マホウトコロ   作:西野圭吾

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第11話 十二年ぶりの呼吸

 

 

最初の一撃で、校長室の机が消し飛んだ。

 

神代冥司が杖を横へ払っただけだった。

 

黒い光が半月状に走り、御影玄一郎は正面から盾を展開する。

 

「プロテゴ!」

 

衝突。

 

重い。

 

ただの牽制に見えた一発で、御影の靴底が床を半歩滑る。

 

その左右から、真壁と斎賀が同時に出た。

 

「ステューピファイ!」

 

「エクスペリアームス!」

 

二色の光。

 

神代は身体すら大きく動かさなかった。杖先で空中へ小さな円を描くと、二つの魔法が軌道を変え、互いに交差して背後の壁へ突き刺さる。

 

「玄一郎!」

 

真壁の声。

 

御影はもう踏み込んでいる。

 

「インカーセラス!」

 

床から拘束縄が噴き出した。

 

神代の足首。

 

その直前。

 

「デパルソ!」

 

横から斎賀。

 

御影の縄と斎賀の魔法が、ほとんど同じ場所へ入った。

 

「玄弥!」

 

「そっち来ると思わねえじゃん!」

 

「見れば分かる!」

 

「十二年ぶりに無茶言うな!」

 

神代が杖を振る。

 

二人が言い合っている間を、黒い光が一直線に抜けた。

 

「伏せろ!」

 

真壁。

 

巨大な盾。

 

「プロテゴ!」

 

御影と斎賀の頭上を黒い奔流が通過し、歴代校長の肖像画が三枚まとめて吹き飛んだ。

 

壁が陥没する。

 

破れた肖像の一人が額縁の外から怒鳴った。

 

『何をする!!』

 

「すみません!」

 

なぜか真壁が謝った。

 

斎賀が振り返る。

 

「お前が謝るんだ」

 

「今そこか!」

 

神代は静かに三人を見ていた。

 

呼吸すら。

 

乱れていない。

 

御影が正面。

 

真壁が右。

 

斎賀が左。

 

配置だけを見れば。

 

悪くない。

 

だが。

 

噛み合わない。

 

御影が前へ出れば、斎賀も出る。

 

真壁が二人を守ろうとすれば、斎賀が盾の外へ勝手に飛び出す。

 

斎賀が敵の死角へ入った瞬間、御影の攻撃までそこへ飛んでくる。

 

十二年前なら。

 

いちいち考えなくても分かっていた。

 

玄一郎がどこへ立つか。

 

征士郎が何を見るか。

 

玄弥がどこへ消えるか。

 

だが。

 

十二年。

 

一人は教師になった。

 

一人は監察官になった。

 

一人は。

 

生き延びるために。

 

一人で戦うことを覚えた。

 

変わっていないはずがない。

 

神代が薄く笑う。

 

「《最強の三人》」

 

斎賀の眉が動いた。

 

「……誰がそんな恥ずい名前広めたんだろうな」

 

「少なくとも、今のあなた方を見て付ける名前ではありませんね」

 

「うるせえなあ」

 

「玄弥」

 

御影が低く言う。

 

「乗るな」

 

「乗ってねえよ」

 

その瞬間。

 

神代の姿が消えた。

 

「――上!」

 

真壁。

 

三人が同時に顔を上げる。

 

天井近く。

 

神代。

 

濃い紫の和装が宙で翻る。

 

「レダクト!」

 

黒い光。

 

真下。

 

「散れ!」

 

三方向。

 

轟音。

 

床が爆ぜた。

 

校長室中央が円形に抉れ、机も椅子も書類も一斉に宙へ舞う。

 

御影は転がる机を避けながら杖を上げた。

 

「ステューピファイ!」

 

神代が空中で盾。

 

赤い閃光が弾ける。

 

そこへ真壁。

 

「デパルソ!」

 

神代の着地点。

 

先に床を押す。

 

体勢を崩させるための一発。

 

だが。

 

「甘い」

 

神代が空中で身体を捻った。

 

着地しない。

 

壁へ足をつき。

 

再び跳ぶ。

 

斎賀が目を丸くした。

 

「俺の真似?」

 

「自意識過剰です」

 

「ムカつくなこいつ!」

 

