マホウトコロ   作:西野圭吾

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第15話 ここから先は

 

中央回廊で、最後まで抵抗していた黒曜の環の男が杖を振り上げた。

 

「コンフリンゴ!」

 

「遅い!」

 

鷲尾宗一の杖が、その半瞬前に動く。

 

「エクスペリアームス!」

 

赤い光が男の手首を打ち、杖が宙を舞った。その落下地点へ深見玲司が滑り込み、拾わせる暇すら与えないまま蹴り飛ばす。

 

「インカーセラス!」

 

別方向から伸びた拘束縄が男の腕と胴を巻き取り、床へ叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

それでも起き上がろうとした男の正面へ、三本の杖先が同時に向く。

 

「動くな」

 

鷲尾の低い声だった。

 

男の動きが止まる。

 

少し離れた場所では、もう一人の黒曜の環が二人の禍祓官に挟まれていた。右へ逃げれば気絶呪文、左へ逃げれば拘束術。後ろへ下がれば、そこには霊脈隊から戻ってきた禍祓官が立っている。

 

「降伏しろ!」

 

返事の代わりに、黒い魔法が飛んだ。

 

前にいた禍祓官が半歩だけ身体をずらす。

 

「プロテゴ!」

 

魔法を斜めへ弾く。

 

その瞬間には、もう別の杖が動いていた。

 

「ステューピファイ!」

 

直撃。

 

男の身体が崩れ落ちる。

 

さらに奥では深見が一人の黒曜の環を追い詰めていた。

 

「まだやる!?」

 

「黙れ!」

 

黒い刃。

 

深見は正面へ盾を出さず、横の柱へ身体を隠した。刃が羊脂玉を削り、白い欠片が飛ぶ。

 

その陰から杖先だけを出す。

 

「デパルソ!」

 

衝撃は男の胸ではなく、床へ入った。

 

足元が跳ねる。

 

体勢が崩れる。

 

「な――」

 

そこへ。

 

「ステューピファイ!」

 

赤い光。

 

倒れた。

 

深見が柱の陰から出てくる。

 

「はい、一人!」

 

「数えてる暇があるなら周囲を見ろ!」

 

鷲尾の怒声が飛ぶ。

 

「見てます!」

 

「今見ただろう!」

 

「細かいなあ!」

 

言い返しながらも、深見の目はもう次の敵を探している。

 

だが。

 

いない。

 

中央回廊。

 

階段。

 

二階の渡り廊下。

 

大食堂へ続く道。

 

先ほどまで黒い外套で埋め尽くされていた場所に、立っている黒曜の環はもう一人もいなかった。

 

代わりに、床には拘束された者たちが並んでいる。全員の杖は回収され、手首には魔法封じが施されていた。

 

その向こうでは、奎星の守護霊によって戻った生徒たちが、まだ混乱した顔で周囲を見ている。

 

「……終わった?」

 

誰かが呟いた。

 

鷲尾は答えなかった。

 

まだだ。

 

耳を澄ませる。

 

遠く。

 

校庭。

 

轟音。

 

一度。

 

間を置かず、二度。

 

羊脂玉の壁が僅かに震える。

 

全員の表情が変わった。

 

深見が校庭側を見る。

 

「隊長……」

 

鷲尾は腕時計へ目を落とした。

 

作戦開始から、九分を過ぎている。

 

地下で蓮根奎星が守護霊を維持できると計算された時間は十二分。

 

残り。

 

三分を切っている。

 

「拘束確認!」

 

鷲尾が叫んだ。

 

「全員、魔法封じを二重にしろ! 杖は一本残らず回収!」

 

「了解!」

 

「負傷者は?」

 

「三名、戦闘継続困難! 重傷ではありません!」

 

「そいつらは残せ!」

 

深見が振り返る。

 

「鷲尾さん」

 

「ああ」

 

二人とも、同じ方向を見ていた。

 

校庭。

 

御影玄一郎。

 

真壁征士郎。

 

斎賀玄弥。

 

三人だけで。

 

神代冥司を止めている。

 

そこへ。

 

今なら行ける。

 

生徒たちはもう敵ではない。

 

黒曜の環も、中央部では制圧した。

 

霊脈中枢への経路も、倉橋と久世が守っている。

 

迎撃隊が最初から待っていた瞬間だった。

 

「動ける者!」

 

鷲尾の声に、禍祓官たちが一斉に顔を上げた。

 

「校庭へ行くぞ!」

 

「了解!」

 

十一人が動いた。

 

 

地下。

 

「十分!」

 

伊織の声が響いた。

 

残り二分。

 

奎星の銀の鴉は、すでに学校の大半へ届いていた。

 

黒い靄が抜ける。

 

一人。

 

また一人。

 

入口近くでは、もう杖を向けてくる生徒はいない。

 

日向が息を整えながら通路を見る。

 

「……来ない」

 

楓も杖を下ろしはしないまま、耳を澄ませた。

 

「黒曜の環も?」

 

「少なくとも、この入口にはいないね」

 

久世が答えた。

 

隣では倉橋が、上から届く戦闘音へ顔を向けている。

 

さっきまでとは明らかに違う。

 

校舎内の戦いは減っている。

 

代わりに。

 

校庭の音だけが。

 

異常なほど大きい。

 

ドンッ!!

