最初の一撃で、校長室の机が消し飛んだ。
神代冥司が杖を横へ払っただけだった。
黒い光が半月状に走り、御影玄一郎は正面から盾を展開する。
「プロテゴ!」
衝突。
重い。
ただの牽制に見えた一発で、御影の靴底が床を半歩滑る。
その左右から、真壁と斎賀が同時に出た。
「ステューピファイ!」
「エクスペリアームス!」
二色の光。
神代は身体すら大きく動かさなかった。杖先で空中へ小さな円を描くと、二つの魔法が軌道を変え、互いに交差して背後の壁へ突き刺さる。
「玄一郎!」
真壁の声。
御影はもう踏み込んでいる。
「インカーセラス!」
床から拘束縄が噴き出した。
神代の足首。
その直前。
「デパルソ!」
横から斎賀。
御影の縄と斎賀の魔法が、ほとんど同じ場所へ入った。
「玄弥!」
「そっち来ると思わねえじゃん!」
「見れば分かる!」
「十二年ぶりに無茶言うな!」
神代が杖を振る。
二人が言い合っている間を、黒い光が一直線に抜けた。
「伏せろ!」
真壁。
巨大な盾。
「プロテゴ!」
御影と斎賀の頭上を黒い奔流が通過し、歴代校長の肖像画が三枚まとめて吹き飛んだ。
壁が陥没する。
破れた肖像の一人が額縁の外から怒鳴った。
『何をする!!』
「すみません!」
なぜか真壁が謝った。
斎賀が振り返る。
「お前が謝るんだ」
「今そこか!」
神代は静かに三人を見ていた。
呼吸すら。
乱れていない。
御影が正面。
真壁が右。
斎賀が左。
配置だけを見れば。
悪くない。
だが。
噛み合わない。
御影が前へ出れば、斎賀も出る。
真壁が二人を守ろうとすれば、斎賀が盾の外へ勝手に飛び出す。
斎賀が敵の死角へ入った瞬間、御影の攻撃までそこへ飛んでくる。
十二年前なら。
いちいち考えなくても分かっていた。
玄一郎がどこへ立つか。
征士郎が何を見るか。
玄弥がどこへ消えるか。
だが。
十二年。
一人は教師になった。
一人は監察官になった。
一人は。
生き延びるために。
一人で戦うことを覚えた。
変わっていないはずがない。
神代が薄く笑う。
「《最強の三人》」
斎賀の眉が動いた。
「……誰がそんな恥ずい名前広めたんだろうな」
「少なくとも、今のあなた方を見て付ける名前ではありませんね」
「うるせえなあ」
「玄弥」
御影が低く言う。
「乗るな」
「乗ってねえよ」
その瞬間。
神代の姿が消えた。
「――上!」
真壁。
三人が同時に顔を上げる。
天井近く。
神代。
濃い紫の和装が宙で翻る。
「レダクト!」
黒い光。
真下。
「散れ!」
三方向。
轟音。
床が爆ぜた。
校長室中央が円形に抉れ、机も椅子も書類も一斉に宙へ舞う。
御影は転がる机を避けながら杖を上げた。
「ステューピファイ!」
神代が空中で盾。
赤い閃光が弾ける。
そこへ真壁。
「デパルソ!」
神代の着地点。
先に床を押す。
体勢を崩させるための一発。
だが。
「甘い」
神代が空中で身体を捻った。
着地しない。
壁へ足をつき。
再び跳ぶ。
斎賀が目を丸くした。
「俺の真似?」
「自意識過剰です」
「ムカつくなこいつ!」
「玄弥、左!」
御影。
「分かってる!」
斎賀が左へ飛ぶ。
その先。
真壁が。
「玄弥、待て!」
「どっちだよ!」
真壁の拘束縄と斎賀がぶつかりかける。
斎賀が咄嗟に机を蹴り、軌道を変更。
「危ねえ!」
「勝手に入るな!」
「そこ俺の道だった!」
「知らん!」
神代が。
