あれから三年が経った。
穴は、まだ見つかっていない。
魔物と出会わない時はあまりにも暇なので、どうしようかしらと思ったいたが、やはり魔道具を作ることしかなかった。
上級魔法使いレベル(一般魔法使いは中級といったところだ)の魔力に成長したおかげで、作れる選択肢は増えた。
性欲が本当にやばいので、ダッチワイフのような魔道具を作ろうと思ったが、師匠の目があるのにそれはできない。「あ、ちょっとそこらへんで暇つぶししてくるぞ」とか言われたら死ぬ。気まずすぎる。
ということで作ったのは翻訳こんにゃ……ではなく、翻訳メガネだ。
師匠はありとあらゆる本を持っていた。暇つぶしに師匠が読んでいたこともあって、読みたかったがまるで読めない。
勉強すれば読めるのだが、師匠も(え、めんどくさ……魔法以外はちょっと)という感じで、教えてくれなかったので、作ることにしたのだ。
まず、師匠の記憶を読み取って(言語に関することだけ)、言語の情報をメガネに突っ込み、自動的に翻訳されるようにした。
師匠からは「天才だ!」と褒められたが、あまり嬉しくなかった。楽っちゃ楽だが、言語を学ぶことも暇つぶしになる。どうせなら教えて欲しかったなぁ……。
ということで師匠から本を借りて読む毎日だ。地図、魔物の図鑑、動物の図鑑、料理本などは省き、文学を読んでいた(異世界に文学の文化があるとは!)
文学に出てくる単語がわからなかったりしたので、辞書も借りつつ読んだ。
最初は……なんだろう。びっくりした。異世界を舐めていた。しっかりとした文学だったのだ。
それは日本の文学にも引けを取らないほど、面白かった。
文化や風俗が分からないから、想像で補って読んでいたが、外国の古典文学とよく似ている部分もあった。
特にお気に入りなのは「旅をする永遠」という本だ。
少年が旅をして、道中吸血鬼に噛まれ不老になる。陽の光を避けながら夜移動し旅を続け、様々なことが起こり、力を身につけ、いろいろなことを学び、最終的には吸血鬼の国の王になるという本だ。
面白かったのは王という立場を最後は退いて、また旅を続けようとするシーンだ。
そして旅は続く、永遠と。という文字で終わったこの小説は、お気に入りの小説になった。
どちらかというとエンタメ小説だが、なかなか売れているらしい。
本を読むにつれてこの世界に詳しくなり、そして実際に見てみたいという欲求に駆られる。
少しぐらいなら……と思うが、もしそれをしたら、戻って来れないんじゃないかという気がする。
師匠と旅をするのもいい。けれど僕は……。
僕は、日本人なのだ。
鬱のようになってきて、抗うつ剤を飲むようになった。
陽の光をもう三年も浴びていない。
どっかで脳内麻薬がおかしくなってる気がする。ふと肌を見るととても白い。
師匠は何で平気なんだろう……と思った。
でも師匠だからな……とも思った。これぐらいやってのけなければ一万年も生きないだろう、途中で自殺しているはずだ。
楽しみといえば、本と飯を食うこと(飯は本当にうまいし、師匠は買いだめしてたのかふわふわのパンは尽きることがない)だが、それ以外にも楽しみが必要なんじゃないかしらん。
エロい夢を見て無精することもあるが、やはり夢なので、現実の実感がない。やはり肉に触れたい。
師匠に裸婦の肖像画を見せられたが、ぴくりともしなかった。美しいと思うが、二次元に慣れた僕にとってはエロくない。
師匠はそれを聞くとがっかりしていた。師匠って性欲まだあんのか?どうでもいいが……。
夜中(おそらく)、師匠に隠れてこっそりとダッチワイフを作ったのだが、すごかった。
二次元美少女のお気に入りのキャラをちょっとリアルにしたダッチワイフを作ったのだが、完成度がエグかった。
もしこれが日本で売られたら億万長者になれるだろう、というぐらい、フィギュアを超えた美しさがあった。
触ると肉の感触がある。久しぶりの女の肉だ!と僕は歓喜した。おそらく固有魔法補正のおかげで、完璧に作れたのだろう。
動かしたら喋らせたりしようとしたが、できなかった。そのためには声帯とか、脳とかまで作らないといけないっぽい。
でも……股間はいきり立っていた、いざ、挿入……。
「なにをしておる」
「あっえっいやっ。ははは、何でもないですよ、腕立てかな?」
「その女は何じゃ、迷い込んだのか?」
「いや、魔道具です……」
「……そうか……まぁ、静かにやってくれ」
「……はい……」
結局やってしまった。でも屍姦と何が違うのだろうか。
体温も感じるようにしていたのだが、無表情のその顔を見ると、萎えてしまった。
カバンの中にしまいこみ、二度と使うことはなかった。
師匠からは白い目で見られるようになった。いいじゃん!合法だろ!?こちとら我慢しつつ僕と師匠の願いを叶えようとしてるんじゃい!これぐらいいいだろ!?