 

地下全体が揺れた。

 

天井から細かな砂が落ちる。

 

日向が顔を上げた。

 

「……御影先生」

 

楓の表情も硬くなる。

 

岳が拳を握る。

 

澪は何も言わない。

 

ただ、杖を持つ指へ力が入った。

 

そのとき、上へ続く通路から誰かが走ってきた。

 

戻った生徒だった。

 

息を切らしながら叫ぶ。

 

「中央回廊、黒曜の環を制圧したって!」

 

日向が振り返る。

 

「マジ!?」

 

「禍祓官の人たち、校庭に向かってる!」

 

「――!」

 

日向の身体が、その言葉だけで動いた。

 

「行くぞ!」

 

楓も反射的に一歩出る。

 

岳。

 

澪。

 

全員。

 

同じだった。

 

校庭へ。

 

御影たちのところへ。

 

「待て」

 

倉橋の声が落ちた。

 

日向の足が止まる。

 

振り返る。

 

「何で?」

 

「行くな」

 

「でも黒曜の環は終わったんだろ!? だったら俺らも御影先生たちの――」

 

「行くな」

 

今度は、さっきより低かった。

 

日向の眉が寄る。

 

「俺らだって戦える」

 

「知ってる」

 

「なら!」

 

「知ってるから言ってる」

 

倉橋が日向を見る。

 

その顔に、冗談も迷いもなかった。

 

「ここまで君たちが奎星君を守ったのも見た。生徒を傷つけずに止めたのも、黒曜の環を通さなかったのも知ってる」

 

「じゃあ何でだよ!」

 

倉橋は一拍だけ黙った。

 

そして。

 

はっきり言った。

 

「お前たちは足手まといだ」

 

空気が止まった。

 

日向の目が見開かれる。

 

楓も。

 

岳も。

 

澪も。

 

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

日向の顔が怒りに変わる。

 

「……は?」

 

「倉橋さん」

 

楓が低く呼ぶ。

 

だが、倉橋は言い直さなかった。

 

「今の君たちが、あの戦場へ入れば足手まといになる」

 

「俺らは――!」

 

「戦える。分かってる」

 

日向の声を遮る。

 

「でも、あそこにいるのは黒曜の環じゃない」

 

また。

 

校庭から爆音。

 

一瞬遅れて、地下の壁が震える。

 

倉橋はそちらへ顔を向けた。

 

「神代冥司だ」

 

誰も喋らない。

 

「一発の範囲が校庭を消す。盾で受ければ割られる。姿くらましで避けても、現れた先を読まれる。御影さんたち三人が何をやってるか、ここから音を聞いてるだけでも分かる」

 

澪の表情が変わる。

 

彼女は決闘に強い。

 

だからこそ。

 

想像できてしまう。

 

あの三人が。

 

姿くらましを何度も戦闘へ組み込みながら。

 

一瞬の失敗が死に直結する速度で戦っていることを。

 

倉橋が続ける。

 

「君たちが入れば、御影さんは必ず君たちを見る」

 

日向の口が止まる。

 

「真壁さんも。斎賀さんも。あそこへ向かった禍祓官たちもだ」

 

「…………」

 

「一人でも危なくなれば、庇う。助ける。射線へ入る」

 

倉橋の声が少しだけ低くなる。

 

「その一秒で神代が抜ける」

 

地下。

 

その先。

 

目を閉じている奎星。

 

銀の鴉。

 

日向の視線が、ゆっくりそちらへ動いた。

 

倉橋は言った。

 

「だから足手まといだ」

 

今度は。

 

少しだけ。

 

言葉を足した。

 

「今はな」

 

沈黙。

 

日向の拳が強く握られる。

 

悔しい。

 

分かるから。

 

余計に。

 

悔しい。

 

「……俺」

 

声が低い。

 

「御影先生に、ずっと教わってきたんだけど」

 

「知ってる」

 

「夏も戦った」

 

「知ってる」

 