初めて。
小さく息を吐いた。
呆れたように。
「……本当に」
杖。
「この程度ですか」
黒い閃光が三人へ分裂する。
御影。
盾。
真壁。
盾。
斎賀。
「うおっ」
避ける。
後ろ。
本棚。
爆発。
大量の本が降る。
一冊。
斎賀の頭へ。
ぼす。
「…………」
斎賀が本を拾う。
表紙を見る。
『歴代校長記録・第三巻』。
「玄一郎」
「何だ」
「めっちゃ煽られてる」
「分かってる」
「腹立つ?」
「集中しろ」
真壁が神代から視線を外さず言った。
「二人とも」
「何だ」
「うん?」
「一度、昔の動きを忘れろ」
御影の目が動く。
斎賀も。
僅かに笑みを消した。
神代が静かに杖を構えている。
真壁は続けた。
「合わないのは当然だ。十二年経っている」
斎賀が。
鼻から息を吐く。
「じゃどうする?」
「今を見ろ」
短い。
それだけだった。
御影が神代を見る。
斎賀も。
真壁も。
もう。
互いの昔の癖を。
当てにしない。
今。
どこへいる。
何を撃った。
何を見る。
それだけを見る。
神代の杖が。
動いた。
三人も。
同時に動いた。
*
次の十秒。
神代の眉が。
初めて。
僅かに動いた。
御影が正面から撃つ。
「エクスペリアームス!」
神代が右へ流す。
そこへ。
誰もいない。
さっきまでなら。
斎賀がいた。
だが。
いない。
神代の視線が。
一瞬だけ。
動く。
上。
「正解」
斎賀が。
天井近くの梁へ立っていた。
いつ上がった。
神代が杖を向ける。
その瞬間。
真壁。
「インカーセラス!」
背後。
縄。
神代が切る。
「ディフィンド」
そこへ御影。
「ステューピファイ!」
神代が盾。
斎賀が落ちる。
「デパルソ!」
上から。
神代が半歩退く。
避ける。
真壁がもういる。
「エクスペリアームス!」
神代の袖を掠めた。
「…………」
神代の目が。
少し細くなる。
斎賀が着地する。
御影は何も言わない。
真壁も。
次。
神代が御影へ三発。
御影が二発を盾で流す。
三発目。
避けない。
真壁の盾が。
横から滑り込む。
「プロテゴ!」
衝突。
その盾を足場に。
斎賀が。
蹴った。
「借りるぜ!」
「盾を足場にするな!」
斎賀の身体が横へ飛ぶ。
神代が追う。
だが。
斎賀は。
途中で壁を蹴った。
方向。
変更。
神代の背後。
御影が正面。
真壁が右。
斎賀。
左後方。
三方向。
神代が。
僅かに腰を落とした。
三人の杖が上がる。
「ステューピファイ!」
御影。
神代が防ぐ。
「インペディメンタ!」
真壁。
神代の動きが一瞬だけ鈍る。
そして。
斎賀。
撃たない。
「…………?」
神代の視線が。
斎賀へ。
その一瞬。
御影が。
もう二発目を撃っていた。
「エクスペリアームス!」
神代が反応。
盾を正面へ。
斎賀が笑う。
「そっち見たな」
神代の目が動く。
遅い。
斎賀は。
床にはいなかった。
横。
壁。
三歩。
文字通り。
壁を走っていた。
一歩。
二歩。
蹴る。
神代の頭上。
身体を反転。
杖先。
至近距離。
「デパルソ!」
ドンッ!!
初めて。
直撃した。
神代冥司の身体が。
吹き飛ぶ。
「――!」
机の残骸を越え。
椅子を弾き。
真っ直ぐ。
校長室の窓へ。
ガシャアアアアアアアン――!!
巨大な窓硝子が。
砕けた。
紫の和装。
黒い羽織。
神代の身体が。
朝の空へ。
放り出される。
三階。
下。
校庭。
落下。
ドォン!!
