あれから一年が経った。いまだに穴は見つかっていない。
魔法は初級魔法が一通り使えるようになった。が、あまり実践には使えるレベルとは言えない。
例えば火の初級魔法は、敵に当たる前に霧散してしまう。向いていないのだ。
時空魔法は得意なので、敵の速度を遅くする中級魔法が使えるようになった。が、迷宮内にいる魔物には効きづらいし(大量の魔力を必要とする)、剣術など近接戦闘を学んでないので、あまり意味がない。
けれど魔法は現代日本で学んだ知識があるからか、無詠唱で使うことができた。日本語では発動できず、魔法語を学ぶ必要があったのだが、その手間が省けて良かった。最初師匠から魔法語を聞いた時、なんかの民族の怪しい言葉と般若心経の間ぐらいの、変な感じの言葉だなと思ったが、抑揚も魔法の発動成功率に影響するので、断念した。「知識として知っとけ」と言われたが、この世界で生活する気はないのだし、断った。その時少し師匠が寂しそうな顔をしたが、僕は日本に帰るという意志があった。
異世界を見てみたいという気持ちもあったし、六億円に対する執着も減ってきていたが、それ以上に日本に帰りたかった。魂が日本人だと言っている。
日本は別に好きではなかったし、愛国心もない。ブラック企業に勤めたこともあるし、あそこは弱者には酷い環境だと思う。
精神科に通ったこともある。何もかもが嫌になって睡眠薬をオーバードーズして、1日寝たこともある(一ヶ月の処方された薬を大量に飲んでも死ぬことはできないのを後で知った)。けれど、日本の田舎の風景や、友達と話したこと、家族に対する良い思い出はあまりないが、家族に二度と会えないことなどを想像すると、日本に帰りたいという望郷の念に駆られる。
そりゃ妄想で異世界に行って活躍することを妄想したこともある。師匠と一緒にこの世界を旅して冒険するのも良いのかもしれない。師匠に一度提案されたこともある。「息抜きに外に出てみんか」と。けど断った。その間に穴が発生するかもしれない。
何故かはわからないけれど、日本という国でやり残したことがあるから、ここまで執着しているのだと思う。
今まで本気で生きてきたこともある。本気でアーティストを目指したり、挫折したり、恋人が欲しかったり、夜の店にハマったり、家族とうまくいかなくて絶縁したり、友達と遊んだり。
異世界で楽しい生活を送れるかもしれない。魔法も使えるし、魔道具も使えるから快適だ。師匠の影に隠れれば敵なんていない。
日本に対する未練があった。自分の力で、何かを成し遂げること。
夢や目標を叶えて、幸せに暮らすということ。
要するに努力だ。自立して、戦い、たまには逃げ、そして目標を叶えて、満足して死ぬこと。
自分を叶えること。普遍的で、熱意にあふれた願いだ。
自分の人生を全うするとも言えるかもしれない。
それに対して言えば、異世界を楽しむというのは魅力的だった。楽しい旅行のようなものだ。
でも帰ることができなかったら、旅行とは言えない。
異世界で骨を埋めることをイメージすると、怖気が走った。
もし、また日本で生まれ変わるとか、死後みんなと再会できなかったとしたら……。
無宗教だが、割と輪廻転生は信じていた。死んだ後無になるという最近若者の中で流行っている化学的な話は信じていなかった。
この世にはたくさんの未解明のことがある。スピリチュアルだって、あながち妄想ではないと思う。
だからこそ、魂が異世界で輪廻転生を繰り返すことを考えると、怖くなった。
日本に骨を埋めたいのだ。
そういうことを師匠に話そうかな、と思ったけど、黙っていた。
師匠もなんとなく察しているのだろう。師匠も日本で骨を埋める、という気持ちには共感するはずだ。
だから僕は自分を律して、修行を続けながら血眼になって穴を探していた。
しかし、見つからないという焦燥感が僕を蝕んだ。
良い夢が見られる魔道具を作って(枕の形をしていて、魔力を注ぎ込みながらイメージすると本当にそういう夢が見られる)エロい夢や日本の夢を見ていた。
師匠にもプレゼントしたら喜ばれた。「悪夢を見ることは特にないが、良い夢が見ることは少ないのでのう。ありがとう、ハル」と言われた。
精神薬を作る魔道具とか、精神を安定させる魔道具を作ったこともあるが、イメージ力や構造の理解力も必要なので、難しかった。