「玄弥、左!」

 

御影。

 

「分かってる!」

 

斎賀が左へ飛ぶ。

 

その先。

 

真壁が。

 

「玄弥、待て!」

 

「どっちだよ!」

 

真壁の拘束縄と斎賀がぶつかりかける。

 

斎賀が咄嗟に机を蹴り、軌道を変更。

 

「危ねえ!」

 

「勝手に入るな!」

 

「そこ俺の道だった!」

 

「知らん!」

 

神代が。

 

初めて。

 

小さく息を吐いた。

 

呆れたように。

 

「……本当に」

 

杖。

 

「この程度ですか」

 

黒い閃光が三人へ分裂する。

 

御影。

 

盾。

 

真壁。

 

盾。

 

斎賀。

 

「うおっ」

 

避ける。

 

後ろ。

 

本棚。

 

爆発。

 

大量の本が降る。

 

一冊。

 

斎賀の頭へ。

 

ぼす。

 

「…………」

 

斎賀が本を拾う。

 

表紙を見る。

 

『歴代校長記録・第三巻』。

 

「玄一郎」

 

「何だ」

 

「めっちゃ煽られてる」

 

「分かってる」

 

「腹立つ?」

 

「集中しろ」

 

真壁が神代から視線を外さず言った。

 

「二人とも」

 

「何だ」

 

「うん?」

 

「一度、昔の動きを忘れろ」

 

御影の目が動く。

 

斎賀も。

 

僅かに笑みを消した。

 

神代が静かに杖を構えている。

 

真壁は続けた。

 

「合わないのは当然だ。十二年経っている」

 

斎賀が。

 

鼻から息を吐く。

 

「じゃどうする?」

 

「今を見ろ」

 

短い。

 

それだけだった。

 

御影が神代を見る。

 

斎賀も。

 

真壁も。

 

もう。

 

互いの昔の癖を。

 

当てにしない。

 

今。

 

どこへいる。

 

何を撃った。

 

何を見る。

 

それだけを見る。

 

神代の杖が。

 

動いた。

 

三人も。

 

同時に動いた。

 

 

次の十秒。

 

神代の眉が。

 

初めて。

 

僅かに動いた。

 

御影が正面から撃つ。

 

「エクスペリアームス!」

 

神代が右へ流す。

 

そこへ。

 

誰もいない。

 

さっきまでなら。

 

斎賀がいた。

 

だが。

 

いない。

 

神代の視線が。

 

一瞬だけ。

 

動く。

 

上。

 

「正解」

 

斎賀が。

 

天井近くの梁へ立っていた。

 

いつ上がった。

 

神代が杖を向ける。

 

その瞬間。

 

真壁。

 

「インカーセラス!」

 

背後。

 

縄。

 

神代が切る。

 

「ディフィンド」

 

そこへ御影。

 

「ステューピファイ!」

 

神代が盾。

 

斎賀が落ちる。

 

「デパルソ!」

 

上から。

 

神代が半歩退く。

 

避ける。

 

真壁がもういる。

 

「エクスペリアームス!」

 

神代の袖を掠めた。

 

「…………」

 

神代の目が。

 

少し細くなる。

 

斎賀が着地する。

 

御影は何も言わない。

 

真壁も。

 

次。

 

神代が御影へ三発。

 

御影が二発を盾で流す。

 

三発目。

 

避けない。

 

真壁の盾が。

 

横から滑り込む。

 

「プロテゴ!」

 

衝突。

 

その盾を足場に。

 

斎賀が。

 

蹴った。

 

「借りるぜ!」

 

「盾を足場にするな!」

 

斎賀の身体が横へ飛ぶ。

 

神代が追う。

 

だが。

 

斎賀は。

 

途中で壁を蹴った。

 

方向。

 

変更。

 

神代の背後。

 

御影が正面。

 

真壁が右。

 

斎賀。

 

左後方。

 

三方向。

 

神代が。

 

僅かに腰を落とした。

 

三人の杖が上がる。

 

「ステューピファイ!」

 

御影。

 

神代が防ぐ。

 

「インペディメンタ!」

 

真壁。

 

神代の動きが一瞬だけ鈍る。

 

そして。

 

斎賀。

 

撃たない。

 

