

 

冬真。

 

全員の目が地図へ落ちる。

 

「霊脈へ向かう」

 

奎星が神代榊へ触れる。

 

「蓮根が守護霊を流す」

 

スズメが続けた。

 

「そして、生徒たちへの術式を解除する」

 

「ああ」

 

御影は禍祓官の列へ視線を向ける。

 

「護衛をつける」

 

倉橋哲人。

 

久世環。

 

さらに三人の禍祓官が前へ出る。

 

五人。

 

「蓮根が術を使っている間、絶対に近づけさせるな」

 

倉橋が頷く。

 

「了解です」

 

久世は奎星を見る。

 

「私ら五人と、その友達全員で守るわけね」

 

「そうだ」

 

「重役だねえ、蓮根君」

 

奎星が胸を張る。

 

「俺主役?」

 

御影が即座に言う。

 

「違う」

 

「そこ否定すんの早くない!?」

 

「お前は術を使うだけだ」

 

「それが一番大事じゃん!」

 

「だから黙って集中しろ」

 

「まだ本番じゃねえよ!」

 

日向が笑う。

 

楓は額を押さえた。

 

スズメだけが。

 

少しだけ。

 

笑っていた。

 

御影が地図の二つ目へ杖先を置く。

 

「《霊脈隊》」

 

そして。

 

三つ目。

 

校内中央。

 

神代の配下が巡回する区画。

 

最も。

 

敵とぶつかる可能性が高い場所。

 

御影は。

 

自分自身の杖先を。

 

そこへ置いた。

 

「最後」

 

真壁が隣へ立つ。

 

斎賀も。

 

少し遅れて。

 

その横へ。

 

禍祓官たちの中から。

 

鷲尾宗一。

 

深見玲司。

 

残る十名が前へ出る。

 

奎星が。

 

三人を見る。

 

御影玄一郎。

 

真壁征士郎。

 

斎賀玄弥。

 

十二年前。

 

最も危険な現場へ。

 

三人で出ていた。

 

《最強の三人》。

 

その三人が。

 

同じ地図の前へ。

 

並んでいる。

 

御影が言った。

 

「俺たちは黒曜の環を引き受ける」

 

真壁が続ける。

 

「可能な限り、敵の主戦力をこちらへ向ける。救出隊と霊脈隊へ行かせない」

 

斎賀が肩へ杖を乗せる。

 

「派手に暴れりゃいい?」

 

真壁が睨む。

 

「言い方を考えろ」

 

「意味は合ってるだろ?」

 

「合っているのが腹立たしい」

 

鷲尾が小さく笑った。

 

御影は構わず続ける。

 

「神代が出てくるなら」

 

目が。

 

少しだけ細くなる。

 

「俺たちが止める」

 

空気が沈む。

 

それだけで。

 

意味は伝わった。

 

《迎撃隊》。

 

黒曜の環。

 

そして。

 

神代冥司。

 

最も危険な相手を。

 

引き受ける。

 

柊木が三つの地点を見比べる。

 

「救出隊が九重院校長と先生方を戻す」

 

スズメ。

 

「霊脈隊が生徒を戻す」

 

真壁。

 

「迎撃隊が、その二つを邪魔する戦力を止める」

 

伊織が頷いた。

 

「三つが同時に成功しないと駄目ですね」

 

「そうだ」

 

御影が言う。

 

「どれか一つでも崩れたら、学校は取り返せん」

 

奎星が。

 

地図を見た。

 

教師。

 

生徒。

 

神代。

 

全部。

 

一度に。

 

取り戻す。

 

岳が低く言う。

 

「やるしかねえな」

 

「うん」

 

楓。

 

「ここまで来たんだしね」

 

日向。

 

「やっと帰れんのか」

 

澪は黙ってマホウトコロの印を見つめる。

 

冬真が小さく笑った。

 

「帰ろう」

 

奎星が顔を上げた。

 

「おう」

 

 

その翌日。

 

常隠島の中央部。

 

