どうも、常夏鳳梨です。
どこの世界にも、思い出の味ってありますよね。
例え、どんな料理であっても思い出という価値が付いたら、人間は忘れられなくなるものなのです。
ちなみに、今回の話はオルクセン王国史の番外編ことオークのグルメのとあるエピソードから着想を得ています。
そのドワーフの男が紆余曲折の末にオルクセンに移住したのは、ロザリンド会戦の後──ドワルシュタインがエルフィンドによって滅ぼされた後のことであった。
彼の故郷はドワルシュタインの北西部の方で、粉を引くための風車小屋が立ち並ぶことで有名であった。
と言うのも、彼の暮らすドワルシュタインの北西部の地域では小麦の栽培が盛んであったために、その小麦を粉にするために風車が設置されていた。
そのためか、その地域の食卓には小麦を使ったパンやらダンプリングやらがたくさん並んでおり、幼少期の頃の彼は飽きる程にそれを食べていた。
ただ、そんな小麦粉を使った料理の中にも一部例外は存在したようで──ドワーフの男にとって、クレープだけは特別な食べ物であった。
そもそも、本来のクレープはグロワールの料理であったのに加え、甘いフルーツやクリームなどのトッピングをした上で食べるモノであった。
しかし、彼の故郷は少々特殊な食べ方をしていたようで、少しでも腹持ちを良くさせるための創意工夫として、クレープの具材としてチーズをたっぷりと加えるのが北西部の地域の食べ方だった。
更に言うならば、その地域では食べやすいようにチーズ入りのクレープ折り畳み、それを手づかみで食べることが多かったためか、彼はそれが本当のクレープの食べ方だと思っていた。
それはともかく、子供のドワーフはチーズだけが入ったクレープ、そして大人のドワーフはチーズと唐辛子が入ったクレープを食べるのが、その地域の日常であった。
そして、その日常は彼が画家を志した末に親の反対を押し切り、単身グロワールへと旅立つまで続いた。
少なくとも、そんな日常が永遠に続くと信じた上で。
しかし、ドワーフの国であるドワルシュタインから人間の国であるグロワールへと移住し、画家として大成するために美術アカデミーへと入った彼ではあったが──その日々は決して明るいものだけではなかった。
まだまだ根強い魔種族への偏見に、決して芽生えることのなかった才能。
何より、故郷であるドワルシュタインがエルフィンドによって侵略された末に滅亡し、彼の故郷であった北西部の地域もまた被害にあったことにより、両親・親族・友人を一斉に失ってしまうという悲劇に対し、彼は一人アパートの一室で泣き崩れていた。
あぁ、どうして自分だけが生き残ったのだろう。
嘆き悲しんだ末に、そう自分を責めるように思う日々が続いていたある日、彼は北西部での友人がオルクセン王国に難民として移住したことを知り、夢も何もかもを捨てる覚悟を決めたのか、すぐに彼はオルクセン王国へと旅立った。
そして、そのオルクセンの地にて彼は友人と再会したのだが──彼らと同じように、故郷を失ったドワーフ達が続々とオルクセン王国に流れ着いていたため、オルクセン王国側はその対応に追われていた。
しかし、ロザリンド会戦後に国王となった若かりし頃のグスタフ・ファルケンハインの手腕により、その混乱はすぐに落ち着いただけではなく、いつの間にやらドワーフ達が定住できる準備が整っていた。
そのため、多くのドワーフ達は今日までオルクセンに暮らし続けているのである。
そのようなこともあってか、故郷を失ったドワーフの男はオルクセンで暮らすようになったものの、それでも日銭を稼ごうと思ったようで──ああでもない、こうでもないという具合で色々と考えた後、彼はとある結論に至った。
そうだ、あの頃の自分達が食べていた故郷の味を売ろう──と。
そんな想いを抱き始めた彼は、友人の力を借りつつも簡易的な屋台を作った後、その屋台で故郷の思い出の味であるクレープを売り始めていた。
けれども、その屋台で売られていたクレープはただのクレープではなく──正確に言えば、彼の記憶の中にあった様々な思い出が影響しあった末に生まれたメニューであった。
彼はまず、故郷でのクレープの作り方を同郷の友人と擦り合わせつつ、その生地の再現を行なった。
まず、クレープの生地は小麦粉に卵・牛乳・溶かしたバター・砂糖を加えて混ぜるのだが、そのドワーフの男の故郷ではなるべく生地が柔らかくも硬めになるように微調整した。