「…………?」

 

神代の視線が。

 

斎賀へ。

 

その一瞬。

 

御影が。

 

もう二発目を撃っていた。

 

「エクスペリアームス!」

 

神代が反応。

 

盾を正面へ。

 

斎賀が笑う。

 

「そっち見たな」

 

神代の目が動く。

 

遅い。

 

斎賀は。

 

床にはいなかった。

 

横。

 

壁。

 

三歩。

 

文字通り。

 

壁を走っていた。

 

一歩。

 

二歩。

 

蹴る。

 

神代の頭上。

 

身体を反転。

 

杖先。

 

至近距離。

 

「デパルソ!」

 

ドンッ!!

 

初めて。

 

直撃した。

 

神代冥司の身体が。

 

吹き飛ぶ。

 

「――!」

 

机の残骸を越え。

 

椅子を弾き。

 

真っ直ぐ。

 

校長室の窓へ。

 

ガシャアアアアアアアン――!!

 

巨大な窓硝子が。

 

砕けた。

 

紫の和装。

 

黒い羽織。

 

神代の身体が。

 

朝の空へ。

 

放り出される。

 

三階。

 

下。

 

校庭。

 

落下。

 

ドォン!!

 

土煙。

 

「…………」

 

斎賀が。

 

窓枠へ着地した。

 

下を見る。

 

「入った」

 

真壁がすぐ隣まで来る。

 

「直撃だ」

 

御影は。

 

すでに窓へ向かっている。

 

「降りるぞ」

 

「相変わらず感想ねえなあ」

 

御影が。

 

迷いなく。

 

割れた窓から飛び出した。

 

「玄一郎!?」

 

真壁が一瞬だけ声を上げ。

 

「……昔からそうだった」

 

自分も飛ぶ。

 

斎賀が笑った。

 

「そうそう」

 

三人。

 

落下。

 

校庭まで十数メートル。

 

御影が杖を下へ。

 

「アレスト・モメンタム」

 

落下速度が緩む。

 

着地。

 

真壁。

 

その横。

 

斎賀だけは途中の外壁を一度蹴り。

 

「っと」

 

回転。

 

着地。

 

真壁が見る。

 

「普通に降りられないのか」

 

「こっちのがカッコいいだろ」

 

「四十七だぞ」

 

「お前にだけは言われたくねえ!」

 

「俺は普通に降りた」

 

「喧嘩は後だ」

 

御影の声。

 

二人とも。

 

同時に前を見る。

 

校庭の中央。

 

土煙。

 

神代が倒れている。

 

斎賀が。

 

首を傾けた。

 

「玄一郎」

 

「何だ」

 

「別に」

 

斎賀の杖が。

 

くるりと。

 

指の間で回る。

 

「このまま倒しちまっても良いんだろ?」

 

御影は。

 

一秒も迷わなかった。

 

「ああ」

 

斎賀の口元が上がる。

 

土煙の向こうへ。

 

「だってよ」

 

杖先。

 

「残念だったな」

 

沈黙。

 

風が。

 

煙を払う。

 

神代冥司は。

 

地面へ片膝をついていた。

 

黒い羽織には土。

 

長い髪も。

 

少し乱れている。

 

近く。

 

杖が。

 

地面へ斜めに突き刺さっていた。

 

だが。

 

顔には。

 

苦痛がない。

 

怒りも。

 

ない。

 

むしろ。

 

笑っていた。

 

今までの。

 

穏やかな微笑とは違う。

 

口の端だけを。

 

薄く。

 

吊り上げる。

 

「……私が」

 

神代が。

 

立ち上がる。

 

「この程度だとでも?」

 

右手。

 

地面へ刺さった杖の柄を握る。

 

ゆっくり。

 

引き抜いた。

 

御影の目が。

 

細くなった。

 

神代は。

 

三人を見る。

 

その瞳に。

 

初めて。

 

明確な。

 

戦意が宿る。

 

 

同時刻。

 

本館。

 

北側旧搬送路。

 

「止まって」

 

柊木志乃が。

 

右手を上げた。

 

二十五人。

 

その全員が。

 

ぴたりと止まる。

 

ほんの数秒前まで、校舎の反対側から巨大な破砕音が聞こえていた。

 

