『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第二十四話 彼方へと至る記録

 

 三人は扉の前に集まった。

 

 Ⅱ世が取っ手に手をかける。

 

 ゆっくりと引いてみる。

 

 しかし、扉は動かなかった。

 

「……開きませんわね」

 

 ルヴィアが扉を調べる。

 

 鍵穴はない。

 

 蝶番や取っ手にも、目立った異常は見当たらなかった。

 

「鍵が掛かっているようにも見えません」

 

 グレイが扉を見回す。

 

「ああ」

 

 Ⅱ世も扉の表面を調べる。

 

 魔術的な封印が施されている様子もない。

 

「妙だな」

 

 Ⅱ世は扉から離れ、周囲を見渡した。

 

「開かないのなら、何か別の仕掛けがあるはずだ」

 

 三人は改めて祭壇の周囲を調べた。

 

 だが、それらしいものは見つからない。

 

 Ⅱ世はしばらく考え込んだ。

 

 その時、懐に入れていた金のペンダントが目に入った。

 

「……そういえば、これがあったな」

 

 Ⅱ世がペンダントを取り出す。

 

「先ほどのものですわね」

 

 ルヴィアが覗き込む。

 

「ああ」

 

 Ⅱ世はペンダントの裏面に刻まれた文字を確認する。

 

 そこには、教区長に代々受け継がれてきたものであることが記されていた。

 

 そして、その後に続く一文。

 

「『それを知りたければ、祭壇の頭蓋に触れるとよい』……」

 

「祭壇の頭蓋、ですか」

 

 グレイが振り返る。

 

 三人の視線が、祭壇の前に残された巨大な頭蓋へ向いた。

 

「わざわざ、こんなことを書くくらいだ」

 

 Ⅱ世が呟く。

 

「何らかの意味があると考えるべきだろう」

 

「では、試してみますの?」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頭蓋の前まで歩いていく。

 

 巨大な骨を慎重に観察する。

 

 特に変わったところはない。

 

 それでも、刻まれた文章を信じるなら、ここに何か仕掛けがあるはずだった。

 

 Ⅱ世はペンダントを持ち上げる。

 

「……これでいいはずだ」

 

 金の装飾を、頭蓋へ触れさせる。

 

 ――その瞬間。

 

 カチリ。

 

 小さな音が響いた。

 

「……!」

 

 三人が振り返る。

 

 先ほどまで閉ざされていた扉の奥から、続けて小さな金属音が聞こえた。

 

 カチャリ。

 

 どうやら、錠が外れたらしい。

 

「開いたようですわね」

 

 ルヴィアが扉へ近づく。

 

 Ⅱ世も後に続く。

 

 今度は、取っ手を引くと扉が静かに開いた。

 

「……なるほど」

 

 Ⅱ世がペンダントへ目を落とす。

 

「この部屋へ入るための仕掛けだったようだな」

 

「教区長が持つものと、祭壇の頭蓋が鍵になっていたということですか」

 

「そう考えるのが自然だろう」

 

 Ⅱ世はペンダントをしまった。

 

「少なくとも、偶然とは思えん」

 

 三人は開いた扉の向こうへ目を向けた。

 

 その先には、教区長が使っていたと思われる部屋が静かに佇んでいた。

 

 

 礼拝堂とは異なり、室内はそれほど広くない。

 

 壁際にはいくつかの棚が並び、その上には小さな礼拝具や古びた香炉が置かれている。

 

 長い間使われていなかったのか、どれも薄く埃を被っていた。

 

「……私室にしては、随分と質素ですわね」

 

 ルヴィアが室内を見回す。

 

「教区長ともなれば、もっと豪華な部屋を想像していました」

 

「ここは公の場所ではないからな」

 

 Ⅱ世が答える。

 

「必要なものだけを置いていたのかもしれん」

 

 グレイが棚へ近づく。

 

「礼拝に使うものが多いようですね」

 

「ああ。香炉もある」

 

 Ⅱ世は棚に並んだ品々を眺める。

 

 装飾は施されているものの、どれも実用品として作られたものに見えた。

 

 部屋の奥には、大きな本棚があった。

 

 何冊もの古い本が並んでいる。

 

「本棚がありますわ」

 

 ルヴィアが近づく。

 

「こちらには、かなり古い本もありますわね」

 

 Ⅱ世も本棚を確認する。

 

 背表紙には、歴史や宗教に関するものと思われる題名が並んでいた。

 

「歴史書が多いな」

 

「医療教会の歴史について書かれたものもありそうです」

 

 グレイが一冊を手に取る。

 

 表紙には長い年月による傷みが見られた。

 

「これも調べてみますか?」

 

「いや、まずは部屋全体を確認しよう」

 

 Ⅱ世は室内を見回した。

 

「何か重要なものがあるなら、見落とす可能性がある」

 

「分かりました」

 

 三人は手分けして室内を調べ始めた。

 

 棚。

 

 机。

 

