朝起きて、食堂でご飯を食べる。パンに野菜スープと、肉を焼いたものだった。安い宿だからか、あまりいいご飯は出てこない。師匠と食べたご飯の方が何倍も美味しい。
肉は固く、野菜は甘くなく、パンは固かった。まぁ、無いよりはマシだ。料理するためには場所が必要なので、今はできないが、今日から迷宮だ。美味しいものを食べよう。
そして冒険者ギルドへ向かう。
「やあ、おはよう」
アリィさんがそう言って挨拶をしてくれる。
「おはようございます、今日から一ヶ月、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。食料の方は?」
「一ヶ月以上、余るくらいに買いました。ご飯も作れるので、期待していてください」
「本当かい?嬉しいね。君がいなきゃ腐りかけの干し肉を食べるハメになってたよ。わかった、期待しておく」
そしてグラフさんとセリルさんにも挨拶をして、さっそく迷宮に向かう。
「ところで、たくさんの迷宮がありますけど、どの迷宮に向かうんですか?」
「そういえば言ってなかったね」
4人で歩きながら会話をする。セリルさんはなんか眠そうだ。グラフさんはキリッとした歩き方をしている。堂々としているな。
「この迷宮王国には三大迷宮があってね、アンデットしか出ない『終わりの墓場』、飛行する魔物や、水の中から攻撃してきたり、透明の敵が出たり厄介な敵が多い『命知らずの迷宮』、そして最後に『終わりなき迷宮』というのがある。『終わりなき迷宮』は、何百年も経っても踏破されることがなくて、本当に終わりが見えないらしい。どれだけ探索しても」
「へぇ……そんな迷宮があるんですね」
「私たちが行くのも『終わりなき迷宮』だよ、完全踏破を目指すんじゃなくて、奥に行けば行くほど魔物が強くなるらしいからね。強い魔物と戦って経験を積みたいのさ」
「なるほど、武者修行ですね」
「そうだね、私たち『イバラの傷』はとことん強くなることを目標にしている上級クランだ。いずれクランの誰かが超級冒険者になれるのを期待している。だから強い魔物や、強い冒険者と戦える機会があったら、飛び込むんだよ」
「へぇ……。超級冒険者かぁ。今回の迷宮探索で、強くなる何かを掴めるといいですね」
「ああ、ありがとう」
うーむ。初めての合同パーティが、結構向上心のあるまともな冒険者たちであるのは分かった。
粗暴な冒険者ってわけじゃなくて、まるで強さを求める侍みたいだな、と思った。そういうのは好感が持てる。
目標に向かって命をかけているんだ、憧れはしても、軽蔑なんてできっこない。
僕は……旅をするという目標しかない。この世界を楽しめるかどうかも不安になる。まだ、経験が足りない。
まぁ、ゆっくりやっていこう。寿命は長いみたいだし。この世界を少しずつ歩いていこう。
「尊敬します。微力ながら手伝わせてください。今回の迷宮探索で、魔物との戦闘以外は快適な生活ができると約束します」
「本当かい?ありがとう。君と偶然出会えて良かったよ」
「おい、そろそろ着くぞ。無駄話はそれぐらいにするんだな」
グラフさんが横からツッコミを入れてきた。なんだよ。ある程度コミュニケーションとってないとギスギスするだろ……。冒険者って、結構ドライなのか?
そしてグラフさんを見ると、嫉妬している表情だった。ああ、この人は、アリィさんが好きなんだ。
なら話に混ざればいいのに……プライドが高いのかもしれない。
まぁ、その嫉妬を抑え込めるような仕事ぶり、してやろうじゃないの。
決意を新たにして、僕たちは迷宮に潜り込んだ。
守衛にギルドで作った冒険者票(ドッグタグみたいなものだ)を見せたのだが、出てきた時の守衛がいなくて助かった。初級の1の冒険者が長居していたとバレたら、何かしら問題になってたかもしれない。
あと、この迷宮、なんか見覚えがあるな……と思ったら、この迷宮、僕が穴から落ちた先の迷宮、150年いた迷宮だった。
いや、ここかよ!もう飽きてるよ!でも金貨5枚、1500万円のためだ、一ヶ月頑張ろう……。日給に換算すると50万円くらいだ。破格の仕事。この世界に来てからの初めての仕事。完璧にこなそう。
「ゴブリンだ……」
目の前には緑色の背の低い、丸裸の魔物がいた。棍棒を持っている。アリィさんが剣で首を跳ね飛ばし、血を払い次へ進む。
「なんだ?ゴブリン程度、珍しくもないだろう?」
「ああ、いえ……なんでもありません」
「?そうか?」
初めて見たゴブリンに、ここはやっぱりファンタジーな世界観なんだな、と思った。
小説に何度も出てきたから、こういう見た目なんだろう、と思っていたが、思ったままの姿だったので逆に驚いた。強い魔物は知ってるが、逆に弱い魔物は全然見たことないな……。
図鑑である程度の魔物は知ってるが、本物を見てちょっと嬉しかった。冒険者をやっているという気がする。
その他にも狼のようなワーウルフ、魔法を使ってくるピクシー、豚のような顔のオーク、鬼のようなオーガ……奥に進むにつれてだんだんと強くなっていく。
しかし僕は全く怖くなかった。魔法を使えば瞬殺だし、念の為肉体強化の魔法をかけている。
肉体強化の魔法は無属性魔法と言ったところで、魔法に適性がない人でもある程度使うことができる。剣士は肉体強化の魔法を使うことが多い。
本当は戦闘の時だけ使うのだが……魔力が無尽蔵にあるので、常にかけていた。
魔力……今どのぐらいあるのだろう?師匠と融合する前も、たくさんあった。人間としては最高峰なほど……。その何倍か、程度ではなく、何百倍かを朧げに感じる……。