何かが。

 

割れた。

 

続いて。

 

外から。

 

重い着地音。

 

白峰の若い教師が、僅かに顔を引きつらせる。

 

「……今の、何でしょう」

 

柊木は少し考える。

 

「気にしないでください」

 

「でも」

 

「迎撃隊です」

 

「それは分かりますけど」

 

「なら、なおさら気にしない」

 

穏やかな声。

 

しかし。

 

目は前だけを見ている。

 

「私たちの仕事は、こちらです」

 

旧搬送路。

 

天ぷらたちが開いた。

 

学校内部の古い道。

 

白峰から来た二十五人は数名ずつに分かれ、壁沿いへ展開していた。

 

中央。

 

柊木。

 

手には。

 

伊織が何度も書き直した。

 

簡易地図。

 

小妖たちが。

 

指と身振りと。

 

短い言葉で教えてくれた。

 

教師たちの位置。

 

一つ。

 

本館一階東。

 

一つ。

 

二階。

 

一つ。

 

北棟連絡路。

 

そして。

 

最奥。

 

九重院紫苑。

 

「最初は、この先です」

 

柊木が。

 

小さく言った。

 

古い扉。

 

その向こう。

 

足音。

 

二つ。

 

黒曜の環。

 

柊木は。

 

指を二本上げる。

 

左右の白峰教員が。

 

頷いた。

 

扉。

 

開く。

 

「――誰だ!」

 

黒い外套。

 

杖。

 

二本。

 

上がるより。

 

早く。

 

「エクスペリアームス」

 

柊木。

 

一発。

 

二人の杖が。

 

同時に宙を舞った。

 

「な――」

 

白峰。

 

左右。

 

「ステューピファイ!」

 

二人。

 

倒れる。

 

柊木は。

 

足を止めない。

 

「拘束を」

 

「はい!」

 

後続が黒曜の環を縛る。

 

柊木は。

 

正面の教室へ。

 

杖。

 

「アロホモラ」

 

鍵。

 

開かない。

 

黒い術式が。

 

扉の表面へ浮かぶ。

 

「通常の鍵ではありません!」

 

「分かっています」

 

柊木が術式を見る。

 

複雑。

 

黒曜石。

 

封鎖。

 

彼女は一秒。

 

見る。

 

「解除班」

 

二人が前へ。

 

それでも。

 

柊木自身が。

 

杖を置く。

 

「外周から。中央へ触れないでください」

 

「はい」

 

三本。

 

魔力。

 

術式の端。

 

一つずつ。

 

剥がす。

 

黒い文字が。

 

崩れる。

 

ぱき。

 

扉。

 

開く。

 

中。

 

柊木の顔から。

 

僅かに。

 

表情が消えた。

 

「…………」

 

椅子。

 

二脚。

 

土御門芽衣子。

 

薬師寺和政。

 

二人とも。

 

拘束されたままだった。

 

手首。

 

足首。

 

胴。

 

黒い魔法の縄が。

 

何重にも巻きついている。

 

土御門は。

 

顔色がひどく悪かった。

 

いつもなら柔らかな色をしている頬に血の気がなく、唇も乾き切っている。背中を起こしていることすら難しいのか、椅子へ身体を預けたまま浅い呼吸を繰り返していた。

 

薬師寺も。

 

同じだった。

 

百歳を超えてなお。

 

いつも笑っている老人。

 

だが。

 

今は。

 

丸眼鏡がずれ。

 

白髭も乱れ。

 

俯いている。

 

「……先生」

 

白峰の一人が。

 

息を呑む。

 

土御門が。

 

僅かに顔を上げた。

 

焦点。

 

なかなか合わない。

 

「……白峰……?」

 

声。

 

掠れている。

 

柊木はすぐに近づいた。

 

「助けに来ました」

 

「……生徒、は」

 

最初に。

 

それだった。

 

柊木の目が。

 

少しだけ。

 

細くなる。

 

「今、仲間が助けています」

 

「そう……」

 

土御門の肩から。

 

僅かに。

 

力が抜けた。

 

薬師寺の瞼が動く。

 

「……水……」

 

後ろから。

 

治療担当がすぐに入る。

 

「拘束を先に!」

 

「待ってください」

 