「星迎祭でも」

 

「知ってる」

 

「奎星守って、ここまで来た」

 

「ああ」

 

「それでも?」

 

倉橋は迷わなかった。

 

「それでもだ」

 

日向が俯く。

 

楓が隣で何も言わない。

 

慰めもしない。

 

今は、それを言う場面ではない。

 

岳が先に口を開いた。

 

「……じゃあ」

 

全員が見る。

 

岳は奎星を見たまま言った。

 

「ここにいればいい」

 

日向が顔を上げる。

 

「岳」

 

「まだ二分ある」

 

短い言葉。

 

いつも通りだった。

 

「奎星、終わってない」

 

「…………」

 

楓が目を閉じる。

 

一度。

 

そして杖を握り直した。

 

「そうね」

 

日向を見る。

 

「私たちの仕事、まだ終わってない」

 

澪も小さく息を吐いた。

 

「校庭へ行って邪魔するくらいなら、こっちを絶対に崩さないほうがましね」

 

「澪まで……」

 

「悔しいのは同じよ」

 

日向が黙る。

 

その横。

 

伊織は計測文字から視線を外さない。

 

「あと一分四十三秒」

 

日向の顔が上がった。

 

「細かい!」

 

「今は必要」

 

「……分かったよ!」

 

勢いよく杖を握り直す。

 

通路へ向く。

 

「じゃあ絶対誰も通さねえ!」

 

楓が呆れたように見る。

 

「最初からそうしなさい」

 

「うるさい!」

 

倉橋の口元が、ほんの少しだけ動いた。

 

それ以上、何も言わない。

 

彼自身も。

 

校庭へ行きたかった。

 

真壁征士郎。

 

御影玄一郎。

 

斎賀玄弥。

 

子供の頃から名前を聞いたことのある魔法使いたち。

 

今なら。

 

同じ戦場へ立てる。

 

それでも。

 

行かない。

 

ここには。

 

奎星がいる。

 

術者を守る者が必要だった。

 

だから。

 

残る。

 

それが。

 

自分の仕事だった。

 

 

校庭。

 

神代冥司の魔法が御影の正面で炸裂した。

 

「っ――!」

 

御影は盾を真っ直ぐ出さない。

 

斜め。

 

受け流す。

 

それでも衝撃の半分までは殺せず、身体が横へ弾かれる。

 

三メートル。

 

着地。

 

神代がその横を抜ける。

 

地下へ。

 

「玄一郎!」

 

真壁が叫ぶ。

 

御影は返事をしない。

 

ばちん!!

 

消える。

 

神代の正面へ姿現し。

 

「デパルソ!」

 

足元。

 

神代の踏み込みが半歩ずれる。

 

そこへ斎賀。

 

「ステューピファイ!」

 

神代が盾を出す。

 

御影がもう一歩入る。

 

進路。

 

塞ぐ。

 

神代の瞳が僅かに細くなった。

 

「…………」

 

言葉はない。

 

もう。

 

本当にない。

 

杖だけが動く。

 

細い赤黒い光。

 

御影が首を傾ける。

 

頬を掠める。

 

二発目。

 

腹。

 

「プロテゴ!」

 

小さな盾。

 

割れる。

 

御影の身体が後ろへ飛ぶ。

 

だが。

 

倒れる前。

 

ばちん!!

 

姿くらまし。

 

十メートル横へ。

 

姿現し。

 

着地。

 

膝が沈む。

 

立つ。

 

「しぶと……」

 

斎賀が言いかけて止めた。

 

御影が睨んだからではない。

 

別の音が聞こえた。

 

足音。

 

一つではない。

 

大勢。

 

校舎。

 

中央回廊側。

 

斎賀が一瞬だけそちらを見る。

 

「……来た」

 

神代も気づいた。

 

御影だけが振り返らない。

 

来るのは分かっていた。

 

次の瞬間。

 

「プロテゴ・マキシマ!」

 

複数の声が重なった。

 

神代が放った赤黒い魔法。

 

御影の前。

 

そこへ横から巨大な防壁が割り込む。

 

激突。

 

轟音。

 

一枚ではない。

 

一層目が軋む。

 

二層目。

 

三層目。

 

衝撃を順番に殺す。

 

光が消える。

 

御影が初めて横を見た。

 

鷲尾宗一。

 

その隣。

 

深見玲司。

 

さらに。

 

中央回廊を制圧した禍祓官たち。

 

十一人。

 

全員。

 

杖を構えている。

 

深見が息を切らしながら笑った。

 

「御影隊長!」

 

御影の眉が寄る。

 

「遅い」

 

「すみません!」

 

「中央は」

 

