『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第十三話 彼方よりの贈り物

 パッチは、いつものような笑みを浮かべた。

 

「それで、なぜお前が、そのことを知っている」

 

 Ⅱ世の問いに。

 

 パッチは、少しだけ肩をすくめた。

 

「あっしの見た夢も、御嬢様と同じメンシス学派のカレッジみたいでしてねぇ」

 

「私と?」

 

「えぇ」

 

 パッチは頷いた。

 

「ですが、そちらのように賑やかではありませんでしたが」

 

「……賑やかではない?」

 

 ルヴィアが眉を寄せる。

 

「えぇ。物が散乱しており、学徒一人すらおりませんでしたので」

 

 パッチは何でもないことのように答えた。

 

「都合もよいので、いろいろと見て回らせていただきましたよ」

 

「物色の間違いだろ」

 

 獅子劫が呆れたように言う。

 

「お前は夢の中でも変わらないな。持ち帰れるはずもないだろうに」

 

「もちろん」

 

 パッチは笑った。

 

「ただ残念なことに、目ぼしい物は見つかりませんでしたが」

 

 その表情には、本当に残念そうな色が浮かんでいる。

 

「それで?」

 

 Ⅱ世が話を戻す。

 

「先ほど、お前はメンシスの儀式は成功したと言ったな」

 

「えぇ」

 

「何かしらの資料でも見つけたのか?」

 

「いえいえ」

 

 パッチは首を振る。

 

「お宝は見つからなかったのですが、代わりに素晴らしい御仁と出会いまして」

 

「御仁?」

 

「えぇ」

 

 パッチは懐へ手を入れたまま、楽しそうに笑った。

 

「ここで何が起きたのかを、丁寧に教えてくださりましたよ」

 

 Ⅱ世の表情が僅かに険しくなる。

 

「……それで?」

 

「その御仁曰く、メンシスの儀式は成功したそうです」

 

 パッチは一度、言葉を切る。

 

「そして、彼らもまた、素敵な出会いをしたみたいでしてね」

 

「……夢の探求」

 

 Ⅱ世が呟いた。

 

「我々の知覚が及ばぬ領域の存在との邂逅に成功したとでもいうのか」

 

「えぇ」

 

 パッチは頷いた。

 

「人知の果て。そのさらに上位にある存在に」

 

「……上位存在」

 

 Ⅱ世が考え込む。

 

「神霊や上級精霊の類か?」

 

「そうですなぁ」

 

 パッチは少し考えるように首を傾げる。

 

「ただ……我々魔術師が想像しうる程度の存在なのかどうかは、分かりませんな」

 

「……」

 

 外の拠点に、短い沈黙が落ちた。

 

「その上位存在から、彼らは叡智を授かり、啓蒙を得た」

 

 パッチは淡々と続ける。

 

「そこまででしたら、めでたしめでたしで終わるのですが」

 

 そこで、わざとらしくため息を吐いた。

 

「いやぁ、人の業とはなんとやら」

 

「お前がそれを言うのか」

 

 獅子劫が呆れた顔をする。

 

「うるさいですよ」

 

 パッチが即座に返す。

 

「まぁ、彼らは味を占め、それ以上を求めてしまった訳ですね」

 

 少しだけ、声の調子が変わる。

 

「もっと知識を」

 

「さらなる思考の拡張を」

 

「そして――」

 

 パッチが目を細める。

 

「叡智を与えた存在と、同じ次元の視野を」

 

 僅かに呆れたように笑う。

 

「人が知るべきではないことさえも……」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

「その後の探求も、ある程度は成功したのでしょう」

 

 パッチが続ける。

 

「ただ」

 

 その笑みが、僅かに薄くなる。

 

「彼らは、戻れなくなってしまった」

 

「戻れなくなった?」

 

 グレイが尋ねる。

 

「えぇ」

 

 パッチは頷いた。

 

「カレッジの場所も、次元が歪んだ隙間にあるような感じでしたしねぇ」

 

 沈黙が落ちる。

 

 Ⅱ世は腕を組んだ。

 

「……お前が、その話をした人物とはどのような存在だった?」

 