柊木が止めた。

 

縄。

 

見る。

 

黒い術式。

 

僅かに。

 

脈打っている。

 

「魔力へ繋がっています」

 

一人が気づく。

 

「無理に切れば反発します」

 

「解除を」

 

「はい」

 

白峰の術者が。

 

慎重に。

 

一つ。

 

また一つ。

 

術式を剥がしていく。

 

黒い縄が。

 

緩む。

 

その下。

 

手首。

 

赤紫。

 

土御門の腕が。

 

力なく落ちる。

 

柊木が支えた。

 

「ゆっくり」

 

「……柊木先生……?」

 

「はい」

 

「星迎祭の……」

 

「覚えていてくださってよかったです」

 

土御門が。

 

ほんの少し。

 

笑おうとした。

 

けれど。

 

力がない。

 

「……ひどい顔でしょう」

 

「今は鏡を見ないほうがいいですね」

 

土御門の口元が。

 

本当に。

 

少しだけ。

 

動いた。

 

「……御影先生みたいなこと、言いますね」

 

柊木は。

 

一瞬だけ。

 

黙った。

 

「それは少し不本意です」

 

後ろで。

 

白峰の教師が。

 

小さく笑う。

 

緊張が。

 

一瞬だけ。

 

和らぐ。

 

その間にも。

 

救出は進む。

 

薬師寺。

 

拘束解除。

 

魔力反応。

 

弱い。

 

だが。

 

生きている。

 

治療担当が水を少量ずつ含ませる。

 

薬師寺は。

 

何とか目を開いた。

 

「……わしの……薬……」

 

「今はあなたが飲む側です」

 

「……不味いのは……嫌じゃ……」

 

柊木の目が。

 

僅かに丸くなる。

 

土御門が。

 

掠れた声で。

 

「……元気ですね」

 

「ふぉ……ふぉ……」

 

笑い声。

 

途中で。

 

咳に変わった。

 

それでも。

 

生きている。

 

「第一地点、確保!」

 

柊木が振り返る。

 

「ここへ治療要員を二名残します。動かせる状態になっても、まだ移動させないでください」

 

「了解!」

 

「次へ」

 

土御門が。

 

その背中へ声をかけた。

 

「柊木先生……」

 

柊木が振り返る。

 

「九重院校長を……」

 

「分かっています」

 

土御門の目を見る。

 

「必ず」

 

柊木たちは。

 

再び走った。

 

 

同じ頃。

 

地下。

 

「二分!」

 

伊織の声が。

 

霊脈中枢へ響く。

 

銀の鴉が。

 

黒い霊脈を。

 

一筋。

 

また一筋。

 

押し返している。

 

その先。

 

通路。

 

「プロテゴ!!」

 

五人の禍祓官。

 

魔法が。

 

激突する。

 

日向。

 

楓。

 

岳。

 

澪。

 

冬真。

 

その後ろ。

 

奎星は。

 

目を閉じたまま。

 

動かない。

 

スズメだけが。

 

隣にいる。

 

十二分。

 

その時計は。

 

止まらない。

 

 

本館二階。

 

「ステューピファイ!」

 

赤い光。

 

黒曜の環。

 

倒れる。

 

柊木が走り抜ける。

 

「右!」

 

白峰の教師が扉を開く。

 

中。

 

早瀬。

 

窓際。

 

床へ座らされ。

 

腕を。

 

背後で拘束されている。

 

「早瀬先生!」

 

「…………」

 

反応。

 

ない。

 

一瞬。

 

空気が凍る。

 

治療担当が駆け寄る。

 

首。

 

呼吸。

 

「あります!」

 

全員の息が。

 

戻る。

 

「意識消失。魔力枯渇がかなり進んでいます!」

 

「拘束解除」

 

「はい!」

 

柊木が周囲を見る。

 

箒。

 

ない。

 

杖。

 

ない。

 

早瀬の手には。

 

長時間縛られていた跡。

 

それでも。

 

呼吸はある。

 

生きている。

 

「第二地点、確保」

 

柊木が言う。

 

「次」

 

足を止めない。

 

廊下。

 

戦闘音。

 

遠く。

 

中央。

 

禍祓官たち。

 

迎撃隊の残った十人が。

 

