『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第二十三話 聖堂に残るもの

 夜も更けた頃、Ⅱ世とルヴィアは拠点へ戻ってきた。

 

 教会には、グレイと獅子劫、そして先に戻っていたパッチの姿があった。

 

「お帰りなさいませ、師匠」

 

 グレイが二人を迎える。

 

「すまない、遅くなってしまったな」

 

「…少し心配していました」

 

「申し訳ありませんわ。思った以上に探索に時間がかかってしまいまして」

 

「いえ。お二人とも無事なら、それで」

 

「いやぁ、あっしが先に戻っておいて正解でしたな」

 

 パッチが横から口を挟む。

 

「お二人がまだ探索中だと、グレイ嬢には伝えておきやしたからねぇ」

 

「助かった」

 

 Ⅱ世が答える。

 

「それにしても、随分と遅くなりやしたな。上の方は、よほど面白いものがあったようで」

 

「……色々とな」

 

 Ⅱ世は短く答えた。

 

「すぐにお食事にしましょう、まだ温め直せますから」

 

 グレイが奥へ向かう。

 

「助かる。さすがに疲れたな」

 

 Ⅱ世が小さく息を吐く。

 

「今日は随分と歩きましたものね」

 

 ルヴィアも頷いた。

 

「いやぁ、夜食が残っていて何よりですな」

 

 パッチが笑う。

 

「お二人の分まで、あっしが食べてしまうところでしたよ」

 

 グレイが苦笑する。

 

 食事を終えると、五人は今日の探索について情報を共有し始めた。

 

「じゃあ、俺から話すか」

 

 獅子劫が口を開く。

 

「診療所の地下を抜けた先は、鬱蒼とした森に繋がっていた」

 

「森、ですか……」

 

 グレイが驚く。

 

「ああ。木々が密集していて、見通しはかなり悪い。

 

 人が通った痕跡はあるが、道はかなり荒れていたな」

 

「周囲の様子は?」

 

「詳しく確認したわけじゃないが、かなり奥まで続いているみたいだ」

 

 獅子劫は少し考える。

 

「本格的に探索するなら、相応の準備が必要だな。

 

 あの広さを考えると、一度入っただけじゃ全体を把握するのは難しい」

 

「時間もかかりそうですわね」

 

「ああ。明るいうちに入るなり、戻る時間を決めておくなり、何かしら考えた方がいい」

 

「なるほど」

 

 Ⅱ世が頷いた。

 

「こちらは上層の先を調べた」

 

「何か分かりましたか?」

 

 グレイが尋ねる。

 

「いくつかある。研究施設と思われる場所や、そこから続く古い遺構を見つけた」

 

 ルヴィアも続ける。

 

「それと、見たことのない植物もありましたわ」

 

「植物?」

 

「ええ。少しだけ採取してあります」

 

 そう言って、ルヴィアは持ち帰った包みを示した。

 

「あとで詳しく調べるつもりですわ」

 

「それから――」

 

 Ⅱ世が一度言葉を切る。

 

「昇降機を降りた先の地下空洞には、祭壇もあった」

 

「祭壇……ですか?」

 

 グレイが尋ねる。

 

「ああ。そして、そこには奇妙な死骸が残されていた」

 

 その言葉に、獅子劫が眉を寄せる。

 

「また厄介そうなものが出てきたな」

 

「私たちにも、正体は分かりませんわ」

 

 ルヴィアが答えた。

 

「少なくとも、これまで見てきたものとは明らかに違っていました」

 

「ほう……」

 

 パッチが珍しく声を落とす。

 

「そいつぁ、気になりますな」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頷いた。

 

「今日だけで随分と情報が増えた」

 

「森に研究施設、見知らぬ植物に地下空洞の祭壇……ですか」

 

 パッチが指を折る。

 

「いやはや、調べることには困りませんなぁ」

 

「問題は、どれから手をつけるかだな」

 

 獅子劫が苦笑する。

 

「それについては、明日改めて考えるとしよう」

 

 Ⅱ世が答える。

 

「今夜はもう遅い。詳しい整理は明日に回す」

 

「そうですわね。さすがにもう休んだ方がよさそうですわ」

 

 グレイも静かに頷いた。

 

「それじゃあ、あっしも失礼しますかねぇ」

 

 パッチも立ち上がる。

 

「明日も忙しくなりそうですからな」

 

 それぞれが自分の寝床へ向かっていく。

 

 静かな教会に、再び夜の静寂が戻っていった。

 

 ※

 

 翌日、Ⅱ世、ルヴィア、グレイの三人はオドン教会を出て聖堂街を進んでいた。

 