 本棚。

 

 壁際に置かれた礼拝具。

 

 どこにも荒らされた形跡はない。

 

 部屋の主が、ある日を境に姿を消したような静けさだけが残っていた。

 

 やがて、グレイが部屋の奥へ目を向ける。

 

「師匠」

 

「ああ」

 

 そこには、もう一つの部屋へ続く扉があった。

 

 Ⅱ世が近づく。

 

 扉を開けると、その先には小さな寝室があった。

 

 簡素な寝台。

 

 小さな机。

 

 その上には、何も置かれていない。

 

「寝室までありますわね」

 

 ルヴィアが中を覗く。

 

「教区長が、ここで生活していた時期もあったのでしょうか」

 

「可能性はあるな」

 

 Ⅱ世は部屋の中を確認する。

 

「少なくとも、単なる執務室として造られた部屋ではなさそうだ」

 

 三人は寝室まで一通り確認すると、再び最初の部屋へ戻った。

 

 Ⅱ世は本棚へ目を向ける。

 

 そこには、数多くの書物が収められていた。

 

 宗教に関するものだけではない。

 

 古い歴史書。

 

 教会の記録。

 

 地下遺跡について記されたものまである。

 

「かなりの量がありますわ」

 

「これなら、何か残っているかもしれんな」

 

 Ⅱ世は本棚へ近づき、一冊ずつ背表紙を確認していく。

 

 ヤーナムの歴史。

 

 聖堂街の記録。

 

 医療教会の沿革。

 

 そして――。

 

「……ビルゲンワース」

 

 Ⅱ世の手が止まった。

 

 一冊の古い書物を取り出す。

 

「以前にも聞いた名前ですわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世はページを開いた。

 

 そこには、かつてのビルゲンワースについて記されていた。

 

 ビルゲンワース。

 

 それは、ウィレームを学長とする古い学び舎だった。

 

 学生たちは歴史や考古学を学び、

 その研究の過程でヤーナム地下に広がる古い遺跡へ目を向けるようになったらしい。

 

「なるほど……」

 

 Ⅱ世がページを追う。

 

「もともとは、こういう場所だったのか」

 

 さらに読み進める。

 

 地下深くに存在する、古い墓所。

 

 そこに残されていた遺跡。

 

 そして、その遺跡を築いた者たち。

 

 トゥメル。

 

「……トゥメル」

 

 ルヴィアがその名を読む。

 

「古い種族、とありますわ」

 

「そう記されているな」

 

 Ⅱ世は記述を読む。

 

 人ならぬ人々。

 

 神秘の知恵を持つ者たち。

 

 地下に巨大な遺跡を築いた文明。

 

「随分と断定的な書き方だな」

 

 Ⅱ世が呟く。

 

「信用できませんの?」

 

「そういう意味ではない」

 

 Ⅱ世は本から顔を上げた。

 

「地下に古い文明が存在したこと。それ自体は、実際に遺跡を見ている以上、疑う理由はない」

 

「ですが……」

 

「ああ。その文明を築いた者たちが『人ならぬ人々』だった、という部分は別だ」

 

 Ⅱ世は再びページへ目を落とす。

 

「後世の人間が、理解できなかったものをそう表現した、

 宗教的な伝承が混ざっている可能性もある」

 

「なるほど」

 

 ルヴィアが頷く。

 

「事実と、その後に加えられた解釈を分けるべきだと」

 

「そういうことだ」

 

 Ⅱ世はページをめくった。

 

 やがて、一つの記述で手が止まる。

 

 地下遺跡から持ち帰られたもの。

 

 それは「聖体」と呼ばれていた。

 

「……これが、後の医療教会へ繋がったらしい」

 

 Ⅱ世が呟く。

 

 ビルゲンワースの学徒たちは、地下深くでそれを発見した。

 

 そして、その発見が後の血の医療へと繋がった。

 

 ビルゲンワースで学んでいたローレンスは、

 やがてウィレームのもとを離れ、医療教会を設立する。

 

「『聖体』というのも、ずいぶん曖昧な名前ですわね」

 

「そうだな」

 

 Ⅱ世は少し考える。

 

「だが、血の医療そのものが偽りだったわけではない」

 

 記録によれば、血の医療は灰血病に対して明確な効果を示していた。

 

 それは、実際に人々の病を癒やしたからこそ、

 医療教会が大きな勢力を得るに至った理由でもある。

 

「少なくとも、治療としての効果は確かにあったわけですわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頷く。

 

「問題は、その効果を何によって説明したかだ」

 

 Ⅱ世は本を閉じず、そのまま考え込む。

 

「地下遺跡から発見されたもの。

 

 病を癒やす血。

 

 そして、それを『聖体』と呼ぶ信仰」

 

 そこで、先ほど見たものを思い出す。

 

 大聖堂へ続く階段。

 

 その左右に並んでいた、異形の石像。

 

 細長い手足。

 

 複数の腕。

 