土煙。
「…………」
斎賀が。
窓枠へ着地した。
下を見る。
「入った」
真壁がすぐ隣まで来る。
「直撃だ」
御影は。
すでに窓へ向かっている。
「降りるぞ」
「相変わらず感想ねえなあ」
御影が。
迷いなく。
割れた窓から飛び出した。
「玄一郎!?」
真壁が一瞬だけ声を上げ。
「……昔からそうだった」
自分も飛ぶ。
斎賀が笑った。
「そうそう」
三人。
落下。
校庭まで十数メートル。
御影が杖を下へ。
「アレスト・モメンタム」
落下速度が緩む。
着地。
真壁。
その横。
斎賀だけは途中の外壁を一度蹴り。
「っと」
回転。
着地。
真壁が見る。
「普通に降りられないのか」
「こっちのがカッコいいだろ」
「四十七だぞ」
「お前にだけは言われたくねえ!」
「俺は普通に降りた」
「喧嘩は後だ」
御影の声。
二人とも。
同時に前を見る。
校庭の中央。
土煙。
神代が倒れている。
斎賀が。
首を傾けた。
「玄一郎」
「何だ」
「別に」
斎賀の杖が。
くるりと。
指の間で回る。
「このまま倒しちまっても良いんだろ?」
御影は。
一秒も迷わなかった。
「ああ」
斎賀の口元が上がる。
土煙の向こうへ。
「だってよ」
杖先。
「残念だったな」
沈黙。
風が。
煙を払う。
神代冥司は。
地面へ片膝をついていた。
黒い羽織には土。
長い髪も。
少し乱れている。
近く。
杖が。
地面へ斜めに突き刺さっていた。
だが。
顔には。
苦痛がない。
怒りも。
ない。
むしろ。
笑っていた。
今までの。
穏やかな微笑とは違う。
口の端だけを。
薄く。
吊り上げる。
「……私が」
神代が。
立ち上がる。
「この程度だとでも?」
右手。
地面へ刺さった杖の柄を握る。
ゆっくり。
引き抜いた。
御影の目が。
細くなった。
神代は。
三人を見る。
その瞳に。
初めて。
明確な。
戦意が宿る。
*
同時刻。
本館。
北側旧搬送路。
「止まって」
柊木志乃が。
右手を上げた。
二十五人。
その全員が。
ぴたりと止まる。
ほんの数秒前まで、校舎の反対側から巨大な破砕音が聞こえていた。
何かが。
割れた。
続いて。
外から。
重い着地音。
白峰の若い教師が、僅かに顔を引きつらせる。
「……今の、何でしょう」
柊木は少し考える。
「気にしないでください」
「でも」
「迎撃隊です」
「それは分かりますけど」
「なら、なおさら気にしない」
穏やかな声。
しかし。
目は前だけを見ている。
「私たちの仕事は、こちらです」
旧搬送路。
天ぷらたちが開いた。
学校内部の古い道。
白峰から来た二十五人は数名ずつに分かれ、壁沿いへ展開していた。
中央。
柊木。
手には。
伊織が何度も書き直した。
簡易地図。
小妖たちが。
指と身振りと。
短い言葉で教えてくれた。
教師たちの位置。
一つ。
本館一階東。
一つ。
二階。
一つ。
北棟連絡路。
そして。
最奥。
九重院紫苑。
「最初は、この先です」
柊木が。
小さく言った。
古い扉。
その向こう。
足音。
二つ。
黒曜の環。
柊木は。
指を二本上げる。
左右の白峰教員が。
頷いた。
扉。
開く。
「――誰だ!」
黒い外套。
杖。
二本。
上がるより。
早く。
「エクスペリアームス」
柊木。
一発。
二人の杖が。
同時に宙を舞った。
「な――」
白峰。
左右。
「ステューピファイ!」
二人。
倒れる。
柊木は。
足を止めない。
「拘束を」
「はい!」
後続が黒曜の環を縛る。
柊木は。
正面の教室へ。
杖。
「アロホモラ」
鍵。
開かない。
黒い術式が。
扉の表面へ浮かぶ。
「通常の鍵ではありません!」
「分かっています」
柊木が術式を見る。
複雑。
黒曜石。
封鎖。
彼女は一秒。
見る。
「解除班」
二人が前へ。
それでも。
柊木自身が。
杖を置く。
「外周から。中央へ触れないでください」
「はい」
三本。
魔力。
術式の端。
一つずつ。
剥がす。
黒い文字が。
崩れる。
ぱき。
扉。
開く。
中。
柊木の顔から。
僅かに。
表情が消えた。
「…………」
椅子。
二脚。
土御門芽衣子。
薬師寺和政。
二人とも。
拘束されたままだった。
手首。
足首。
胴。
黒い魔法の縄が。
何重にも巻きついている。
土御門は。
顔色がひどく悪かった。