 パッチは少し考えた。

 

「人物……人物ではあるんですかねぇ」

 

「人ではないと?」

 

「えぇ」

 

 パッチは答える。

 

「大きな蜘蛛でした」

 

「蜘蛛?」

 

 Ⅱ世が眉を寄せる。

 

「人語を話すほどの知性を持つ魔法生物の類か?」

 

「う~ん」

 

 パッチは顎に手を当てる。

 

「頭部は、人の顔ではありましたなぁ」

 

 そこで。

 

 苦笑する。

 

「あっしの顔でした」

 

「…………」

 

 場の空気が、妙なものへ変わった。

 

「……は?」

 

 獅子劫が間の抜けた声を漏らす。

 

「お前と同じツラの奴が語ることが、信用できるのか?」

 

「失敬な」

 

 パッチが頬を膨らませる。

 

「人相だけで人物を判断するとは、旦那も随分と乱暴ですなぁ」

 

「……」

 

 Ⅱ世は何も言わなかった。

 

 ただ、深いため息をつく。

 

 パッチはそんな一同を見回した。

 

「ひどい言われようですねぇ」

 

 そして。

 

 懐へ手を入れる。

 

「親切な御仁は、私が帰る時に土産まで渡してくださったというのに」

 

「土産だぁ?」

 

 獅子劫が眉を上げる。

 

「えぇ」

 

 パッチはごそごそと懐を探る。

 

 やがて。

 

「こちらです」

 

 取り出したものを、まるで自慢の品を見せるように掲げた。

 

 それは。

 

 石のようにも見えた。

 

 青白い。

 

 朝の光を受けても輝くことはなく、どこか内側から淡い光を滲ませているようだった。

 

 形は歪んでいる。

 

 鉱物の結晶にも見えるが、表面を走る細かな網目状の亀裂は、自然に生じたものとは思えない。

 

 幾重にも絡み合った線の隙間には、僅かに濁った影が沈んでいる。

 

 そして。

 

 それを石だと断定するには、どこか生々しすぎた。

 

 長い年月をかけて、何かしらの生き物の一部が凝固し、硬質な物質へ変じた。

 

 そんな印象さえ抱かせる。

 

「…………」

 

 一同が言葉を失う。

 

 Ⅱ世は目を細めた。

 

 魔力を帯びている。

 

 だが、通常の鉱物や魔術礼装から感じるものとは明らかに違う。

 

 見つめているだけで、身体の奥へ僅かに引き寄せられるような感覚がある。

 

 まるで。

 

 それ自体が、周囲の空間へ干渉しているような。

 

「なんだ……それは……」

 

 Ⅱ世の声が、僅かに掠れた。

 

 パッチは嬉しそうに笑った。

 

「いやぁ、実に素晴らしい土産でしょう?」

 

 青白いそれを、指先で転がす。

 

 網目状の亀裂が、朝の光を受けて淡く浮かび上がった。

 

「これを見た瞬間、あっしにも分かりましたよ」

 

 パッチの声だけが。

 

 妙に楽しそうだった。

 

「これは、ただの石じゃありません」

 

 

 夢から持ち出された品。それが、ただの石であるはずがない。 

 

「……パッチ、それは時計塔に提出すべきだ。少なくとも、封印指定級の代物だろう」

 

「あら、エーデルフェルト家で買い取ってもよろしくてよ。

 もちろん、それ相応の額をお支払いすることはお約束いたしますわ」

 

「……ルヴィア」 

 

 Ⅱ世が、低い声で名前を呼んだ。

 

「あれほどの品を、ろくに探究もせず保管しておくだけなど

 …根源を目指して探究する魔術師として、到底いただけませんわ」 

 

「あのぉ、お二方。あっしは、まだ渡すとも売るとも言っていないのですがねぇ」

 

 パッチは、少し困ったように眉を下げた。

 

「お前が渋るなんて珍しいじゃねぇか。

 ルヴィア嬢が買い取るってんなら、それなりの額は手に入るだろうに」 

 

「いぇ……なんというか」

 

 パッチは、懐の中の青白い石へ視線を落とす。

 