島の地面を横切る小さな霊脈の上に、何十人もの魔法使いが集まっていた。

 

これまでの訓練とは。

 

少し違う。

 

今日。

 

試すのは。

 

《星帰り作戦》の成否そのもの。

 

奎星の前には。

 

烏丸スズメ。

 

少し離れて。

 

真壁征士郎。

 

銀のニホンオオカミという完成された守護霊を扱う魔法使い。

 

御影玄一郎。

 

奎星へ、何度も魔力の制御を叩き込んできた教師。

 

柊木志乃。

 

実戦の中で、何度も集中を保ち続けてきた決闘者。

 

伊織と久世は霊脈の流れを確認するための術式を広げ、白峰の術師たちがそれを補助している。

 

斎賀は少し離れた木へ寄りかかっていた。

 

「豪華だねえ」

 

奎星が周囲を見る。

 

「めっちゃ見られてる」

 

「失敗できないな」

 

斎賀が笑う。

 

「プレッシャーかけんなよ!」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「何が!」

 

御影が斎賀を見る。

 

「黙ってろ」

 

「はいはい」

 

真壁が奎星へ近づいた。

 

「蓮根君」

 

「はい」

 

「守護霊を大きくする必要はない」

 

奎星が頷く。

 

星迎祭。

 

自分の銀の鴉。

 

そして。

 

その隣を走った。

 

真壁の巨大なニホンオオカミ。

 

魔力量だけなら。

 

自分のほうが多い。

 

それでも。

 

あの日の守護霊は。

 

明らかに真壁のほうが上だった。

 

濃さ。

 

安定性。

 

無駄のなさ。

 

経験。

 

「霊脈全体へ届かせるからといって、最初に全部出そうとするな」

 

真壁が言う。

 

「流れへ乗せるんだ」

 

「押すんじゃなくて?」

 

「そうだ」

 

御影も続ける。

 

「必要な量だけを、途切れさせず流せ」

 

何度も。

 

言われてきたこと。

 

必要な力だけ。

 

巨大だから。

 

全部使う。

 

ではない。

 

「分かった」

 

奎星は神代榊を握り直す。

 

スズメが正面へ立った。

 

「そして、私は途中から開心術を使います」

 

奎星が見る。

 

「本気?」

 

「本気です」

 

「この前より?」

 

「本番の神代さんが、私より弱く入ってくる保証がありますか?」

 

「……ない」

 

「なら」

 

スズメの杖が上がる。

 

「私を押し返してください」

 

奎星も笑う。

 

「分かった」

 

伊織が紙を見る。

 

「霊脈、安定」

 

久世。

 

「反対側の観測点も準備できてる」

 

真壁。

 

「守護霊の形を崩すな」

 

御影。

 

「途中で無理だと思ったら切れ」

 

奎星がすぐに反応する。

 

「え、最後までやるんじゃないの?」

 

「訓練で壊れて本番に出られなきゃ意味がない」

 

「……はい」

 

御影が少しだけ目を細める。

 

「始めろ」

 

奎星は。

 

目を閉じた。

 

幸福な記憶。

 

もう。

 

探す必要はなかった。

 

マホウトコロ。

 

羊脂玉の校舎。

 

食堂。

 

二年二組。

 

日向。

 

楓。

 

岳。

 

伊織。

 

御影。

 

スズメ。

 

天ぷら。

 

九重院。

 

夏。

 

鬼火鳥。

 

八咫祭。

 

星迎祭。

 

終わったものだけではない。

 

これから。

 

また。

 

続くもの。

 

学校へ帰る。

 

授業を受ける。

 

飯を食う。

 

怒られる。

 

笑う。

 

その未来。

 

奎星が。

 

目を開いた。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

銀白色の光が。

 

神代榊から溢れた。

 

以前のように。

 

爆発しない。

 

光は一本の流れとなり。

 

空中で翼へ変わる。

 

嘴。

 

尾羽。

 

銀色の鴉。

 

輪郭が。

 

揺れない。

 

真壁の目が僅かに細くなる。

 