いつもなら柔らかな色をしている頬に血の気がなく、唇も乾き切っている。背中を起こしていることすら難しいのか、椅子へ身体を預けたまま浅い呼吸を繰り返していた。
薬師寺も。
同じだった。
百歳を超えてなお。
いつも笑っている老人。
だが。
今は。
丸眼鏡がずれ。
白髭も乱れ。
俯いている。
「……先生」
白峰の一人が。
息を呑む。
土御門が。
僅かに顔を上げた。
焦点。
なかなか合わない。
「……白峰……?」
声。
掠れている。
柊木はすぐに近づいた。
「助けに来ました」
「……生徒、は」
最初に。
それだった。
柊木の目が。
少しだけ。
細くなる。
「今、仲間が助けています」
「そう……」
土御門の肩から。
僅かに。
力が抜けた。
薬師寺の瞼が動く。
「……水……」
後ろから。
治療担当がすぐに入る。
「拘束を先に!」
「待ってください」
柊木が止めた。
縄。
見る。
黒い術式。
僅かに。
脈打っている。
「魔力へ繋がっています」
一人が気づく。
「無理に切れば反発します」
「解除を」
「はい」
白峰の術者が。
慎重に。
一つ。
また一つ。
術式を剥がしていく。
黒い縄が。
緩む。
その下。
手首。
赤紫。
土御門の腕が。
力なく落ちる。
柊木が支えた。
「ゆっくり」
「……柊木先生……?」
「はい」
「星迎祭の……」
「覚えていてくださってよかったです」
土御門が。
ほんの少し。
笑おうとした。
けれど。
力がない。
「……ひどい顔でしょう」
「今は鏡を見ないほうがいいですね」
土御門の口元が。
本当に。
少しだけ。
動いた。
「……御影先生みたいなこと、言いますね」
柊木は。
一瞬だけ。
黙った。
「それは少し不本意です」
後ろで。
白峰の教師が。
小さく笑う。
緊張が。
一瞬だけ。
和らぐ。
その間にも。
救出は進む。
薬師寺。
拘束解除。
魔力反応。
弱い。
だが。
生きている。
治療担当が水を少量ずつ含ませる。
薬師寺は。
何とか目を開いた。
「……わしの……薬……」
「今はあなたが飲む側です」
「……不味いのは……嫌じゃ……」
柊木の目が。
僅かに丸くなる。
土御門が。
掠れた声で。
「……元気ですね」
「ふぉ……ふぉ……」
笑い声。
途中で。
咳に変わった。
それでも。
生きている。
「第一地点、確保!」
柊木が振り返る。
「ここへ治療要員を二名残します。動かせる状態になっても、まだ移動させないでください」
「了解!」
「次へ」
土御門が。
その背中へ声をかけた。
「柊木先生……」
柊木が振り返る。
「九重院校長を……」
「分かっています」
土御門の目を見る。
「必ず」
柊木たちは。
再び走った。
*
同じ頃。
地下。
「二分!」
伊織の声が。
霊脈中枢へ響く。
銀の鴉が。
黒い霊脈を。
一筋。
また一筋。
押し返している。
その先。
通路。
「プロテゴ!!」
五人の禍祓官。
魔法が。
激突する。
日向。
楓。
岳。
澪。
冬真。
その後ろ。
奎星は。
目を閉じたまま。
動かない。
スズメだけが。
隣にいる。
十二分。
その時計は。
止まらない。
*
本館二階。
「ステューピファイ!」
赤い光。
黒曜の環。
倒れる。
柊木が走り抜ける。
「右!」
白峰の教師が扉を開く。
中。
早瀬。
窓際。
床へ座らされ。
腕を。
背後で拘束されている。
「早瀬先生!」
「…………」
反応。
ない。
一瞬。
空気が凍る。
治療担当が駆け寄る。
首。
呼吸。
「あります!」
全員の息が。
戻る。
「意識消失。魔力枯渇がかなり進んでいます!」
「拘束解除」
「はい!」
柊木が周囲を見る。
箒。
ない。
杖。
ない。
早瀬の手には。
長時間縛られていた跡。
それでも。
呼吸はある。
生きている。
「第二地点、確保」
柊木が言う。
「次」
足を止めない。
廊下。
戦闘音。
遠く。
中央。
禍祓官たち。
迎撃隊の残った十人が。
敵を引き受けている。
さらに。
一度。
地面が。
小さく揺れた。
白峰の一人が。
天井を見る。
「また……」
柊木は。
腕時計を見る。
転移から。
三分を少し過ぎた。
まだ。
九分近く。
残っている。
長い。
あまりにも。
長い。
「進みます」
*
北棟。
白峰から星迎祭へ来ていた教員たち。
三名。
全員。
