『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第十九話 宇宙は空にある

 オドン教会の内部。

 

 Ⅱ世とグレイは、教会の一角で地図を広げていた。

 

 これまでに確認した場所を記しながら、次に調べるべき場所を考えている。

 

 その時、教会の入口から足音が聞こえてきた。

 

 Ⅱ世が顔を上げる。

 

 やがて、ルヴィアとパッチの姿が見えた。

 

「戻ったか」

 

「ええ。ただいま戻りましたわ」

 

 ルヴィアが答える。

 

 パッチも軽く手を挙げた。

 

「こちらも無事に帰ってきましたよ」

 

「何か見つかったか?」

 

「そちらは?」

 

「手記を一つ見つけた」

 

 机の上に置かれた手記へ目を向ける。

 

「そこに、旧市街についての記述があった」

 

「旧市街……」

 

 ルヴィアが反応する。

 

「獣狩りの夜、大橋が封鎖されたこと。

 そして、その後に医療教会が旧市街を焼き棄てたことが書かれている」

 

「……以前、私が調べた記録と同じですわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世が頷く。

 

「どうやら、こちらの記録とも一致するらしい」

 

「でしたら、旧市街が焼かれたという話は事実と見てよさそうですわね」

 

「そうなるな」

 

 ルヴィアは少し考えてから、口を開いた。

 

「実は私たちも、その旧市街らしき場所を見ましたわ」

 

「何?」

 

「道を進んだ先が崩れていましたの。その向こうに、焼け焦げた街並みが見えましたわ」

 

「それに、時計塔みたいな建物もありましたな」

 

 パッチが付け加える。

 

「ただ、道そのものがなくなっていましたので、そこから先へ進むのは無理そうでしたわ」

 

「別の道を探す必要があるわけか」

 

「ええ」

 

「崖を下りていくのは、さすがに無理がありますもの」

 

「そうか。ならば、旧市街へ向かう方法は別に探すしかないな」

 

 Ⅱ世は地図へ目を落とした。

 

「それと、もう一つありますわ」

 

 パッチが荷物を探る。

 

「こちらも見ていただけますかな」

 

 取り出した布を開く。

 

 中から、金色の細長い円錐形の器具が現れた。

 

「これは……」

 

「祭壇の上に置かれていたものですな」

 

 パッチが言った。

 

「祭具なのか装具なのかどうかも、あっしには分かりませんがね」

 

 Ⅱ世は装具を手に取り、しばらく眺めた。

 

「確かに変わった形だな」

 

「何に使うものなんですかねぇ」

 

「今のところは分からん」

 

 装具を布へ戻す。

 

「後で調べてみよう」

 

「それがよさそうですな」

 

「ところで、獅子劫さんは?」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

「まだ戻っていない」

 

「そうですの……」

 

 ルヴィアが教会内を見回す。

 

「では、彼が戻るまでどうします?」

 

「先に調べておきたい場所がある」

 

 Ⅱ世が教会の奥へ目を向けた。

 

「昇降機の上だ」

 

「上の階ですか?」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

「ああ。下は確認したが、上はまだだ」

 

 Ⅱ世が立ち上がる。

 

「先にそちらを調べよう」

 

「分かりました」

 

「では、拙は皆さんが戻る前に、食事の準備を進めていますね」

 

「ああ。頼んだ」

 

 グレイは頷くと、夕食の支度へ向かった。

 

 Ⅱ世はルヴィアとパッチへ視線を向けた。

 

「君たちは来るか?」

 

「もちろんですわ」

 

「雇い主の御嬢様が行くなら、あっしもご一緒しますよ」

 

 パッチが軽く笑う。

 

「では、行くとしよう」

 

 三人は教会の奥へ向かった。

 

 やがて、昇降機の前へ辿り着く。

 

 Ⅱ世が装置を操作すると、しばらくして昇降機が低い音を立てて動き始めた。

 

 三人を乗せた床が、ゆっくりと上へ向かっていく。

 

 教会の内部が、少しずつ下へ遠ざかっていった。

 

 やがて、昇降機が止まった。

 

 Ⅱ世が周囲を確認する。

 

 目の前には、古びた扉があった。

 

 扉は閉じられていない。

 

「……上にも道があるようですわね」

 

 ルヴィアが扉の向こうを覗く。

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は短く答えた。

 

 三人は昇降機を降り、開いたままの扉を抜けた。

 

 その先には、細長い石造りの通路が続いていた。

 

 通路の両側には鉄製の柵が設けられている。

 

 かなり高い場所にあるため、柵の向こうからはヤーナムの街並みが遥か下に見えた。

 

「……随分と高いところですわね」

 

「教会の上層部まで来たらしいな」

 

 Ⅱ世が周囲を見渡す。

 

 通路は、オドン教会の上部から別の塔へ渡るように伸びていた。

 

 その先には、さらに高い石造りの塔がそびえている。

 