「……いい」

 

鴉は一度だけ奎星の頭上を旋回した。

 

そして。

 

「行け!」

 

杖が地面へ向く。

 

銀の鴉が急降下する。

 

地面へ。

 

触れた。

 

その瞬間。

 

光となって。

 

沈んだ。

 

伊織の前。

 

常隠島の霊脈を描いた紙へ。

 

銀色の線が走り始める。

 

「入った」

 

百メートル。

 

さらに。

 

先へ。

 

鴉は。

 

地面の下。

 

霊脈の流れへ乗りながら。

 

進んでいる。

 

奎星の呼吸。

 

安定。

 

魔力。

 

安定。

 

形。

 

崩れない。

 

真壁が何も言わず見ている。

 

御影も。

 

一言も挟まない。

 

それが。

 

今は一番の評価だった。

 

「……蓮根君」

 

スズメの声。

 

「いきます」

 

奎星の目が。

 

少しだけ鋭くなる。

 

「おう」

 

杖先。

 

額へ。

 

「レジリメンス」

 

衝撃。

 

奎星の視界が揺れた。

 

東京。

 

一瞬。

 

見えかける。

 

扉。

 

閉じる。

 

スズメの魔法が。

 

押す。

 

奎星は。

 

押し返さない。

 

いや。

 

力任せには。

 

押さない。

 

境界。

 

ここから。

 

内側。

 

自分のもの。

 

入れない。

 

守護霊。

 

銀の鴉。

 

意識を切らない。

 

霊脈の先。

 

飛ぶ。

 

スズメが。

 

もう一段。

 

魔法を強めた。

 

今度は。

 

別のところ。

 

感情。

 

帰りたい。

 

マホウトコロ。

 

そこへ触れようとする。

 

奎星の眉が寄る。

 

だが。

 

閉じる。

 

消さない。

 

マホウトコロを。

 

忘れない。

 

隠さない。

 

大事だから。

 

そこに置いたまま。

 

触らせない。

 

「…………っ」

 

汗が。

 

一筋。

 

頬を流れる。

 

伊織が紙を見る。

 

「半分」

 

日向たちは。

 

誰も喋らない。

 

楓。

 

岳。

 

澪。

 

冬真。

 

全員。

 

奎星を見ている。

 

スズメの目が。

 

さらに鋭くなる。

 

開心術。

 

もう一度。

 

強く。

 

奎星の心の扉が。

 

揺れる。

 

観測塔。

 

花火。

 

黒い瞳。

 

一瞬。

 

浮かぶ。

 

奎星の顔が。

 

僅かに歪む。

 

スズメ自身が。

 

そこで気づく。

 

入れる。

 

あの感情なら。

 

以前なら。

 

簡単に。

 

「…………」

 

けれど。

 

次の瞬間。

 

閉じた。

 

完全に。

 

何も。

 

見えなくなった。

 

「……!」

 

スズメの目が大きくなる。

 

押し返された。

 

魔力そのものではない。

 

拒絶された。

 

はっきりと。

 

ここから先は。

 

入れない。

 

「まだだ……!」

 

奎星が低く言う。

 

銀の鴉。

 

進む。

 

七割。

 

八割。

 

霊脈が。

 

島を横切る。

 

真壁の口元が僅かに上がった。

 

御影は。

 

まだ動かない。

 

伊織が叫ぶ。

 

「九割!」

 

反対側。

 

島の西端。

 

白峰の術師たちが。

 

地面を見ている。

 

静か。

 

何もない。

 

一秒。

 

二秒。

 

そして。

 

地面へ。

 

細い銀の筋。

 

「来る!」

 

次の瞬間。

 

銀色の鴉が。

 

地面から飛び出した。

 

翼を広げる。

 

海へ面した崖の上。

 

眩い銀光。

 

鴉は一度。

 

青空へ上がる。

 

同時に。

 

伊織の紙。

 

霊脈の端まで。

 

完全に。

 

銀色へ染まった。

 

「到達!」

 

