『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』 作:丹波りん
オドン教会を出たルヴィアとパッチは、そのまま前方へ続く石造りの道を進んでいた。
教会を離れてから、さほど時間は経っていない。
道は建物の間を通りながら、緩やかに先へ伸びている。
「……こちらで合っていますの?」
「たぶんですねぇ。少なくとも、道は続いてます」
二人はそのまま歩を進める。
やがて、前方の景色が開けた。
そして――
「……あら」
ルヴィアが足を止めた。
道の先が、大きく崩れていた。
石畳は途中から途切れ、その先は崖下へと落ち込んでいる。
「これは……」
「道がなくなってますな」
パッチが崩落した先を眺める。
無理に進めるような場所ではない。
ルヴィアも崖の縁まで近づき、その向こうへ目を向けた。
そこからは、ヤーナムの街並みを遠くまで見渡すことができた。
幾重にも重なる建物の向こう。
周囲とは明らかに異なる一帯が見える。
焼け焦げた建物。
黒ずんだ壁。
崩れた街並み。
まるで、街そのものが焼かれたかのような痕跡が残っている。
「……あれは」
ルヴィアが目を細める。
「旧市街でしょうか?」
「そうみたいですなぁ」
パッチも遠くを眺めた。
そのさらに奥には、周囲の建物よりひときわ高い建造物がそびえている。
夕暮れの空を背にしたその姿は、遠目にも特徴的だった。
「……あの塔も、随分と目立ちますわ」
「時計塔みたいですな」
ルヴィアはしばらく、その塔を見つめていた。
「……随分と遠いですわね」
「ええ。ここからじゃ、どうにもなりませんなぁ」
パッチは崖を見下ろした。
「道もありませんし、無理に降りるのはやめておいたほうがよさそうですな」
「せっかく見つけたというのに」
「まあまあ、お嬢様。見つかっただけでも収穫ってもんですよ」
「それで納得できるほど、私は寛容ではありませんわ」
「これは手厳しい」
ルヴィアは不満そうに旧市街を眺める。
「これほど街が入り組んでいるのなら、
せめて目的地までの道くらい分かりやすくしてほしいものですわ」
「ヤーナムにそれを期待するのは、ちょいと難しいですなぁ」
「……本当に腹立たしい街ですわね」
ルヴィアは深く息を吐いた。
それでも、これ以上ここに留まっていても仕方がない。
「戻りましょう」
「そうしましょうかねぇ」
二人は崩れた道を離れ、来た道を引き返した。
途中で別の道へ入り、聖堂街の奥へ進む。
いくつかの階段と通りを抜け、建物の間を進んでいく。
やがて、旧市街へ続く道の一角へ出た。
そこには、古びた石造りの建物があった。
周囲には墓石が並び、建物の中央には、
地下へ続いていると思われる大きな石造りの構造がある。
「……ここは?」
パッチが周囲を見回す。
「さっきまでの道とは、少し雰囲気が違いますな」
二人は建物の周囲を回り込んだ。
その裏手には、短い階段が続いている。
階段を上った先には、小さな祭壇が設けられていた。
古びた石の台。
その周囲には、長い間使われていないような静けさが漂っている。
祭壇の上には、一つの奇妙な品が置かれていた。
金色の金属で作られた、細長い円錐形の装具らしきもの。
「……何でしょう、これ」
ルヴィアが首を傾げる。
「さあて。祭具…にしては、ずいぶん妙な形ですな」
パッチが祭壇へ近づく。
品物をしばらく眺めたあと、ふと思いついたように手を伸ばした。
「ふむ」
「ちょっと、勝手に触らないでくださいな」
「まあまあ、お嬢様。試すだけですよ」
パッチは金色の装具を持ち上げる。
そして、躊躇なく自分の頭へ被せた。
細長く尖った金色の装具に頭をすっぽりと覆われる。
「……どうです?」
「……」
ルヴィアはしばらく無言でそれを眺めた。
「何をしていますの?」
「やっぱり、頭に被るものだったみたいですな」
「そういう問題ではありませんわ!」
ルヴィアが呆れた声を上げる。
パッチは装具を被ったまま、首を傾げた。
「しかし、前がほとんど見えませんねぇ。これじゃあ、まともに歩けませんな」
「当たり前でしょう!」
「いやぁ、実用性は低そうです」
「そもそも、あなたが勝手に被る必要がどこにありますの!」
ようやくパッチは装具を頭から外した。
そして、何事もなかったかのように祭壇へ戻す。
「まあ、形だけは分かりました」
「……本当に、あなたという人は」
ルヴィアは深いため息をついた。
パッチは祭壇の上に置かれた装具を、もう一度眺めた。
「しかし、これは持って帰ったほうがよさそうですな」
「持って帰るんですの?」
「ええ。何に使うものかは分かりませんが、
これだけ変わった品です。調べる価値はあるでしょう」
パッチは装具を手に取った。
金色の表面を軽く眺めてから、慎重に布で包む。
「教会に戻れば、もう少し詳しく調べられるかもしれませんしな」
「……まあ、確かに。ここへ置いておく理由もありませんわね」
「では、あっしが預からせてもらいますよ、お嬢様」
パッチは包んだ装具を荷物へ収めた。
二人は祭壇を後にする。
その先へ続く道は、すぐに石壁へ突き当たっていた。
「……行き止まりですわね」
「そのようですな」
パッチが肩をすくめる。
石壁の前には、一枚の古びた扉があった。
しかし、扉は固く閉ざされている。
「これ以上は進めそうにないですな」
パッチが扉を軽く眺める。
どうやら、ここから先へ進むためのものらしい。
だが、無理に開けようとしても簡単には動きそうになかった。
二人は来た道へ視線を戻した。
夕暮れの聖堂街は、少しずつ薄暗さを増している。
「戻りましょうか」
「そうしましょう。今日のところは、十分歩き回りましたからな」
※
獅子劫は、風の吹いてくる先へ向かって歩き始めた。
洞窟は思っていた以上に長く続いていた。
足元には湿った土や小石が散らばり、時折、崩れた石が転がっている。
壁面には古い石組みが残されているものの、それ以外には目立ったものはない。
ただ、進むにつれて風が少しずつ強くなっていった。
「……近いな」
獅子劫が呟く。
暗闇の先に、僅かな明るさが見え始めていた。
出口が近い。
足を速めることなく、慎重に進んだ。
やがて洞窟の先が開ける。
朝の時間帯だというのに、辺りは薄暗かった。
頭上を覆う木々が光を遮り、森の奥まで陽の光が届いていない。
鬱蒼とした木々が、視界の先まで広がっている。
近くには、いくつもの鉄製の檻が並んでいた。
どれも大型の動物を入れられそうな大きさだ。
鉄格子はところどころ錆びつき、長い間使われていないことが窺える。
扉が開いたままになっているものもあった。
「……檻か」
近くの一つを眺める。
中には何も残されていない。
その向こうには、森の中へ続く道があった。
土と木の根に覆われているものの、ところどころ踏み固められている。
誰かが何度も通った跡らしい。
近くには、木で組まれた建物も見える。
簡素な造りの小屋のようなものだった。
しばらく森を眺めていた。
道がある以上、この先にも何かある。
だが、ここから先は視界が悪い。
森の中へ入れば、方向を見失う可能性もある。
「……準備なしで入るのは危険だな」
そう判断した。
調べるなら、地形を把握するための道具も必要になる。
それに、Ⅱ世たちにもこの場所を伝えておいたほうがいい。
一度来た道を振り返る。
まずは拠点へ戻る。
そう決めると、森を離れた。