その結果、焼いたとしても硬くなりすぎることも柔らかくなりすぎることもない生地の割合を見つけ出し、彼はそのクレープの上に具材やソースを乗せた上で折り畳んだ。
クレープに乗せる具材は、アルピニー産の細かく削ったモノとゴロッと大きく切った二種類のチーズに、ローストした上で荒く刻んだ香ばしいナッツと、辛いモノに目が無いドワーフの好物の一つである唐辛子こと、大鷲の爪の輪切り。
そして、それらの具材を焼いたクレープ生地の上に乗せた後、バターや砂糖を溶かして作ったカラメルソースと当時はまだ貴重だったオレンジ果汁の他、オレンジリキュールと刻んだドライオレンジを加え、一煮立ちさせてとろみを付けたモノをソースとして具材の上に掛ける。
このクレープは一見すると、グロワールのクレープシュゼットに似ていた。
それはまだ、身も心も若かった彼が画家を志していた際にグロワールのカフェにて、数少ない人間の友人と共によく食べていた思い出の味なのもあってか、彼はそのクレープを作る際にグロワールで食べたあのクレープのソースを再現しようとしたのである。
もちろん、クレープ生地の上にオレンジソースを掛けただけではアレなので、その具材として二種類のチーズやら刻んだナッツやら、輪切りにした唐辛子の酢漬けやらを乗せたところ、それが非常に美味しいと友人から好評だったため、彼はそれを屋台で売ることにしたのである。
そして、その特製クレープはオルクセン国民の間で──特に酒好きで辛いモノ好きであるドワーフからの評判が良かったため、瞬く間に人気の屋台へと成長していった。
それに加え、そのクレープがソースが溢れないように折りたたまれているからか、持ち運びがしやすい上に食べやすいと評価されたこともあって、彼の屋台はオルクセンの人々の心を掴んだのだった。
「おっちゃん、いつものオレンジソースとチーズのやつな」
「毎度〜!!」
それはベレリアンド戦争や二度に渡る大戦を経た今でも変わらず、今日も今日とて彼はヴィルトシュヴァインの小さな公園にて、自分の焼いたクレープを売る屋台を開いていた。
ドワーフの男がオルクセンへと移り住んでから百年以上が経ち、彼は完全にオルクセンでの生活に染まっていた。
それに伴い、最初は一つしかなかったクレープの種類も増えていき、今ではオレンジリキュールを使わない子供向けのクレープも開発され、今のニーズに合わせて多種多様かつ豊富なメニューが並んでいた。
しかしながら、やはりオレンジソースとチーズのクレープの人気は未だに根強いようで、この日もまたそのクレープを買う客が続々と来ていたため、ドワーフの男はいつものように手慣れた手付きでクレープを焼いていた。
そして、チーズを含めた具材やオレンジソースをクレープに乗せた後、それを丁寧に折り畳んだ後に注文した客に向けて手渡していた。
「いや〜、いつもありがとうな!!おっちゃん!!」
クレープを注文したオークはそう言った後、出来立てのクレープを手にそのまま店の前を後にしていた。
しかしながら、彼はそのオークからの"おっちゃん"という言葉が良い意味で心の中に残っていたのか、少しだけ微笑むかのような表情になっていた。
あの白エルフの国とオルクセンとの戦いの前──オルクセンに大勢の闇エルフがやって来た際、彼は故郷を追われた彼女と自分を重ねたのか、たまたま店を訪れていた一部の闇エルフに対し、タダ同然でクレープを与えたことがあった。
そのクレープを食べた彼女達は、オレンジソースの甘く爽やな味にチーズのまろやかな塩味、それから香ばしいナッツの風味と輪切りになった大鷲の爪のピリッとした辛み。
それらの様々な風味が口一杯に広がったがために、闇エルフ達は無我夢中になって食べていた。
それがキッカケなのか、一人の闇エルフが意を決して彼に弟子入りした末に、そのクレープの作り方を長い時間を掛けて一生懸命に学び、そして暖簾分けする形で独り立ちしたのはつい先日の話であった。
彼女が営む店もまた盛況らしく、"貴方のおかげで今の私がある"というメールを受け取ったドワーフの男は、まるで自分の子供が巣立ったような気持ちになっていたのは言うまでもない。
ただし──彼のその感情の大半が寂しさだけではなく、喜びで満たされていたとか。
「いらっしゃい!!」
そういうわけで、彼が営む風車印の屋台は
【今回の一品】
☆オレンジソースとチーズのクレープ