鷲尾が答える。

 

「制圧しました。黒曜の環は全員拘束。動けない三人だけ残してあります」

 

「生徒は」

 

「戻り始めています」

 

御影の目が僅かに動く。

 

それだけ。

 

「そうか」

 

一言。

 

そして。

 

神代へ向き直る。

 

深見が御影の横へ出ようとした。

 

「隊長、怪我――」

 

「後だ」

 

「ですよね!」

 

真壁も一度だけ周囲を確認する。

 

十一人。

 

全員が無傷ではない。

 

長衣が裂けている者。

 

額から血を流している者。

 

腕を庇っている者。

 

それでも。

 

戦える。

 

真壁が即座に指示を出した。

 

「囲むな!」

 

何人かが動きを止める。

 

「全方向から詰めれば同士討ちになる! 地下側だけを厚くしろ!」

 

鷲尾が即座に理解する。

 

「第一線、五人! 御影の後ろ! 第二線、残りは左右を塞げ!」

 

「了解!」

 

誰も迷わない。

 

五人が御影の後方へ扇状に展開する。

 

残りが左右。

 

地下へ通じる方向。

 

校舎へ抜ける道。

 

神代が使いそうな射線を、一つずつ潰していく。

 

斎賀が目を丸くした。

 

「一気に増えたな」

 

真壁が言う。

 

「お前は勝手に混ざるな」

 

「何で俺だけ?」

 

「動きが読めん」

 

「十二年付き合ってまだ?」

 

「今のほうが読めん!」

 

神代が杖を上げた。

 

会話が終わる。

 

赤黒い光が六方向へ分裂した。

 

「来るぞ!」

 

御影。

 

一発目。

 

避ける。

 

二発目。

 

鷲尾。

 

盾を斜め。

 

逸らす。

 

三発目。

 

深見。

 

「プロテゴ!」

 

真正面では受けない。

 

その横から別の禍祓官が盾を重ね、角度を変える。

 

四発目。

 

真壁が先に足元へ撃つ。

 

「デパルソ!」

 

神代の立ち位置がずれ、射線そのものが変わる。

 

五発目。

 

斎賀が姿くらまし。

 

「はい、そっち」

 

神代の死角へ現れ、杖先へ牽制。

 

六発目。

 

御影の顔色が変わる。

 

地下。

 

「させるか!」

 

ばちん!!

 

射線上へ姿現し。

 

「プロテゴ!」

 

衝突。

 

盾。

 

軋む。

 

その後ろ。

 

「重ねろ!」

 

鷲尾の声。

 

二枚目。

 

三枚目。

 

四枚目。

 

魔法が一枚ずつ盾を砕き。

 

最後。

 

五枚目の前で。

 

逸れた。

 

轟音とともに校庭の端へ突き刺さる。

 

誰も倒れていない。

 

御影が一瞬だけ後ろを見る。

 

鷲尾が言った。

 

「一人で全部やるな」

 

御影の眉が僅かに動く。

 

どこかで聞いたような言葉。

 

真壁が横から言う。

 

「聞いたか、玄一郎」

 

「聞こえてる」

 

斎賀が笑う。

 

「怒られてんじゃん」

 

「お前もだ」

 

鷲尾が言った。

 

斎賀の笑みが止まる。

 

「俺も?」

 

「特にお前だ」

 

「初対面に近いのに!?」

 

「話は聞いてる」

 

「誰から!?」

 

「今そこじゃない!」

 

真壁が怒鳴る。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

空気が緩んだ。

 

神代だけは。

 

一切。

 

変わらなかった。

 

杖先。

 

地下。

 

御影が見る。

 

まただ。

 

神代はもう、目の前の十三、十四人を倒そうとしていない。

 

抜ける。

 

それだけを考えている。

 

左へ踏み出す。

 

禍祓官二人が移動。

 

塞ぐ。

 

右。

 

深見。

 

「ここは通しませんよ!」

 

神代が杖を向ける。

 

深見の顔から笑みが消える。

 

黒い光。

 

「プロテゴ!」

 

一枚。

 

割れる。

 

深見が二歩下がる。

 

その後ろから鷲尾。

 

「インペディメンタ!」

 

神代の足が一瞬鈍る。

 

斎賀。

 

「デパルソ!」

 

横から押す。

 

御影。

 

正面へ戻る。

 

また。

 

塞がる。

 

「…………」

 

神代の視線が動いた。

 

御影。

 

真壁。

 

斎賀。

 

鷲尾。

 

深見。

 

禍祓官。

 

その向こう。

 

校舎。

 

さらに下。

 

地下。

 

残り時間。

 