 三人は通路を渡り、その塔の中へ入った。

 

 内部には、上へ向かって螺旋状に続く階段があった。

 

「ここからさらに上ですかい」

 

 パッチが階段を見上げる。

 

「そのようだな」

 

 三人は螺旋階段を上り始めた。

 

 一段。

 

 また一段。

 

 足音だけが、石壁に反響する。

 

 しばらく上ったところで、Ⅱ世が足を止めた。

 

 壁際に、小さな紙片が残されていた。

 

「……何かありますな」

 

 パッチが覗き込む。

 

 Ⅱ世が紙片を手に取る。

 

 そこに書かれていたのは、短い一文だった。

 

『宇宙は空にある。聖歌隊』

 

「……聖歌隊」

 

 Ⅱ世の表情が僅かに変わった。

 

「先生?」

 

 ルヴィアがⅡ世を見る。

 

「……ああ」

 

 紙片を見つめる。

 

「ここは、聖歌隊に関係する場所なのかもしれない」

 

「聖歌隊に? 以前、院長の手記に書かれておりましたわね」

 

 ルヴィアが聞き返す。

 

「まだ断定はできん。だが、この場所にこの言葉が残されている以上、無関係とも考えにくい」

 

 Ⅱ世は紙片を慎重にしまった。

 

「先へ進もう。もう少し調べれば、何か分かるかもしれない」

 

「分かりましたわ」

 

「では、もうひと頑張りですねぇ」

 

 三人は再び螺旋階段を上り始めた。

 

 階段は、さらに上へと続いている。

 

 

 ※

 

 

 三人はさらに螺旋階段を上っていった。

 

 やがて階段が途切れる。

 

 その先には、小さな部屋があった。

 

 広くはない。

 

 壁際には古びた壺がいくつも置かれている。

 

 長い間使われていないのか、表面には薄く埃が積もっていた。

 

「……ここで終わりですかい?」

 

 パッチが部屋を見回す。

 

「どうやら、そのようだな」

 

 Ⅱ世も周囲を確認する。

 

 部屋の奥には、もう一つ扉があった。

 

 古びた扉は固く閉ざされている。

 

「扉がありますわ」

 

 ルヴィアが近づく。

 

 Ⅱ世も扉の前まで歩み寄った。

 

 取っ手に手を掛ける。

 

 だが、扉は動かなかった。

 

「……開かんな」

 

 Ⅱ世がもう一度、扉を確認する。

 

 蝶番や取っ手にも、特に異常は見当たらない。

 

「鍵が掛かっているわけではなさそうですわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は扉の表面へ視線を移した。

 

 ルヴィアも扉へ手をかざす。

 

 しばらく目を閉じ、魔力の流れを探る。

 

「……ありますわね」

 

「やはりか」

 

「扉そのものに、魔術的な封印が施されています」

 

 ルヴィアが目を開く。

 

「閉じ込めるためというより、こちら側から開けさせないためのものですわね」

 

「なるほど」

 

 Ⅱ世は封印の構造を見ながら考える。

 

「しかし、ここまで来て行き止まりというのは勘弁してもらいたいな」

 

「珍しく弱音ですの?」

 

「弱音ではない。合理的な不満だ」

 

 Ⅱ世が即座に返す。

 

「これだけ登らされて、最後に扉一枚で終わりでは、さすがに納得できん」

 

「ふふ。では、納得できるように開けてしまいましょう」

 

 ルヴィアが扉へ向き直った。

 

「私も手を貸しますわ」

 

「頼む」

 

 二人は扉の前に並んだ。

 

 Ⅱ世が封印の構造を読み取り、ルヴィアがその流れを追う。

 

 複雑に絡み合った魔力の流れを、一つずつ確認していく。

 

「ここですわね」

 

「ああ。だが、そこを崩すと別の部分が閉じる」

 

「では、こちらから先に」

 

「そうだ」

 

 二人は短く言葉を交わしながら、慎重に封印へ干渉していく。

 

 しばらくして。

 

 扉の表面にあった魔力の流れが、僅かに揺らいだ。

 

「……もう少しですわ」

 

「今だ」

 

 二人が同時に魔力を込める。

 

 すると、扉を覆っていた封印が淡い光を残してほどけていった。

 

 空気が僅かに震える。

 

「……消えましたわ」

 

 ルヴィアが呟く。

 

 Ⅱ世が取っ手に手を掛ける。

 

 今度は、抵抗なく動いた。

 

「開きましたな」

 

 パッチが後ろから声をかける。

 

「どうやら、無駄足ではなかったらしい」

 

 Ⅱ世が扉を押し開ける。

 

 その先から、冷たい空気が流れてきた。

 

 三人は開かれた扉の向こうへ目を向けた。

 

「……まだ先がありますわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頷いた。

 

「行こう」

 

 三人は、さらに奥へと進んでいった。

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