精神薬の知識は飲んだことのあるものしかなかった(新しい薬をもらった時、よくネットで検索して調べたものだ)ので、一部の抗うつ剤と抗不安薬、睡眠薬しかその魔道具は吐き出せなかった。
今のところ、精神病じみてる精神状態ではないので大丈夫だとは思うが、保険として作っておいた。
まぁ、なんかの役に立つだろう。どうしても寝れない時、オーバードーズでもすれば熟睡確定だ。肝臓には悪いが、どうしても眠れない時って、本当に辛いのだ。
酒もほとんど飲んでない(たまに師匠が飲ませてくれる)から、まぁ大丈夫だろう。
異世界の酒は、驚くべきことにウイスキーもあったし日本酒もあった(日本酒は師匠が作らせたらしい)。子供の時こっそり飲んだ経験を元に作らせたらしいが、美味しかった。
そして泣いた、日本が急に懐かしくなって胸が苦しくなった。
師匠は黙っていたが、同じ経験をしたと後に話してくれた。
緑茶を飲んで、作らせた布団で寝た夜、号泣したと。
かあちゃん、と日本語で言いながら、泣き喚いたと。
僕はそれを聞いて、また泣いた。その気持ちはわかる。
僕は親からあまり良い扱いをされなかったが、それでも親だ。
母が死んだら泣くだろうし、二度と会えないと知っても泣くだろう。
肉親に対する情というのは厄介だ。本能的なものだからだ。
精神を安定させる魔道具は、光魔法が不得意な僕にとっては作るのが難しかった。
光魔法に精神を安定させ勇気を出させる魔法があるのだが、それを常時発動する魔道具を作ろうと思ったのだ。
だが、出力が乏しかった。イヤリングにして、魔力が常時吸われる形に落ち着いたのだが、消費する魔力が多いと枯渇して命に関わるので、自然回復する魔力以下の消費量にしたのだが、ちょっと心がぽわっとするだけで、安定したり勇気が出るとは言えなかった。
それは「心ぽわっとくん」と名付けて、カバンの中にしまった。
カバンは恐竜の皮で作ったもので、いずれ使えるであろう保管庫までのつなぎだった。
カバンも魔道具で、保管庫みたいにたくさん入れられるが、時間経過で食べ物は腐るし、1トンまでしか入れられない。
それでも破格の性能らしい。恐竜の皮を素材にしたからだと思う。
魔道具を作る固有魔法は、素材によって出来が良くなったり悪くなったりすることがわかった。
師匠から色々な素材をもらって試していたが、魔力が足りなかったり、構造をちゃんと理解してなかったのでうまく作れなかった。
しかし、電気を発生させる魔道具は作ることができた。「充電くん」と名付けて、スマートフォンに繋いで、スマートフォンを使ったりしていた。
けれどスマートフォンは基本的にはネットに繋がないと無用の長物だ。写真や動画を眺めることしかできない。
スマートフォンはただのカメラになってしまった。
けれど、たまに日本の風景を見て自分を鼓舞した。
師匠に日本の状況や政治家、宗教、今の時代はこんな教育をされててて、若者はどんな感じかをご飯の時に話したりした。
そんなこんなで一年が過ぎたが、元気である。
魔力も一般魔法使いレベルになった。外ではギルドに登録すれば十分重宝される冒険者(冒険者というものがいると聞いて本当にネット小説みたいだなと思った)としてやっていけると聞いた。
一番な悩みは性欲である。性欲を無くす魔道具を作ろうか迷ったが、やる気も出てこなくなるのでやめた。
ちなみにもう一年も一人でしていない。苦行である。
「それじゃ、そろそろ一人で魔物を倒してもらおうかのう」
「何言ってんですか?」
師匠なりの冗談、と思ってあははと愛想笑いしたが、師匠の目は本気だった。
「嘘でしょ……?」
「本当じゃ」
「え……?どうやって……?」
「それは工夫じゃな。ある種弟子としての試験じゃ」
「いやいやいや!早過ぎますよ!まだ一般魔法使いレベルですよ?外の世界の誰もが倒せないような魔物を、どうやって倒すんですか!」
「がんばれ」
「えー……」
うーむ、困った。ここで断っても見捨てられることはないと思うが、最初に言われたように足手纏いはいらないという厳しさを師匠は持っている。
怒られることはほとんどなかったが、優しさもあれば厳しさもある。断れば何らかのペナルティがあったとしてもおかしくない。
しかたない、頑張ってみるか……。
「わかりました師匠、やってみます」
相手は初めて見た魔物、恐竜だった。