「あっし、これが気に入ってしまいましてねぇ」

 

 

 Ⅱ世とルヴィアは、それぞれ青白い石へ視線を向けた。

 

「……いずれにせよ、これは然るべき場所で管理すべきだ」

 

「私は、然るべき場所が時計塔である必要はないと思いますけれど」

 

「君は、本当にそれを買い取るつもりなのか」

 

「えぇ。これほどの神秘を手元に置ける機会など、そうありませんもの」

 

「……研究対象を私物化するつもりか」

 

「私物化ではありませんわ。保護と研究です」

 

「言葉を変えただけに聞こえるがな」

 

「あなたこそ、何でも時計塔へ持ち帰ればよいと思っていらっしゃるのではなくて?」

 

 二人の視線が、再び青白い石へ向かう。

 

 どうやら、話は簡単にはまとまりそうになかった。

 

「あっしの意見は無視ですかい」

 

 パッチが、少し困ったように口を挟んだ。

 

「そもそも、あっしの物なんですがねぇ」

 

「お前の物だと?」

 

 Ⅱ世が睨む。

 

「夢の中から持ち出された時点で、所有権を主張できるような代物ではないだろう」

 

「それはそうなんですが……」

 

 パッチは懐へ手を当てる。

 

 そこには、先ほどの青白い石が入っている。

 

「お気に入りなんですよ」

 

「なおさら駄目でしょう」

 

 ルヴィアが即答する。

 

「危険性も分からないものを、個人で保管するなど論外ですわ」

 

「うーん……」

 

 パッチは困ったように唸った。

 

 しばらく三人の間で言葉が交わされたが、結局のところ、誰も譲る気配を見せなかった。

 

「……分かった」

 

 Ⅱ世が小さく息を吐く。

 

「今は保留にする」

 

「保留?」

 

「ああ。少なくとも、正体も危険性も分からない状態で結論を出すべきではない」

 

「では、研究を?」

 

「それも後だ」

 

 Ⅱ世は立ち上がった。

 

「まずは安全に保管する」

 

「安全に、ですか」

 

 パッチが嫌そうな顔をする。

 

「ええ」

 

 ルヴィアが頷いた。

 

「それが一番ですわ」

 

「……そうですか」

 

 パッチは渋々といった様子で、懐から青白い石を取り出した。

 

 名残惜しそうに、それを眺める。

 

 青白い表面。

 

 網目状に走る細かな亀裂。

 

 まるで生き物の一部が、長い年月を経て凝固したかのような、妙に生々しい質感。

 

「…しばらくのお別れですなぁ」

 

「大袈裟だな」

 

 獅子劫が呆れたように言う。

 

 Ⅱ世と獅子劫は、ジープへ向かった。

 

 ほどなくして。

 

 獅子劫が、いくつかの機材を抱えて戻ってくる。

 

「持ってきたぞ」

 

 それは、時計塔から用意された簡易的な封印機材だった。

 

 特殊な布。

 

 魔力を遮断する容器。

 

 いくつかの固定具。

 

 簡素なものではあるが、正体不明の魔術的物品を一時保管するには十分なものだった。

 

「これに入れておこう」

 

 Ⅱ世が言う。

 

「厳重に封をしておけば、少なくとも今すぐどうこうなることはないだろう」

 

 パッチは石を差し出した。

 

 だが。

 

 その手は、ほんの少しだけ名残惜しそうだった。

 

 Ⅱ世がそれを受け取り、封印機材へ収めていく。

 

 布で包む。

 

 容器へ入れる。

 

 固定具を締める。

 

 最後に、簡易封印を施す。

 

 青白い石は、完全に視界から隠された。

 

「…………」

 

 パッチは、空になった自分の手を見る。

 

 それから。

 

 封印された容器へ、名残惜しそうな視線を向けた。

 

「……盗らないで下さいよ」

 

 その言葉に。

 

 獅子劫が鼻で笑った。

 

「お前じゃあるまいし」

 

「これは手厳しい」

 

 パッチは苦笑した。

 

 それでも。

 

 封印された容器から、なかなか視線を離そうとはしなかった。

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