顔には出さない。

 

それでも。

 

もう。

 

選べる手が減っている。

 

神代が杖を下げた。

 

御影の目が細くなる。

 

「来るぞ」

 

真壁も気づく。

 

「全員、散開準備!」

 

神代の足元へ、赤黒い文字が浮かんだ。

 

学校の導管はもう使えない。

 

巨大な円環もない。

 

神代自身の魔力だけ。

 

それでも。

 

十分すぎる。

 

一つ。

 

十。

 

百。

 

古代文字が空中へ立ち上がる。

 

斎賀の笑みが消える。

 

「……まだそれだけ出んのかよ」

 

神代は答えない。

 

杖を振る。

 

文字が一斉に飛んだ。

 

「散れ!!」

 

真壁の怒声。

 

ばちん!!

 

ばちん!!

 

ばちん!!

 

禍祓官たちが一斉に姿くらまし。

 

黒い雨が校庭へ突き刺さる。

 

爆発。

 

御影。

 

十メートル右へ。

 

現れた瞬間。

 

「ステューピファイ!」

 

神代が弾く。

 

反対側。

 

鷲尾。

 

「インカーセラス!」

 

縄。

 

切られる。

 

上。

 

斎賀。

 

「デパルソ!」

 

盾。

 

後ろ。

 

深見。

 

「エクスペリアームス!」

 

神代が身体を捻る。

 

さらに左右。

 

赤。

 

白。

 

青。

 

何本もの魔法。

 

だが。

 

無秩序ではない。

 

互いの射線を潰さない。

 

誰かが撃てば。

 

誰かが待つ。

 

神代が向けば。

 

逆側から撃つ。

 

御影たち三人ほどではない。

 

当然だった。

 

何十年も三人で現場へ出ていたわけではない。

 

それでも。

 

全員が禍祓官だった。

 

闇の魔法使いを捕らえ。

 

呪物を止め。

 

魔法災害へ入り。

 

人を逃がし。

 

仲間を生きて帰す。

 

そのために。

 

何年も。

 

何十年も。

 

現場へ立ってきた者たち。

 

神代の魔法を正面から上回る者はいない。

 

だから。

 

上回ろうとしない。

 

一人が受ける。

 

一人が流す。

 

一人が死角を潰す。

 

一人が倒れれば、すぐ別の一人が穴へ入る。

 

神代が突破しようとするたび。

 

そこに。

 

誰かがいる。

 

御影だけではない。

 

今は。

 

何人も。

 

いる。

 

 

地下。

 

「十一分!」

 

伊織の声が響いた。

 

残り。

 

一分。

 

奎星の身体が大きく揺れた。

 

「蓮根君!」

 

スズメが支える。

 

「まだ……!」

 

声が掠れている。

 

「あと一分!」

 

「分かっています!」

 

銀の鴉。

 

羽が一度。

 

揺れる。

 

それでも。

 

消えない。

 

日向が入口から振り返った。

 

行きたかった。

 

校庭へ。

 

今でも。

 

行きたい。

 

御影の隣で戦いたい。

 

一緒に学校を取り戻したい。

 

でも。

 

杖を握り直す。

 

前を見る。

 

誰も来ない通路。

 

それでも。

 

守る。

 

最後まで。

 

倉橋の言葉が頭へ残っている。

 

――お前たちは足手まといだ。

 

腹が立つ。

 

めちゃくちゃ腹が立つ。

 

でも。

 

その続きも。

 

忘れていない。

 

――今はな。

 

日向が小さく呟いた。

 

「……絶対追いつくからな」

 

楓が横を見る。

 

「誰に?」

 

「全員」

 

岳が頷く。

 

「俺も」

 

澪は少しだけ笑った。

 

「ずいぶん遠いけどね」

 

「知ってる!」

 

日向は校庭の方向を一度だけ見た。

 

「だから追いつくんだろ」

 

その声は。

 

地下の奥で目を閉じている奎星には届かなかった。

 

それでいい。

 

今は。

 

それぞれが。

 

自分の場所に立っている。

 

 

校庭。

 

神代冥司の視線が、再び地下へ落ちた。

 

ほんの一瞬。

 

御影が見る。

 

真壁も。

 

斎賀も。

 

鷲尾も。

 

深見も。

 

全員。

 

もう分かっている。

 

あと少しだ。

 

神代が杖を握り直した。

 

御影玄一郎も。

 

真壁征士郎も。

 

斎賀玄弥も。

 

その周囲に立つ禍祓官たちも。

 

誰一人。

 

退かない。

 

残り。

 

一分。

 

神代の前に。

 

大人たちが立っていた。

 

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