『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第十七話 家に残るもの

 墓地の奥へ続く道を、二人は進んでいた。

 

 道は階段へと変わり、二人は足元を確かめながら石段を下りていく。

 

 階段を下りきった先に、古びた石造りの橋があった。

 

 橋の下を覗けば、そこには巨大な地下水路が広がっている。

 

 ただ、水が流れているわけではない。

 

 深く掘り下げられた石造りの空間には、湿った空気が滞留している。

 

 その広さは、橋の上から見下ろすだけでは全体を把握できないほどだった。

 

「……下にも道があるのでしょうか」

 

「おそらくな」

 

 Ⅱ世は短く答えた。

 

「先へ進もう」

 

「はい」

 

 二人は橋を渡った。

 

 その先からは、再びヤーナムの市街地へ続く道が伸びている。

 

 道の両側には、古びた民家が並んでいた。

 

 道端には倒れた木箱が残され、家々の中には、かつて誰かが暮らしていた痕跡が残されている。

 

「この辺りも、調べておいたほうがよさそうですね」

 

「ああ。何か手掛かりが残っているかもしれん」

 

 二人は道沿いにある一軒の民家へ入った。

 

 扉は開け放たれており、室内には薄暗い静寂が広がっていた。

 

 家具はほとんど残っておらず、

 

 残されたものも長い間使われていないのか、どれも埃を被っていた。

 

 棚の中には空になった容器が並び、床下には古い紙片が散らばっている。

 

 壁際には、使われなくなった道具もいくつか残されていた。

 

 グレイが室内を見回す。

 

「誰かが急いで出ていったのでしょうか」

 

「その可能性はあるな」

 

 Ⅱ世も室内を調べる。

 

 だが、目立ったものは見つからない。

 

 そのまま部屋の奥へ進んだところで、グレイが一冊の手記を見つけた。

 

「師匠」

 

「ん?」

 

「これを」

 

 机の上に置かれていた手記だった。

 

 紙は黄ばんでおり、ところどころ汚れている。

 

 それでも、書かれた文字はまだ読むことができた。

 

 Ⅱ世が手記を受け取り、ページを開く。

 

 そこに残されていた文字は、短かった。

 

 ――獣狩りの夜、聖堂街への大橋は封鎖された。

 

 ――医療教会は俺たちを見捨てるつもりだ。

 

 ――あの月の夜、旧市街を焼き棄てたように。

 

 Ⅱ世は最後の一文を読み終えると、しばらく黙っていた。

 

 旧市街。

 

 その言葉には、以前目にしたヤーナムの歴史が重なる。

 

 灰血病の治療のため、旧市街の住民へ血の医療が施された。

 

 やがて、その中から獣になる者が現れた。

 

 当初は秘密裏に狩人が処理していたものの、ある時期を境に獣となる市民が大量に発生した。

 

 血の医療そのものが、獣の病を広げていたのだ。

 

 そして、発生する獣の数は、秘密裏に処理できる範囲を超えた。

 

 この手記の主は、その過去を知っていたのだろう。

 

 旧市街で行われたことが、今度は自分たちにも行われるのではないか。

 

 そう恐れていたに違いない。

 

 Ⅱ世は手記を閉じた。

 

「……嫌な話だな」

 

「はい」

 

 グレイも頷く。

 

 二人は手記を持って民家を出た。

 

 再び通りへ戻り、先へ進む。

 

 しばらく歩くと、道が大きく開けた。

 

 そこには、石造りの噴水が設けられた広場があった。

 

 広場を囲むように、いくつもの民家が建ち並んでいる。

 

 建物は広場を中心に、緩やかな半円を描くように並んでいた。

 

 それぞれの家は石造りの壁と木製の扉を持ち、二階へ続く窓がいくつも設けられている。

 

「噴水がありますね」

 

「ああ。ここは、この辺りの中心だったのかもしれんな」

 

 Ⅱ世が広場を見回す。

 

 噴水は古びているものの、中央には大きな水盤が残されている。

 

 その周囲を建物が取り囲み、広場からはいくつかの道が放射状に伸びていた。

 

「道がいくつもあります」

 

「そのようだな」

 

 Ⅱ世が周囲を確認する。

 

「まずは、この辺りの建物から調べていこう」

 

「はい」

 

 二人は噴水の周囲を歩いた。

 

 いくつかの扉を確認していくが、固く閉ざされているものも多い。

 

 その中で、グレイが一軒の家の前で足を止めた。

 

「師匠。ここは……」

 

 グレイが扉へ近づく。

 

 扉は完全には閉じられておらず、僅かに開いていた。

 

「入れそうです」

 

 Ⅱ世も扉を確認する。

 

「そうだな」

 

「調べてみよう」

 

「はい」

 

 二人は扉を開け、家の中へ入った。

 

 室内はそれほど広くない。

 

 玄関から続く短い廊下の先に、居間らしき部屋がある。

 

 小さな机と椅子、壁際の棚。

 