大きな歯の隙間からは涎が垂れ、こちらを見ている。
距離として20メートル。準備はOK。
「いきます」
「ああ」
恐竜がこちらに向かって走ってくる。すぐさま行動遅延の魔法をかけ、足を遅くする。と同時に並行して空間断裂の結界を張る。これは消費魔力が高い代わりに、絶対の防御性を誇る。風魔法による真空の結界よりも、防御性が高い。他にも火や土、水の結界もあるが、一番強いのは時空属性の結界だ。しかし長くは持たない。
頭が痛くなる。小説を3時間ぶっ続けで読んだぐらいの頭痛。そして寝不足のような酩酊感が襲う。並行して魔法を使うことは、かなり頭を使う。
そして10メートルまで近づいてきた時、恐竜の牙を投げた。
放物線を描き、結界を超えて恐竜の頭らへんに落ちる。
「ボン!」
恐竜の牙は大きな音を立てて爆発した。名付けて「牙の爆弾」だ。攻撃魔法の威力が乏しいため、こうやって素材を魔道具化して攻撃するしかない。
恐竜のは頭を抉られた。脳みそが見える。だがゆっくりと再生し始めた。
「まだ死んでおらんぞ」
「わかってます!」
恐竜の動きが止まっている今がチャンス。牙の爆弾を三個続けて投げて、同時に爆発させる。
頭、口の中、アギト、連鎖した爆発は恐竜の頭を木っ端微塵に吹き飛ばした。
どすん!と音を立てて恐竜の死骸が倒れる、やった……!
結界と遅延の魔法を解き、その場に四つん這いになり、息を吐く。
鼻を擦ると鼻血が出ていた。やっぱり無詠唱で並行して魔法を使うと負荷が強いな。
「よくやった。流石は我が弟子じゃ」
「安全牌を狙いましたが、倒せました。……もしかして、魔物を倒すとレベルアップとかします?」
「れべるあっぷ?」
「強くなることです」
「そんなもんするわけないだろう。強くなるには食べて魔力を上げるか、訓練しかない。もちろん強者との戦いはいい経験にはなるがの」
「あはは……そうですよね」
この現実はゲームではないのだ。経験値はもらえない。
だが達成感があった。喜びと共にガッツポーズを取る。
「さぁ、解体して飯を食おう」
「はい!師匠!」
恐竜の焼肉を食べながら(タレは無いので塩をかけて食べるが、なかなかうまい)、師匠に尋ねる。
「穴……全然見つかりませんね」
「もしかしたら一方通行かもしれん」
「一方通行?」
「あちらからはこれるが、こちらからは行けない、みたいなかんじじゃ」
「そんな……」
頭が真っ白になった。もしかしたら二度と帰れない?
「いや、そんなはずは……」
「まぁ、ただの予想じゃ。この世界に日本人や外国人。あちらの世界から誰かが来たことはない。来たら情報が儂に伝わるようになってお
る。それがないということは、お前が初めての来訪者じゃ。転生したのもおそらく儂しかいない。この世界に日本人は儂らしかいない。
それだけ稀ということじゃ。
ということは穴が発生する確率がほぼゼロに近いと言える。あちらの世界にこちらの世界の住人が来たこともなかったであろう?
ということは、もしかしたら一度きりの機会だったかもしれんし、穴が二度と発生しない可能性がある。
なあ、前にも行ったが外にでんか?色街にでも行けば少しは気が晴れるであろう。
少し根を詰めすぎじゃ」
「いえ……いいです。このまま探し続けます。もし外に出ている間に穴が発生していたら、悔やんでも悔やみきれません」
「そうか……まぁ儂はいいんじゃが、寿命から考えれば1日ぐらいじゃからの」
「すみません、お願いします」
日本……今どうなっているだろうか。戦争は起きてるか?それとも大恐慌で失職した人がたくさん出て苦しんだ人がたくさんいたりするか?ネットを見ながら酒を飲んでた日々が懐かしい。柔らかな布団でぐっすり寝て、働いて、くだらないと呟きながら暮らしてた愛すべき日常。
心が、魂が日本にあるままだ。
体だけここにいる感じ。解離しているのだろうか?
僕は……この世界の住人じゃない。
今見ると辛いので、スマートフォンはカバンの中にしまったままだ。
色街と聞いて少し心がときめいたのはあるが、どうせ衛生環境は悪いだろう。
毛むくじゃらの不潔な女とするのは、ちょっとな……と思った。
僕は眠れないまま、日本を想った。ひどい場所だったはずなのに、何でこんなに愛おしいのだろう……。
失ってから気づくものもある、そういうことを学んだ日だった。