外に出た時、思ったのは、「果たしてこの世界でやっていけるのか?」と「これから楽しみだ」の二つだった。
気がつくとあの人のことを思い出していた。
がんばるよ、そう呟いて僕は歩き出した……。
宝くじが当たった、六億円だ。
それを誰にも言わず、銀行に預け、酒を買って帰る途中、穴の中に落ちた。
工事現場かと思ったが違った。
そして、僕は二度と日本に帰ることはできなかった。
「ここは……?」
そこは薄暗く、岩の壁だらけだった。
上の方で壁が緑色に光っていて、辺りを照らしている。
何かがドスン、ドスンと歩いてくるような音が聞こえて、僕は震えた。
「きょ、恐竜……」
それは10メートルもいくかのような巨大なアギトを持った恐竜だった。
「タイムスリップでもしたのか?僕は……逃げなきゃ……」
そして立ち上がった瞬間、恐竜がこっちを向いた。
「……!」
逃げなければ、殺される。
しかし僕の足は遅かった。足を挫いたみたいだ。
後ろを振り返ると、涎を垂らしながら、恐竜が走ってくる。
そしてあっという間に追いつかれ……食べられそうになった瞬間、スイカが割れるような音が聞こえた。
恐竜は頭を切断され、ずるりと脳を吐き出しながらずれ落ちた。
「××××!?」
「えっ!?」
長身の、スラリとした、顔に皺があって、耳が長い男がやってきた。
「あの……?ありがとうございます……?」
「えっ!?日本語!?お前日本人か!?」
「はっはい」
これがのちに師匠となる男との出会い。
そしていずれくる別れを、僕はこのとき知らなかった。
「儂は……元日本人のエルフだ」
「元日本人……?というかエルフだったんですね」
「ああ」
自称エルフ(と言っても本当に耳が長いが)の元日本人さんは、威風堂々した姿勢でそう言った。
なんだか強そうだ……まぁ、さっきの恐竜を一撃で倒したんだからそうなんだろう。
「儂は日本で死んで、この迷宮のある世界へ転生した」
「転生!?ほんとにあるんだ……フィクションじゃなかったのか。というかここ、異世界だったんですね」
「ああ、だがこの世界の名前も特にないがな、同じく地球と言って、国の名前で今いる場所を言う」
「へぇ……」
あの穴が異世界に繋がってるとは思わなかった。あと転生も現実であるんだな……。ネット小説で暇つぶしに読んでハマった過去があるから、聞くとびっくりする。ワクワクもする。
「しかしまさか同胞にまた会えるとは!この迷宮は日本に繋がっているのかのう……」
「多分……?僕、日本で穴に落ちて、気がついたらここにいました」
「穴?」
「よくわかんないですけど、足を踏み外したらすっぽり入るぐらいの穴です」
「ふうむ……」
「お前、日本に帰りたいか?」
「はい、もちろん」
なにせ宝くじに当たったのだ、使い切るまで死ねない。
豪遊して遊ぶのだ。夜のお店に行ったって有り余るだけのお金がある。青年である僕にとっては魅力的な世界だ。
「そうか、儂も日本に帰りたい。どうじゃ、一緒に穴を探すというのは」
「いいんですか!」
願ったり叶ったりだ。一時は死にかけたが、うまい方向に進んでいる。
「ただし条件がある」
「条件?」
「足手纏いはいらん、儂の弟子になれ」
「え……」
その目は厳しさに溢れていた。
弟子か……面倒だな。でもあれだけ強くなれるかと思うと、少しワクワクする。
ここで断って、一人で探せって言われたら、確実に死ぬ。
「わかりました。あなたの弟子になります」
「よし!これからよろしくのう」
「はい」
「儂の名前はゼグレディアじゃ、君の名前は?」
「僕の名前は宇美春です」
そして、僕は師匠の弟子になった。
後になって知るが、師匠が弟子を取るのは初めてだったらしい。
そのおかげで、いやせいで?色んなことが起こるのだが……。
今のところは、秘密である。
「そこでウミハル、日本はどうなったんじゃ?」
「どうってなんですか?あとハルが僕の下の名前です。ウミが苗字」
「すまん。でも変な名前じゃの」
「うるさいですよ」
僕たちは焚き火を囲ってご飯の準備をしていた。
師匠は何も無いところに手を突き出して枝と鍋を取り出した(本当にびっくりした)。
そして食材も取り出して、今シチューを作っているところだ。
「儂は戦後の日本で強盗に刺されて死んだ。そしてこの世界にエルフとして生まれた。日本のことを思うと胸が痛くなってのう……。腹をすかした妹とかあちゃんを残して死んだのが心残りだったんじゃ。日本がまた戦争に苦しんでないか、気になる」
「そうだったんですね」
戦後の日本か……戦争には行かなかったんだろう。それぐらい若く、ひもじい思いをして大変だっただろうな。
「今の日本は2030年、あれから戦争は起きていません」
「2030年!?そんなに経ったのか……。かあちゃんもヨシコも死んでるじゃろうなぁ……」
「寿命に限りなく近いですからね、生きてるかは……」
「そうか……」
やべ、これで「帰ってもな……」って言われたらどうしよう。
一人で探索するの、無理ゲーだぞ。
「車が空を飛んでたりするのか?」
「え?あははっ。それはSFですよ、今でもそれは無いです。10年後は分かりませんが」
「そうか……」
あ、なんとかして日本に帰りたいって思わせなきゃ、まずいな。
「でも今は、こんなのがありますよ」
そう言って僕はスマートフォンをポケットから取り出す。
「なんじゃ?これは」
「スマートフォンって言って、電話です」
「これが電話!?」
ほうほうと言いながらスマートフォンをいじくる。
「なんだ!?光ってなんか写ってるぞ!」
やべぇ!スマートフォンの背景を美少女キャラにしてたの忘れてた!