拘束。
衰弱。
一人は。
意識あり。
二人は。
なし。
その先。
高宮。
生きている。
だが。
声を出す力すら。
ほとんど残っていなかった。
一人。
また一人。
救出する。
けれど。
喜んでいる暇はない。
柊木たちが教師を見つけるたび。
同じものを目にする。
黒い縄。
魔力を抑え続ける術式。
水分も。
食事も。
最低限だったのだろう。
何日も。
自由に身体を動かせず。
杖にも触れられず。
それでも。
意識を取り戻した教師が。
最初に訊くことは。
皆。
ほとんど同じだった。
「生徒は」
「学校は」
「九重院校長は」
誰一人。
自分のことから。
訊かなかった。
柊木は。
その度。
同じことを答えた。
「取り戻しに来ました」
それだけ。
*
本館。
最奥。
古い会議室へ続く回廊。
そこだけ。
今までと。
空気が違った。
黒曜の環。
六人。
扉の前。
杖を構えている。
柊木が。
角の陰から。
一度だけ確認する。
後ろ。
白峰。
残っている戦闘要員。
全員。
もう。
説明は要らない。
指。
三。
二。
一。
飛び出す。
「侵入者!」
敵。
一斉に。
杖。
「コンフ――」
「プロテゴ・マキシマ!」
白峰。
壁。
爆発魔法。
衝突。
回廊が。
揺れる。
柊木は。
盾の真後ろから。
一歩だけ出た。
「エクスペリアームス」
一人。
杖。
飛ぶ。
「ステューピファイ」
二人目。
倒れる。
三人目。
黒い刃。
柊木。
身体を傾ける。
避ける。
杖先。
「デパルソ」
手首だけ。
弾く。
敵の呪文が。
天井へ。
その横から。
白峰の教師。
「インカーセラス!」
拘束。
残り三人。
一人が。
背後の扉へ杖を向けた。
柊木の表情が変わる。
扉。
その向こう。
九重院。
「させません」
踏み込む。
敵が撃つ。
「ステューピファイ!」
柊木。
避けない。
杖を。
僅かに傾ける。
「プロテゴ」
弾く。
反射。
敵の肩。
体勢。
崩れる。
その一瞬。
「エクスペリアームス!」
杖。
飛ぶ。
さらに。
一発。
「ステューピファイ!」
直撃。
倒れる。
後ろ。
最後の二人。
白峰の教師たちが。
同時に抑える。
「確保!」
「全員拘束!」
柊木は。
もう扉の前にいた。
術式。
複雑。
さっきまでとは。
比べものにならない。
「解除班!」
三人。
集まる。
杖。
重ねる。
黒い文字。
一つ。
二つ。
三つ。
「外層解除!」
「第二層!」
「反発来ます!」
「止めないで!」
赤黒い光。
跳ねる。
柊木の頬を。
掠めた。
血。
細い一筋。
それでも。
視線を。
外さない。
「中央核!」
「見えました!」
「今!」
四本の杖。
一点。
「フィニート!」
ぱきん。
黒い術式が。
砕けた。
扉。
開く。
「…………」
誰も。
すぐには。
入れなかった。
部屋の奥。
壁。
その前。
一人。
座っている。
白を基調とした長衣。
今は。
灰色に近い。
銀の髪。
乱れている。
腕。
黒い拘束。
足。
同じ。
九重院紫苑。
頭が。
下がっていた。
「……校長」
柊木が。
歩く。
速足。
途中から。
走った。
「九重院校長!」
反応。
ない。
膝をつく。
首。
指。
触れる。
一秒。
二秒。
「…………」
ある。
弱い。
けれど。
脈。
ある。
「生きています!」
白峰の教師たちが。
一斉に息を吐いた。
「治療!」
「拘束から!」
術者が周りへ集まる。
九重院の拘束は。
他の教師より。
さらに深い。
何重もの黒い術式が。
腕から。
床。
壁。
部屋そのものへ。
繋がっている。
「……これ」
解除担当の顔が引きつる。
「この人一人に……何重重ねてるんだ」
柊木が。
九重院を見る。
当然だった。
この人を。
普通の教師と。
同じ方法で拘束できるわけがない。
星迎祭。
黒曜の門。
何百人もの生徒が。
一斉に。
引き寄せられた。
その群れを。
九重院紫苑は。
一人で。
止め続けた。
そして。
その直後。
学校を。
奪われた。
「慎重に」
柊木が言う。
「一つでも逆流させれば危険です」
「はい」
解除。
始まる。
一層。
二層。
三層。
黒い縄が。
少しずつ。
薄くなる。
九重院の指が。
僅かに。
動いた。
柊木の目が変わる。
「校長?」
瞼。
揺れる。
ゆっくり。
開く。
紫の瞳。
最初は。