歓声が上がる。

 

日向が。

 

真っ先に跳び上がった。

 

「いったぁぁぁ!!」

 

岳が拳を握る。

 

楓も。

 

澪も。

 

冬真も。

 

顔が明るくなる。

 

だが。

 

奎星は。

 

まだ動かない。

 

「スズメちゃん」

 

目を閉じたまま。

 

言う。

 

「まだ入ってる?」

 

スズメは。

 

杖を向けたまま。

 

ほんの少し。

 

笑った。

 

「入れません」

 

奎星の目が開く。

 

「…………」

 

一拍。

 

「マジ?」

 

「はい」

 

その瞬間。

 

奎星の顔が。

 

全部。

 

崩れた。

 

「っしゃああああああ!!」

 

守護霊の鴉が。

 

空高く。

 

大きく羽ばたいた。

 

 

「寝ろ」

 

「え?」

 

成功から。

 

三十秒。

 

御影の第一声だった。

 

奎星が振り返る。

 

「いや今成功したんだけど!?」

 

「見てた」

 

「もうちょっと褒めるとこじゃない!?」

 

「成功した」

 

「それ報告!」

 

「よくやった」

 

奎星が止まる。

 

「…………」

 

御影が眉を寄せる。

 

「何だ」

 

「いや」

 

奎星が少し笑う。

 

「ちゃんと褒めたなって」

 

「寝ろ」

 

「余韻!」

 

「消耗してる」

 

言われて。

 

初めて。

 

奎星自身も気づいた。

 

手。

 

少し震えている。

 

頭も。

 

重い。

 

守護霊。

 

霊脈。

 

閉心術。

 

同時。

 

できた。

 

だからこそ。

 

疲労も大きい。

 

スズメが隣へ来る。

 

「今日はもう終わりです」

 

「えー」

 

「終わりです」

 

「あと一回だけ」

 

「駄目です」

 

「まだ――」

 

「蓮根」

 

御影。

 

「寝ろ」

 

「……はい」

 

日向が笑う。

 

「本番前に珍しく素直」

 

「うるせえ」

 

奎星は神代榊を腰へ戻す。

 

スズメに付き添われ。

 

宿舎へ向かう。

 

その背中を。

 

御影はしばらく見ていた。

 

真壁が隣へ来る。

 

「完成したな」

 

「まだだ」

 

「相変わらず厳しいな」

 

「常隠島とマホウトコロじゃ規模が違う」

 

真壁は反論しなかった。

 

それは。

 

事実だった。

 

小さな島を通る一本の霊脈。

 

対して。

 

マホウトコロ。

 

学校全体。

 

幾重にも枝分かれし。

 

結界。

 

古代術式。

 

校舎。

 

地下施設。

 

すべてへ繋がる巨大な霊脈網。

 

ここからが。

 

計算だった。

 

御影が伊織を見る。

 

「榊」

 

「はい」

 

「全員集めろ」

 

伊織が頷いた。

 

 

一時間後。

 

奎星だけが。

 

いなかった。

 

「何で俺抜きで作戦会議すんだよ!」

 

宿舎から。

 

遠く。

 

抗議の声が聞こえた。

 

「寝てください!」

 

スズメの声。

 

「寝れねえ!」

 

「目を閉じてください!」

 

「子供じゃねえんだから!」

 

「子供です!」

 

「十七!」

 

「学生です!」

 

訓練場に集まった者たちが。

 

一斉にそちらを見る。

 

斎賀が笑う。

 

「元気じゃん」

 

御影が低く言う。

 

「放っとけ」

 

伊織は何事もなかったように紙を広げた。

 

「さっきの結果から計算しました」

 

全員の表情が変わる。

 

紙の中央。

 

常隠島の霊脈。

 

その横。

 

マホウトコロの霊脈網。

 

これまで集めた学校の資料。

 

鬼火鳥の移動記録。

 

古い結界図。

 

伊織が照合した。

 

複数の線。

 

「もちろん完全には読めません」

 

伊織が最初に断る。

 