まだあの時から魔法を存分に使う機会がなかったので、一人で潜って試験運用をした方がいいかもしれない。自分の全力を知っておくのは重要だ。
師匠はある程度武術や剣術も納めていたらしく、アリィさんの剣術の巧さを理解することができた。
アリィさんが殿を担当し、グラフさんが遊撃、セリルさんが後方支援、僕はただ歩く……と言った感じだ。僕も後方支援できるのだが、仕事の内ではないし、三人でもチームワークがある。あまり手を出さない方がいいだろう。
セリルさんは無詠唱ではなく、詠唱破棄だった。二、三個の魔法語を呟き、魔法を放つ。上級冒険者といえども無詠唱は珍しいのかもしれない。まぁ、僕は最初からできましたが……。
セリルさんはたまに懐から青い飲み物を出して飲んでいた。おそらくマジックポーションだろう。魔力を回復するポーションがあるらしい。値段はどれぐらいなのかしら。だが僕にとっては無用の長物だ。念のためにストックしておく必要もない。あるとしたら人や仲間に渡す時だけだ。
十時間ほど経ち、アリィさんに疲れが見えた頃、野営をすることになった。
「なんの料理か、楽しみだなぁ」
そう言ってアリィさんが汗を拭きながらニコニコとしている。
僕はせっかくだから師匠に最初に作ってもらった料理、シチューを再現した。肉も強い魔物のものだ。
「うまい!」
「へぇ……」
「おいしいです、これなんの肉ですか?」
「なんだっけな……忘れました、すみません」
流石に迷宮の奥地にいた魔物の肉ですとは言えないので、ごまかした。
僕もパンとシチューを食べる。
あの時は料理を食べてホッとしたっけ、懐かしいな……朧げに覚えている師匠との記憶を思い出し、感慨深くなる。
食後はアリィさんは焚き火の光で本を読み出した。
「アリィさん、本を読むんですか?」
「意外かい?実は読書家でね、目を悪くするから……とよく言われるんだが、大金を費やして読んでるよ」
「へぇ……僕も結構読みました。僕はニーチャフが好きです」
「おお……三大作家を読んだことがあるのかい。私はシニティが好きだね。文章の美しさで言えば、シニティが一番だと思う」
「確かにそうですね、「雪の国の滅亡」は良かったなぁ。シニティでは一番好きな本ですね」
「あれは良い!特に一人残された主人公の慟哭や、それでもという絶望の中の希望、心理描写が巧みでね……夢中で読んだよ。ニーチャフでは何が好きなんだい?」
「「不幸の元、阻害された人間性」ですね」
「エッセイが好きなのかい。ふうん。あれは少し難解だったかなぁ。文学者はいつもこんな小難しいことを考えてるのか、とびっくりしたよ」
「あれはニーチャフの家庭環境から生まれたものだと思っていて、大人になっても克服されない何かをニーチャフは書こうとしていて……」
「おい、うるさいぞ!もう寝る時間だ!」
グラフさんが騒ぎ立てる。
「なんだ、グラフ、お前も本を読めば良いじゃないか」
「俺が文字を読めないのは知っているだろう!」
「良い加減勉強したらどうだ?私たち仲間がいるときはいいが、依頼書も読めないようでは、一人で行動できんぞ。商人にも契約の時に馬鹿にされるぞ?」
「うるさい!文字など読めなくても剣の腕があれば生きていける!」
「それは前時代的だと思うぞ、グラフ」
どうやら仲良く話していることの嫉妬と、本が読めることの嫉妬、両方で怒鳴り声をあげたらしい。
うーん、アリィさんのことは美人だと思うが、好きかと言われると、好みの外見ではないからなぁ……。どの人も外国人にしか見えない。同じ日本人顔だったら、好きになってたかもしれんが。海外のモデルを見ているような気分になって、美しいとは思うが、それが恋愛感情に結びつくことは無い。
だがグラフさんにとっては、誰かに取られないか不安で仕方ないのだろう……。まぁ、わからないでも無いが、本を読んで話を合わせるぐらいの努力はした方がいいのでは無いか、と思う。
「そろそろ夜番をするか……順番はどうする?」
「あ、結界の魔道具があるので、みんな寝て大丈夫ですよ」
「結界の魔道具!?そんな高価なもの持っているのか?」
「ええ、師匠が渡してくれました」
「ほう……でもあまり言わない方がいいぞ、盗む奴がいるからな。売ったら最低でも金貨100枚はするはずだ」
「へぇ……」
師匠から渡してもらったものではなく、本当は自分の固有魔法で作ったものだが、そんなにするのか。
……一ヶ月拘束されるより、魔道具売った方が稼げたのか、失敗だったかな……。
でもその分命を狙われたり、過剰に有名になる恐れもある。いまだに経験が足りない僕にとって、それは悪手だろう。
「す、少し見せてもらってもいいですか?」
「いいですよ、セリルさん」
「おーこれが結界の魔道具……あれ?魔道刻印がない?」
「魔道刻印?」
「魔道具には魔道刻印が刻まれていて、それで効果を発揮するんですよ」
「え……」
やべ、そんなの知らなかった。僕の魔道具には魔道刻印なんて入ってない。固有魔法で作られたものだから、手作りでは無い。魔道刻印というのも初めて知った。
「真似されないように、隠されているのかもしれませんね」
「ああ、内部に刻まれているのか、なるほど……」
セリルさんは納得したようだ、良かった……。
偽物の魔道刻印をこれから刻もうかな、と思ったが、どうしようか。売る時はそうした方がいいかもしれない。
ということでおやすみタイムです。みんな、ぐっすり寝ようね!