敵を引き受けている。

 

さらに。

 

一度。

 

地面が。

 

小さく揺れた。

 

白峰の一人が。

 

天井を見る。

 

「また……」

 

柊木は。

 

腕時計を見る。

 

転移から。

 

三分を少し過ぎた。

 

まだ。

 

九分近く。

 

残っている。

 

長い。

 

あまりにも。

 

長い。

 

「進みます」

 

 

北棟。

 

白峰から星迎祭へ来ていた教員たち。

 

三名。

 

全員。

 

拘束。

 

衰弱。

 

一人は。

 

意識あり。

 

二人は。

 

なし。

 

その先。

 

高宮。

 

生きている。

 

だが。

 

声を出す力すら。

 

ほとんど残っていなかった。

 

一人。

 

また一人。

 

救出する。

 

けれど。

 

喜んでいる暇はない。

 

柊木たちが教師を見つけるたび。

 

同じものを目にする。

 

黒い縄。

 

魔力を抑え続ける術式。

 

水分も。

 

食事も。

 

最低限だったのだろう。

 

何日も。

 

自由に身体を動かせず。

 

杖にも触れられず。

 

それでも。

 

意識を取り戻した教師が。

 

最初に訊くことは。

 

皆。

 

ほとんど同じだった。

 

「生徒は」

 

「学校は」

 

「九重院校長は」

 

誰一人。

 

自分のことから。

 

訊かなかった。

 

柊木は。

 

その度。

 

同じことを答えた。

 

「取り戻しに来ました」

 

それだけ。

 

 

本館。

 

最奥。

 

古い会議室へ続く回廊。

 

そこだけ。

 

今までと。

 

空気が違った。

 

黒曜の環。

 

六人。

 

扉の前。

 

杖を構えている。

 

柊木が。

 

角の陰から。

 

一度だけ確認する。

 

後ろ。

 

白峰。

 

残っている戦闘要員。

 

全員。

 

もう。

 

説明は要らない。

 

指。

 

三。

 

二。

 

一。

 

飛び出す。

 

「侵入者!」

 

敵。

 

一斉に。

 

杖。

 

「コンフ――」

 

「プロテゴ・マキシマ!」

 

白峰。

 

壁。

 

爆発魔法。

 

衝突。

 

回廊が。

 

揺れる。

 

柊木は。

 

盾の真後ろから。

 

一歩だけ出た。

 

「エクスペリアームス」

 

一人。

 

杖。

 

飛ぶ。

 

「ステューピファイ」

 

二人目。

 

倒れる。

 

三人目。

 

黒い刃。

 

柊木。

 

身体を傾ける。

 

避ける。

 

杖先。

 

「デパルソ」

 

手首だけ。

 

弾く。

 

敵の呪文が。

 

天井へ。

 

その横から。

 

白峰の教師。

 

「インカーセラス!」

 

拘束。

 

残り三人。

 

一人が。

 

背後の扉へ杖を向けた。

 

柊木の表情が変わる。

 

扉。

 

その向こう。

 

九重院。

 

「させません」

 

踏み込む。

 

敵が撃つ。

 

「ステューピファイ!」

 

柊木。

 

避けない。

 

杖を。

 

僅かに傾ける。

 

「プロテゴ」

 

弾く。

 

反射。

 

敵の肩。

 

体勢。

 

崩れる。

 

その一瞬。

 

「エクスペリアームス!」

 

杖。

 

飛ぶ。

 

さらに。

 

一発。

 

「ステューピファイ!」

 

直撃。

 

倒れる。

 

後ろ。

 

最後の二人。

 

白峰の教師たちが。

 

同時に抑える。

 

「確保!」

 

「全員拘束!」

 

柊木は。

 

もう扉の前にいた。

 

術式。

 

複雑。

 

さっきまでとは。

 

比べものにならない。

 

「解除班!」

 

三人。

 

集まる。

 

杖。

 

重ねる。

 

黒い文字。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

「外層解除!」

 

「第二層!」

 

「反発来ます!」

 

「止めないで!」

 

赤黒い光。

 

跳ねる。

 

柊木の頬を。

 

掠めた。

 

血。

 

細い一筋。

 

それでも。

 

視線を。

 

外さない。

 