「神代が霊脈へ流している術式そのものが抵抗になる可能性もある。枝の一部が閉じられている可能性もあります」

 

真壁が腕を組む。

 

「最悪値で出せ」

 

「そのつもりです」

 

伊織は紙の一点を指した。

 

「今日、奎星が常隠島の霊脈へ守護霊を通した速度。形を維持できる魔力量。途中で閉心術へ割く必要があった集中力」

 

数字が並ぶ。

 

伊織は。

 

一つずつ。

 

計算した。

 

マホウトコロの主流。

 

支流。

 

学校全域。

 

生徒の生活区画。

 

校舎。

 

寮。

 

訓練場。

 

地下。

 

神代の術式が霊脈全体へ流れているなら。

 

そこを。

 

逆方向に。

 

守護霊で。

 

塗り替える。

 

「理論上」

 

全員が。

 

伊織を見る。

 

「十一分弱」

 

沈黙。

 

日向がいない。

 

奎星もいない。

 

だから。

 

誰も軽口を挟まなかった。

 

伊織は続ける。

 

「ただし、これは霊脈側に抵抗がない場合です。神代の術式とぶつかれば速度は落ちる」

 

御影の目が細くなる。

 

「余裕を見ろ」

 

「はい」

 

伊織は。

 

紙の一番下へ。

 

数字を書いた。

 

十二。

 

「十二分」

 

真壁が繰り返す。

 

「蓮根君が守護霊を霊脈へ入れてから」

 

伊織が頷く。

 

「十二分間」

 

一拍。

 

「奎星を守り切ってください」

 

空気が。

 

変わった。

 

十二分。

 

短い。

 

普段なら。

 

昼休みより短い。

 

授業の四分の一にもならない。

 

けれど。

 

戦場で。

 

一人の人間を。

 

神代冥司と。

 

黒曜の環と。

 

操られた生徒たちから。

 

十二分間。

 

守り続ける。

 

真壁が言った。

 

「長いな」

 

「ええ」

 

柊木も頷く。

 

「相当長いです」

 

倉橋が。

 

無意識に杖へ触れる。

 

十二分。

 

その意味を。

 

実戦を知る者ほど。

 

理解していた。

 

斎賀は紙を覗き込む。

 

「玄一郎」

 

「何だ」

 

「十二分だって」

 

「聞いてた」

 

「持つ?」

 

御影が斎賀を見る。

 

真壁も。

 

同時に。

 

二人を見る。

 

その問いが。

 

自分たち三人のことだと。

 

分かっている。

 

迎撃隊が。

 

黒曜の環を引きつける。

 

神代を止める。

 

霊脈隊へ。

 

行かせない。

 

十二分。

 

そのために。

 

三人がいる。

 

御影は。

 

一切迷わなかった。

 

「持たせる」

 

斎賀が笑う。

 

真壁も。

 

僅かに口元を上げる。

 

「それでこそ」

 

斎賀が杖を肩へ乗せた。

 

「最強の三人、ってやつ?」

 

御影の顔が露骨に嫌そうになる。

 

「自分で言うな」

 

「昔から俺らが言ってたわけじゃないだろ」

 

「だから言うな」

 

鷲尾が後ろから言った。

 

「呼ばれてましたよ、実際」

 

「お前まで乗るな」

 

真壁が額を押さえる。

 

「今その話をする必要があるのか」

 

「ないね」

 

斎賀が即答する。

 

「なら黙れ!」

 

ほんの少し。

 

緊張が緩んだ。

 

だが。

 

作戦の数字は。

 

変わらない。

 

十二分。

 

その十二分を作るために。

 

何十人もの魔法使いが。

 

戦う。

 

 

夜。

 

返し標の地下室。

 

伊織が。

 

最後の術式を書き込んだ。

 

返し標の周囲。

 

三つ。

 

小さな光が灯る。

 

救出隊。

 

霊脈隊。

 

迎撃隊。

 

三つの侵入座標。

 

天ぷらたちが。

 