出会って早々変態だと思われても困る。
「あ、ちょっと返してくださいね、パスワード入力するんで」
「ぱすわーど?」
「鍵みたいなもんです。それを入力しないと使えないんですよ」
「ほーう、なるほどのう」
急いで背景を無難なものに変えて、前に撮った近所の風景画像とか街中の画像を探す。
「写真も撮れるんですよ、ほら、これが現代日本です」
「写真もか……。!これは……でかい建物がたくさん……!」
「左とか右にスワイプ……画面に指で触って左とか右に動かすと別の画像を見れます」
「なるほど、指で操作するんじゃな、ほうほう……綺麗だな、儂のいた時代よりも、輝いて見える……本当に戦争は起きてないのか、良かった……」
「でも他の国では戦争してる国、ありますけどね……。日本もこれからどうだか。おっきい地震に怯えてる人もいます。できたら平和が続いてほしいですが……」
「どこの時代も戦争や災害に怯えるものか……。続いてほしいな、平和がいつまでも」
懐かしむような顔で師匠はそう言った。望郷の念に駆られているのだろう。
打算で画像を見せたことに罪悪感が湧く。けれどこうでもしないと自分が死んでしまう、と自分を納得させる。
「よし!儂は日本に帰って守人となる!」
「守人?」
「日本を戦争から守るものじゃ。お主も修行してそうなれ!」
「ええ!?」
嫌だ、僕は六億円で豪遊するのだ。
「儂の弟子であろう!」
「確かにそうですが……」
ここで断ってもいいことないな。しかし、日本の守人かぁ……。一番の有名人になりそうだ。というか魔法を使いたくて弟子入りしたがる人が大勢来るだろうな。面倒だなぁ……。
だが、少なくともお金に困ることは無さそうだ。六億円はあっという間に使っちゃって、国からの給料で生きていこう。
防衛費の一割、とか言えば大富豪になれる。
「分かりました。一緒に日本を守りましょう」
「うむ!それでは飯を食った後修行じゃ!」
「は、はい!」
そして僕たちはシチューとパンを食べ始めた。
パンはふわふわしていて、市販のパンというよりもパン屋さんのパンみたいだ。異世界はやはり中世のような感じなのだろうか?それにしては出来の良いパンだ。昔は固かったとどこかで読んだ。
シチューは何の肉かわからないが、メチャクチャうまい肉が入ってた。野菜もおいしかった。
本来であれば干し肉と硬いパンを食べるのだろうな、と思った。おそらく師匠が規格外なのだろう。
「ご馳走様でした」
「ああ、お粗末様でした」
「とてもおいしかったです。ありがとうございます」
「師匠は弟子の面倒を見るもんじゃ。今のところは飯の心配はしなくて良いぞ」
「今のところは……」
「あ!そうじゃ、恐竜の解体をせねば……!あれは美味いんじゃ!」
「何かできることはありますか?」
「これも修行じゃ、解体をしろ」
「分かりました、でも解体の仕方が分かりません」
「それは教えてやる、でかいから一部だけでよい。これを使え」
師匠が虚空から出したのは黒曜石でできたようなナイフだった。
「切れ味良さそうですね」
「国宝級のナイフじゃからのう、これより高い切れ味のナイフはほぼないぞ。落とすと足の指落としかねないから、気をつけろよ」
「ひえーっ」
なんてもの渡すんだ、このジジイ。
でもそれぐらい切れ味良くないと切れないのか……そんな恐竜を一撃で倒した師匠はどれぐらい強いんだ?
「師匠、師匠ってどれぐらい強いんですか?」
「あん?儂か?」
師匠は誇らしげにこう言った。
「儂は、世界最強じゃ」
「最強……」
「儂ほど強い奴はいない。一個下の実力でも隔絶した距離がある。それぐらいじゃな。儂はこれでも一万年は生きておる」
「一万!?」
とんでもねぇ、一万も生きれたっけ?エルフって……どちらにせよ、一万年も生きている時点で強者だ。安全な場所で引きこもってるならともかく、迷宮まで足を運んでいる。不具でもないことや顔に傷がないことから、負け知らずだったのだろう。
「すごいですね……一万……」
「魔力量によって寿命が伸び縮みするからのう。儂も寿命がどれだけあるか分からん。しかし老け始めてるから、あと二千年くらいか?」
「それでもすごいっすね……」
それだけ生きていたら、人生つまんなくなりそうだ。しかし師匠は快活だ、生きててつまんなそうには見えない。人生が楽しいとそういう気持ちが体から発露している。羨ましい。
僕はと言えば、金を貯めて夜の街に繰り出すくらいしか楽しみがなかった。本を読むのも好きだが、ギターや絵やいろんなものに手を出して、すぐに飽きた。残ったのは読書だけだ。
本能的な部分を刺激するものだけが救いだった。他に興味が持てるものなんて、酒ぐらいしかない。
人との交流も億劫でほぼ働く以外は引きこもっていた。人生で楽しいと思える瞬間なんて、ほとんどなかった。
だからこそ、師匠が羨ましかった。おそらく、生まれながらの強者だったのだろう。
僕もそんな強者になりたい、と思った。金を使い果たせばただのなんもない凡人になる。でも力を身につけて帰れば人に対する恐怖に怯えることもなくなる。
やってやろうじゃないの、と思った。修行をね。