しかし、その心の叫びは誰にも届かず、ご飯の間もしばらく無言が続くのであった……。
地球(僕が元々いた世界の方)の読んだことのある本をいくつか再現したのを師匠にプレゼントしたら、仲直りできた、やったね。
あれから10年が経った。
僕もおじさんだ。30代を超えて思ったのは、なんかこう、体力が無くなってきたな……という感じだ。
性欲も収まってきた。まだあるといえばあるが、あんまり振り回されない程度になってきた。
鬱状態は良くなったというより、陽の光に浴びないということに脳みそが慣れたのか、平気になってきたし、あまりにも酷い時は光魔法を使った。
魔力は宮廷魔法使いレベル、まぁ、師匠が言うには、国のお抱えの魔法使いレベルらしい。国がこぞって採用するぐらいのレベルで、冒険者では稀だとか。
それぐらい上がると、苦手な光魔法もある程度使えるようになった。外では翻訳すると「勇気ある心」という名前(英語にするとブレイブハートか?)の光魔法を使うことができた。
そのおかげで挫けそうになっても何度も立ち上がることができた。
師匠も何も言わなくなり、黙々と穴を探している。
もう10年も経ったから、日本では死亡扱いされてるかもしれない、と思ったが、師匠曰く迷宮の中では外の時間の100分の1しか時が経たないらしい。ということは一ヶ月とちょっとしかまだ経ってないはずだ。
しかし穴の外と時間の流れがどう変わっていくかはまだ不明なので、分からないとのこと。
時が経って無いといいのだが。
服はもうボロボロになっているので、師匠にもらった。きれいな布の服!と言った感じだ。民族的模様があったり、ポケットがなかったり不便だが、不思議と動きやすかった。現代人と比べて、動き回ることが多いから、こんなにゆったりした服なのだろう。戦闘も視野に入れているのかもしれない。
本も500冊は読んだ。日本だったら1000冊はいっただろうが、分からない単語を辞書とかで調べるのに時間がかかったのだ。
三大小説家というのがいて、何派かが本を読む人の自己紹介になるらしい。
スタンダール、トルストイ、ドフトエスキーみたいな感じ、日本だと太宰治、夏目漱石、芥川龍之介、みたいな感じか。現代日本だと村上龍と村上春樹どっちが好きなのよ、と言った感じにも似ている。
とりあえず全部読んだが、うーん、僕は「不幸の元、阻害された人間性」というエッセイを書いたニーチャフかな……。小説も良かったのだが、エッセイで生活風景を想像すると楽しめた。ネット小説を読んでる時と少し似ていた。まぁ異世界だからな。
本を読んでわかったのは、この世界は日本よりは幸福である、と言ったところか。
この時代の王様はまともな人が多いらしい。どうやら何者かによって、愚王が暗殺される、と言うのが1000年ほど続いたんだとか。
だから難民や浮浪者が少ない。仕事にありつけたり、才能が認められたら学校でも飛び級できるし、法律もしっかりしている。
証拠を得るための魔法も開発され、冤罪被害は少ないらしい。
殺人事件は血の気が多い人が多いのか、流石に日本よりは多いが……。
戦争はこの迷宮のある国周辺じゃ今のところないらしい。むしろ魔物を倒すのに精一杯だとか。
娯楽も多い、夜の店や将棋のようなコマ遊び、本(羊皮紙ではなく、植物紙だ)、闘技場、魔法大会、料理、などなど……金があれば、いくらでも遊べるとも言える、それは現代でも同じだ。
この迷宮の魔物の素材を冒険者ギルドで売れば、大金になる。
だから外へ行けば、豪遊できるっちゃできるが……。
半ば狂人じみているように、穴を探していた。
望郷の念は次第に強くなっていく。日本を捨てて外国で暮らす人もいる。でもそれは、その国がいいと言うのもあるだろうが、同じ地球人が住んでいるからという意識もあるのではないだろうか。
異邦人である僕が、この世界に馴染めるかと言うと……価値観が合わなすぎる気がする。
恐怖心もあった。この世界の人たちと暮らしていくのに。
だから……まだ外へは出てない。
魔物は魔法だけで倒せるようになってきた。時空魔法の空間を削り取る魔法で、脳みそを抉れば自然と倒せた。
この魔法は開発した魔法(師匠の協力を得ながら)で、攻撃手段の少ない時空魔法使いが強力な魔法を得られた瞬間だった。まぁ、誰かに教えるつもりはないが……。