 必要最低限の家具が置かれている。

 

 その一角には、子供が使っていたと思われる小さな部屋もあった。

 

 ベッドの脇には、古びた人形が一体置かれている。

 

 布製の服は色褪せているものの、丁寧に扱われていたことが分かる。

 

「……子供がいたようですね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世が室内を見回す。

 

 グレイは窓際へ目を向けた。

 

 窓の近くには、小さな机が置かれている。

 

 その上に、赤いものがあった。

 

「これは……」

 

 近づいてみると、それは真っ赤な石が嵌め込まれたブローチだった。

 

 古びてはいるものの、目立った傷はない。

 

 グレイはしばらくそれを眺めていた。

 

 その間に、Ⅱ世が床へ目を向ける。

 

 床には写真立てが落ちていた。

 

 ガラスは割れ、写真そのものも汚れている。

 

 Ⅱ世が慎重に拾い上げる。

 

 グレイも横から写真を覗き込んだ。

 

 そこには三人の姿が写っていた。

 

 一人は大柄な男。

 

 その隣には女性。

 

 そして、二人の前には小さな少女がいる。

 

 家族で撮った写真なのだろう。

 

 写真は汚れているものの、三人の姿はまだ確認できた。

 

「家族写真ですね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世が写真を裏返す。

 

 裏面には、手書きで名前が記されていた。

 

 最初に目についたのは、二つの名前だった。

 

 ガスコイン。

 

 そして、その隣に――

 

 ヴィオラ。

 

 さらに下にも名前らしき文字が続いている。

 

 しかし、その部分は汚れがひどく、判別することができない。

 

「少女の名前は読めませんね」

 

「残念だがな」

 

 Ⅱ世は写真を表へ戻した。

 

 その時、グレイが先ほどのブローチへ目を向ける。

 

 写真の女性の胸元にも、同じような赤い飾りが見える。

 

「……あのブローチと同じものですね」

 

「ああ。おそらく、この女性のものだろう」

 

 Ⅱ世は再び写真の裏に記された二つの名前へ目を戻した。

 

「ガスコインとヴィオラ……」

 

 その名前に、二人の間に短い沈黙が落ちた。

 

 先ほど地下墓地で見つけた、壊れた小さなオルゴール。

 

 そこに刻まれていた二つの名前が、今、目の前にある家族写真にも残されている。

 

「……この家だったんですね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世が静かに答える。

 

「オルゴールの持ち主たちが暮らしていた家だ」

 

 壊れたオルゴール。

 

 家族の写真。

 

 そして、ここに残された少女の人形。

 

 散らばっていたものが、少しずつ一つの家族へと繋がっていく。

 

 ただ、写真に写る少女の名前だけは分からない。

 

 汚れた写真の中で、少女は両親の間に立っていた。

 

 その姿だけが、今もこの家に残されている。

 

 Ⅱ世は写真をしばらく眺めたあと、グレイへ手渡した。

 

 グレイはそれを受け取ると、窓際に置かれていた小さな机へ向かった。

 

 そこは、かつて少女が使っていたものなのだろう。

 

 机の上に写真を置き、その隣へ赤いブローチを並べる。

 

 最後に、壊れた小さなオルゴールをそっと置いた。

 

 三つの品が並んだ。

 

 家族の写真。

 

 女性が身につけていたブローチ。

 

 そして、二人の名前が刻まれたオルゴール。

 

 それぞれ別の場所に残されていたものが、今は同じ場所に集まっている。

 

 グレイはそれらを静かに見つめたあと、目を閉じた。

 

 両手を胸の前で組み、短い祈りを捧げる。

 

 Ⅱ世は何も言わず、その姿を見守っていた。

 

 やがてグレイが目を開く。

 

「……これで、少しは喜んでもらえるでしょうか」

 

 Ⅱ世は一瞬だけ三つの品へ目を向けた。

 

「ああ。きっとな」

 

 グレイは小さく頷いた。

 

 それから二人は家を出た。

 

 噴水広場を抜け、いくつかの通りを歩きながら周囲を調べていく。

 

 しかし、開いている扉は見つからず、これといった手掛かりもない。

 

 しばらく市街地を探索したところで、Ⅱ世が足を止めた。

 

「今日はここまでにしておこう」

 

「はい」

 

 夕暮れの光が、建物の屋根や石畳を淡く照らしていた。

 

 二人は来た道を戻り、オドン教会へ向かう。

 

 やがて、見慣れた教会の姿が見えてきた。

 

「戻ってきましたね」

 

「ああ」

 

 今日の探索で、街の謎が大きく進んだわけではない。

 

 それでも、地下墓地で見つけた小さなオルゴールと、そこに刻まれた名前。

 

 そして、その持ち主が暮らしていた家。

 

 散らばっていた三つの品は、今では同じ場所にある。

 

 少なくとも今日だけは、それで十分だった。

 

 二人は夕暮れの中、オドン教会へ戻っていった。

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