「中央核!」

 

「見えました!」

 

「今!」

 

四本の杖。

 

一点。

 

「フィニート!」

 

ぱきん。

 

黒い術式が。

 

砕けた。

 

扉。

 

開く。

 

「…………」

 

誰も。

 

すぐには。

 

入れなかった。

 

部屋の奥。

 

壁。

 

その前。

 

一人。

 

座っている。

 

白を基調とした長衣。

 

今は。

 

灰色に近い。

 

銀の髪。

 

乱れている。

 

腕。

 

黒い拘束。

 

足。

 

同じ。

 

九重院紫苑。

 

頭が。

 

下がっていた。

 

「……校長」

 

柊木が。

 

歩く。

 

速足。

 

途中から。

 

走った。

 

「九重院校長!」

 

反応。

 

ない。

 

膝をつく。

 

首。

 

指。

 

触れる。

 

一秒。

 

二秒。

 

「…………」

 

ある。

 

弱い。

 

けれど。

 

脈。

 

ある。

 

「生きています!」

 

白峰の教師たちが。

 

一斉に息を吐いた。

 

「治療!」

 

「拘束から!」

 

術者が周りへ集まる。

 

九重院の拘束は。

 

他の教師より。

 

さらに深い。

 

何重もの黒い術式が。

 

腕から。

 

床。

 

壁。

 

部屋そのものへ。

 

繋がっている。

 

「……これ」

 

解除担当の顔が引きつる。

 

「この人一人に……何重重ねてるんだ」

 

柊木が。

 

九重院を見る。

 

当然だった。

 

この人を。

 

普通の教師と。

 

同じ方法で拘束できるわけがない。

 

星迎祭。

 

黒曜の門。

 

何百人もの生徒が。

 

一斉に。

 

引き寄せられた。

 

その群れを。

 

九重院紫苑は。

 

一人で。

 

止め続けた。

 

そして。

 

その直後。

 

学校を。

 

奪われた。

 

「慎重に」

 

柊木が言う。

 

「一つでも逆流させれば危険です」

 

「はい」

 

解除。

 

始まる。

 

一層。

 

二層。

 

三層。

 

黒い縄が。

 

少しずつ。

 

薄くなる。

 

九重院の指が。

 

僅かに。

 

動いた。

 

柊木の目が変わる。

 

「校長?」

 

瞼。

 

揺れる。

 

ゆっくり。

 

開く。

 

紫の瞳。

 

最初は。

 

焦点が合わない。

 

「…………」

 

呼吸。

 

一つ。

 

「……ここ……は」

 

「マホウトコロです」

 

柊木が答える。

 

「救出に来ました」

 

九重院の目が。

 

少しだけ。

 

柊木へ合う。

 

「……白峰……」

 

「はい」

 

「柊木……先生……」

 

「覚えていていただけて光栄です」

 

九重院は。

 

辺りを見る。

 

白峰の教師。

 

壊れた拘束。

 

倒れた黒曜の環。

 

そして。

 

外。

 

遠くから。

 

戦闘音。

 

「……始まったのですね」

 

「はい」

 

柊木の声が。

 

少しだけ。

 

柔らかくなる。

 

「マホウトコロを取り戻しに来ました」

 

九重院の瞳が。

 

僅かに。

 

揺れた。

 

「……生徒たちは」

 

「霊脈へ向かった者たちがいます」

 

「…………」

 

「蓮根君が、守護霊を使って認識干渉を解除しています」

 

九重院が。

 

目を閉じる。

 

ほんの一瞬。

 

それから。

 

「御影先生は」

 

「神代冥司のもとへ」

 

九重院の呼吸が。

 

止まりかける。

 

柊木は続ける。

 

「真壁さんと」

 

一拍。

 

「斎賀さんも一緒です」

 

九重院の目が。

 

開いた。

 

「……三人で?」

 

「はい」

 

何を。

 

思ったのか。

 

九重院は。

 

しばらく。

 

何も言わなかった。

 

ただ。

 

ほんの僅かに。

 

目を細めた。

 

「……そうですか」

 

そのとき。

 

遠く。

 

校庭側。

 

ドン。

 

重い音。

 

柊木が。

 

振り向く。

 

九重院も。

 