 目的地は、大聖堂。

 

 オドン教会を抜けた先の階段を上ると、視界が一気に開けた。

 

 これまで建物に遮られていた先には、広々とした石造りの空間が広がっている。

 

 周囲には大きな建物が並び、ところどころに階段や石柱が残されていた。

 

 その先には、聖堂街を見下ろすように、大聖堂の巨大な建物がそびえている。

 

 遠目にも、その大きさははっきりと分かった。

 

 三人は大聖堂を目印に、広い道を進んでいく。

 

 人の姿はない。

 

 ただ、かつて多くの人々が行き交っていたことを思わせる石畳だけが、静かに続いていた。

 

 やがて、その先に大聖堂へ続く長い階段が見えてきた。

 

「……またか」

 

 階段を見たⅡ世が、思わず呟く。

 

「どうかなさいましたの?」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

「いや……」

 

 Ⅱ世は階段の先を見る。

 

「昨日も散々上へ行ったというのに、今日もまた上り階段とはな」

 

「昨日も、かなり上へ行かれたんですよね」

 

 グレイが言った。

 

「オドン教会の上層から、さらに塔まで上りましたから」

 

「ああ。そのうえ今日は大聖堂だ」

 

 Ⅱ世がため息をつく。

 

「ヤーナムという街は、どうしてこうも高低差が激しいんだ」

 

「仕方ありませんわね」

 

 ルヴィアが笑う。

 

「大聖堂へ行くには、ここを上るしかありませんもの」

 

「分かっている」

 

 Ⅱ世は小さく息を吐いた。

 

「分かっているからこそ、愚痴も出るんだ」

 

 グレイが少し困ったようにⅡ世を見る。

 

「師匠、お疲れでしたら少し休憩しますか?」

 

「いや、それはいい」

 

 Ⅱ世が首を振る。

 

「ここまで来たんだ。最後まで歩くさ」

 

 三人は階段を上り始めた。

 

 

  ※

 

 

 三人は大聖堂前の階段を上り、重々しい扉の前まで辿り着いた。

 

 Ⅱ世が扉へ手をかける。

 

 ゆっくりと押し開くと、重い音を立てながら扉が動いた。

 

 その先には、さらに上へ続く階段があった。

 

 そして――。

 

 階段の左右には、いくつもの石像が並んでいる。

 

「……何ですの、これ」

 

 ルヴィアが足を止めた。

 

 それは、人の姿を思わせるにはあまりにも異様だった。

 

 細長い手足。

 

 胴体から伸びる、複数の腕。

 

 そして、それらを支えるように据えられた巨大な頭部。

 

 顔にはいくつもの目のようなものが刻まれ、頭部の形そのものも、人間のものとは大きく異なっている。

 

 石像であるため動くことはない。

 

 それでも、その姿には生き物を象ったものとは思えない不気味さがあった。

 

「……随分と奇妙な像ですね」

 

 グレイも警戒するように見上げる。

 

「拙には、何を象ったものなのか分かりません」

 

「私にも見当がつきませんわ」

 

 ルヴィアが眉をひそめる。

 

「宗教上の象徴……なのでしょうか」

 

「可能性はある」

 

 Ⅱ世は一体の像へ近づき、その姿を観察する。

 

「だが、少なくとも一般的な宗教彫刻には見えんな」

 

 像の身体には、長い年月による風化の跡が残っている。

 

 それでも、その異様な輪郭だけははっきりと残されていた。

 

「……これを、信仰の対象にしていたということか」

 

 Ⅱ世が呟く。

 

「そう考えると、なおさら気味が悪いですわね」

 

 ルヴィアが答える。

 

 三人はしばらく石像を見上げていた。

 

 やがてⅡ世が視線を階段へ戻す。

 

「今は、先へ進もう」

 

「ええ」

 

 ルヴィアが頷く。

 

 グレイも石像をもう一度だけ振り返り、二人の後に続いた。

 

 三人は異形の石像に挟まれた階段を上っていく。

 

 やがて階段を上りきると、その先に広大な礼拝堂が姿を現した。

 

 高い天井。

 

 広い床。

 

 その奥には、祭壇らしき場所が見える。

 

 薄暗い堂内には、外から差し込む僅かな光だけが残されていた。

 

 そして――。

 

 三人の頭上には、礼拝堂を囲むように設けられた二階部分が見えている。

 

 Ⅱ世が足を止めた。

 

「……ここだったのか」

 

「どうかなさいました?」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

 Ⅱ世は頭上を見上げたまま答えた。

 

「昨日、上から見ていた場所だ」

 

「ああ……」

 