学校の内側から開いた。

 

三本の道。

 

『イオリ』

 

返し標の向こうから天ぷらが呼ぶ。

 

伊織が顔を上げる。

 

「何?」

 

『デキタ?』

 

伊織は。

 

三つの光を見る。

 

「できたよ」

 

『レンコン、カエル?』

 

伊織は少しだけ笑った。

 

「うん」

 

その後ろ。

 

いつの間に起きてきたのか。

 

奎星が壁へ寄りかかっていた。

 

スズメもいる。

 

見張っていたらしい。

 

「だから寝てくださいと言ったでしょう」

 

「寝たって。一時間」

 

「短いです」

 

「もう平気」

 

「平気かどうかは私が決めます」

 

「何その権限」

 

言い合いながら。

 

奎星は。

 

返し標へ近づいた。

 

天ぷらが。

 

向こうにいる。

 

『レンコン』

 

「天ぷら」

 

『アシタ?』

 

奎星が。

 

伊織を見る。

 

伊織は。

 

答えない。

 

まだ。

 

御影が。

 

最終決定していない。

 

そのとき。

 

地下室の入口から。

 

声がした。

 

「明日だ」

 

全員が振り返る。

 

御影玄一郎。

 

その後ろに。

 

真壁。

 

斎賀。

 

柊木。

 

御影は。

 

三つの光を見る。

 

もう。

 

迷うものはなかった。

 

戦力。

 

ある。

 

侵入経路。

 

できた。

 

校内情報。

 

ある。

 

教師の場所。

 

分かった。

 

霊脈への道。

 

分かった。

 

そして。

 

奎星の術。

 

届く。

 

「夜明け前に準備」

 

御影が言う。

 

「日の出と同時に入る」

 

奎星の目が。

 

ゆっくり。

 

大きくなる。

 

「…………マジ?」

 

「ああ」

 

「帰る?」

 

「ああ」

 

奎星は。

 

何も言わなかった。

 

数秒。

 

本当に。

 

何も。

 

それから。

 

返し標の向こう。

 

天ぷらを見る。

 

「聞いた?」

 

『キイタ』

 

「明日」

 

『アシタ』

 

「帰るから」

 

天ぷらが。

 

大きく。

 

頷いた。

 

『マッテル』

 

「…………」

 

奎星の口元が。

 

少しだけ。

 

上がる。

 

「おう」

 

たった数日前。

 

奎星たちは。

 

学校を追われた。

 

帰ろうとして。

 

御影に止められた。

 

敵の数も分からない。

 

術式も分からない。

 

学校の中の情報もない。

 

外部との連絡もない。

 

弱いなら強くなる。

 

分からないなら調べる。

 

足りないなら集める。

 

あの日。

 

御影が言った通りに。

 

一つずつ。

 

やった。

 

調べた。

 

仲間を集めた。

 

強くなった。

 

神代の術式を解く方法を考えた。

 

九重院が残した折り鶴。

 

真壁が繋いだ魔法省。

 

柊木が繋いだ白峰。

 

戻ってきた斎賀。

 

集まった禍祓官たち。

 

小妖が開いた古い道。

 

伊織が繋いだ三つの座標。

 

そして。

 

銀の鴉。

 

全部。

 

揃った。

 

常隠島の地下室。

 

三つの侵入座標が。

 

淡い光を放っている。

 

まるで。

 

夜空へ浮かぶ。

 

三つの星。

 

海の向こうには。

 

マホウトコロ。

 

奪われた学校。

 

自分たちの。

 

帰る場所。

 

明日。

 

その海を。

 

越える。

 

星はもう。

 

迎えられるだけではない。

 

自分の意志で。

 

帰る。

 

奪われた空へ。

 

もう一度。

 

昇るために。

 

《星帰り作戦》。

 

作戦開始まで。

 

あと一夜。

 

そして。

 

霊脈隊に与えられた時間は。

 

十二分。

 

その十二分が終わるとき。

 

マホウトコロのすべてが。

 

動き出す。

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