僅かに。

 

そちらを見る。

 

「九重院校長」

 

「…………」

 

「今は休んでください」

 

「いえ」

 

弱い。

 

声。

 

それでも。

 

校長の声だった。

 

「柊木先生」

 

「はい」

 

九重院が。

 

何かを。

 

言おうとする。

 

「御影先生たちへ……」

 

直後。

 

空気が。

 

変わった。

 

「…………?」

 

柊木が。

 

止まる。

 

風ではない。

 

魔力。

 

学校全体。

 

羊脂玉の壁。

 

床。

 

天井。

 

何もかもを。

 

内側から。

 

押し広げるような。

 

圧。

 

九重院の顔から。

 

血の気が引いた。

 

「……駄目」

 

「校長?」

 

「伏せ――」

 

バァァァァァァァァン!!

 

世界が。

 

硝子の音で。

 

埋まった。

 

「プロテゴ!!」

 

柊木が反射的に。

 

巨大な盾を展開する。

 

窓。

 

一枚ではない。

 

回廊。

 

教室。

 

階段。

 

本館。

 

別棟。

 

大食堂。

 

校長室。

 

マホウトコロ中の。

 

ありとあらゆる窓が。

 

一斉に。

 

砕けた。

 

数千。

 

数万。

 

陽光を反射する硝子片が。

 

校舎内へ。

 

外へ。

 

吹き荒れる。

 

白峰の教師たちが。

 

一斉に。

 

救出した教師たちへ盾を張る。

 

「全員防御!!」

 

「窓から離れて!」

 

「治療班、伏せろ!」

 

轟音。

 

悲鳴。

 

硝子。

 

学校全体が。

 

軋む。

 

床の下から。

 

巨大な魔力が。

 

噴き上がる。

 

一人の白峰教師が。

 

青ざめた。

 

「な……」

 

声。

 

震える。

 

「何なんですか……これ……」

 

柊木は。

 

答えなかった。

 

答えられない。

 

額から。

 

冷たい汗。

 

九重院だけが。

 

理解していた。

 

「……神代」

 

その声を。

 

柊木が拾う。

 

九重院は。

 

苦しそうに息をしながら。

 

砕けた窓の向こうを見る。

 

「御影先生…」

 

 

校庭。

 

硝子の雨が。

 

降っていた。

 

御影。

 

真壁。

 

斎賀。

 

三人とも。

 

動かない。

 

周囲。

 

校舎の窓が。

 

一つ残らず。

 

砕けている。

 

遠く。

 

別棟。

 

大食堂。

 

回廊。

 

塔。

 

全て。

 

何百枚もの硝子が。

 

朝日に光りながら。

 

地面へ落ちる。

 

その中心。

 

神代冥司。

 

さっきまでと。

 

同じ男だった。

 

濃い紫の和装。

 

黒い羽織。

 

長い髪。

 

一本の杖。

 

ただ。

 

違う。

 

魔力。

 

真壁の表情から。

 

僅かに。

 

余裕が消える。

 

斎賀も。

 

笑っていなかった。

 

御影の左頬の傷が。

 

ゆっくり。

 

歪む。

 

神代は。

 

杖を下ろしたまま。

 

三人を見る。

 

その足元から。

 

空気が。

 

揺れている。

 

魔法を。

 

撃ってすらいない。

 

それなのに。

 

学校中の窓が。

 

耐えられなかった。

 

斎賀が。

 

ぽつりと。

 

言った。

 

「……おいおい」

 

返事はない。

 

「玄一郎」

 

「何だ」

 

斎賀は。

 

神代から目を離さない。

 

「これ」

 

一拍。

 

「さっきまで、遊ばれてた?」

 

御影は。

 

答えなかった。

 

答える必要がなかった。

 

三人とも。

 

分かっている。

 

神代冥司が。

 

杖を上げる。

 

今度は。

 

さっきまでのような。

 

小さな笑みすら。

 

ない。

 

「では」

 

静かな声。

 

「続きを始めましょうか」

 

次の瞬間。

 

三人の背筋を。

 

同時に。

 

死の気配が走った。

 

《星帰り作戦》。

 

残り。

 

九分。

 

マホウトコロ シーズン4

星帰りと黒曜の王

 

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