焦点が合わない。
「…………」
呼吸。
一つ。
「……ここ……は」
「マホウトコロです」
柊木が答える。
「救出に来ました」
九重院の目が。
少しだけ。
柊木へ合う。
「……白峰……」
「はい」
「柊木……先生……」
「覚えていていただけて光栄です」
九重院は。
辺りを見る。
白峰の教師。
壊れた拘束。
倒れた黒曜の環。
そして。
外。
遠くから。
戦闘音。
「……始まったのですね」
「はい」
柊木の声が。
少しだけ。
柔らかくなる。
「マホウトコロを取り戻しに来ました」
九重院の瞳が。
僅かに。
揺れた。
「……生徒たちは」
「霊脈へ向かった者たちがいます」
「…………」
「蓮根君が、守護霊を使って認識干渉を解除しています」
九重院が。
目を閉じる。
ほんの一瞬。
それから。
「御影先生は」
「神代冥司のもとへ」
九重院の呼吸が。
止まりかける。
柊木は続ける。
「真壁さんと」
一拍。
「斎賀さんも一緒です」
九重院の目が。
開いた。
「……三人で?」
「はい」
何を。
思ったのか。
九重院は。
しばらく。
何も言わなかった。
ただ。
ほんの僅かに。
目を細めた。
「……そうですか」
そのとき。
遠く。
校庭側。
ドン。
重い音。
柊木が。
振り向く。
九重院も。
僅かに。
そちらを見る。
「九重院校長」
「…………」
「今は休んでください」
「いえ」
弱い。
声。
それでも。
校長の声だった。
「柊木先生」
「はい」
九重院が。
何かを。
言おうとする。
「御影先生たちへ……」
直後。
空気が。
変わった。
「…………?」
柊木が。
止まる。
風ではない。
魔力。
学校全体。
羊脂玉の壁。
床。
天井。
何もかもを。
内側から。
押し広げるような。
圧。
九重院の顔から。
血の気が引いた。
「……駄目」
「校長?」
「伏せ――」
バァァァァァァァァン!!
世界が。
硝子の音で。
埋まった。
「プロテゴ!!」
柊木が反射的に。
巨大な盾を展開する。
窓。
一枚ではない。
回廊。
教室。
階段。
本館。
別棟。
大食堂。
校長室。
マホウトコロ中の。
ありとあらゆる窓が。
一斉に。
砕けた。
数千。
数万。
陽光を反射する硝子片が。
校舎内へ。
外へ。
吹き荒れる。
白峰の教師たちが。
一斉に。
救出した教師たちへ盾を張る。
「全員防御!!」
「窓から離れて!」
「治療班、伏せろ!」
轟音。
悲鳴。
硝子。
学校全体が。
軋む。
床の下から。
巨大な魔力が。
噴き上がる。
一人の白峰教師が。
青ざめた。
「な……」
声。
震える。
「何なんですか……これ……」
柊木は。
答えなかった。
答えられない。
額から。
冷たい汗。
九重院だけが。
理解していた。
「……神代」
その声を。
柊木が拾う。
九重院は。
苦しそうに息をしながら。
砕けた窓の向こうを見る。
「御影先生…」
*
校庭。
硝子の雨が。
降っていた。
御影。
真壁。
斎賀。
三人とも。
動かない。
周囲。
校舎の窓が。
一つ残らず。
砕けている。
遠く。
別棟。
大食堂。
回廊。
塔。
全て。
何百枚もの硝子が。
朝日に光りながら。
地面へ落ちる。
その中心。
神代冥司。
さっきまでと。
同じ男だった。
濃い紫の和装。
黒い羽織。
長い髪。
一本の杖。
ただ。
違う。
魔力。
真壁の表情から。
僅かに。
余裕が消える。
斎賀も。
笑っていなかった。
御影の左頬の傷が。
ゆっくり。
歪む。
神代は。
杖を下ろしたまま。
三人を見る。
その足元から。
空気が。
揺れている。
魔法を。
撃ってすらいない。
それなのに。
学校中の窓が。
耐えられなかった。
斎賀が。
ぽつりと。
言った。
「……おいおい」
返事はない。
「玄一郎」
「何だ」
斎賀は。
神代から目を離さない。
「これ」
一拍。
「さっきまで、遊ばれてた?」
御影は。
答えなかった。
答える必要がなかった。
三人とも。
分かっている。
神代冥司が。
杖を上げる。
今度は。
さっきまでのような。
小さな笑みすら。
ない。
「では」
静かな声。
「続きを始めましょうか」
次の瞬間。
三人の背筋を。
同時に。
死の気配が走った。
《星帰り作戦》。
残り。
九分。
マホウトコロ シーズン4
星帰りと黒曜の王