師匠はたまに「食料を調達してくる」と言ってたまに外に戻って行った。半日で戻ってくるから、特に気にしてはいない。もう前と比べて足手纏いではないから、僕も不安にはならなかった。
だが……。もう諦めた方がいいのか、と言う気持ちが湧く。
疲れてしまった。流石に10年は長すぎる。師匠がいるから気がまぎれるものの、一人だったら発狂していただろう。
だが、この世界で何をすればいい?それがわからなかった。
師匠が出かけている間、ついに穴を見つけた。
「穴だ……」
そこには、黒い水たまりのようなものがあった。よく見ると、それは穴だった。
「ついに……ついに見つけた!」
急いで時空魔法の一つ、テレパシーで師匠を呼ぶ。
《師匠!穴を見つけました!》
《何!?今すぐ戻る!》
《消えてしまうかもしれないから急いで!》
《わかっておる!》
そうして数分後、師匠がやってきた。穴は健在だ。
「早く飛び込みましょう!」
「待て、穴の構造を見てみる」
「何言ってんですか!消えてしまうかもしれない!」
「どこに繋がってるかわからんからな」
「……ッ」
そして一分後、師匠は言った。
「日本には繋がってないみたいじゃな」
「そんな……!」
嘘、だろ?ここまで探しておいて、やっと見つけたのに……。
「というか、日本のある世界ではなく、それとは別の世界に繋がっておる。魔力ではない別の力がある世界じゃな。しばし待て、念のために使い魔を飛ばしてみる」
そう言って師匠は何もないところから、白く光る鳥を生み出して、穴に向けて飛ばした。
「うーむ、荒廃しておる。一面瓦礫の山じゃ。戦争が多い世界なのか、分からんが……。人らしき生き物もいる、が、スラム街の住人みたいじゃな……。興味本位でも、入るのはお勧めしない」
おそらく視界を使い魔と共有して見たのだろう。絶望する観測結果に、僕は吐いた。
「おえっ……」
「大丈夫か?」
落ち着くまでに時間がかかった。気がつくと穴は消えていた。
「ここまで探して、やっと見つけたのに、そんなのって……」
「どうした?諦めるか?」
「諦め……。諦めたいですよ!そりゃ!日本には残してきた恋人がいるわけでもない!会いたい人がいるわけでもない!でも僕は日本人なんだ!日本に住みたい!やり残してきたことがある!成せなかったことがある!それを頑張ってから死にたい!諦めきれない!」
「そうか……」
「なら、最後まで付き合うとしよう」
「いいんですか?」
「儂も日本に帰りたいのは山々じゃ、望みが薄くてもな。それに、弟子の面倒を見るのは師匠のやるべきことの一つじゃ、最後まで付き合おう」
「ありがとうございます……!師匠……!」
そして僕たちはまた終わりが見えない穴探しを続けることになった。
寝る前、師匠と少し話した。
「なあ、ハルよ、日本に戻ったら何がしたい?」
「そうですね……」
ちらっと夜の店の女の子が頭をよぎったが、それを話すのはやめた。
「本屋に行って本を買うかな……酒を飲みながら、本を読みたいですね」
「本か……あれはいいものじゃからな」
「実は宝くじで6億当たったんですよ」
「6億!?一生遊んで暮らせるではないか!」
「昔と比べて、インフレ……お金の価値は下がりましたけどね、確かに一生遊んで暮らせます」
「それもいいが……目標みたいなものじゃ」
「うーん、僕、何やっても中途半端で、やり遂げるってことをしてこなかったんですよね。絵でもギター……音楽でも。だからこそ、その中から何かを選んで、一生を使って磨き上げたいです。出来れば成功すればいいかな?まぁ、努力がしたいんですよ。報われなくても、それで熱意を持って……満足して死にたい」
「ほう……いいではないか、見直したぞ」
「へへ……」
「師匠は守人以外にはしたいことないですか?」
「儂は……墓参りじゃな」
「ああ……お母さんと妹の」
「うむ、妹が生きてればいいが、まぁ、死んでおるだろう。だから……墓の前でなら、死んでても話せるから……話したいの、家族と」
「その時は協力しますよ、墓探し。どこにあるか分からないでしょ?」
「まぁのう、でも、時間がかかるのではないか?」
「穴探しよりはすぐですよ」
「確かにのう」
そして少し笑って、僕たちは眠った。それらは、慰められるような会話だった。