 ルヴィアも気づいた。

 

「確かに。昨日見た場所と繋がっていますわね」

 

「そうだ」

 

 Ⅱ世が頷く。

 

「上から見た時には分からなかったが、こうして下から見ると、構造がよく分かる」

 

 グレイも二人の視線を追い、頭上を見上げる。

 

「昨日の探索で、ここを上から見ていたのですね」

 

「ああ。あの時は、まさか下にこういう礼拝堂があるとは思わなかった」

 

 Ⅱ世は改めて周囲を見渡した。

 

「上層とここが繋がっているなら、他にも行き来できる場所があるかもしれんな」

 

「それなら、こちらも調べておいた方がよさそうですわね」

 

「そういうことだ」

 

 Ⅱ世が頷く。

 

「まずは、この階から調べてみよう」

 

「分かりました」

 

 グレイが答える。

 

 三人は礼拝堂の内部へ視線を向け、それぞれ周囲を警戒しながら歩き始めた。

 

 三人が進むにつれ、床や柱に残された傷が目につくようになった。

 

 石造りの床には、何か巨大なものが引きずられたような跡が残っている。

 

 柱の表面にも、深く抉られた傷がいくつも刻まれていた。

 

「……これは」

 

 グレイが傷跡を覗き込む。

 

「随分と深いですね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世も柱へ近づく。

 

「刃物でつけたものとは考えにくい。爪のようなものだな」

 

「爪……」

 

 ルヴィアが周囲を見渡す。

 

「この大きさですと、かなりの巨体だったことになりますわね」

 

「そうなる」

 

 Ⅱ世は傷跡に触れず、目だけで確認した。

 

「何がここにいたのかは分からんが、少なくとも人間の仕業とは思えない」

 

 三人はさらに奥へ進んだ。

 

 柱の端を通り過ぎようとした時、ルヴィアが足を止める。

 

「……あら?」

 

 柱の端に、何かが引っ掛かっている。

 

 Ⅱ世が近づいて取り上げると、それは細い鎖の先についた金色のペンダントだった。

 

「ペンダント……でしょうか」

 

 グレイが覗き込む。

 

「随分と古そうですわね」

 

 ルヴィアが目を細める。

 

 表面には古びた汚れが付着しているが、金色の装飾はまだその輝きを残していた。

 

 Ⅱ世はペンダントを裏返した。

 

 そこには、小さな文字が刻まれている。

 

「……名前か」

 

 Ⅱ世が目を細める。

 

「何と書いてありますの?」

 

「エミーリア――」

 

 Ⅱ世はペンダントを見つめる。

 

「持ち主の名前だろう」

 

「それなら……」

 

 ルヴィアが周囲を見渡す。

 

「この大聖堂にあるものなら、教会関係者の可能性が高そうですわね」

 

「そうだな」

 

 Ⅱ世はペンダントを慎重に包んだ。

 

「後で調べる必要がある」

 

 三人は再び奥へ進んだ。

 

 やがて、礼拝堂の奥にある祭壇が近づいてきた。

 

 祭壇の前には、何か大きな生物の頭蓋らしき残骸が置かれていた。

 

「……あれは何でしょう」

 

 グレイが足を止める。

 

 巨大な骨の一部が、祭壇の前に残されていた。

 

 頭蓋の形は人間のものではない。

 

 大きく開いた顎。

 

 太く湾曲した骨。

 

 どのような生物だったのか、今となっては判別することも難しい。

 

「かなり大きな動物だったようですわね」

 

 ルヴィアが慎重に近づく。

 

「これほどの大きさですと、普通の獣とは思えませんわ」

 

「この場所で何に使われていたのかも気になるな」

 

 Ⅱ世は頭蓋の残骸を観察した。

 

「祭壇と一緒に置かれている以上、何らかの意味があった可能性は高い」

 

 三人は祭壇の周囲を調べた。

 

 すると、Ⅱ世が祭壇の裏手にある壁へ目を向けた。

 

「……扉がある」

 

 壁際に、周囲の装飾に紛れるようにして小さな扉が設けられていた。

 

 ルヴィアも近づく。

 

「奥へ続いているようですわね」

 

 Ⅱ世が扉を確認する。

 

「ここは……教区長の私室かもしれん」

 

「教区長の?」

 

 グレイが尋ねる。

 

「ああ。礼拝堂の位置から考えても、祭壇のすぐ裏にあるこの部屋は、それに相応しい」

 

 Ⅱ世が扉へ手をかける。

 

「調べてみよう」

 

 三人は扉の前に集まり、その先へ続く部屋へ視線を向けた。

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