 人間とは明らかに異なる頭部。

 

 そして、いくつもの目のようなもの。

 

「……あの石像も、同じ思想の延長線上にあるのかもしれんな」

 

「先ほどの階段にあった像ですわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頷いた。

 

「人間とは異なる姿をした存在を象ったものだった。

 もし医療教会が、それを上位の存在として信仰していたのなら、

 聖体という言葉にも別の意味が見えてくる」

 

「血を与えた存在を、神聖なものとして扱った……?」

 

「可能性はある」

 

 Ⅱ世は慎重に言葉を選ぶ。

 

「だが、像が何を象っているのかも、聖体が何だったのかも、まだ確定できない」

 

「なるほど」

 

 ルヴィアも納得したように頷く。

 

「記録だけで結論を出すには、材料が足りませんわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世はページをめくった。

 

 医療教会の発展。

 

 血の医療。

 

 そして、その先に求められたもの。

 

 人間の限界を越えること。

 

 上位者と呼ばれる存在へ近づくこと。

 

 やがて医療教会の上層では、二つの大きな流れが生まれた。

 

 聖歌隊。

 

 そして、メンシス学派。

 

「ここは、以前に調べた内容とも一致しますわね」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頷く。

 

「どちらも医療教会の系譜にある。ただし、求める方法は違ったようだ」

 

 メンシス学派は、夢や精神を媒介とした研究を進めた。

 

 そして、その儀式によって上位者を呼び出し、

 その存在から「脳に瞳を授けられる」ことを求めた。

 

「……脳に瞳、ですか」

 

 ルヴィアが眉をひそめる。

 

「記録にそうある」

 

 Ⅱ世は答える。

 

「ただし、これも額面通りに受け取るべきかは分からん」

 

 比喩かもしれない。

 

 あるいは、彼ら自身がそう信じていただけかもしれない。

 

 だが――。

 

 その記述を目にした瞬間、Ⅱ世の脳裏に一瞬だけ、あの感覚が蘇った。

 

 頭の奥を這う何か。

 

 そして、内側から開こうとした瞳。

 

「…………」

 

 Ⅱ世は無意識に額へ手をやった。

 

「先生?」

 

 ルヴィアが不思議そうに顔を覗き込む。

 

「いや……何でもない」

 

 Ⅱ世は手を下ろした。

 

 そして、もう一方の記述へ目を移す。

 

 聖歌隊。

 

 彼らは、さらに異なる方法で彼方への接触を試みていた。

 

 精霊を媒介とし、高次元暗黒へ触れる。

 

 遥か彼方の星界へ交信する。

 

 そして――。

 

 その試みは、失敗した。

 

「……交信に失敗」

 

 ルヴィアが記録を読み上げる。

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は答えた。

 

 その視線は、しばらくその一文から動かなかった。

 

 昨日、自分が見たもの。

 

 巨大な異形。

 

 その周囲を取り囲む人々。

 

 そして、頭上に開いた空間。

 

 その向こうにあった、無数の星。

 

「…………」

 

 Ⅱ世は黙っていた。

 

 記録だけなら、信じる必要はない。

 

 古い宗教家たちが、理解できない現象を都合のいい言葉で説明した。

 

 そう考えることもできる。

 

 だが――。

 

 自分自身が見てしまった。

 

 あの星々を。

 

 あの空間を。

 

 それだけは、単なる古文書の記述とは違う。

 

「……先生?」

 

 ルヴィアが不思議そうに顔を覗き込む。

 

「いや」

 

 Ⅱ世は首を振った。

 

「もう少し、この記録を調べてみよう」

 

 その時だった。

 

 本棚の隙間から、一枚の古びた写真が滑り落ちた。

 

 グレイが拾い上げる。

 

「師匠、これを」

 

 Ⅱ世が受け取った。

 

 写真には、十数人ほどの人物が写っている。

 

 全員が聖職者を思わせる衣装を身につけていた。

 

 そして、目元を覆う特徴的な帽子。

 

「……聖歌隊でしょうか」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

「おそらくな」

 

 Ⅱ世は写真を見つめる。

 

 人物たちは一定の間隔を保って並んでいた。

 

 その一部は――。

 

 右腕を高く。

 

 左腕を水平に。

 

「…………」

 

 Ⅱ世の視線が止まる。

 

 その姿勢には、見覚えがあった。

 

 だが、Ⅱ世は何も言わなかった。

 

 写真の裏には、短い記述が残されている。

 

 聖歌隊による研究。

 

 星界への接触。

 

 彼方への交信。

 

 Ⅱ世は写真を裏返した。

 

「……まだ何かありそうだな」

 

 ルヴィアが頷く。

 

「ええ」

 

 三人は再び本棚へ向き直った。

 

 古い記録の中には、まだ多くの空白が残されている。

 

 そして、その空白こそが――。

 

 この場所で何が行われていたのかを知るための、手掛かりになるのかもしれなかった。

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